ボスとは
「……あぁ~……これは癖になるかもなぁ~……」
魔力を使い切り、気絶寸前で魔法陣に。
数秒で完全回復し、今は天井を見上げている。
「癖になる」というのは、魔力を使い切った後、魔法陣で回復した際に感じた魔力量が増大している感覚が有ったのだが。それが言い表し難い拡充感と心地好さだった為。
魔力量の増やし方として、魔力を使い切るという方法が有るには有るが、効果としては今一。
少なくとも、彼には効果は無かった。
恐らくは増大の余地も個人差が大きいのだろう。或いは、元々の魔力容量を最大までは使えておらず次第に使い熟せる様に成るのかもしれない。
ただ、今の自分が体験した感覚は文字通りに魔力容量が増大したのが判った。
そして、まだ自分の最大容量を、現時点で全ては使えてはいないという事もだ。
同時に、また特大の爆弾を抱える事にもなった。
魔法陣による魔力容量の拡充。
こんな話を公表すれば、奪い合いになるだろう。現時点では公表する気は無いが。
魔法陣はダンジョンの休憩部屋に一つしかなく、一度使用すると、その休憩部屋には二度と現れない以上は恩恵を受けられる者は限られる。
ただ、その効果も恐らくは少人数な程に大きく、ダンジョンの規模──ランクで変わる。
そんな気がする。確証は無いが、確信は有る。
「……っし、行くか」
魔法陣の御陰で休む必要は殆ど無い。本来なら、食事等をする所だが、手持ちは飴が四つだけ。
幸いにも、休憩部屋には直径30cm程の半球状の水瓶に無限に注がれる小さな給水施設が有るから、喉の渇きは潤せる。
念の為に、キューブで水を汲み、亜空間に収納。鑑定でもキューブのサイズ単位で分けて有ったので3サイズ各二十個ずつ確保した。
ただ、戻りながら、新しい道が無いかを探す。
何しろ、このままだと最初に落下した地点にまで戻らないといけない。進む道が無いのだから。
──が、それらしい場所は無く、下った坂を上り分かれ道に来て悩む。再び上の道に行って探すか、それよりも更に戻るか。
「…………確か、この先は長い直線だったな」
直線は何ヵ所か有ったが──印象に残っている。何故か? モンスターが居なかったし、分かれ道も無かったからだ。かなり怪しいな。
そんな自分の直感を信じて戻る。
一応、通った時に調べてはいるが──
「──っ!? 抜け道か?」
手で壁を叩きながら進んでいたら、手が空振り、壁の中に消えた。
体勢を立て直し、キューブを投げてみる──が、爆発しただけで変化は無し。
再度、触れてみると……通り抜ける。
直接触れないと通り抜けられない仕様みたいだ。警戒しながら壁の中に入る。
その先には通路が有った。振り向くと壁が有り、触ってみると通り抜けず。殴っても、キューブでも砕けないので一方通行の様だ。
先へ進み、左に曲がると目の前に壁が。しかし、通路の壁とは違い、煉瓦風の壁。場違い感が凄い。取り敢えず、キューブを投げる──と避けたっ?!
正確には、キューブを通す様に煉瓦の壁が割れ、当たらずに通過したのだが。
鑑定してみれば[ブリックバグ]と出た。一体の体長は30cm程で煉瓦そっくりのGランクの甲虫。群れで重なり合って壁に擬態する……って此処だと無意味過ぎるだろ……。
そう思いながら手早く逃がさない様に一掃する。何故なら、このブリックバクは単体ではなく群体。一体でも逃すと倒した事には成らず、見失ったら、直ぐに増殖再生するらしい。だから、戦わずに直ぐ逃げて行くから倒し難いそうだ。
倒して手に入れたのはGランクの魔石が一つと、魔素材の[ブリックシェル]が一つ。
攻撃はしてこないからゴブリン以下だが、手間はゴブリン以上の為、評価が難しい所だ。
開けた先は手前が左に、奥が右へと続いている。頭の中の記憶から左に行く事にする。
エリア的に休憩部屋に近いから。行き止まるなら此方等の可能性が高い。
右左右右左と曲がった先は予想通り行き止まり。ただ、壁には[クリミア草]が六株も生えていた。毒状態を治す魔法薬[アンチドーテ]の材料なので良い値が付く。アンチドーテはダンジョンの外でも有効な為、需要も多い。
その戻り道、これまでの経験から、モンスターが出て来る気がしたら──的中。
行きには無かった足下に直径3m程の泥水の様な水溜まり。[パドゥルハンズ]というスライム系のモンスターで、大きな手に擬態し、獲物を捕らえて水溜まり──体内に引き摺り込む、と。Dランク。飛び越えて逃げる事は難しい様だ。
まあ、普通なら苦戦する相手だろう。ただ、今の実験成果を手にした自分の敵ではない。
一辺2mのキューブを作り、収納の要領と同じでパドゥルハンズを吸い込むイメージで作成。
皮肉な事に地面から引き剥がされる様にパドゥルハンズの方がキューブに引き摺り込まれる。
そして圧縮。ただ、スライム系だからか死なず、ギッチギチの状態で生存。だから、別のキューブを打付けて爆破して終了。
ゴーレムと同じDランクの魔玉を回収する。
戻って、奥の道に進むと右の下り坂で、下りなら直ぐに右の上り坂。構造的に考えても此処の上下で立体交差している感じしかしない。
上ったら、直ぐに左右に分かれていたので右へ。右右と短い間隔で曲がる為、立体交差を確信。
左右と曲がり進んだ先の角を右に──行く直前で飛び退く。直後、視界を横切り壁に突っ込んだのは巨大な一角と二本の牙を持った体長4mの巨大猪。鑑定で[トライタスクボア]と出……角じゃなくて牙だったらしい。よく見ると下の牙と噛み合うな。いや、サイズ的に三倍は有るから、初見だと殆どが角だって思う筈だ。だから見間違っても仕方無い。大丈夫、ちゃんと覚えた。
Dランクだが、大き過ぎて身動きが取り辛い様で牙を壁に引っ掛けて困っている為、その三本の牙の根元に狙いを定めてキューブを作り出し──圧縮。すると、バキッと折れたので即座に回収し、同時に怒って突っ込んで来ようとしたのでキューブの壁を作って防ぐ。防御力は十分の様だ。
キューブを解除し、身体強化した右ストレートで一撃死。貫いたりしない様に手加減したのも上手く行ったみたいで良かった。
残ったDランクの魔石は、予想通りにGランクの八倍だったが……他のダンジョンでも同じなのかは現時点では判らないから保留だな。
それよりも気になるのは倒す前に折って回収したトライタスクボアの牙がどうなったのか。
回収は出来たが……おおっ、残ってる。これならモンスターを倒す前に魔素材として良さそうな所を狙って採…………人の夢は儚い様だ。
下の牙の片方を取り出してみたら光の粒に成って消えてしまったとさ。残念無念。
取り出さなければ残るみたいだから、暫くの間、記念品として取って置こう。それに、もしかしたらダンジョンの外でなら、残るかもしれないしな。
トライタスクボアの居た方に曲がると突き当たりだったから、壁を殴る。八つ当たりではない。
すると、砕けた壁から出て来たのは宝石の原石の様な鮮やかな青色をした鉱物の[アズラピアス]。魔素材で装備品を造る際に混ぜると水属性が付く。要は属性追加の魔素材。当分は御蔵入りだな。
戻って上り道を進み、左に。真ん中まで来た所で右前方の壁が崩れ、ロックゴーレムが。左後方にも出撃して挟まれる。余裕だがな。キューブで肩口を破壊し、両腕を収納。殴り壊して魔玉を回収。
右に曲がって進むと左右に分かれるが左は直ぐに行き止まり。怪しいので殴る。すると、懐かしいと思える空間が。対面の奥には剣の柄が有った。その長さから考えると片手剣か短剣。何にしても武器の装備品だから絶対に欲しい。だが、油断は禁物だ。少し考え──床を踏まない様に通路から一歩で跳び柄を掴んだら壁を蹴って抜いて戻る。
幾つか予想した通りに空間内に入った瞬間、床が崩れ、柄を掴んだ瞬間に天井、壁と崩れ始めたから普通に遣っていたら入手し損ねていた所だ。
キューブで足場や避難空間を作れば安全そうだが可能性として放出系の魔法は無力化される様な事も十分に有り得る。そうなると死だ。だから、確実な方法を選んだ。
まあ、悪意の有る罠としては壁に触れたら粘着や泥沼化で動けなくされる、というのも考えられたが流石に無いだろうと判断。其処まですると単なる罠でしかない。そういう場合のは見せ餌は宝箱だから状況的には違うだろうと割り切った。
獲たのは[血牙の短剣]で犬歯の様な形の両刃、ナックルガード付きの物。モンスターを攻撃すると傷を付けられたら魔素を吸収し、装備者に還元して魔力を回復出来る、と。
「魔力よりも身体回復の方が嬉しかったな」とか思わない。「魔力は十分有るしな」とか。
柄尻の所に小さな穴が有るが、此処には装備品のアクセサリーを通す事が可能性の様だ。紐等の条件付きでは有るが、破格の補助機能だ。何しろ、そのアクセサリーは三つまでしか装備出来無いからな。四つ目を装備出来るのは大きい。
因みに、装備品というのは基本的に剥き出しだ。宝箱の中に入っていようが、装備品自体はな。特に剣の類いは鞘が無い。鞘は自前で作るのが基本だ。まあ、未発見だが、日本刀の類いの装備品が有れば鞘付きだろう。日本刀では鞘も重要だからな。
気を引き締め直して反対側に。直ぐに左に曲がり右に曲がった先は分かれ道。右は直ぐに左に曲がる様なので行ってみる──が行き止まり。その壁には四株の[パララクス草]。触れたり吸い込んだりで麻痺状態にする[パラライズパウダー]が作れる。これも高価で貴重な魔素材だ。
戻って反対側に進むと、左に下り、左に曲がって右に下って、分かれ道。先の長い左に進んで行き、左に曲がったら行き止まり──でスライムが落下。キューブで身体の一部を収納、血牙の短剣を試す。驚く程に気持ちの良い切れ味で、容易く魔核を斬り裂いた──のを見て、魔核を狙い収納──が失敗。しかし、諦めず、魔核を完全に分離させてからなら収納──出来た! 成功して自分でも吃驚する。
手間は掛かったが魔核を三つ、魔玉を四つ回収。ただ、魔核が見えない相手では回収は難しいな。
壁には八株の[ベルルべ草]。深く眠らせる事が出来る[スリープパウダー]が作れる。犯罪に利用すれば即死刑。悪用を考えるものではない。
戻って反対側に進むと右に上って──右に扉が。開かないので開錠。入ってみると小さな小部屋で、複数の歯車が組み合わさった石像が鎮座していた。鑑定すると[鍵穴]と出た。「……は?」となった自分は可笑しくはないだろう。
ただ、直ぐに宝箱から入手した二本の鍵を此処で使うのだと気付く。鍵穴を探せば──天辺に一つ。もう1つは………………無い? そんな筈は無いと思うが……取り敢えず、一本を差し込み、回す。
すると、ゆっくりと音を立てて歯車が回り出し、遠くの方で何かが動く様な音を残して──消えた。探して見るが、二つ目の鍵穴は無い。入り直しても像は再設置されなかった。
……もしかして、入る時に一本は使う? 腕輪は必ず入手出来るとは限らないから……そうか。
脳内地図的に直ぐ近くの長い通路が怪しかったが何も無く、空振り。
戻っているとスイッチベア四体に前後を挟まれ、その爪と牙、毛皮を生かして剥ぎ取り、殴り殺す。毛皮は血塗れになる為、一体分しか獲れなかったが仕方が無い。汚れたくはなかったしな。
戻りに戻って立体交差の所から更に──といった所で坂の途中で手が通り抜ける場所が有った。
一度確かめてはいるが……此処が鍵を使った事で新たに開いたのか?
まあ、進むだけだが。
通り抜けて確認すれば此処も一方通行。上り坂を進んで右に曲がった通路の真ん中で、濁った山水が滲み出す様にパドゥルハンズが現れた。見た目には触れないのが優しさだろう。
前後を挟まれるが、キューブに吸い込んで確保。魔核を探す為、一体だけ解放して地道に削り収納。手間は掛かったが魔核二つを入手した。
それでも魔玉が残るのは不思議な現象だな。
先に進み、右左左と曲がった所で通路を塞ぐ様に鎮座していたのは[スイッチキングベア]。一回り大きな体格──と思っていたら急に攻撃してきた。鑑定すると、そういった意味でのスイッチらしく、軽く舌打ちしながらも爪・牙・毛皮・魔石を回収。Dランクだが、初見でも驚異には感じないな。
右に曲がって進むと右に下り、左右と曲がったら見覚えの有る場所に。崩れて塞がった横穴の跡に、地面を確かめたら飴の包み紙も有った。
「一周した、という事か……」
脳内地図でも概ね重なるから可笑しくはないが、新しい通路の類いは見当たらない。そうなると壁に通り抜けられる場所が…………ああ、やっぱりな。この先に進めば──
「────っ!?」
唐突に悪寒──殺気を感じて横に転がる。離れて体勢を立て直すと道を塞ぐ様に巨大なスライムが。鑑定すると[ハイスライム]。Dランク──え? 此奴、魔法を使うの?
そう思っていたら【アクアボール】を放たれる。自分が使えない魔法をモンスターに使われたからか無性に腹が立つ。
[ボール]は[ブレット]よりサイズが大きいが速度が遅いので避けるのは容易い。だが、折角だ。キューブで囲って確保し、投げ返してやる。
命中し、自分の魔法でダメージを受けている所でキューブで身体を収納し削ぎ、魔核を探し出したら回収して終了。
周囲を警戒しながら、壁を通り抜ける。
視界の先に捉えたのは身長2m程の二体の褐緑の筋肉野郎。右足裏で背後の壁を蹴ってみるが此処も一方通行らしい。構造的にも、この先にボスが居る様な気がするから可笑しくは思わない。
その間にも筋肉野郎──[ハイゴブリン]が突進してくる──が手足をキューブで空間固定。
何と無く、こういう事も出来そうだっから試しに遣ってみたが……力任せに引き剥がせず、体勢的に力が入り難い様で必死だが無駄な足掻きだな。
両手足を奪い、心臓を刳り抜き──殺す。
……自分が猟奇殺人者に思えてくるな。
まあ、Eランクなので大した事も無いが。
………………いや、この思考や感覚は不味いな。こういうのも何だが、何かを遣らかす前振りにしか思えないからな。猛省すべきだろう。
ただ、そう思ってしまうだけの力の差が有る事も間違い無く事実。改めて気を付けないとな。
ハイゴブリンを倒した先は右に下って、左右左と曲がって進んだ先を左に曲がった所で、飛び退く。
通路の先は上り坂。その手前に佇むのは今までと明らかにコンセプトから違っていると判る存在。
西洋風の全身鎧に両手で正面に盾を持つ姿は騎士以外の何者でもない。身長は2m程で、見た目には完全に人型。他のモンスターとは違い過ぎる為か、その存在感も際立っている様に思える。
ただ、全く動く様子が見られない。
鑑定してみれば、[ガーディアン]と出て納得。恐らくは此方等が一定以上近付かなければ無反応。まあ、一度動き始めれば、距離を取っても止まりも諦めもしないだろう。何しろ、此方等には逃げ道が存在しないのだから。後退しても追い詰められる。躱して入れ替われば進めるだろうが……駄目だな。
このガーディアンだが、その名の通りで、ボスに続く道の番人という事らしい。ガーディアンが居る場合は、ガーディアンを倒さない限り、ボス部屋の扉は開かない仕様みたいだ。
多分、万鍵の腕輪でも駄目だろう。鍵ではなく、連動する仕掛けだろうから。
まあ、存在としては何も可笑しくはない。
その存在に関しての事前情報は無かったが。
ある意味、朗報でもある。
この場にガーディアンが居るという事はつまり、このダンジョンの攻略も目前だという証だ。
──が、「単純に喜んで良いのか?」と。
捻くれた自分の内なる声が聞こえてくる。
ダンジョンを攻略し、脱出する。
まだ、この世界での人生を始めたばかりだ。
あっさりと死んでしまうのは馬鹿らしい。だから生存第一なのは変わらない。
ただ、このダンジョンは未出現だ。休憩部屋内で壊れては困るから収納している携帯と腕時計を出し確認してもみたが、時間は変わっていない。
まだ、出入口が出現はしていない、という証拠。それはつまり、このダンジョンの中では、時間的な大きなアドバンテージが発生している事になる。
普通なら無理な、寿命を消費しない鍛練が可能。嘘の様な事実で、夢の様な現実。
これを利用しない理由は無い。
──が、問題は食料が飴が残り三つだけな事だ。水は休憩部屋で確保しているから最悪、丸一日なら水だけでも頑張れない事は無い。
……いや、それは流石に無謀だろう。其処までは出来ても、まだボス戦が残っている。そんな状態でボス戦は危険過ぎる。
ダンジョンとボスを舐め過ぎにも程が有る。
しかし、だからと言って勿体無いのも本音だ。
それなら、どうするのか?
その答えが、今、目の前に存在している。
その存在理由から考えて、このダンジョン内ではボスの次に強い存在の筈。
ガーディアンはDランク。
だが、これまでの同じDランクのモンスターとは比べるまでもなく強いだろう。そうでなければ態々此処に配置されている意味が無い。
つまり、このガーディアンなら稽古相手になる。後は、自分が何処まで遣れるかだ。
そうと決まれば装備は全て外し収納。万が一にも壊れてしまっては悔やんでも悔やみ切れない。
短剣は兎も角、他は代替え品は無いだろうから。絶対に破損や紛失は避けたい。
軽く身体を動かし、身体強化をして前へ。
一歩一歩、ガーディアンの反応を見ながらも変に慎重になったり、動きが鈍くならない様に自然に。そうする事で反応もし易くなる。
「………………──っ!」
ガーディアンまでは五歩、という所で動いた。
盾の重さに逆らわずに、前傾に身体を倒しながら右手を盾に収められている剣の柄に伸ばし、掴む。そのまま左腕と盾を外側──斜め後方に引きながら右腕を一気に振り抜く。
武術を、剣術を、嗜んでいたが故に、判る。
見事と言うべき身体の使い方だ。
人の動きと変わらない。それも研鑽練磨によって培われた技術による物だ。正直、称賛に値する。
獣等の本能を剥き出しにするモンスターとは違う理性により制御された無駄を削ぎ落としながらも、何処までも自然な有り様を追求した果ての高み。
人ですら、其処は至難だというのに。
造られた筈の存在が、それを成す。
驚愕すると共に、思わず高揚・興奮してしまう。それ程までに凄いと言えるのだから。
──が、身体強化した今の自分に、その技でさえ緩慢さを覚える程に、はっきりと見えている。
身体強化を使っているからこそ、その細かな所に気付く事も出来た訳だが。同時に使わなかったら、どうなっていたのか。それにも興味が湧く。
そんな事を考えながら、上体を後ろに反り倒し、自重を使って剣の軌道を避けながら後方に一回転。着いた腕を使って飛び退く。
一旦、距離を取って構え直して対峙。
ガーディアンは無闇矢鱈に追い掛けては来ずに、しっかりと間合い取ってくる。
だから、ついつい口角が上がってしまう。
そんな駆け引きが出来る相手がダンジョンに存在する事に。何より、本気の死合いが出来る事が。
堪らなく嬉しくて仕方が無い。
しかし、何かを殺したい訳ではない。
自分に殺戮衝動や、それに近い欲望は無い。
だが、武術も剣術も基本は殺しの術。
相手を殺す為の考えられ、研き上げられたもの。それが転じて殺されない為の術、殺さない為の術と対極とも言える活かす術に至った。
故に、現代では武術も剣術も活殺術とされる。
其処から、“活かすも殺すも己次第”という様な考えられ方をされる様になっていった。
だが、やはり、その本質は殺術。
知れば知る程、そう強く思える。
だから、ずっと、心の何処かでは渇望していた。こうして、本気で、御互いの命を獲り合う闘いを。はっきりと死の気配を感じる緊張感を。
じりじりと摺り足で間合いを計りながら近付く。先に動いたのはガーディアン。剣を持っている分、間合いが広くなるのは当然。だから慌てはしない。
振り上げ、振り下ろす。
単純ではあるが、最も理に適った攻撃でもある。それ故に地味だが、奥が深い。ある意味、基本で、ある意味、奥義とも言えるのだから。
その一撃を身体強化した右腕で受ける。
失敗すれば右腕だけではなく、自分も斬られる。だが、致命傷にはならない。幸いにもダンジョンで入手したハイポーションが有る。生きてさえいれば斬られた右腕を回収し、繋げる事は可能だ。
実際には、ガーディアンの剣は皮膚に本の少しの切り傷も付けられなかった。まあ、衝撃──打感は仕方が無い。痣には成らないだろうが、鈍い痛みが有った事は許容範囲内だ。
最も、袖を捲り忘れていた為、ジャージは腕との間に挟まれて斬れてしまった。失敗したな。
剣を受けられたガーディアンは、押し込もうとはしないで右肩を入れ、剣を滑らせる様にして突きに移行。それを右腕を上げて逸らしながら膝を抜き、腰を落として左半身を後ろに倒しながら捻る。
その流れに逆らわず、右膝を振り上げ、剣を持つ右腕を狙う──が、左手の盾で防がれる。
盾を右足の裏で蹴り、屈伸を使って御互いを弾き距離を開ける──が、ガーディアンは今度は止まる事無く距離を詰めてくる。楽しくなってくるな!
迎撃体勢を取りながら身体強化を一段階落とす。まだ傷付く事は無いだろうが油断はせず、何処まで下げられるのかを試す。
勝つだけ、倒すだけなら、問題無く可能。
だから、知るべきなのは必要最小限の程度。
しかも、好都合な事に人間と変わらない相手だ。自分の遣り方次第で組み手も出来る。
……まあ、こんな風に下に見ている時点で全力で死合うという事は難しいが。それは仕方が無い事。楽しみは先に取って置こう。
剣と盾を使うガーディアンを相手に、強化具合を下げながら両腕両脚で応戦する。
掠り傷・小さな切り傷なら身体強化の自己治癒で治る範疇なので、其処が一つの目安。
其処から、もう一段階落として、斬られれば負傷確定の条件を自らに課してギリギリの状況で闘う。緊張感を楽しんでいる訳ではないが、口元が緩む。どうしようもなく。
──とは言え、10分と掛からず慣れてしまう。そうなると──飽きる。
仕方が無いが、ガーディアンもモンスターが故に存在として設定された枠からは外れない。
……いや、それなら外してみるか。
剣を振り下ろした所を狙って右腕を弾き、左腕を掴まえて──背負い投げ。地面に叩き着けると盾を手放したので回収する。
本当に人を相手にしている様な反応だな。左腕を掴まれて投げられると、盾を持ったままだと関節が決まる為、手放した訳だが。
他のモンスターなら肉体の損傷は気にもしない。苦痛は有るみたいだが、恐怖や怯懾を感じる様子は全く無く、寧ろ激昂・憤怒し狂暴化する印象が強い位だったりする。
しかし、このガーディアンは人型だからなのか、本物の人間そっくりの思考や反応をする。感情的な部分では他のモンスターとも同じかもしれないが。自己の機能を保とうとする辺りは異なる。
……装備持ちだからか?
今になって考えてみれば、その可能性も有るか。武器や防具を備えたモンスターは初めてだしな。
ダンジョンによっては、武器持ちのゴブリン等も存在するみたいだから楽しみだな。
一体、どういった反応を見せてくれるのか。
だが、先ずは目の前のガーディアンだ。
盾を失い、左手は空いたら、どうするのか?
想像通り──剣の柄を握った。
片手剣よりも刀身も柄も長い。それを右手でしか使っていないから不自然に思っていたが、やはり、装備を持っていると遵守する様だ。
だが、こうして状況が変われば、反応も変わる。防御力は落ちるが、剣だけでも防御は可能。寧ろ、両手で剣を扱う為、手強くなった。
同じDランクのスイッチキングベアを容易く斬り殺せるだろう剣撃に冷や汗と共に笑みが浮かぶ。
この闘いを通じて成長を実感出来るから。
そして、その可能性を理解すると試したくなる。ガーディアンの全身を覆う鎧。それを剥ぎ取れば、より身軽になるのでは?
考えてしまうと遣りたくなってしまうもの。
剣撃を掻い潜り、捌き、観察して可能だと判れば一つ一つ外して奪い去る。
……残ったのが、ゴム製の動くマネキンみたいなのっぺらぼう。少々罪悪感を覚える。何かスマン。何に対して謝っているのか、よく判らないが。
そして、ある程度闘ったら最後に剣も奪う。
所謂、すっぴん状態になると、どうなのか。
…………期待外れで幼児の様な、ぽこぽこパンチだった。マジでスマン。今、終わらせる。
まあ、部分分解して魔核を探したから、最後まで容赦無かったんだが。
Dランクの魔玉を回収し、坂を上って行き突き当たりを左に曲がると巨大な扉が有った。
高さ約3m、幅約2mの仰々しくデザインされ、これでもかと威圧感を放っている。
その見た目からしてもボス部屋に間違い無い。
そんな扉の前で準備をしながら考える。
実はガーディアンを鑑定して得た情報によると、ガーディアンは、Eランク以上のダンジョンにしか存在しないという事。そしてダンジョンのランクに合わせて固定されるという事。
つまり、このダンジョンはDランクという事。
ダンジョンにランクが有る事には驚きはしない。鑑定する事が出来る様になり、未知の情報を得て、その可能性は見えていた事だ。
ただ、その事実は大きなアドバンテージになる。しかも、今の自分には鑑定という他者には出来無い特別な情報収集の術が有る。
自分だけの優位さを上手く活かせば利と成る。
今回のダンジョンでは、ダンジョン自体の情報は直接は何も得られなかった。
だが、それが未出現である為だとするのならば、出入口の出現しているダンジョンであれば、鑑定で何かしらの情報が得られる可能性は有る。
もしかしたら、その出入口を鑑定する事で、そのダンジョンのランクが判るかもしれない。
もし本当に、それが可能であるなら。この違いは非常に大きな意味を持つ。
何しろ入るダンジョンのランクを選べる訳だ。
ダンジョンに何を求めるのか。
その理由により、選り分けられる。それによって計画的な攻略が可能となり、自分の実力に見合ったランクに合わせる事で危険度も多少は変わる。
まあ、この辺りは自分よりも他の冒険者向けだ。場合によっては、その情報を売っても良い。各々のダンジョンのランクが判れば死傷率も下がるから、国等は高値を付けてくれるだろう。
ただ、知られたら面倒な事にもなる。その辺りを覚悟した上でなければ大変なだけだ。
目先の大金に目が眩んで過ちを犯す様な愚か者の末路は想像に難く無い。だから自制心というものが自分自身を助ける事にもなる。大事な力だ。
他のダンジョンの情報が無い為、現時点では比較する事は難しいが、知っているだけでも違う。
もしもだが、今現在、攻略の最前線とされているダンジョンがDランクよりも下だった場合。
自分の実力が文字通り格が違う事になる。
それを理解していれば、上手く立ち回れもするし悪目立ちしない様に誤魔化す事も出来る。
知っていればこそ出来る事だ。
今後の課題──予定も見えた。準備も出来た。
一つ深呼吸し、両手で巨扉を押し開く。
見た目とは違い、非常に軽く、滑らかに開いた。個人的には重く、錆び付いた様なイメージが有るが真面目に考えれば、そんな場所に居るボスが正面な可能性は低いだろう。大抵がアンデット系の筈だ。ボスやモンスターしか利用不可能な専用通路の様な物でもない限り、生き物なら死んで当然だからだ。まあ、モンスターである以上、ダンジョンから魔素の供給さえ有れば大丈夫だろうがな。
そんな事を考えながら巨扉の先──暗がりの中に足を踏み入れる。
二歩進んだ所で様子見の為に立ち止まる。ボス戦となれば不退転が御約束だが、閉まらなければ一旦通路に戻る事は可能──と思っていたら、通路から差し込んでいた明かりの筋が急に細くなり、背後に振り向いた時には消える瞬間──巨扉が閉じるのを目の当たりに、嘲笑う様に閉鎖音が響いた。
開け方に伴う物理的な閉まり方を無視した暴挙。だが、そんな理不尽も有り得るだろう。何故なら、此処はダンジョンなのだから。
──と自分に言い聞かせて苛立ちを抑える。
訪れる静寂と暗闇。
入る時に左の目蓋を閉じているので、左右を逆にすれば視界は利く──が、その必要は無かった。
まるで照明のスイッチが入る様な音がした直後、彼方等此方等で光が弾ける様に暗闇を払い飛ばして部屋全体が明るくなった。
「……………………は?」
入った直後、暗闇の中では何も見えなかったが、いざ、明るくなって見えた光景には思わず、絶句。我が目を疑ってしまった位だ。
高さ20m程の天井を見回せば約100m四方の正方形の様な空間である事が判る。
そのボス部屋の中は一言で言えば──意味不明。何処ぞに在る夢の国の一角に有りそうな感じがする独創的な色彩が印象的な御菓子の家。
「美味しそう」よりも「え? マジで?」が勝つ見た目には食欲は沸かない。
改めて、見た目は大事なんだなと思わされる。
そんな事よりも、肝心のボスは何処に?
………………居た……で良いんだよな?
そう疑ってしまうのも仕方が無い。多分、ソフトクリームだろう、溶けかけの感じの所に突き刺さり踠いている何かが居る。
丸い御尻──下半身だろう部分から、ストローの折り曲げる部分の様な蛇腹状の脚が伸び、その先に半球形の足が有る。
その脚を曲げ、コーンの縁に足裏を付けながら、脱け出そうと踏ん張っている。
……手伝うべきか? 或いは攻撃すべきか?
そう悩んだ瞬間に、見計らった様に脱出出来て、その勢いで転がってマカロンっぽい小山に突っ込み見事なストライクを決めた。
崩れた小山の中から姿を現したのは直径3m程の球体に脚・足と同じ腕・手を持った姿。胴体であり顔らしい球体には大きな目が二つ。口……なのかは判らないが、球体の下部、四分所に真横に継ぎ目が見えている。
その見た目は超有名なロボットアニメに登場するマスコットに近い。パクリだと訴えられても仕方が無いだろうが、此処は異世界。そして、この世界に存在はしていないから、パクリには為らない。
誰かが想像する事は、誰かも想像する事。
早いか、遅いか。それを公表するか、しないか。その差でしかない。
まあ、だからこそ著作権というものが効力を持つ世の中なのだろう。其処を規制しないと知的財産や資産の価値や権利を守れないのだから。
鑑定で[ホッピンキャンディ]と出た。しかし、それ以外はダンジョンボスという事しか判らない。やはり、万能ではないし、そう都合良くもないか。
しかし……“跳ねる飴玉”という事だろうか?
そう思っていたら、その場で軽く数回跳んだ後、大跳躍を見せて証明してくれた。親切な奴だ。
──が、逃がす気は無い。まあ、ボスも此処から逃げ出せる訳が無いだろうし、逃げない筈だ。
……ん? そうすると今のは可笑しな行動だな。攻撃して来ずに逃げた訳だから。
そう思って、放とうとしていたキューブを手元に留めて様子を見ていると巨大なキャンドルにタッチ。すると、先端の火型のライトが点灯した。
それと同時に部屋の中央、天井付近に“99”と大きく表示が出現。98、97と減っていく事から何かしらの時間制限なのは判る。
部屋の中を見回すと他にもキャンドルが有る。
そして二つ目に向かうボスの姿が。取り敢えず、キューブを投げて攻撃しておく。
パッと見た感じ、恐らく、時間内にキャンドルを点灯させて奪い合うのだろう。今の所、視認出来る本数が八本なので最低でも、もう一本は有る筈だ。奪い合う、という前提で考えれば、奇数でなければ優劣が絶対には着かないからな。
──と思っていたら、キューブが命中し爆発したボスが懐かしい黒電話の呼び鈴の様な音を響かせて震えた──と思ったら、手足を引っ込めた。まあ、出来そうだとは思っていたので驚きはしない。
綺麗な球体になり、その場でアクセルを踏む様に物凄い回転を始め──その勢いのまま飛んで来た。ジャンプした時や走っていた時よりも速い。まあ、それでも余裕で目視出来ているが。
慌てず焦らず丁寧な仕事を心掛ける。
此処での経験の御陰で、一度に複数のキューブを作り出せる事は既に判っている。少しずつズラして角度を付けて並べれば繋がる面は滑らかな弧を描き綺麗なジャンプ台を形作る。
それに乗って、自分の上を通り過ぎて飛び去り、進行方向に有った雑に積まれた三段重ねの三種類のホールケーキに突っ込んだ。
作れるキューブのサイズは最小10cmからだが、アレだけ大きければ掬い上げる事は容易い。
そんな訳でボスは放置するとして。
此方等もキャンドルを──と思っていたが、まだ止まらない様で再び向かって来たので蹴り飛ばす。顔の目がコミカルな表現というか、ゲームや漫画で見られる様な判り易い変化をしていた。
ピンクと紫のクッキーの本棚に突っ込み、砕けた中からから出て来ると新しいキャンドルに向かう。しかも、先程よりも動きが速くなっている。
検証の為、再びキューブを投げる。それと同時にキャンドルに触れ、点灯させる。
ボスにキューブが命中したので向かってくる筈。その隙に、と少し離れた所に有るキャンドルに向けキューブを投げる。
ボスは再度、ジャンプ台で逸らす。ただ、突進も先程と比べても速度が上がっている。
距離が出来た隙にキューブを当てたキャンドルを確認するが──無傷。これは予想通りだが、点灯もしていない。どうやら直接触れないと無効の様だ。面倒だが、手間を掛けさせるという目的としてなら確かに有効な設定だと言える。
──で、突進を続けるボスにキューブを当てる。爆発し、吹っ飛び、更に速度上昇。攻撃される度に速度が上がり、突進が命中──直接接触するまでは追い掛け続ける、という設定の様だ。
それなら、先ずは何処まで上昇するのか。
回転し、動きを確認したら攻撃。それを繰り返しながら移動してキャンドルを点灯させて回る。
自分とボスとでは、点灯させたキャンドルの色が違うので試しにボスが最初に点灯したキャンドルに触れてみたら色が変わった。相手が先に点灯させたキャンドルも触れれば奪い取れる様だが、よくよく考えてみれば当然か。先に取ったら変えられないのだとしたらボスが有利過ぎる。攻撃されたら追跡が最優先だとしても。それなら、事前に此方等が知る機会が有るべきだろうしな。
……十段階が限界か。其処からは何十発当てても変化が見られない。まあ、全くダメージは入ってはいないみたいだから、現時点では仕掛けでの対決が優先される状態なのだろう。
ただ、それ以上に反応が1パターンの一言。正直見飽きたので逆球体面を作って閉じ込める。其処で大人しく時間切れまで回っていろ。
余裕でキャンドルを点灯は出来たのだが、最後は少し焦った。
最終的にキャンドルは全部で十三本有ったのだが十二本目を点灯させた時点で、次が見付からない。しかし、偶数の筈は無いだろうから、後もう一本は何処かに有る筈だと。
勝ちは確定していたが、遣る以上は完勝したい。殺し合いではないから、其処は拘りたい。
──で、部屋の彼方等此方等を爆破しまくって、漸く見付け出して、点灯させた時点で残り表示が5だったのでギリギリだった。
収納が出来れば、爆破した破片も取り除けたし、爆破する必要も無かったが、それは出来無かった。崩れた壁の欠片等も同じだったので、ダンジョンの一部となる物は不可能なのだろう。
そういう意味では、宝箱も収納が不可能だった。宝箱は開けてから一定時間経過で消えてしまうが、中身を取らないと一緒に消失する。再設置はされず消えてしまうだけなので、開けたら回収は必須だ。ただ、開けなければ、其処に存在し続けるらしい。目の前で設置された罠に掛かっても、戻ってきたら同じ場所に有るそうだ。その為、そのダンジョンが消えるまでは存在し続けるのだと考えられている。まあ、回収しない事は有り得ないが。
因みに、ドロップ品も一定時間経過で消失する。その為、戦闘中でも回収が最優先されるが、流石に命には代えられないので、絶対ではない。
だから、冒険者は単独よりも、複数人で行動する場合が殆どだったりする。
尚、少し特殊なのが、壁を壊したりして採取する鉱石等の類いで、これ等はモンスターが食べる為、放置すると無くなるが、モンスターが近くに居ない状況ならば、その場に在り続ける。ダンジョン内に生えている植物等も同じだが、何故か、其処に行き人が視認しない限りはモンスターは見向きもせず、人と交戦してから食べる。
それは同じダンジョンから生じた存在であるし、消費した魔素を補充する為だと考えられているが、はっきりと解明されてはいない。そういうものだと思われているが、それで十分でも有る。
そして──表示が0になる。
蝋燭の火を吹き消す様に何処からか風が吹いて、点灯していたキャンドルの明かりが消えると共に、部屋中の明かりも消え──暗転。
すると、ボスを閉じ込めていたキューブの反応が何の予兆も無く消失。強制消去されたのだろうな。それはつまり、次に進んだという事だ。
──と、暗闇の中に谺したのは狼の遠吠え。
反響している為、正確な位置は把握出来無いが、恐らくは中央に居る気がする。演出的に。
そう考えていると、再びスイッチが入る音がして部屋全体が明るくなった。
「……──は?」
それと同時に不意に感じた両手の違和感に視線を落とすと見覚えの無い直径3mm程の小さな赤い珠が幾つか付いた黒い腕輪が填まっていた。
鑑定すると、[魔戒の呪械]と出て、その効果は強制的に魔法の威力・効力を十分の一にするもの。確認してみると赤い珠は九つ有った。
…………もしかして、完勝したが故の、まさかのハンデなのか? ダンジョンを造った側からすると簡単に攻略されるのは面白くはない事だろうから、考えられない訳ではないが……露骨過ぎるだろ。
まあ、その位は全く問題に成らないが。
それよりも暗転を経た部屋の中は一変していた。御菓子等は全て消え失せ、荒野の様な岩と土のみ。地形に起伏は有るが、まるで別世界の様だ。
ただ、「楽しい夢から覚めた過酷な現実」というテーマが有る様にも思える。
其処に再び響いた遠吠え。今度は位置が判った。其方等に顔を向けながら身構える。
視線の先に居たのは頭が4mは有る狼。しかし、身体は180cm程だろうか。アンバランスが酷い。ただ、狼と言っても立っている。見た目は狼が二足歩行しているだけだが、立ち方から人に近い動きをするだろうと予測出来る。物理的に可笑しいが。
細かい事を気にしても考えるだけ無駄だろうから開き直り、そういう物だと割り切る。
鑑定で[ダイアベティスウルフ]と出た……が、判った情報の内容が酷かった。
“甘い物が大好きな狼さん。沢山食べたいと思い頭は大きく成りました。ですが、食べても食べても満足出来ません。其処で狼さんは夢の世界に行って好きなだけ食べる事にしました。すると、気付けば真ん丸な身体に変わってしまいました。でも、特に問題は無し。夢の中で楽しく暮らします。ですが、夢は終わるもの。目覚めた狼さんは起こした者への怒りと、甘い物が欲しい餓えとで狂ってしまって、我を忘れてしまいました”と。
逆ギレに禁断症状で狂暴化したと……無駄に有る物語性が鬱陶しい。
そんな真の姿となったボスは、大人であろうとも一口で丸飲みに出来る大顎から涎を垂らす。
……オヤツを前に「待て」と言われて御預けされ涎を垂らす食いしん坊な飼い犬にしか見えない。
いや、こんなのでもボスなんだろうけどな。
ボスの情報がアレだったから、どうしても戦意が下がってしまうのは仕方が無いと言いたい。
まあ、そういう此方等の事情などは御構い無しにボスは疾駆し、向かって来る。
その速度は、ホッピンキャンディだった時の二倍といった所。恐らくは、終了時点での速度が基本値となる設定なのだろう。
それよりも今の姿でも上昇するのかが気になる。だから、取り敢えずカウンターで蹴り飛ばす。
どんなに速くても、的が大きければ当て易い。
吹っ飛んだボスが壁に激突。落下して立ち上がり再び向かって来る──が、遅くなった。
……ダメージを受けると弱る設定のか? 或いは物理ダメージだったからか?
そう思いキューブで攻撃──するが、普段通りの感覚でだった為、威力がショボかった。
改めて込める魔力量を増やして攻撃。爆発によりダメージを受けたボスは……弱っているな。
どうやら特に面白味は無さそうだから、さっさと終わらせる事にする。
少し汚いが、牙を折り、手足尾と奪い、固定して地道に頭と胴の毛皮を剥ぎ取る。ボス相手だろうが獲れる物は全て残さず回収する。
眼も抉り、最後は心臓を刳り抜いたら──ボスは光の粒と化して消え去った。
残ったのはボスのみが落とす“大魔石”。通常の魔石よりも大きく、内包する魔素量も段違いの為、これ一つで億万長者に成れる。そんな代物だ。
──と思っていた所で、何やら御目出度い感じの音楽が響いた。こんな情報は知らない。
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「────は?」