己を鍛え
気怠さを覚えながら目蓋を開けばボヤけている視界が数回の瞬きでクリアになる。見慣れた天井。僅かに息苦しさを覚えて頭を動かせば──胸の上に鼠色の塊が見えた。澄乃の頭だ。
……ああ、そうか。昨日は澄乃の番だったな。
妻が三人。左右で腕枕をすれば一人余る。なら、胸の上に、となった。尚、その位置は順番制だ。
寝起きの気怠さに身を委ねて、つい二度寝したくなる誘惑に抗っていると左側で鞠花が最初に起きる。
「おはよう」と声を出すよりも先にキスをされ、鞠花の唇が離れたら反対側の瑞穂に顔を引き寄せられて、キスをされる。これが我が家の朝の挨拶になる。
キスの後、二人は一足先に部屋を出てシャワーを浴びに行き朝食の準備を始める。
俺? 俺は遅れて起きた澄乃にキスをされながら、朝の夫の務めを果たす。胸の上になった者が翌朝の一時を独占出来る。そう三人の間で決まった。
八丈島のEランクのダンジョンを攻略した翌日、猪苗代湖に有ったEランクのダンジョンを見付け出して攻略。
その翌日は俺一人で次のEランクのダンジョンを探しに行き鞠花達は八丈島のFランクに三人で挑んだ。少し心配だったが夕方、予定時間通りに迎えに行った時、既に待っていて無事に攻略した事に安堵。その夜──昨夜は俺の方が激しく求めた。自分が思う以上に三人を愛している様だ。
更に翌日、そのEランクを攻略。挑天の勲章が四つ揃った。予定通り、俺が使用する事に。
【弱肉強食】【不穢清常】【戦旋強響】【刻傷呪痕】と四つ纏めて獲得した。
【弱肉強食】は殺した相手から魔素を吸収し、自身の身体と魔力を回復する。吸収量は対象の一割。吸収量が多い程に回復効果は高まる。当然、高ランクの方が魔素量は多くなる。
【不穢清常】は状態異常は勿論、病気にも罹患しなくなる。かなり嬉しい効果だ。
【戦旋強響】は戦闘が続けば続く程、自身の能力が強化され続けるというもの。一定以上の間、戦闘行為がなければ効果はリセットされるが、それでも十分にチートだ。
【刻傷呪痕】は自分の攻撃──直接的な行動によって相手に傷を負わせると状態異常を付与する。発現する効果はランダムではあるが、相手からすれば逆に嫌になる筈だ。全てに対して対処しなくてはならないからな。
そして現在──3月23日の朝を迎えている。
鞠花達がDランクに挑戦してみたいと言ったので探したら、中国地方辺りに有ると判った。地図で見ると島根県の東側辺りだったので新婚旅行気分で皆で行く事に。出雲大社に参拝して家内安全を祈願しておく。
奥出雲の山中、地元の人も滅多に入らないという程の山奥に出入口を発見し、迷わず踏み込んだ。
心配はしていなかったが、鞠花達は特に苦戦もせずに戦え、俺までではないものの格上と思っていたモンスターを協力して倒せている事から、俺自身の影響力の危うさを再認識した。
まあ、今更自重は御互いにしないだろうが。
──という事を考えている俺の目の前でボスが消えてゆく。
Dランクという事で、闘者・挑天、更に天職の勲章も入手。それ以外の物も含めて回収し、魔法陣に乗って戻る。
《[至痕の聖紋]が条件を満たしました》
《宿主は特殊空間に強制転移されます》
──────は?
それは一瞬の事だった。気付いた時には見覚えの無い空間に一人で立っていた。
鞠花達の姿は無い──が、【刻印】の効果が活きているので俺だけが飛ばされた様だ。それなら一安心だ。
「──で、俺の相手は俺自身か……」
目の前に──15m程離れた所に、俺のシルエットを象った真っ黒な存在が居る。定番なら影だろう。
【鑑定】で確かめると[至高の聖影]と出た。俺自身の事を確かめると[至痕の聖紋]が消えている。
──と、魔力の流れ揺らぎを感じたので、その場を離れると見慣れたキューブが顕現し、消失した。
……成る程な。聖痕は俺に同化していた。だから、この影はダンジョン内の俺の情報を元にした複製体ではなく、これまで聖痕が記録してきた俺の情報が元になった存在。だから、俺の固有魔法は勿論、手札は全て使える訳だ。それに加えて聖痕に刻まれた四つのアビリティも有る。面白い仕様だな。
「なら、踏み台にして進むまでだ」
視界の中で俺の影が崩れ消えてゆく。
固有魔法の技術の可否・精度、思考の傾向、体術を主とした総合的な武力は正しく俺自身だった。対峙してみると自分でも嫌な相手だとしか思わなかった。
こんな俺を愛してくれる鞠花達が愛しく恋しい。
【弱肉強食】は兎も角、【戦旋強響】と【刻傷呪痕】は共に厄介だと身を以て感じた。それから【不穢清常】が地味に良い仕事をしていたな。
持久戦となれば無限に近い魔力供給を受けられたのだろうが勝敗を分けたのが一度に最大出力と扱える魔力量というのが、個人的には不満だが、仕方が無い。勝ちは勝ちだしな。
《[至高の聖影]に勝利した事で[至痕の聖紋]は宿主の元に戻ります》
《[至痕の聖紋]が真の姿である[天刻の星紋]と成ります》
そう告げる声を聞きながら、視界が白く染まってゆく事には抗う事は出来ず。戦利品が無い事を少し不満に思う。
「────晶っ!!」
目蓋を開けるよりも速く、その声と温もりを感じる。
まあ、急に俺が消えていたら心配もするか。大丈………ん? 鞠花? 何故、そんな濃厚なキスを?
「貴男の闘いを見ていたから我慢が出来無くなったの」
……心配していたんじゃなくて欲情していたのか。そして、まさか中継されていたとは……さっさと終わらせて良かった。鞠花達にでも手の内の全ては晒したくはないからな。
判った。判ったから宿に帰るまで待とうな? ……無理? しかし、此処は山中…………だから誰も居ない? 俺の魔法で隔離してしまえば姿も音声も隠せると…………判った。
悪目立ちしない為に取っていた宿に戻り、先ず風呂に行く。混浴ではないから鞠花達は別々。一息吐く。
湯に浸かりながら[天刻の星紋]の確認をする。
先ず、[至痕の聖紋]の時に備えてた四つのアビリティだが現存している。消えていなくて良かった。
以前との違いは固有の魔法・スキル・アビリティが有る事。それだけの相手では有ったから当然か。敗れたら死ぬ訳だし。ハイリスク・ハイリターンだな。
固有魔法【万影統者】は影を司る魔法。どんな事が出来るか早く試してみたくなるな。
固有スキル【清浄】は浄化は勿論、状態異常や病も治せる。更には破損・欠損している物も修復・復元が可能という破格の性能をしている。これなら御義父さんが発見した[鉄の剣]を直せるな。それで時間を稼ぐか。
固有アビリティ【至在天理】は絶対の方向感覚が身に付き、更には立体的な座標を正確に把握出来る様になった。これなら今まで以上に精密な空間操作や転移等が出来るな。
流石は、と言うべきなのか……ただ、それだけではない。
【刻印】【編成】の人数が四人ずつ増加している。何故だ。いや、これは明らかにフラグだな。判っている。鞠花が知れば明璃さんと凜さんを引き込みに動く。必ずだ。
……まあ、既に半ば手を出した様なものだから否は無いが。そうなると必然的に残り二枠を埋めに動く。それは考えたい。考えて欲しい。色々と。
翌朝、三人共に起床が遅かった。
何だかんだと昨夜も激しかった。俺も色々と昂っていたから仕方が無い。でも、今朝の分は今朝の分なんだな。
夕方には家に着く。のんびりと観光したりもしたから今日は休息日みたいな感じたった。
まあ、俺は今から夕飯までの間に、次のダンジョンを探しに奥出雲に転移して九州を目指す。
「ねえ、晶。対象の人数が増えたのなら、各勲章を入手出来る可能性も増えているのではないの?」
「そうか、連動しているのなら、その新しい四人分の各勲章が入手出来る可能性は有り得るな」
鞠花の質問に瑞穂が直ぐに反応する。俺の妻となった全員がスキルとアビリティを最大数で有するとなると過剰戦力だが、瑞穂としては分母を増やしたいのだろう。気持ちは判る。
だが、その期待を裏切る様で悪いな。
「それは俺も考えたが、Eランク以上の数は同じままだ」
「そう……残念ね」
「だが、今後、新たに出現する可能性は有る。だから、先ずは鞠花達の分を揃え切ろうと思う」
「それは構わないけれど……国内は有っても、あと一つか二つといった所なのよね?」
「ああ、次は多分、国外の可能性が高いな。まあ、別に正規で出入国する訳でもないから、そこは気にしないが」
「まるで密輸犯みたいだな……」
的を射た例えをする瑞穂の一言に俺と鞠花は苦笑する。
ただまあ、俺が密輸を遣ると絶対に捕まらないけどな。
「アビリティは兎も角、スキルは一人一つを直ぐに得られる。慣れるという意味も含めて遣らないか?」
そう提案すると、鞠花達は顔を見合せ──話し合う。
別にスキルを得る事が嫌な訳ではないが、色々と考えれば、慎重にはなるのも仕方が無い。鞠花が前向き過ぎるだけでな。普通はスキルを得る事よりも不安の方が強いものだ。
……澄乃も意外と積極派だったか。瑞穂、頑張れ。
──という訳で、瑞穂と澄乃が天技の勲章を、鞠花は闘者の勲章を使う事に。
これは鞠花の【探知】が天技の勲章によるものだと考えれば二人が天技の勲章で得たスキルは遺伝する可能性が高いから。鞠花が自分の血筋に二つ継承されるよりかは、と考えての事。その辺りは鞠花が言っていた様に使命感の差だろうな。
瑞穂が得たのは【挑発】。本人は微妙そうな顔をしていたが俺は優秀なスキルだと思う。効果対象に数や種類が無い事からダンジョン以外でも活躍出来る。強制的に引き付ける囮役だと考えれば頼もしいからな。
鞠花が得たのは【倍加】と、文字通りのスキル。単純に倍にするのなら一瞬。しかし、溜めを作ると効果が4倍から4倍、4倍から8倍と上昇する。上限は有るだろうが、決め手となる一撃を放てる事は間違い無い。
そして最後に澄乃が得たのが【天眼】。視覚限定の効果だが拡大・望遠・透視・俯瞰と自在に各視界を使い分けられる為、偵察・警戒という面では死角が少ない。澄乃の性格を反映した様にも思えるスキルだ。
……そういう意味では瑞穂と鞠花もか。そうなると俺も?
「──あっ、そうそう、忘れる所だったわ」
「どうした?」
「御母様が明後日──土曜日の夜に来るから」
さらっと遊びに来る様に言うが、それが何を意味するのか。話を知っている瑞穂と澄乃も顔を赤くする。普通はそうなる。自分の母親ではないが、人妻で有名人。しかも、友人──同じ夫を持つ妻の母親だ。意識しない方が難しい。
それなのに何故、娘の鞠花は平気なんだ? 自分の母と夫が合意の上だとは言え、子作りをする訳だが?
「私も一緒だもの。あ、勿論、最初は御母様と二人きりからで大丈夫よ。その方が貴男は向き合い易いでしょう?」
「よく見てるな」
「それはもう。貴男の正妻ですからね」
そう言ってウインクする鞠花。瑞穂達も正妻のポジションは鞠花に譲っている──というか任せて逃げた。色々大変だから適任者が居るのなら拘りはしない。女として張り合うのなら、そういう時に遣ればいいだけだから。
本当になぁ……理解が有る妻達だと思う。
そして、色んな意味で敵わないとも思う。そういった案件は鞠花に任せる事になるだろうな。
…………いや、それだと本当に世界中の女性を相手に子作りする事になるな。鞠花だから冗談で言ってはいない筈だ。
だが、自力で回避出来るのか?
……………………無理だ。寧ろ、そのビジョンを鞠花が思い付いた時点で詰みだったな。
まあ、直ぐに直ぐという事は無い筈だ。国際的・政治的な事だから時間は掛かるだろうから、その間に考え直してくれると願おう。




