プロローグ マチコちゃん、大炎上
「ファイヤ……ファイヤは要りませんか?」
寒空の下、健気で儚い少女――つまりわたしは、か細い声でファイヤを売ってました。
ファイヤとは、火炎魔法の【火炎】のことです。わたしは生まれつき『火炎の保存された巻物を召喚できる』という魔法を持っています。この魔法を利用すれば、大儲けできると思ったのですが……さっぱり売れなくてわたしは泣きそうでした。
(こんなに可愛い女の子が健気にファイヤを売ってるのに、どうして買ってくれないんですか!? あなたたちには人の心がないのですか!?)
わたしはマチコ。先日12歳になりました。
産まれてすぐに両親に捨てられたので孤児院で育ちました。孤児院は貧乏でしたが、さほど不自由のない生活を送れていたのですが……なんと、孤児院の経営主であるせんせーがお金を持って逃げました。
なんでも、寄付金が少なくなってきたので、孤児院事業は儲からないから辞めることにしたそうです。書置きの手紙にそう書かれていました。
あいつはいつか殺す。
もともと、わたし一人しか孤児院にいなかったので、不幸になったのもわたし一人だけです。それは不幸中の幸いかもしれませんが、だからといってわたしは当事者なのでむかつきます。
まぁ、殺意でお腹は満たせないわけで。
お金もないので、わたしはとてもお腹が空いていました。
なんとかファイヤを売ろうとしているのですが、しかしながら結果は芳しくありまえん。
通りすがる人はわたしをチラリとみるだけで、足を止めてくれるすらいませんでした。
「うぅ……ふぁいやぁ、いりませんかぁ」
涙声を出す演技をしながら営業しても効果はなく。
人が多い王城近くなら買ってくれる人がいるかもしれないと期待しましたが、残念ながら誰一人としてわたしのファイヤを買ってくれる人は現れませんでした。
「はぁ……寒い……」
ため息をつきながら、わたしは壁にもたれかかります。
ふと顔を上げると、真向かいのお家の様子が窓から見えました。
(いいなぁ)
食卓を囲う温かい家族。
お父さん、お母さん、そしてわたしと同じくらいの女の子がいます。女の子は両親に挟まれてとても幸せそうに笑っていました。
「……はぁ」
なんだか惨めな気分になって、わたしはその場を離れます。今度は、なるべく人がいない方向へ……王城にある門近くの物陰にわたしは座り込みました。
お腹も空いていましたが、今は寒くて仕方ありません。
(そうだ……一枚だけ、ファイヤを発動させちゃいましょうか)
せめてこの寒さだけはなんとかしたいと思い、わたしは手持ちの巻物に込められたファイヤを発動することにしました。
とにかく、寒かったのです。
体もそうですが、何より心が寒かった。
わたしと年の変わらない女の子が幸せそうにしていた一方で、わたしはとても不幸です。
両親もいない。親代わりのはずだった人にも捨てられた。住む場所も食べる物もなくなった。
なんて惨めなのでしょうか……運命とは残酷です。こんなに可愛くて可憐で美しい幼女でさえ不幸になるなんて、ありえません。わたしみたいな超絶美幼女はもっと幸せになってもいいはずなのになぁ。
(……なんて考えても、仕方ありませんね)
とにかく、この惨めな気分を一瞬でも紛らわすためにも、わたしはファイヤを発動することにしました。
「【火炎】」
手持ちの巻物を手に取って、魔法名を唱えます。
すると、巻物から炎が燃え上がりました。
「ふぅ」
仄かではありますが、温かい炎がわたしの寒さを緩和します。
惨めな気分も少し晴れたような気がしました。
(さて、そろそろ営業を再開しましょうか……なんとかファイヤを売らないとっ)
再びやる気が出てきたわたしは、またファイヤ売りに戻ろうと立ち上がります。
しかし、ここで異変に気づきました。
(……あれ? ファイヤが消えない?)
火炎魔法の【火炎】は下級魔法なので、発動時間も短いはずです。
しかし、巻物から立ち上るファイヤは未だ消えることなく。
(んんっ? 炎が、大きくなっているような……っ!?)
気付いた時には、もう止めることはできませんでした。
――ドカァアアアアアアアアアン!!
それは、まるで爆発。
そう思わせるほどの急激な炎の燃焼が、轟音をまき散らしながら一瞬で周囲へと広がっていきました。
ところでわたしは、王城の門近くにある物陰にいます。
つまりどういうことになっているのかと言うと……わたしのファイヤが、城門を燃やしていました。
「あ、やべっ」
もちろんわたしは逃げようとしましたよ。
でも、やはり城に仕える騎士さんは優秀なようで。
「動くな! 貴様を拘束するっ」
すぐにわたしは見つかってしまいました。
「クソがぁああああああああああああ!!」
こうして、マチコちゃんは放火魔になったのでした――