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初始となる一歩


 洞窟風の通路を抜けた所から左手──方角的には北西に向かって進む。

 幸いにもと言うべきなのか、外周部だからなのか判らないが、壁際は森からは50m近く離れていて見通しが良い為、警戒しながら進み易い。

 ──とは言え、油断は出来無い。頭上や足下から奇襲される可能性は考えられる。流石に壁の中からというのは考え難いが……無いとは言い切れない。ダンジョンだからな。



「…………──っ!? あ、晶さんっ!」

「来たか」



 澄乃の声に振り向けば森の中から此方等に近付く一団を視界に捉える。

 [テンションモンキー]という体長1m程の猿。曲げているから判り難いが手足も長く1m程有る。名前の通り感情の起伏が激しい様で怒っている時は戦闘モード、と判り易い。

 Fランクで、群れている数は13体。手頃だな。


 鞠花達に戦闘準備をさせながら、間合いを計る。こういうタイプのダンジョンは初めてで情報が無い事も有り、遠過ぎると逃げるかもしれないからな。軽率な行動で逃すのは勿体無い。

 戦闘を走る群れの中で一番大きな奴が10m以内に入った所で、他をキューブで一掃する。



「──ハアッ!」



 先ずは瑞穂が迎撃に出て猿の右腕を剣で受ける。固有魔法や身体強化は使わずに、純粋な身体能力で何処まで遣れるのかを試すのだろう。瑞穂らしいが意固地にはならない様に注意だな。

 鞠花は澄乃を自分の斜め後ろに下げ、詠唱の準備をさせている。猿に接近された場合には自分が猿をインターセプトして遠ざけるつもりだろう。鞠花と猿の瞬発力を考えれば十分な距離だと言える。

 澄乃は深呼吸し、先ずは落ち着く事を心掛ける。魔法にとって魔力制御は基本中の基本であり、要。其処を疎かにすると発現しなかったり、暴発する。当然と言えば当然だが、実際に魔力を持たない者は実感が無いから理解し難い事だったりする。


 ダンジョンには意図された仕様(・・)が存在しており、それはモンスターにも言える事。

 猿には格闘家や武術家の様な技術は無い。だが、その代わりに本能のままに動く身体能力は対人戦に慣れ過ぎている瑞穂にとっては遣り難さを覚える。リズムや間合いの取り方が違うから当然だろう。

 しかし、距離を取り、受けに回り、後の先を取る戦い方に変えれば、見切れる(・・・・)

 年齢制限が有るとは言えど、日本一の女剣士だ。初見の相手への対応方法は判っている。


 猿の動きを見極め、敢えて削る様に傷を負わせ、苛立たせながら軽く挑発も交える。

 装備品の剣を使っているとは言え、純粋な自分の力だけで優勢に立ち回れている事には感心する。



「──【ロックボール】っ!」



 其処へ、澄乃が魔法を撃ち込む。

 火属性・風属性では瑞穂を巻き込むかもしれないという懸念が有る。水属性では効果が低い可能性が高い。だから土属性。速度も瑞穂なら回避可能。

 其処まで考えて、なのだろう。冷静な判断だ。


 ──が、当然ながら猿も群れを率いていた個体。決して愚かではないから気付き回避しようとする。しかし、その足は動く事を許さない。

 瑞穂によって断ち切られた両足の腱。回復手段を持たない猿は困惑するしかなかった。


 俺の経験からモンスターの殆どは、その姿に倣う身体の機能を有していると考えられる。

 そう鞠花達には話してある。だから、見るからに動物的なモンスターの倒し方は現実的になる。

 目潰しや足脚を狙う様にだ。


 瑞穂が上手いのは攻撃を上半身に集中させる事で下半身──足脚を狙っている事を悟らせず、尚且つ自分の攻撃の威力を低く見せていた事だ。

 だから、瑞穂との戦いの中で猿は学習し(・・・)、頭の中に判断基準を植え付けさせられた。

 澄乃の魔法に気付き、脅威度を比較し、判断する一瞬の隙を瑞穂は見逃さずに腱を斬った。

 速く、鋭く、痛みを感じる間も無く。


 だから、動かない、動けない事に思考が混乱し、回避は勿論、防御する事も出来ずに──命中。

 澄乃の放った石球が猿の頭を直撃した。


 それでも、即死しない辺りは流石と言うべきか。人であれば意識不明の回復困難な状態のへしゃげた頭部の中で、眼球──瞳孔が澄乃を捉えている。

 戦意は失われず、強烈な怒気と殺意が向けられ、戦闘関係ではド素人の澄乃は怯んでしまう。

 だが、逃げたりはしない。息を飲み、自分自身を奮い起たせて睨み返す。


 澄乃が睨み付ける中で──猿の頭が宙を舞う。


 「余所見とは感心しないぞ?」と言うかの様に。剣を放り抜いた姿の瑞穂が立っていた。

 何時でも殺れただろうが、自分と澄乃の初戦闘。特に澄乃に実戦の空気を感じて貰う為に、此処まで引っ張っていたのだから、上出来だ。


 まあ、その後の魔石の回収作業の方が難題だが。



「くっ……これは何とも言えないな……」

「……ぅぅ~っ……」



 倒した猿の死体から魔石を抜き取る二人。

 俺と鞠花が見本に遣って見せ、二人が挑戦。

 ただ、俺は普段、キューブで楽をしているしな。今の二人の様に思ったのは僅かな間だったな。

 鞠花は最初から平気だったらしい。御家の方針で幼い頃から自分で山鳥や野兎、鹿や猪等を狩って、捌いていたそうだ。

 確かに、それなら慣れるし、抵抗も無いか。



「だが、ゴブリン等の人型は? モンスターだとは判っていても多少は嫌悪感は無かったのか?」

「私の場合に限れば御母様が医者という事も有って幼い頃から解剖や手術等の写真や映像を見る機会も多かったし、私自身も研究者として色々考える上で御母様達の伝手を頼りモルグ等で御遺体を前にする事も有ったから自然と慣れていたわね」

「医者を志すなら、血や内臓のグロテスクさ等には慣れないと無理だから、それと同じ様なものか」

「そうね。そんな感じだと思うわ」



 そんな他愛無い話をしている内に、二人が魔石の回収を終えた。戦闘よりも疲弊しているな。

 キューブ内に水を生み、それで手等を洗わせる。普通はダンジョンでは魔力の無駄遣いになるので、気にはしない事だが、俺の場合は魔力が有るから、こういった贅沢な真似も出来る。



「率直な感想を言えば、思っていた以上だったな。瑞穂は当然だとしても、澄乃は初めてにしては十分遣れていたと言える」

「……そ、そうですか?」

「ええ。私から見ても想定していた以上だったわ。初めてとは思えない位に、ちゃんと戦えていたし、自分の役割や状況も見えていたもの」

「最後の気合いも良かったな。正直、あんな闘志が澄乃の中に有った事には驚いている」

「……あ、晶さんや皆が居てくれるから……」

「それでもだ。そして、その勇気こそが苦しい時に自分を支える自信に成る」

「…………が、頑張ります!」

「ああ。だが、程々に、自分らしくな?」

「自分を見失うのは晶の腕の中でだけよ?」



 鞠花、それは澄乃も苦笑するしか出来無いぞ? まあ、ある意味では間違いとは言えないがな。

 其処で流れ弾を受けて、思い出して顔を真っ赤にしている瑞穂がいるから広げはしないが。


 取り敢えず、このまま進んでも問題は無いな。

 目的地に向かって行く事にする。



「そう言えば、貴男のスキルの【編成】で、私達はパーティーに成っているのよね? パーティー化の効果というのは聞いていただけなの?」

「どうなんだろうな。ゲームだと、経験値の共有や均等分配、アイテム等の効果対象になる、といった感じだが……実際の所は不明だな」

「確かに判り難いスキルよね」

「だが、鞠花達もジョブを得れば、レベルを上げる経験値の共有が起きる可能性は高いな」

「ジョブ……まだ実感が無さ過ぎて判らないわね」

「それは俺自身も同じだ。どんな恩恵が有るのかも判ってはいないからな」

「召喚士だったわよね? 名前通りなら何かしらを召喚して使役するのかしら?」

「それは俺も考えたが、それらしい物が無い」

「…………あ、あの、テイムしたり、契約したり、という可能性は……どうなんですか?」

「もしかして、澄乃はゲームとか好きなのか?」

「……は、はい」

「そうだったのか」

「……ゲ、ゲームは一人でも出来ますし……ネットでなら顔を合わせないので……」

「へぇ~……そういう物も有るのね」



 鞠花も瑞穂も其方方面は疎いからな。そういった話が出来るのは俺としても助かる。説明をする際に伝え易い表現や実例を出し易くなるからな。

 ただ、澄乃の場合、それが原因で引き篭り具合が進行しそうだから心配になるが……大丈夫か。

 今は俺達が一緒だからな。



「テイムとなるとモンスターが対象だが、今の所は対象になる存在は皆無。契約にしても、それらしい存在は見た事も無いし、匂わせ(・・・)も無いな」

「【刻印】が刻まれた私達を召喚する事は?」

「それも今の所は出来無いな」

「……謎だらけだな」

「まあ、俺以外にジョブを得た者が居ないからな。判らないのも仕方が無い事だ」



 抑、判らなくても困りはしないからな。現状ではジパングを除けば、俺に攻略出来無いダンジョンは存在しないだろう。

 勿論、ダンジョンの内容によっては時間が掛かる事は仕方が無いが。不可能という事は考え難い。

 だから、特に焦りはしない。

 知りたいという欲求が無い訳ではないが。それは先の楽しみという風に考える事も出来る。




 七度の戦闘を経て、目的地に到着。

 ゴルフのグリーンの様な芝生みたいな草の生えた少し盛り上った場所にヒーラル草が三株。

 物は試し、という事で鞠花達に採取を任せる。

 問題無く採取は出来たが……鞠花がヒーラル草を見詰めながら何かを考えているのが判る。



「晶、貴男はGランクのダンジョンに潜った経験は無いのよね?」

「ああ、そうだが……それが?」

「私はGランクだけだから、不思議には思わないのだけれど、一般的に知られているダンジョンには、こんな風に植物は生えてはいないわ」

「そうなのか?」

「ええ、Gランクの──冒険者が主に攻略しているダンジョンは現在知られているのは洞窟型だけよ。Fランクになると遺跡型と二種類になるわ。だから此処みたいな自然型は未発見になるわね」

「……す、凄いです」

「だから当然、こんな風に採取された物は無いの。ダンジョンから獲られる物はモンスターの魔石と、宝箱から回収出来た物だけ。それが常識よ」



 そう鞠花に言われながら──思い出す。

 ()の記憶では、確かに潜っていたダンジョンとは洞窟型ばかりだった。

 身体強化が実用化される頃には今とはダンジョン全体の状況が変わっているのだが。

 つい、新しい方の記憶(情報)を意識してしまう。


 仕方が無い事ではあるのだが……油断だな。

 鞠花達に【刻印】が施された事で、無意識の内に三人に対して自分に不利益な真似はしない存在だと勝手に位置付け、思い込んでいた様だ。

 【刻印】により、三人は俺の妻で、所有となる。だが、思い通りになる存在という訳ではない。

 精神や魂を洗脳・魅力・従属させる訳ではない。飽く迄も、絶対の所有権が発生しているだけだ。

 今、それを気付けて良かったと思おう。


 瑞穂と澄乃は知らないから普通に訊いたりする。俺は知識に偏りが有るからズレている。

 その体を忘れず、少しずつ知って修正してゆく。



「俺にとってはダンジョンから宝箱以外での採取は当たり前の様に出来ていた事だったが……確かに、言われてみると、最初はダンジョンからの採取物が有るとは思ってはいなかったな」

「切っ掛けは何だったんだ?」

「話した様に、俺のダンジョン初挑戦は特殊過ぎて殆ど手探りの状態だった。だから、ダンジョン内の何処に通路が有るかも判らなかったから、兎に角、壁や床や天井は常に触ったり、攻撃したりしたな。最初の採取は偶然からだったが……」

「それが習慣化した訳ね」

「ああ。だから採取物は有る物だと思っていた」

「貴男の置かれた状況だと仕方が無いわよね」



 そう言って苦笑する鞠花。

 若干の罪悪感は有るが──誤魔化せた事に安堵。話しても信じてはくれそうだが、ややこしくなる。それは避けたいからな。



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