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第三十六話 マチコちゃん、絶望する



 ファイヤー!

 燃えろぉおおおおお!!


「死ねぇええええええ!!」


「……女の子が言っていい言葉じゃないわ。はしたない」


 呆れたようなエラちゃんのため息を聞きながらファイヤーしたわけですが、アサシンさんはあっさりとわたしの攻撃を回避しました。

 彼の足元から立ち上る炎は、その華奢な肉体に触れることなく空に消えていきます。


「……甘いね」


 身のこなしが軽いです。まるで曲芸師のような宙返り……体が小さい分、アサシンさんは小回りがききそうですね。


「君は卑怯な裏切り者だから、不意打ちは絶対にやると思っていたよ」


「……ちっ」


 思わず舌打ちが零れます。きっと、アリババおにーさんにわたしが裏切ったことを聞いて、警戒していたのでしょう。もしアリババおにーさんよりアサシンさんを早く見つけられていたら、バトルさんと同じように瞬殺できたのにもったいないです。


「アサシン、急ごう。バトルを回収しなければ……ツインクもまだ見つけられていないし、外のシーフとトリックも回収したいからね」


「ああ、分かってる。すぐに終わらせるよ」


 アリババおにーさんには【転移魔法】があります。一瞬で空間を移動できるあの魔法を使われては、捕まえることができません。一日に二度までという制約はあるらしいのですが……なかなかに強力な力ですよね。


 既に、屋敷に来る際に転移魔法は一度使われています。あと一度は、帰還する際に使用するでしょう。それまでに勝負をつけなければならないということですね。


「すぐに終わらせる? わたし相手に強い言葉を使いますね……虚勢を張るところが可愛らしいです」


「……君、僕を舐めてるのか? 虚勢なんて張ってないよ。事実をありのままに言ってるだけだ」


 うーん、挑発にも乗ってこないですね。アサシンさんは常に冷静です。

 懐からナイフを取り出した彼は、わたしの隙を伺うようにこちらを注視していました。

 できれば怒らせて冷静さを奪いたいので、わたしはお得意の弁舌を振るいます。


「またまた、そんなに強がらなくてもいいんですよ? 怖いのなら素直に命乞いしてもいいのです……まぁ、手加減なんてしませんけどね」


「そんなことする必要ないよ。僕は負けないから」


「はぁ? あなた、結構ボロボロじゃないですか。その状態でわたしに勝てるとでも?」


 アサシンさんもアリババおにーさんも、なかなかに傷を負っています。たぶん、この屋敷にはわたしではない他の敵がいたのです。戦闘して、疲労している状態のくせに、それでもアサシンさんは自身の勝利を疑っていないので、不思議でした。


「盗賊団で一番強いのってバトルさんですよね? 彼にも勝ったわたしに、あなたが勝てるのですか?」


「……ああ、なるほど。君は勘違いをしているのか」


 わたしの問いかけに、アサシンさんは小さく息をつきました。

 表情は変えていませんが、恐らくは呆れているようです。

 どうもわたしの発言がおかしかったみたいですね。


「何を、勘違いしていると?」


「実力についてだよ。盗賊団で一番強いのはね、バトルじゃないよ」


 へ? じゃあ、誰ですか?

 そう問いかけるよりも早く、アサシンさんはこう言いました。


「一番強ののは――僕だ」


 その瞬間、アサシンさんの姿が消えます。

 いや、凄まじい速度で動いたので、視認が遅れました。


「っ!?」


 慌てて背後を振り返っても、既に遅く。


「死ね」


 一言、それだけを言ってアサシンさんはナイフを突き立てました。


(――あ、死んだ)


 わたしは強いです。

 能力的には、最強と言っても過言ではないでしょう。

 しかしわたしには弱点があります。

 それは……体が子供だということです。


(わたし、運動は苦手なんですよねっ)


 そう。この短いおててと小さなあんよでは、どんなに頑張っても力が出ないのです。

 そこがチャームポイントでもあるわけで、世間のロリコンさんたちに人気間違いなしのわたしですが、この時ばかりはその特徴が仇になりました。


「くっ……!」


 どうにか回避しようとしても、間に合わない。

 ナイフが、わたしの喉元をえぐる――




 ――その瞬間でした。





「ダメっ!」


 悲鳴のような短い声の後。


「っ!?」


 突然、アサシンさんの体が吹き飛びました。あと数ミリでわたしの喉を切り裂くことができたはずですが、彼は何者かに殴られて妨害されたようです。


「……た、助かった?」


 きょとんとしながら、ぺたりと尻もちをつきます。

 いったい、何が起きたのでしょうか?


 状況を把握するために顔を上げると、そこには……金髪碧眼で、巨乳のエッチなおねーさんがいました。


「ふぇ? 誰ですか?」


 すらりと長い脚。細くしなやかな腕。大人びた色香は同性のわたしですらドキッとするような魅力を放っており、何よりも大きなおっぱいに目が奪われます。

 特に、今はフレンチタイプのメイド服を着ているので、余計に露出が大きくて……って、あれ?


 そのフレンチタイプのメイド服って、もしかして……!?

 なんだか、見覚えがあります。確か、そのメイド服は、孤児院のせんせーがいつか彼女に着せようと購入したのに、結局どうてーだったので未使用のまま保管されていました。


 それをつい最近、わたしはあげました……エラちゃんと言う名前の、女の子に!


「も、もしかして、エラちゃん?」


 そう問いかけると、彼女は私を見下ろしながら、小さく頷きました。


「…‥ええ、そうだけれど?」


 ……な、何がどうなっているのかは、よく分かりません。

 でも、混乱よりも早く、わたしはすさまじい絶望感に襲われてしまいました。

 先程、殺されかけた時よりも、今の方がかなりのショックを受けています。


 だ、だって!


「なんで巨乳のエッチなおねーさんになってるんですかぁあああああああああああ!!!!!」


 わたしがなるはずだった理想の女性に、エラちゃんがなっている。

 この子は永遠に、わたしよりも格下の相手だと思っていたのに!!


「んにゃぁあああ!! くそぉ……ばーか、ばーか!」


 なんだか裏切られた気分です。


「ふぇぇえ……ぐすっ」


 何が起きているのかは分かりませんけど、とにかく急成長したエラちゃんを見て、わたしは絶望して泣いてしまうのでした――



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