第四十三話 マチコちゃん、やっぱりチョロい
い、いや、まだです!
まだ宝石さんが偽物だと確定したわけではありませんっ。
「クソジジイさん、あなたは嘘をついています」
そう、仮に宝石さんが本物だとして……それをクソジジイさんが安く買い取りたいと思ったら、もちろん嘘をつくでしょう。0ゴールドでだまし取って、後で高く売ればがっぽり儲けられるはずです。というか、わたしがクソジジイさんの立場なら、そうやって嘘をつくと思います。
「この宝石さんはきっと本物なんです! 0ゴールドだなんてありえません、わたしを騙せるとは思わないことですねっ」
それを指摘してやると、クソジジイさんは何が面白いのか楽しそうに笑いました。
「若い子は元気じゃのう。話してるだけで、儂も元気になりそうじゃ」
「そんなこと今はどーでもいいんですよっ。クソジジイさんが元気になろうがくたばろうがなんだっていいんです! とにかく、宝石さんが偽物であることを証明してくださいっ」
のんきなことを言うクソジジイさんにわたしはぎゃーぎゃーわめき散らかしてやります。
そんなわたしを見て、エラちゃんはまだ笑っていました。
「あははっ。必死ね、マチコ? そうやってわがまま言っても世の中は思い通りにならないって勉強できてよかったじゃない」
うるせーです。お説教なんて孤児院でせんせーに散々されましたけど、そのたびに目つぶししておちんちん蹴り飛ばしていたので一切聞いてやりませんでしたよ。挙句の果てには捨てられましたけど、わたしは微塵も後悔していませんからね!
「おじいさんも、怒ってもいいのよ? こんなにナマイキなクソガキの相手なんてする必要ないわ」
「ふぉっふぉっふぉ。構わんよ、子供は元気すぎるくらいがちょうど良いのじゃ」
流石は年の功、と言うべきか。
クソジジイさんはわたしに対して少しも心を乱しません。マチコちゃん流の挑発交渉術もこれでは使えないようです。
何を言ったところで、このクソジジイさんはなびかないでしょう。
だから、わたしが形勢逆転するには、宝石さんが本物であることを証明するしかありませんでした。
「それで、宝石さんが偽物であることを証明してほしいんですが?」
「そんなの簡単じゃよ。龍の宝玉とはな、本来とても頑丈な鉱石じゃ。大きさによっては高ランクの武器にも加工できるくらいでな……しかしそれは、見た目だけのまがいもの。簡単に壊れるじゃろうから、適当に踏みつけてみると良いかのう」
「……確かに、そのとおりね。あたし、お城にいた時、よく宝物庫で龍の宝玉を投げて遊んでいたんだけど、全然壊れなかったわ。八つ当たりで壁とかにぶつけてたのに、逆に壁が壊れていたもの」
エラちゃん、さらっと闇まみれの過去を話さないでください。
宝物庫で遊ぶってどういう状況なんですか……八つ当たりで宝石投げるとか、どんな幼少期なんですか? あ、いや、普通にめんどくさそうなので、こっちはスルーしておきましょうか。
とはいえ、クソジジイさんの言葉だけでは信頼できなかったのですが、エラちゃんがそう言うのであれば信じることができます。
要するに、この宝石を踏み踏みして、壊れなければ本物だというわけですね。
「いいでしょう。やってやりますよ!」
カウンターに置いていた宝石さんを、地面にそっとばらまきます。
そしてわたしは、懇親の力を込めて踏みつけました。
「ぬぉおおおおおおお!!」
気合を入れている振りをして、わたしは勢いよく足を下ろします。
――ふみゅ。
効果音にしたら、こんな感じでしょうか。え? 想像より勢いがない?
ちょ、ちょっとだけ、力を抜いたことは認めましょう。
宝石に触れる寸前――どうしても体重をかけることはできなくて、ちょっとだけ力を抜きました。まぁ、あれです。あんまり乱暴なのはいけませんからね? わたし、淑女なので。はい、優しくふみふみするのはわたしが可憐な幼女だからですっ。
もちろん、宝石さんたちは壊れませんでした。
「ほ、ほら、本物ですよ! わたしの羽根のように軽い体重では壊れませんでした!」
「マチコ……あんたって本当に、おバカさんね」
隣のエラちゃんはわたしが手加減したことを察しているのでしょう。
呆れたように息をついて、それからおもむろに足を振り上げました。
「どいて。あたしがやってあげる」
「え? ちょっ――」
ダメ、という間もなく。
エラちゃんは宝石さんを思いっきり踏みつけました。
――バリン!
鳴り響いたのは、安っぽい効果音。ガラスが砕けたような音に、わたしは現実を直視しました。
これ、本当に偽物なんだ――って。
「え、エラちゃんのばかー!」
「バカって言った方がバカよ。ばーか、ばーか!」
したり顔のエラちゃんがとてもむかつきます。その柔らかそうなほっぺたをつねってやろうかと手を伸ばしましたが、わたしたちの喧嘩をクソジジイさんが制しました。
「これこれ、喧嘩はダメじゃぞ。仲良くしなさい。ほれ、飴玉じゃ。本当は客にあげる高級な一品なのじゃがな……特別にくれてやろう。ルールなのでお金はやれんがな、これくらいはいいじゃろ」
差し出してきたのは、大粒の飴玉。普通の倍以上はあるサイズです。
興味はとてもありました。でも、素直に食べるにはちょっと抵抗がありました。
「飴玉を食べれば機嫌が直るとでも? そんな子供じゃあるまいし、わたしは単純じゃないのですが?」
「そう言わずに。美味しいから、食べてみてくれんかのう」
……そこまで言うのであれば、食べてやりましょうか。
仕方なく、わたしは飴玉を口に放り投げます。
「はむっ……うへへ、おいし~」
そして、口内に広がった甘い香りに、わたしはたちまちに機嫌を直すのでした。
「し、仕方ないですねっ。この飴玉の美味しさに免じて、今回は許してあげます」
わたしはとても寛大なレディー。
些細なことくらい、見逃してあげるとしましょうか。
「……本当にマチコって簡単でチョロいわ。甘い食べ物あげたらすぐに機嫌を直すもの」
「べ、べつに、そういうわけじゃないんですけどねっ」
そんな簡単な人間とは思われたくないのですが……まぁ、あれです。甘い食べ物、大好きなので仕方ないですっ。
「また次に来たときは、ちゃんと高く買い取ってくださいね!」
「ふぉっふぉっふぉ。またのご来店、お待ちしておるのじゃ」
情けない捨て台詞を吐くわたしを、クソジジイさんは笑って見送ります。
まったく……予想外の結果に終わってしまいましたが、美味しい飴玉が食べられたのでもういいです。
とりあえず、お家に帰ってカレーでも食べましょう。
そしてゆっくり休みたいなと、そう思うのでした――




