第五十話 マチコちゃん、魔剣も真っ青の邪悪さ
~魔剣【グラム】さん視点~
キヒヒヒヒヒ!
比しぶりの人間だ!
殺してやる。
人間などという弱小種族の分際で、我に触れると言う無礼を働いているのだ。
その罪、死をもって償わなければならない。
今まで、我に触れた人間はことごとく殺してきた。
それも、ただ殺すだけではない。我は人間を切り裂くのが大好きである。
まずは所有者の脳を我の魔力で破壊し、次にその体を乗っ取り、そして周囲の人間をひたすら殺す。その血を浴び、断末魔を聞き、絶望にもがく人間を見るのが、我にとって唯一の楽しみと言える。
だというのに、我は永きに渡って封印されていた。
暇で暇で、仕方なかった。たかだか人間ごときに封印されただけでも腹立たしいのに、殺戮で憂さ晴らしもできないというのは、いかがなものか。
――殺シタイ!
我はずっと、飢えていた。
殺戮の快楽に、喘いでいた。
そんな時だった。
我に、幸運が訪れた。
――キヒヒヒヒヒヒヒ!
ちょうど、小さき人間が我の近くに来ていた時である。
我を封印していた忌々しいアイテムが、壊れた。我の魔力に耐え切れなかったのであろう。
なんという奇跡か。我はその小さき人間に受け止められ、その肌に触れることに成功した。
――サァ、始マリダ!
殺戮の、始まりである。
今回は何人殺してやろうか。
幾人の血を浴びることができれば、我はあのお方に再び相まみえることができるのか。
古き記憶だというのに、未だに脳裏にはあのお方のお姿が鮮明に浮かぶ。
――アア、魔王様……マタ、会ウ時ガ待チ遠シイ。
我よりも残虐で、狡猾で、残忍なお方。
あのお方はどこかで殺された。しかし、また復活することを、我は知っている。
だから、その時までに……我は、人間の血を浴びて、魔力を高めておかなければならない。
故に、殺す。
我は、この小さき人間の体を支配して、虐殺を行うのだ。
「ぁあああああああああ!?」
小さき人間は恐怖に叫んでいる。
その絶望を孕んだ声が、我を震わせた。
『キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! 久シブリノ人間ダ! 殺シテヤル……殺シテヤル!』
もっと絶望せよ。
もっと恐怖せよ。
もっと我を楽しませよ!
「いやぁああああ!! 死にたくなぃいいいいいい!!」
小さき人間は、今更になって慌てている。我を投げ捨てようとしているが、それも無駄。
もうすでに、我はこの小さき人間に『浸食』を試みていた。
『死ネ死ネ死ネ死ネ……死ネェエエエエエ!!』
まずは、我の魔力を小さき人間に流し込む。
そして内側に入り込み、その精神世界へと侵入――後に、内側から精神を破壊して、全てを支配する。
そしてなるべく多くの人間を殺す。
……そうするはずだったのに!
――ナンダ、コレハ?
小さき人間の内側に侵入して、我は動揺した。
普通、人間の精神世界とは、その本質が情景となって反映される。
穏やかな人間であれば、陽光の降り注ぐ草原であったり。
荒々しい人間であれば、炎の燃え盛る荒野であったり。
廃れた人間であれば、崩れた廃墟であったり。
今まで、さまざまな世界を我は見てきた。
しかし――この小さき人間のように『真っ黒』な世界を、我は見たことがない。
――ナンダ、コレハァアアアアアア!?
闇。そこは、闇だ。
どこかに何かが潜んでいるかもしれない、という『恐怖』を再現なく生み出す無限の闇。
冷たく、その場にいるだけで発狂しそうで、我はたまらずに叫んでしまった。
――人間、貴様ハ一体何者ナノダァアアアア!?
ここには『恐怖』しかない。
まるで『邪悪』という概念が、具現化されたような世界だ。
我は魔剣だ。己の邪悪さや、残虐さを自覚している。しかし、そんな我にさえ耐えられない程の邪悪さが、この小さき人間にはあった。
――ヤメロ、ヤメロォオオオオ!!
こんなの、ありえない。
ふと、懐かしき魔王様を思い出す。あのお方の心も、邪悪さで満ちていた。
しかし、この小さき人間ほどではない。
この小さき人間と比較すると、魔王様なんて邪悪ではなかったと思えるくらいに、この小さき人間は異常である。
内側から、精神を破壊するつもりだった。
しかし、そんなことできるわけがない。
逆に、我の精神が侵されているのだから……。
――クソ、クソ、クソ、クソォオオオオオオオオ!
闇が、我を蝕んでいく。
体の先から真っ黒に塗りつぶされ、闇に溶かされ、自我が少しずつ崩壊を始めた。
いったい、どのような人生を歩めば、このように邪悪になれるというのか。
いったい、どんな境遇を生きれば、このように真っ黒に染まれるというのか。
……もう、我は我慢できなかった。
『バギャァ!?』
全てが闇に飲み込まれて、我の自我は崩壊した。
あまりの邪悪さに刀身は耐え切れずに、砕け散った。
我は、死んだのである。
こんなにも、邪悪な存在に出会うのは初めてだった。
だから、我は……死ぬ間際に、こう思わずにはいられなかった。
――貴様、モシカシテ……新タナ、魔王ナノカ?
人間ではありえない程の邪悪さ。
それを持つ小さき人間を、人間だとは到底思えなかったのである――




