踏み入れしは
一人よりも二人、二人よりも三人。
良い意味で言えば、助け合いになるのだろうが、それが結託されると恐怖になる。
そして、止め時が難しくなる。
澄乃が予想以上に積極的だからな。いや、昨夜の言動からも判ってはいた事だが……朝から貪欲で。中々終わらなかった。
澄乃さん? 今日はダンジョンに行くという事を忘れてはいないかな?
「仕方が無いわよ。貴男を求める気持ちと欲求には抗えないもの」
「建前としてではなく本音は?」
「澄乃ちゃんだけはズルいから私達ともして」
「素直で宜しい」
「御褒美は?」
「……汗を流す前に一回ずつな」
「火が点いたら?」
「夜まで御預けだな」
「切なくて狂いそうだわ」
「それなら無しで」
「一回だけでも嬉しいわ」
そんな遣り取りをしながらの朝の鍛練。
瑞穂でもなのだから、外へと出る事が少なかった澄乃は更に話す余裕も無い。
「ベッドの上で見せた元気は何処に行った?」と意地悪ではないが、言いたくもなる。
だが、遣りたい時と、遣らされている時とでは、そのテンションやモチベーションに大きな差が有る事実も間違い無い。
特に、苦手な事や意味不明な事を遣らされている時には遣る気というのは出て来ない。
だから、鞠花も御褒美をチラつかせてみる訳だが気にする余裕すら無い様だな。
澄乃は兎に角、基礎体力作りからだな。
諸々を終えると、海岸に転移する。
一番近いEランクのダンジョンは距離と方角から八丈島の近くだと判明している。
乾島からだと遠くなる為、海岸から目指す事に。鞠花達も一緒に行ける距離で、海中移動だからな。心の準備、という意味では悪くないだろう。
──なんて思っていたが、三人共余裕だったな。澄乃ですら、意外と落ち着いていた。
……考え過ぎだったか?
そんな風に思いながら周囲を確認する。
上陸したのは八丈小島。八丈島の北西に位置する小島で、最初から人は住んではいない。
前世ではどうだったのかは知らないが、此処では歴史としては無人島となっている。
八丈島の方には、それなりの人々が住んでいたがダンジョン災害で脱出。今は無人となっている為、目撃される心配も無い。
離島は監視するのが難しい上に、気にする必要が大して無い事から安心して行動出来るのが良いな。陸地に近い島は監視されているから。
見た限り、当然だが道など一切無い。野生動物も居ないから獣道さえ存在しない。植物の楽園だ。
開拓する訳ではないので、島の外周に沿って時計回りに進む事にする。そうすれば羅針盤が八丈島の方を指せば向こう側に有り、真っ直ぐなままなら、更に先──海中に有るという事が判る。
「……これは…………上か?」
島の沿岸部の北東で確認すると、西北西の海岸に上陸した時点では南東を指していた羅針盤の針が、今は南西を指している。
つまり、ダンジョンは八丈小島に在る事になる。
「それって、つまり……ジャングルに入るの?」
「安心しろ。虫一匹居ないから」
「虫は平気だけど……被れたりしないかしら?」
「ポーションが有るから問題無いだろ?」
「……貴重品なのよ?」
「俺にとっては御前達の方が遥かに大事だ」
そう言ったら抱き付かれた。
気持ちは判るが、止めなさい。時間は有限だから今はダンジョン探索が最優先。さあ、集中!
島にある大平山の八合目辺りで出入口を発見し、手を繋いで中へと入る。
俺が先頭で、鞠花・澄乃・瑞穂の順。俺と瑞穂が即応出来る様に両手を空けておく。
まあ、特に問題も無く入れたのだが。
「……こ、これがダンジョンの中…………」
「……見た目は兎も角としても思っていた感じとは違うのだな」
「まだ入ったばかりだからね。出入口の有る空間はモンスターの出現は勿論、接近も無いから」
「そうなのか?」
「所謂、安全地帯だ。ただ、一歩先の通路に入ればモンスターは出てくる。気を抜くと死ぬぞ」
「……そうだな。それがダンジョンだったな」
そう言いながら、視線を口を空けている暗がりの通路へと向ける瑞穂。しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。
やはり、実際に試してみたいのだろう。今現在の自分自身の実力というものを。
入る前に装備等は確認している為、そのまま先に進んで行く。暗がりの為、基本サイズのキューブを作り、内部で発光させて簡易照明に。
「……貴男の固有魔法って本当に規格外だわ」
「最初から出来ていた訳ではないがな」
「勿論、貴男の努力有っての事だとは判るけれど、縛りの条件も考え方によっては緩いと思うもの」
「まあ、当初は単なる魔力塊というだけだったから注目もされてはいなかったしな」
「例の出入口が未出現のダンジョン?」
「そうだな。生きて帰る為には足掻くしかなかった状況で考えに考えた結果、という感じだな。まあ、追い込まれてから、というのが情けないがな」
「それでも強く成れたのだから結果オーライね」
「まあな」
「もしも仮に、其処に私が落ちていたとしたら生還出来ていたと思う?」
「……正直に言えば厳しいだろうな。鞠花の場合、俺と出逢った時点で既に完成度が高かった。対して俺は魔力量も記録が残っている様に少なかった分、一種の覚醒みたいな事が起きたのだろう」
「箍が外れた、という訳ね」
「勿論、鞠花にも起きないとは言い切れはしないが可能性としては低いと思う」
「その根拠は?」
「実力や知識が有る分、合理的に考えるだろうし、諦め易くもあるだろう?」
「…………そうね。潔く戦って死ぬと思うわ」
「その辺りは瑞穂も似ているだろうな」
「……そうだな。私もそうすると思う」
「“足掻く”と言っても捉え方や考え方も様々だ。言葉にすれば同じだが、実際には異なる。だから、俺の足掻きは俺の物でしかない。同じ様にした所で同じ結果を得られる可能性は低いだろうな」
「まあ、そうよね……」
「それに、知ってしまった事でも条件が変わるから同じ状況には成り難い」
「……つまり、貴男は奇跡の様な存在という事ね」
「確かにな」
「す、凄いです……」
そう鞠花達に言われて、悪い気はしないのだが、つい、「誉めても何も出ないぞ?」と返し掛ける。言えば確実に「中に沢山出してくれないの?」とか言ってくるだろうから飲み込む。遣る事は遣るが。今はダンジョンの中に居るのだから緊張感が大事。余裕と油断は似て非なるものだ。
モンスターと遭遇する事も無く洞窟の様な通路を進んで行った先に光が見えた。
出入口の有る空間から100m程進んだ所で通り抜けた先には予想外の景色が広がっていた。
「…………これがダンジョンか……」
「………………そ、想像以上です……」
「……ねえ、晶。私はGランクのダンジョンにしか入った事が無いから判らないのだけれど、Eランク以上のダンジョンは、こういうものなの?」
「いや、これは俺も初めてだな」
「「────え?」」
鞠花との会話を聞き、瑞穂と澄乃が振り向く。
不安になる気持ちは判るが下手な嘘や誤魔化しは自分達の首を絞めるだけだから言いはしない。
今、俺達が見ているのは、広大な大自然。旅行の紹介に使われていそうな美しい森が広がる景色だ。山並みの様に見えるのは天井に続く岩肌の壁だが、天井までは300mは有るだろう。直径1km以上の面積は有るだろう巨大な地下空間。
地殻変動か地盤沈下で山や森が落下し、そのまま特殊な環境が形成された。
そう説明されれば、納得してしまう様な景色。
驚くと共に、圧倒されてしまう。
「俺は上位ランクのダンジョンを攻略してはいるが数としては5基。これが6基目だから、持っている情報量自体で言えば鞠花よりも少ないだろう」
「こんなの、私も知らないし、聞いた事も無いわ」
「俺も水中や火山という特殊な環境のダンジョンを除くと遺跡型や蟻の巣の様な普通のダンジョンだ。こういうタイプは初めてになる」
「……どうするの?」
「……ちょっと待ってくれ。確かめたい事が有る」
そう言って迷宮刻記を取り出す。
まだ入って間も無い為、地図としては白紙に近い状態なのは当然。目的は地図ではない。
機能統合された秘宝の所在を使う。これにより、点在する採取物や宝箱の位置が判る。
「……二十ヶ所か」
「それは?」
「採取物や宝箱の位置を示したものだ」
「……反則ね」
「手に入れたのは四基目だから実際に使った回数は限られているが……まあ、便利なのは確かだな」
「Gランクのダンジョンだと、宝箱は一基に三つも存在しないけれど、上位ランクだと多いの?」
「いや、ダンジョンによって数は異なるな。ただ、この様子からして、最低十五ヶ所は採取物だろう。答晶で調べてもいいが、回収するのなら無駄な手間だからな。其処は気にしない」
多分、森林が主体の地形だから薬草系がメインの可能性が高いだろう。
気になるのは、特殊条件が何になるのか、だな。初めての型だけに、じっくりと調べたいが鞠花達も一緒だから長々とは遣りたくはない。
肉体的・精神的に疲労が溜まると危ないからな。
「──という事は、このまま?」
「ああ、取り敢えず、一度戦闘してみよう。相手の数は俺が調整する。一対三で戦えるのかを見たい」
「……だ、大丈夫なの?」
「初めてだから何とも言えないが……楽しみだ」
初ダンジョンとなる澄乃は不安そうだが、瑞穂は挑戦者としての姿勢を見せている。
鞠花は冒険者として実戦経験も実績も有るから、落ち着いている。二人の様子を見ているし、指示や判断は鞠花に任せていいだろう。
俺は周囲の警戒をしながら、観察させて貰おう。ただ、その前にリラックスさせる意味で少し。
「Eランクのダンジョンに存在するモンスター達はEランク以下だ。何が居るかは判らないがな」
「GランクやFランクのモンスターも居る訳?」
「ああ。但し、ダンジョンのランクより低い場合は群れている数が多くなる傾向になるから要注意だ」
「Gランクしか知らないと判らない事ね」
「FランクでもGランクのモンスターは群れている場合も有ると思うが?」
「Fランクに挑戦出来る実力の有る現役って本当に数が少ないのよ。しかも、今は魔導器開発も有って有力者達も安全第一になっているから……」
「Fランクでも情報不足なのか……」
「寧ろ、貴男が規格外に凄いのよ。もう魔力持ちの女性を片っ端から妊娠させない?」
「どう考えたら、今の話の流れでそうなる?」
「優秀な魔力持ちが増えれば攻略が進むもの」
……また否定がし難く、本質を突いた事を……
こういう部分が鞠花の凄さだとは思うが、自分が無関係ではないから肯定はし辛い。
これが他人事なら、鞠花に賛成する所だがな。
そう思っていると、瑞穂が口を開く。
「しかしだ、鞠花。それだと最短でも16年後だ。それよりは晶が活躍する方が確実ではないか?」
「それはそれ、これはこれよ。それに晶が妊娠する訳ではないのだから、孕ませるだけいいのよ。晶は攻略と子作りを並行して行い、魔力持ちの女性達は妊娠と出産を繰り返して、兎に角、分母を増やす。魔力持ちの数が増えないと攻略や研究も安定せず、私達人間の未来は行き詰まる事になるわ」
「……成る程な。それは確かに一理有るな」
思わず、「もっと頑張って反論してくれっ!」と言いたくなってしまう。俺も納得はするが。
澄乃は…………妄想中か。まあ、不安を忘れて、ダンジョン内でエロ妄想が出来る余裕は凄いがな。小声で言っている事は聞かないでおく。
つい、「いや、どんな妄想だ?」と言いたくなる様なワードが聞こえるからな。
「はっきり言って、晶は世界を変える──いいえ、救う存在になると私は思うわ。だから、世界中から優秀な魔力持ちの女性を集めるべきだと──」
そして、鞠花の演説も聞きたくはない。
取り敢えず、一声掛けたら一番近い反応が有った場所に向かう。着いては来るだろうから。




