第二十話 マチコちゃん、盗賊団にスカウトされる
ジュワァアア。
それは、お肉さんから出る香ばしい音なのか、わたしのよだれが生成される音なのか。
いずれかは定かではありませんが、とにかくマスターさんが用意してくれたドラゴンのステーキが美味しそうであることは、間違いありません。
「いただきま!」
す、と最後まで言い切ることさえもまどろっこしい。もちろん、上品にナイフで切り分けることもしません。ただ、フォークを肉にぶっ刺して、衝動のままに大口を開けて頬張りました。
「うみゃぁあああ♪」
口内で爆発する熱い肉汁。鼻奥から一気に広がる原始的な香り。お肉は舌の上でわずかばかり抵抗しますが、上質なおかげか簡単に噛み切ることができて、その断面から更に旨味が重奏のように押し寄せてきます。
このお肉の美味しさをたとえる言葉をわたしは持ち合わせていません。
久しぶりに食べたお肉さんに、わたしは言葉を失っていました。
「んぐっ、んぐっ」
最早、世界にはわたしとお肉さんの二人しかいません。
このお肉さんになら、わたしの全てを捧げてもいい気さえします。
可愛くて、可憐で、将来は巨乳セクシー美女になること間違いなしのわたしが有する価値は、一国の王でさえ持ち合わせていないでしょう。
しかし、このお肉さんにはわたしを抱く資格がありました。
そう、これは恋。わたしはお肉さんに恋をしているのです。
だから思わず、こんなことを呟いたのでしょう。
「わたし、このお肉さんと結婚しゅるぅ」
「落ち着いて、マチコ。あんたは今、結婚相手を食べてるわ。猟奇的な愛はやめたほうがいいと思うの」
……おっと、あまりの美味しさに意識が違い世界へ旅立っていたようです。
エラちゃんの言葉でハッと我に返ったわたしは、いつの間にか消えてしまったお肉さんを見て絶望しました。
「ふぇーん、もう未亡人になっちゃいましたっ。エラちゃん、寂しいのであなたのお肉さんをわたしにくださいっ」
「だ、ダメよっ。あたしだって一日ぶりの食事なのよっ? 絶対ダメ!」
「けちんぼ! じゃあマスターさん、おかわりくださいっ」
「……残念ながらドラゴンの肉はもうない。あれは高価で貴重だからな、闇ギルドと言えども早々手に入らないんだ。一応、他の肉ならあるが……」
他のお肉さん? そんなの、浮気じゃないですかっ。
「じゃあいいです……ドラゴンさんのお肉を食べた後に違う肉を食べちゃったら、たぶん不味すぎて吐いちゃいますから」
こればっかりはどうしようもないでしょう。悪いのは美味しすぎるドラゴンさんのお肉です。
仕方ないのでゆっくりもぐもぐしてるエラちゃんを恨めしそうに見るだけげ我慢することにしました。
「ま、マチコ? そんなに見られると、食べにくいわ」
「そうですか。私は食べ終わりましたけど、よければ分けてくれてもいいんですよ?」
「マチコって、食い意地張ってるのね……ほら、一口だけだからねっ? あーん」
「いいんですか? まぁ、どうしても食べてほしいのなら食べてあげますよ。はい、あーん」
と、エラちゃんにあーんされていると、横から胡散臭そうな声が聞こえてきました。
「えっと、食事もひと段落ついたところで、そろそろ商談に入ってもいいかな?」
……そういえばわたしは、商談しにやってきたのでした。
も、もちろん、この詐欺師のおにーさんを忘れていたわけではありませんよ? ただ、ドラゴンさんのお肉が美味しすぎて、一瞬彼の存在がなくなっていただけですから。
「ええ、もちろん。むしろいつ話してくれるのか待っていたくらいですよ」
「……君はなかなか、図太いねぇ。いや、それは悪いことじゃないから、いいんだけどね。なんか釈然としないけど、まぁいいだろう」
詐欺師のおにーさんはわたしのナマイキさにも飄々としています。常に冷静さを維持する当たり、やっぱり信用ならない相手だなぁと思いました。ここで感情的になる人間であれば、わたしの手玉にとれる雑魚なので良かったんですけどね。
さてさて、あまり騙されないように気を付けておきましょうか。
「それでは、商談の前に軽く自己紹介からしておこうか」
「え? 詐欺師のおにーさんって名前なら知ってますよ?」
「それは名前じゃなくて君たちが勝手にそう呼んでるだけだよ……僕はアリババを名乗っている。一応、盗賊団の頭領をしている身でね」
ん? ありばば?
その名前には聞き覚えがありました。
「そういえば、クソザコ下っ端野郎のモヒカンさんが、アリババ盗賊団を名乗っていたような」
「マチコ。そうやって他人にクソザコなんて言ったらダメと思うわ。いくら事実でも、礼儀ってものがあるの」
「大概、君も失礼だと思うけどね……いや、別に事実だから気にしないでもいいんだけど。その通り、彼は僕の盗賊団の一員さ。もちろん下っ端のクソザコ君だから、今回の件は大目に見てくれると嬉しい。その罪滅ぼしもかねて今こうして奢ってるんだ」
果たして本当にそうなのでしょうか。
罪滅ぼしなんてしているようには感じなかったです。その恩着せがましい物言いにわたしはうぇーっと舌を出しました。
「うさんくさーい」
「まぁ、盗賊団の頭目でだすからね。誠実な人間でないことは事実だよ」
爽やかな笑顔を浮かべて、詐欺師のおにーさん――もといアリババおにーさんは酒を一口煽ります。それからゆったりと間を開けながら、話を続けてきました。
「単刀直入に言おう。僕は君を、盗賊団にスカウトしたい」
それはまさしく、晴天の霹靂。
予想外の勧誘に、わたしは一瞬何を言われてるか分からなくて首をかしげてしまいました。
「ほぇ?」
わたしが、盗賊?
事故で放火魔となり、なりゆきで王族の誘拐犯にもなって、今度は盗賊団ですか!?
わたしはいったい、どこに進んでいるのか……ただお腹いっぱいご飯が食べたかっただけなのに、人生がどんどんおかしな方向に進んでいました。
ど、どどどどうしよう!!




