紆余曲折を刻み
瑞穂の叔母夫婦──家族と会ってみれば、納得。あの程度の歪みで瑞穂が済んだのは、この家族との絆が有ればこそだと感じずには居られなかった。
俺の場合は中身が別人だからな。面倒になる様な親類縁者が居なくて良かったとは思うがな。
「妹も弟も可愛いわね」
「従妹弟だが、可愛さでは同じだな。歳が上がれば多少は生意気にもなるが……まだ赦せる」
「いや、瑞穂、そういう意味での話ではない」と言いたいが、面倒なので飲み込む。その辺りの事を俺から説明したいとは思わないからな。
……いや、瑞穂も価値観としては似ているから、否は無い気もするな。
家族は皆、しっかりとした倫理観が有った様には思えたが…………魔力持ちだからなのか?
まあ、確かに魔力持ちの数は少ないし、能力面も遺伝上では安定はしていないから…………そうか、成分的な本能という意味では正しいのか。
いや、納得したから駄目な気もするが……実際は拒否権なんて無い様なものだからな……勿論、俺の問題であり、贅沢な悩みなのは理解はしているが。一夫多妻は兎も角としても、御義母さんとの子作りというのは流石になぁ……いや、意義は判るが。
せめて、未亡人だったらなぁ……精神的に少しは受け入れ易いのだが。勿論、余計な事は言わない。自分の首を絞める可能性が高いからな。
学校や仕事、日常的な買い物でもないのに、二日連続で同じ場所に遣って来る事が有るというのは、滅多に無い事だと思う。
しかも、女性が主体の場所に。内容的にはナンパみたいなものだから、何とも言えない。
「俺は向こうの公園で待っているからな」
「一緒に行かないの?」
「瑞穂が一緒とは言え、人見知りの彼女に見知らぬ男と会って直ぐに話せというのは酷だろ?」
「……そうかもしれないわね」
「最初は二人で会って話をしてくれ。その方が話し易いだろうし、落ち着き易いと思う。その上で二人から見ても俺と会っても大丈夫そうなら顔合わせをするという流れにしよう。その方が彼女にとっても気持ちの準備も出来て楽な筈だ」
「……そうだな。その方が良いだろう」
「判ったわ。任せて。ちゃんと話を纏めるから」
「鞠花、あまりグイグイ行ってやるなよ?」
「どうして? その方が楽だと思うけれど?」
「人見知りにも色々タイプが有るからな。瑞穂から聞いた感じだと、積極的に行き過ぎると怖がるな。怯えた仔猫や仔犬を前にしているつもりで行け」
「成る程ね……判ったわ」
そう鞠花に話している横で、苦笑している瑞穂。その表情から「それは流石に……」と言いたいのを察しはするが、必要な事だからな。
鞠花に悪気は無いが、鞠花のペースで話をすると押し切る可能性が高い。勢いで了承しても、彼女が俺を目の前にして錯乱したりすると精神的に悪影響でしかないからな。その後の関係構築という面でも影響が残る事は避けたい。
そういった諸々を考えると鞠花には自重して貰う必要が有る。瑞穂の時とは違うからな。
瑞穂の場合には従妹を助けたという大きな実績が有ったから人間不信の傾向の有る瑞穂も俺達の話を聞いてくれた。勿論、鞠花の知名度も有ってだ。
それに瑞穂自身の精神的な強さも有る。だから、彼女も同じ様に行くとは考えてはいけない。鞠花も判ったてはいるだろうが、積極的だからこそ、つい失念してしまう事も有る。それを考慮すれば事前に抑止力を働かせておくべきだからな。
その場には居なくても俺の事でもある。最低限の遣るべき事は遣っておかないとな。
駐車場で二人を見送ると、言った様に近くに有る公園へと向かう。
一辺20m程の面積の小さな公園だが、子供用の遊具等の有るタイプではなく、緑の多い大人向けの都会のオアシスといったタイプ。
この世界では環境保護や自然科学が発達している事も有って街中にも自然は多い。
ただ、制限が無ければ、どんどん開拓・開発して自然を無くしてしまうのが人のエゴでもある。
その為、この世界──この国の建築等に関係する法律というのは非常に難しくなっている。
それも、ダンジョンという自然災害以上の災害が存在するからなのだろうな。
そんな事を考えながら自販機の前に立ち、普通にコーヒーを買おうとして──指を止める。
あの日はコーヒーから始まった。
それを思い出したからだ。
──が、それを気にして欲しくもない物を買う。そんなヘタレには成りたくはない。此処は気にせずコーヒーを買うべきだ。
──というのも、フラグだったのだろうか。
何故か、勢い良く出て来た缶コーヒーが。
何故か、取り出し口のカバーが無くて。
勢いのままに飛び出し、転がって行った。
予期せぬ展開に反応出来ず、「……え?」と目で缶コーヒーを追っていたら──其処に人が来た。
それを見た瞬間に反射的に駆け出していた。
灰色のパーカーを着て、フードを被っている為、パッと見では性別・年齢は判らないが、一人。
横から転がって来ている缶コーヒーには気付いた様子が見られない。イヤホンでもしているのかも。そうだとすれば異音には勿論、俺が大声を出しても気付かない可能性が高い。
そう考えている中、缶コーヒーを踏んで、漫画の一コマの様に足を滑らせ、後頭部から地面へ。
叩き付けられる直前。スライディングをする様な格好で身体を滑り込ませ、ギリギリで間に合った。自分に落ち度が有った訳ではないが事故に成らずに済んで一安心する。
後で公園の管理者に──いや、自販機メーカーに連絡をしておこう。行政より、企業の方が局所的な対処は早かったりするからな。
それは兎も角として、抱き止めた人の方だ。
咄嗟の事だったとは言え、いきなり抱き止めれば相手も驚くだろうし、戸惑いもする筈だ。しかも、それが女性──女の子ともなれば尚更にだ。
地面に座り、後ろから抱き締めている様な格好で受け止めた為、顔は見えないが。女性だという事は否応無しに判る。
直ぐに退けはしたが、抱き止めた時に胸に触れた感触からして間違い無い。痩せた男に胸が大きな者というのは先ず居ない。人工的ではない限り。
だから、直ぐに判った。ガッツリと握ったという訳ではないのに存在感が有ったから。
だが、それはそれ。別の事が気になる。何しろ、ちょっと心配になる位、俺の上で動かない。
……胸に触れてしまった事が原因だろうか?
「大丈夫だったか? 怪我はしていないか?」
「……………………ひゃあっ!?」
「よし、意識は有るな」
声を掛けても反応が無かったので、セクハラだが少し脇腹を擽ってみた。
反応が有って良かった。受け止めたとは言っても気絶したりする事は有り得るからな。
まあ、その確認方法は批難されそうだが。
正直、鞠花や瑞穂だったら平手打ちの一つもする所だろう。まあ、その前に硬直する様な事は無いと思うが。絶対とは言えないからな。
──で、その女の子なんだが……どうしてなのか俺の上から動かない。腰が抜けたのか?
そう思い、改めて声を掛ける。
「大丈夫か? 無理はしなくていいから、痛み等が有るのなら、はっきり言ってくれ」
「……ぁ…………ぉ…………ぃ……」
「ゆっくりでいいから、深呼吸出来る?」
そう聞けば、小さく頷いたので、肯定する意味で頭を撫でて深呼吸を促す。
密着している──と言うか、膝の上に乗せている格好なので彼女の呼吸に合わせて、身体の動く様が伝わってくる。
呼吸している様子を見る限りでは身体の何処かに痛みや苦しさが有る様には感じないのだが捻挫等は立ったりしてみないと判らないからな。
「……ぁ、あの……ぁ、有難う、御座います……」
「いや、此方等こそ済まなかった。故意ではないが自販機の取り出し口のカバーが無くて缶コーヒーが飛び出して行ってしまった」
「…………ど、どうしてですか?」
「ん? それは俺には何とも──」
「ち、違います!」
グルンッと身体を回転させて急に此方等を向いた女の子の顔を初めて見る。
鼻が隠れる程に長い前髪は毛量も多く、顔立ちを隠してしまっている。判るのは顎の形と小さな唇。フードから溢れた髪は意外と長かった。
──という様な事を考えないと、彼女の事を変に意識してしまいそうになる。何しろ、膝の上に居て身体を回転させた。上半身を捻っただけとは違う。90度以上身体を動かせば、如何に彼女が軽くてもピンポイントで刺激を受ける。反応はしない様にと意識を逸らしても刺激されれば反応するのが男の性というものなのだから。
「取り敢えず、退いて」と言えたら楽なのにな。流石に言える状況ではない。空気を読めるから。
一方で、彼女は彼女で状況に気付いたらしい。
「……はうっ!?」と判り易く声が出ていたから。それでも退くに退けないというか、軽く混乱中か。軽く身体が揺れている。
……その刺激が微妙に困るな。
ただ、深呼吸し、彼女が立て直しているので今は大人しく待つ事にする。
……鞠花ではないが、妹が居れば、こんな感じで話したりもするのだろうか。
…………いや、実兄妹で、この格好は無いよな。客観的に見たら、先輩後輩という感じだろうな。
……誰も見てはいないよな?
今は確認が出来無い状況だから無性に気になる。目撃者が居ない事を祈るしかないか。
「……その……貴男の所為じゃないのに、どうして助けてくれたんですか?」
「あー……正直に言えば反射的にだな。後付けなら責任は無くても全くの無関係ではないからだな」
「…………そ、それだけで?」
「人を助ける時なんて、そんな物だからな」
瑞穂の従妹を助けた時も、そうだったからな。
彼是考えてから動けるのなら、咄嗟に動くなんて誰も遣らないだろう。その方が自分も相手も安全に助ける事が出来るだろうから。
ただ、咄嗟にだから間に合う事も少なくはない。まあ、その分、怪我し易かったりもするが。其処は仕方が無い事だろうな。咄嗟なのだから。
訊いた彼女は呆然とする様に口を開けている。
……何か御菓子が有れば放り込んでみるのにな。鞠花達には指を入れるのも有りか。勿論、汚れてはいない場合は、だがな。
そんな事を考えていると彼女が我に返り、状況に気付いて慌てて退け様として──転けた。
だが、堪えた。
俺の頭に抱き付く様な格好で。うん、柔らかい。鞠花達とも遜色の無い立派な実りだ。
そう思いながら、急上昇する鼓動と体温を感じ、取り敢えずは動かない様にする。二次災害を招くと状況が悪くなるだけだから。
「──っ!? …………ぅぅ~~~~~っ…………」
俺から離れて、胸を隠す様に両腕を組むのだが、それは逆に強調している事を教えたくなる。
言ったら言ったで、状況が悪くなるだろうが。
だから、余計な事は言いはしない。
立ち上がり、ズボンの土を払う。触った感じでは破れたりはしていないな。流石はジーパンだ。
「取り敢えず、大丈夫そうで良かったよ」
「……その……ぁ、有難う御座いました……」
「余計な御世話かもしれないが、フードを被るならイヤホンはしない方が良い。視覚も聴覚も塞いだら避けられる物も避けられないからな」
「……はい、気を付けます……」
「それじゃあな」
「…………ぁ……」
缶コーヒーで確保し、その場を離れる。
あまり関わると変なフラグが立つだけだからな。もう十分に間に合っている。
取り敢えず、何処かでベンチに座って一息吐き、それから件の自販機メーカーに電話をしよう。
クレームではないが安全の為にも伝えないとな。放置したら同様の被害が出るだろうから。
「──ん?」
上着のポケットに入れていた携帯が震える。
「鞠花達、無事に会えたのか」等と思いながら、取り出して見ると──表示されていた名に驚く。
携帯に登録はしているのだから掛かってくるのは当然だと言えば当然なのだが。
その名前を見た瞬間、出る事に躊躇する。
出ない訳にもいかないから出るしかないのだが。嫌な予感もしている。




