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スキルとは


 視界を塗り潰した光が収まり、目蓋を開ければ、見える景色は少しばかりの懐かしさを覚える神社に続く石段の途中。つまり、ダンジョンに落ちる前に自分が居た場所だ。



「未出現──いや、潜在(・・)ダンジョンを攻略すると、元の場所に戻るみたいだな……」



 出入口が出現しているダンジョンは、攻略するとダンジョンに新たなモンスターが生まれなくなり、中から人が完全に居なくなると消滅する。

 ボスを倒すとボス部屋に魔法陣が現れ、その時、部屋の中に居る生存者(・・・)が全員入ると、出入口の側に転移される。

 ただ、ボスを倒した者以外は出入口までは自力で戻らなくてはならない。


 今回の自分の場合には、出入口が存在しない為、元の場所に戻る事になったのだろう。

 まあ、何処とも判らない場所に放り出される事を思えば、この方が確実にマシだ。


 そんな事を考えながらダンジョン内では用心して収納していた携帯と腕時計を取り出し、動いている事を確認する。



「……ん? どうして…………ああ、そうか」



 動いてはいるが、ダンジョンの中で確認した時と取り出した今の時間との誤差が無い(・・・・・)事に気付いた。戻って来て直ぐに動いていれば止まっていた時から2~3分は経っている筈。しかし、実際には表示は何方等も数秒(・・)しか経過していない。

 その事実が示しているのは【掌之匣庭(キューブ)】によって収納される亜空間内では時間の流れから完全に隔離される、という事。

 だから、携帯も腕時計も時間がズレた(・・・・・・)

 多少の不便さは有るが、その手間よりも亜空間が完全隔離されている利点の方が大きい。

 特に食事関係では無敵に近い。

 作った料理は出来立てを保ち、冷やしたり凍ったままの物も変わらず、生物(なまもの)も傷まず新鮮なまま。

 また雑菌が増殖したりする事も防げる。

 準備さえして置けば、長時間──いや、長期間(・・・)のダンジョン探索も可能になる。

 個人的には嬉しい事だ。ただ、知られたら確実に面倒事になる。要注意だ。


 そう気を引き締めながら携帯で時間を確認すると午後1時37分。ズレは家に帰ってから直すとして砂浜に戻る。荷物も置いたままだ。


 途中、少し寄り道をして自販機で炭酸飲料を買い飲みながら砂浜に到着した。

 座って一息吐く。

 ダンジョンの外では一瞬の出来事だったにしても当事者にとっては、それなりの長さだった。色々と有り過ぎて考えるのも少々億劫になる程に。

 まあ、だからと言って先送りにしても、困るのは結局は自分でしかないから、順に整理する。


 あの謎の声(アナウンス)の後、空中に三つの勲章と一冊の書、そして目の前に宝箱(・・)が一つ出現した。

 他は兎も角、宝箱はボスを倒すと出現する御褒美だという事は知っていた。だから、驚きはしない。寧ろ、これだけの筈なのだから。


 鑑定で調べて、じっくりと考えたい所だったが、時間経過で消失してしまっては笑い話にも成らず、悔やむだけなので直ぐに手に取った。

 収納しようとしたら出来無かった為、軽く驚き、混乱しそうになったが、即座に思考放棄して入手の為に手を伸ばせたのは我ながら良い反応だった。

 尚、宝箱は最後に回しても大丈夫なので安心。


 先ずは[迷宮刻記(ダンジョン・ブック)]から。

 空中に浮いていた書で、触れた瞬間には自動的に所有者登録が行われ──光の球に変わって、自分の身体の中に入ってしまった。

 流石に「はぁっ!?」と思ったが、異変や違和感は感じなかったので後回しにした。

 時間に追われていると、その場凌ぎになる場合も少なくはない。ちゃんとしたくても出来無い事で、ストレスや後悔を感じる事は珍しくもない事だが。そう簡単には改善し難い問題でもある。


 ……話を戻して。

 迷宮刻記は実体化(・・・)するイメージをすれば取り出し見る事が出来る。

 そう頭に直接、情報が流れ込んで来たので実際に遣ってみると──手元に出現する。

 戻すイメージをすると、光の球に変わって身体の中へと入ってゆく。ちょっと面白い。

 改めて取り出し、開いてみて──驚く。

 自動記録地図(オート・マッピング)・倒したモンスターを自動記録する図鑑機能・入手した魔素材を自動記録する図鑑機能という便利な書だった。

 何方等の図鑑にも、先程のダンジョンでの経験が反映されている。有難い。

 ただ、地図は記録が無かった。図鑑の方は記録が有るのに何故? そう思うが、もしかしたら、一度攻略してしまったダンジョンの地図は不要(・・)な情報。そういう意味では白紙化(リセット)されるのも頷ける。

 出入口が出現しているダンジョンに複数入れば、その辺りの検証は出来るだろう。潜在ダンジョンに入れば記録される事と消える事の検証が出来る筈。何方等にしろ、新しいダンジョンに入らなければ、確かめる事は出来無いという事だな。

 まあ、良い物なのは間違い無い。

 注意すべきは、鑑定の情報とは違い、実体化した状態だと他者の目にも見える、という事だな。

 そう滅多に、そんな真似はしないだろうが。


 次に、宝箱から入手した物。

 その前に、少し話は逸れるが、ダンジョンの中に設置されている宝箱から得られる物は、基本的には一つだけ。今回は“ギミックの鍵”が一緒だったが知識としては無かった情報だ。

 だが、ボスの残す宝箱は例外で、複数入っている場合も有るという事。

 ただ、内容にバラつきが有るそうだから、恐らくボスの撃破に関係するクリア条件が有るのだろう。これも知っていれば(・・・・・・)思い付く事だな。


 ──で、ボスの宝箱に入っていた物は三つ。

 一つは[エリクサー]。ゲーム等でも御馴染みの万能薬であり、チート性能。但し、不老不死になるといった様な効果は無い。しかし、万病を癒す(・・・・・)との鑑定で得た情報が本当なら何れ程の値が付く事か。尤も、それも売りに出せば(・・・・・・)の話だが。


 二つ目は[水踏の奇靴]という装備品。


 装備品は便利で高性能だが──制約も多い。

 例えば、アクセサリーは三つまでしか装備出来ず重複箇所への装備は不可能。指輪なら片手に一つ、腕輪も片腕に一つのみ。首飾り等も同じだ。

 装備品の武器は一つのみ。例えば、二刀流の様に両手に武器を持ちたいなら、一対の装備品でないと装備する事は出来無い。

 そして少し制約がややこしいのが防具の装備品。防具には先のガーディアンの様な全身鎧(フルアーマー)も有れば、部分的な物も有る。

 例えば、全身鎧の様な1セットの装備をバラして使う事は出来無いし、衣服系の装備の上に金属系の装備を重ねる事も出来無い。

 また、防具は全身、上半身、下半身、頭、両腕、胴体、両脚、足先と範囲が分かれている。

 例えば、片腕用の装備なら左右で着けられそうに思えるが、それは不可能。片腕だけになる。

 更には、靴系の装備に、脛当ての装備をしたいと思っても、場合に由っては装備出来無い事も有る。例えば、靴がブーツタイプだと装備範囲が被る為、何方等かしか装備出来無い。


 但し、自分が入手した破岩の黒手は防具なので、指輪のアクセサリーは装備可能。こういった具合にアクセサリーと防具は装備箇所が重複しても大丈夫という場合も有る。勿論、無理な場合もだ。


 この様に装備品は融通が利き難い代物だ。

 それでも、冒険者にとっては垂涎の逸品。多少の使い難さには目を瞑るのが常識だとされる。

 それ位に装備品は珍重されている。

 あと、珍しい装備品であれば、研究材料としても求められるので値は更に上がる事になる。


 ──で、水踏の奇靴だが、鑑定に因れば文字通り装備すると水を踏む(・・・・)事が出来る様だ。

 忍法か奇術の類いに近いのか。まあ、キューブが使える自分にとっては微妙な……いや、もしかして装備すれば水中でも有効(・・・・・・)なのか?

 もしも可能なら、その使い方も広がるんだがな。取り敢えず、近い内に試してみるとしよう。


 ああ、それと、装備品という事で追加が一つ。

 ボスを倒した後、両手に填まっていたハンデ用の魔戒の呪械は外れて足元に落ちた。役目を終えたと考えれば何も可笑しくはない──が、それなら態々外れて落ちる必要は無い。演出だったとしてもだ。それに何の意味が有るのか。

 だが、もしも、意味が有るのだとしたら。それは役目を終えた事で装備品化(・・・・)したのではないか。そう考えて鑑定したが……無反応だった。

 そのまま放って置けば消えて無くなるのだろうが自分に取っては利用価値(・・・・)が有った。だから念の為、回収しておいたが──リストを確認したら装備品に変わっていたので嬉しかった。

 ただ、一対の両腕用アクセサリーの為、装備時は万鍵の腕輪を外さなければならないが。それ以上のメリットが有る。抑、魔戒の呪械が必要な状況では万鍵の腕輪は必要無い。だから使い分けは問題無く出来るので困りはしない。


 そして三つ目は[闘者の勲章]。

 [天技の勲章][天智の勲章][挑天の勲章]と同様の勲章シリーズ。はっきり言って情報には無い未知の存在だったが……あの場では入手し損なう事だけは避けたかったので考えるのは後回しにしたが同時に鑑定もしていたので情報は得ている。

 だから、それを思い出しただけで思わず大の字に倒れて空を仰いでしまう。



スキル(・・・)アビリティ(・・・・・)って何なんだ……」



 そして、愚痴る様に呟きも漏れる。

 いや、それ自体が何なのかは何と無くでも判る。少なくとも、以前の世界(向こう側)の感覚としては。

 ただ、この世界では──未来でも、そんな用語は知識としては無かった筈…………いや、ただ単純に公表されていなかっただけかもしれない。

 何しろ、早い者勝ち(・・・・・)みたいだからな。


 四つの勲章だが、先ずは天技の勲章から。

 これはDランクの(・・・・・)ダンジョンを初攻略した偉業に対して贈られた物。その為、次は(・・)無い。

 しかし、他のランクのダンジョンを初攻略すれば同じ様に勲章が手に入る可能性は考えられる。


 次に、闘者の勲章。

 これも、Dランクのダンジョンを攻略した偉業に対して贈られた物なのだが、此方等の勲章は初回に限定されてはいない。それ所か鑑定の情報によればDランク以上(・・・・・・)のダンジョンを攻略すれば手に入る。つまり、複数の入手が可能らしい。

 ……こんな情報、他人に話せる訳が無い。


 三つ目、天智の勲章。

 これも、潜在(・・)ダンジョンの初攻略に対しての物。だから、次は無い。


 最後に、挑天の勲章。

 これは、Eランク(・・・・)以上のダンジョンに設けられた特殊条件を達成する事で入手出来る物。複数入手が可能な物だと言える。


 ざっとした情報だが……頭の痛い話だ。

 ただまあ、物証は無い。そういう意味では自分が口を滑らせたり、迂闊な事をしなければ、知られる可能性は低いだろう。


 ……で、その勲章は手に入れて「遣ったぞ!」で終わる訳が無い。名誉品とは違う。

 そう、この勲章は触れるとスキルやアビリティを獲得するという前代未聞の代物だった。

 天技の勲章は【刻印】、闘者の勲章は【編成】のスキルを獲得。

 それらとは異なり、天智の勲章は【魔素操作】、挑天の勲章は【呼吸不要】のアビリティを獲得。


 その検証をしようと思っているが……その前に、こうして軽く気持ちの整理をする。

 ……ああ、そうか。囲えば(・・・)良いか。

 そう考え、携帯を取り出し、数秒後にアラームをセットしたら消音(・・)をイメージしたキューブで囲う。

 ……よし、キューブの中でアラームは鳴っている様子が見えるが、外には音は漏れてはいない。耳をキューブに付けてみても聞こえない。成功だな。


 効果が確かな事が判り、自分の周囲を身体の下の砂地も含めてキューブで覆う。

 そして──思い切り叫ぶ。ちょっと他人の耳には聞かせられない事を。




 すっきりした事で、思考や感情に混ざって邪魔をしていたモヤモヤが無くなった。

 その為、頭の中も自然と整理される。


 獲得した物は仕方が無い。あの状況で見逃す事は誰もしないだろうし、出来無いだろう。例えそれが如何にも怪し気な、呪われたりしそうなデザインや雰囲気の物だったとしても。手を伸ばす。

 それが人の欲であり、性というものなのだから。

 だからまあ、スキルもアビリティも有効活用するというだけの話。死蔵(封印)する訳が無い。


 それはそれとして。

 この勲章という存在に関してになるのだが。

 魔石等と同じ仕様(・・)なら、ダンジョンのランクにも更に下位のE・F・Gのランクが存在する可能性は高いと言えるだろう。

 寧ろ、自分が攻略したDランクが最低という事は考え難い。少なくとも、記憶に有る情報を基にした見解としては、現時点での攻略されたダンジョンは全て()ランク相当。最前線とされているダンジョンでさえ()になる様に思う。そして、未だに攻略したという話は公表されてはいなかった筈だ。

 勿論、非公開のままFランクを攻略している事は考えられるのだが、時代的な風潮として公開しない可能性は低いと言える。

 それに、自分の様に単独(ソロ)で攻略したのであれば、公表しないという選択は出来るが、複数人(パーティー)で挑んで攻略した場合は、その功績を公表したいと思う者と意見が割れた場合、間違い無く公表されるだろう。どうしても上が(・・)秘匿したいと思わない限りは。


 つまり、現時点でのFランクの攻略者は居ない。その可能性が高いと言える。

 ──とは言え、勲章を入手したので有れば情報を秘匿している可能性は考えられる事だ。

 ただ、それにしては攻略の進捗具合は変わらない様に思える。勲章を探し求めるなら、もっと激しい動き方をしているだろうから、犠牲者も出る筈だ。そんな様子が見られない以上、勲章を入手したとは考え難いと言えるのではないだろうか。


 そうなると、自分以外に勲章を入手した可能性が有る者は限られてくる。

 考えられるのは、初めてGランクを攻略した者。また、出入口が出現したダンジョンを初攻略した者という事になるだろう。

 当然、そうなると、考えられる該当者というのは唯一人──[原初の魔女]だけだ。

 彼女がダンジョンの世界初攻略者だ。それならば最低二つの勲章を手にした可能性は有る。

 ただ、Gランクを最低とした場合、それと最初の攻略者という事で二つは気前が良過ぎる気がする。そう考えると……一つが妥当な所だろう。


 彼女は自分と同様に単独(・・)攻略者だ。

 だから、もしも勲章を入手していても、その情報というのは秘匿されている可能性が高い。

 この国の政府は判らないが、他国に情報を渡した可能性は限りなく無いに等しいだろう。


 ……しかし、そうなるとだ。

 その彼女が既に亡くなっている今、自分以外には勲章を入手し、スキル・アビリティを獲得した者は皆無という事になる。

 …………やはり、知られるべき事ではないな。


 ただ、その仮説を確かめられる可能性なら有る。出現しているダンジョンの出入口を鑑定してみて、ランクが判る様なら、Fランクのダンジョンを攻略してみれば確かめられる。

 近所のダンジョンは目立つが、考えは有る。

 常時、監視されているのは人の生活圏に近い場所に限られている。人員・設備の配置・維持の費用を考えれば、全てを監視するという事は難しい。

 そうなると、必然的に危険度の高いダンジョンを優先的に監視する。ダンジョンの難易度ではなく、ダンジョンの影響が拡大すると困る方の意味で。

 だから、どうしても監視されていないダンジョンというのは出てくる。


 静かに身体を起こし、砂浜の先、波間の向こう、水平線の彼方を見詰める。

 其処に在るのは無人島(・・・)

 曾ては島民も居たが、ダンジョンの出現と影響で住めなくなった場所の一つであり、放置されている場所の代表格でもある。

 其処に有るダンジョンなら、出現している物でも攻略しても誰にも知られる事は無い。

 そして、都合が良い事に、水踏の奇靴という物が自分の手元には有る。これを使えば、海を走る(・・・・)事も

可能だろう。それなら自力で(・・・)往復が出来る。時間帯にさえ気を付けていれば誰かに目撃される可能性も減らせるだろう。

 それと、キューブの応用。自分を包囲した状態で移動させる事が可能か否か。消音が出来たのだからカモフラージュも可能かもしれない。

 この二つが実用化出来れば、目撃されるリスクは殆ど無くなると言ってもいい。

 移動に関して言えば、浮遊・遠隔で操作が出来る事は判っているから、最悪、腰から上だけを隠して脚は出したままでも構わない。遠目から見た場合、そう簡単に人の脚だとは判らない……筈だ。多分。海上を進むルートも重要になるな。


 …………こうなると、何者かの意図が見える様な気がしてくる。あまりにも出来過ぎている(・・・・・・・)

 まあ、だからと言って確かめる術は何も無いが。心の片隅に留めて置こう。玩弄にされない為に。


 さて、改めてスキルから試してみる事にしよう。先ずは鑑定で少しでも情報を拾う。何と無く文字を見ても判り易く、想像が付きそうな方から。


 スキル【編成】。これは指定した相手を、自分の仲間──パーティー(・・・・・)に加えたり、外したりする事が出来る様だ。

 「え? それだけ?」と思ってしまいがちだが、此処で言うパーティーとは単に人が集まっただけの状態の事を指している訳ではない。

 通常、この世界でのダンジョン攻略には基本的に個人個人で挑んでいるという扱い。だから、誰かと組んではいても、それは会話等の便宜上、複数人(パーティー)と呼んでいるに過ぎない。

 しかし、この【編成】のスキルを使えば、本当の意味でをパーティーを組める。

 しかも、デメリットは考え難い。

 特に大きいのが魔法陣での恩恵だろう。魔法陣は誰かが乗る──魔法陣の中に入った瞬間から効果を発揮し始める為、多人数で使用する場合には合図で合わせなければ回復の度合いに差が出てしまう。

 単独だと関係無いが。

 【編成】でパーティーになると、誰かが先に中に入ったとしても、全員が(・・・)揃うまで発動しない。

 他にも幾つか恩恵が有るが……現状では、誰かと組む予定は無い為、宝の持ち腐れだる。本当に腐るという訳ではないが。



 もう一つのスキル【刻印】。これは対象に自分が所有者である事を刻み込むスキルという事。

 「いいですか? ちゃんと自分の持ち物には名前を書きましょうね」等と言われた事が有る筈。

 しかし、名前を書こうが、勝手に食べられたり、使われたり、盗まれたり、奪われたりする。

 だが、この【刻印】は、それを絶対に許さない。一度、刻印を刻むと、自分でも売却や譲渡が不可能となるデメリットは有るが、装備品に使えば他者が装備する事は勿論、持ち運ぶ事等も出来無くなる。当然、自分の収納の様な事もだ。ああ、触れる程度であれば何の問題無い。


 基本的には非生命が対象なのだが……どうやら、人に対しても使える様だ。

 その場合は、自分の他の所有物──【刻印】した装備品を共用(・・)出来るという事。

 上限が三人までだが……何てスキルだ。

 その効果の特性上、自分の場合には女性限定だ。何しろ、一度所有してしまうと永久所有(・・・・)だからな。他の男と結婚も交際も一切不可能。究極の貞操帯みたいな効果だと言える為だ。


 ……気になったので【編成】の情報を見てみるとパーティーは自分を含めて四人(・・・・・・・・)が上限の様だ。

 偶然の一致、ではないだろうな。これは明らかに意図して設定(・・)されているな。



「使わずに、という選択肢も自分次第、か……」



 「用意はしたが、どうするから御前次第だ」と。そんな風に言われている様な気がする。

 何しろ、今、自分が此処に居る事こそが奇跡だ。それを思えば、一つの世界の創り方(・・・・)なんて容易い様に思える。

 どんな形でだろうと異なる世界の存在を出会わせ関わらせる事と、一つの世界の中で完結する何かを遣る事とでは後者の方が問題は少ない。

 だから、難しい事が出来て、簡単な事が出来無いという理由は考え難い。


 ……そういうタイプの者も稀に居るには居るが。そういうのは大体が感覚派(・・・)だ。だから言語化し辛く他者に伝えられず、理解され難い。

 だからと言って、伝われば他者が真似出来るのかというと無理だろう。それとこれとは話が違う。


 【編成】と違い、【刻印】は直ぐに試せる。

 取り敢えず、万鍵の腕輪に使ってみる。

 スキルの使用を意識すれば、対象を指定する様に求められている感覚がするので、万鍵の腕輪を見て意識すれば──包み込む様に淡い緑色の光が発生。その光が吸い込まれる様に消えて……終わりか?

 鑑定してみると、“所有者:立方 晶”と新しく情報が増えており、注意事項として他の者が装備は不可能な事や売却が不可能な事が加わった。

 同様に装備中の識眼の指環にも使ってみた結果、装備していようがいまいが関係無い様だ。

 …………あれ? 待てよ……これってもしかして他人が装備中の物にでも有効?

 …………今のは忘れよう。碌な事に為らない。


 地味だが、破格の能力だと言える。ただ、装備品以外となると、使う事は限られる気がするな。

 現金に使うと使用出来無くなるし、携帯に使うと機種変更出来無くなる可能性が有る。食べ物にだと分け与える必要が有る状況になった時に出来無い。取られない様にする方向には最強だが……例えば、刻印した物と刻印していない物で料理を作ったら、どういう扱いになるんだ?

 よし、今夜の夕食で試してみよう。その結果では食べ物にも刻印しておける。


 他に使い道は…………試してみるか。


 先ず、亜空間内に収納していたスライスの身体。その一部を隔離状態のキューブ内に(・・・・・・)取り出す。

 ダンジョン内で魔素に還元されてしまったのは、うっかり外に(・・)出してしまった為。

 完全に隔離した空間内なら、亜空間と同じ筈だ。それなら……よし、ちゃんと残るな。

 その状態で、刻印する。そして──取り出す(・・・・)

 ……おおっ、魔素化せずに取り出せた!

 砂浜でスライスを触っていると、打ち上げられたクラゲの死骸みたいだな。


 それは兎も角として。次は魔核に試してみる。

 魔核は本来、入手する事の出来無い物。刻印した場合には研究材料等として譲渡は出来無くなるが、自分が研究等に用いる分には問題無い筈。

 ……此方等も成功、と。



「…………いや、流石に止めて置くべきか……」



 思い付いてしまった可能性に自分でも躊躇う。

 スライスの身体にも、魔核にも刻印が出来た。

 それならば、ガーディアンの魔核と身体に刻印を施した場合、どうかるのか、と。

 実は、ガーディアンの魔核は他の魔核とは別物の扱いになっている。これは恐らくはボスの大魔石と同じ様な扱いなのだろう。まあ、だからこそ刻印で全てを自分の所有物にすれば、ガーディアンを再生出来るのではないか、と考えた訳だが。

 流石に思い付いて直ぐには実行は出来無いな。

 万が一の事を考えると……島に行ってから、か。そうなると益々島に行く必要が出来たな。


 取り敢えず、今はガーディアンの剣・盾・全身鎧に刻印を施してみるか。

 …………いやまあ、確かにそうだが……まさか、本当に装備品に変化するとは思わなかった。装備が可能になる事を期待していなかった訳ではないが。半信半疑だった。

 しかし、こうなってくると、今後はボスも含めてダンジョン内の全てのモンスターから装備品っぽい代物は全て回収する様にしないとな。

 手間は掛かるが、それだけの価値は有る。

 ……正直、譲渡も売却も出来無いのは痛い所だ。儲けたい訳ではなく、有効利用する方法が限られてしまうのが勿体無いしな。


 尚、装備品化したガーディアン由来の物は鑑定で見たら各々[守護者の騎士剣][守護者の騎士盾][守護者の騎士鎧]となっている。

 そのままの名前だが、性能の方には驚いた。

 何しろ、剣には斬撃を矢の様に射放つ【斬射】、盾には受けた攻撃──衝撃を倍返しする【反射】、鎧には魔法を除く矢などの遠距離攻撃を完全無効化にする【不射】の固有能力が備わっている。

 ただ、一つだけデメリットが有るのは、元が元の為なのか、1セットで装備しなければ使えない。

 悪くはない……が、自分のスタイルと違い過ぎる装備になるから、無邪気には喜べない所だ。

 まあ、将来的に似合う妻が出来るかもしれない。そう思って大事に保管しておこう。


 ──と思いながら収納し、自分の情報を確認した時に違和感を感じ、その正体に気付いた。

 その理由として思い当たる理由は一つしかない。識眼の指環に刻印を施した影響なのだろう。

 スキルとアビリティの所に二つの空白(・・)が有るのが判る様になっている。

 この情報が正しいとするのなら、何方等も一人が獲得出来る上限は四つ(・・・・・)という事になる。


 まあ、今の自分が特殊な訳で、そう簡単に普通はダンジョンを攻略出来る訳ではない。

 だから、その数が少ないとは思わないだろうし、一つですらも獲得出来るのかも判らないのが実状。その為、不満に思う方が可笑しい。



「さてと、今日はこれ位で帰るか」



 まだまだ遣りたい事・試したい事は有るが、先に準備して置く必要か有る物が色々と有る為、街へと買い物に行かなければならない。自宅が有る場所が場所なので配達して貰う事が困難だからだ。まあ、それでも引っ越そうとは思わない。今の場所の方が自分にとっても都合が良い。だから多少の不便さは仕方が無い。寧ろ、その程度なら構わないと思う。居住環境の問題は色々有るからな。


 しかし、買い物をする時には気を付けないとな。パッと思い付くだけでも、就寝用の衣服を数着に、ジャージも数着。食材・飲料、携帯食や御菓子等も揃えて置きたい。流石に今の年齢だと酒に関してはアウトだからな。其処は潔く諦めよう。

 他にも色々と有るし、一ヶ所では揃えられない。彼方等此方等に行く事を考えれば、時間が必要だ。だから今日の後の予定は買い物で埋まる。

 ただまあ、幸いにも手切れ金(軍資金)は十分有る事だし、細かい事は気にしないでおこう。



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