第一話 マチコちゃん、人生の重さを騎士に同情される
現在、城門は大量の炎に覆われてました。
騎士の方々が懸命に消化活動しているようなので、周囲への被害は抑えられそうです。意図していないとはいえ、火を放った本人としては被害が少なくなるように願う他ありませんでした。
さて、そろそろわたしの現状を説明しましょうか。
わたしは今、放火魔を疑われています。
「大人しくしろ! 抵抗すれば、我々も黙っていられない」
城門を守っていたらしき騎士さんが、剣を構えながらこちらを睨んでいます。恐らくこの方は犯人と思わしきわたしを見つけて、捕らえようとしているのでしょう。場合によっては仲間を呼んでしまう可能性もあるので、変に抵抗するのは悪手に思えます。
もちろんわたしは犯人なのですが、捕まるのは嫌なのでしっかりと首を横に振りました。
「ご、誤解ですっ。わたしは何もやっていません!」
嘘です。本当はやりました。
でも、人間とは時に嘘をつかなくてはならない時があります。それが今なのでしょう。
だいたい、城に放火したとなれば、重罪は免れませんからね。わたしは騎士さんの説得を試みました。
「ほら、わたしは12歳のあどけない幼女じゃないですかっ。こんなに可憐でか弱い幼女が放火なんてすると思いますか!?」
「そ、それは……」
わたしは怪しいですが、見た目はただの幼女です。しかも可愛いので、騎士さんはこちらの言い分に一理あると思っているのでしょう。少し気後れしていました。
「確かに、君のような小さな子が放火魔とは、考えられないが……」
「そうでしょう!? 冤罪ですっ。わたしは何も悪いことなんてしていません……ただでさえ寒くてお腹も空いているのに、犯罪者にするなんて酷いですっ。あなたには良心がないのですか!?」
涙ながらに訴える演技をしてみると、騎士さんは罪悪感に押しつぶされそうな表情を浮かべました。
「むむ……そう、だね。ちなみに君は、ご両親はいないのか? こんな夜に一人で出歩いているのは、怪しいと思うのだが」
「両親はいませんけど。産まれてすぐに孤児院に捨てられましたけど」
「ご、ごめんね? じゃあ、保護者は? 保護者の人と話をさせてくれないかな?」
「保護者にはついさっき捨てられましたけど。孤児院のせんせーがお金を持って逃げたので、食べる物もなく、わたしは寒空の下で必死に生きようとあがいていましたけど」
「重い……おじさんには君の人生が重いよ」
こればっかりは事実なのでそんなこと言われても困ります。
とにかく、騎士さんは同情からかすっかり警戒を解いていました。この様子だと、なんとか逃げられそうですね。
「そういうことなので、わたしは営業に戻ります。あ、騎士さん……何か食べ物を持っていませんか?」
「え、ああ……お菓子なら持っているが」
「それをください。これで冤罪の件は目をつぶりましょう」
「ちゃっかりしてるねぇ……分かったよ。ほら、どうぞ」
おじさんはポケットからチョコレートらしき物体を取り出します。わたしは奪うように受け取ると、そのまま包装紙を開けて口に放り込みました。
「んふっ……あみゃぁい。これが幸せの味っ……」
「引き留めて悪かったね。じゃあ、おじさんは消火活動しないといけないから、そろそろ行くよ。君もここから離れた方がいい。また犯人を疑われてしまうからね」
なんだかんだ騎士さんは気の良いひとなのでしょう。
こちらの身を案じるようなことを言ってくれました。
「はい、分かりましたっ。あっちの方で営業しますね」
ぺこりと頭を下げて、この場から離れようとします。
しめしめ、うまくいきました。これで放火魔だとバレることはないでしょう……と、わたしはすっかり油断してしまっていたようで。
「営業……あ、ちなみに、君は何を売ってるんだい?」
「ふぇ? ファイヤですけど」
正直に、わたしは売り物が『ファイヤ』であることを教えてしまいました。
「ふぁいや?」
騎士さんはきょとんとした顔で、わたしをジッと見つめます。
バスケットに入っている、火炎魔法が保存された巻物……それを認識すると、騎士さんは慌てた様子で再び武器を構えました。
「やっぱり君が犯人だな!? そのファイヤで城門に火をつけたんだろう!?」
あ、やべっ。バレた!
どうやら、放火魔の称号から逃れることは無理そうでした――