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揺れ動いては


 手にした木刀の握り具合を確め、軽く素振り。

 掌、手首、肘、肩と問題は無く、下半身も同様に軽く動かして確認する。


 視線を向ければ、しっかりと両手で持った素振りをしている彼女の姿が有る。

 ……上段になる瞬間に横からだと、その大きさが強調されるのは男にとっては凶悪だな。


 ビルを出て、車で移動してきたのは自宅。

 そして庭で彼女と手合わせする事に。


 口説き文句ではないが、覚悟を問い、彼女に手を差し出した俺を見詰めながら彼女は考え込んだ末に俺と手合わせをしたいと希望した。

 「弱い男には興味が無い」と挑発付きで。

 「一目惚れは何処に行った?」と言いたくなるが空気の読める俺は余計な事は言いはしない。


 人目に付かず、迷惑にも為らない場所という事で此処になったのだが……鞠花が「直ぐに既成事実を作れるわね」と言ってきた。そんな意図は無い。

 彼女には集中を乱す様な事を言いはしないのだが俺には平気で言ってくる。

 まあ、その程度で俺が負けるとは考えてはいないのかもしれないが。身体強化は無しの純粋な技術の勝負だから、絶対とは言えない。何しろ、限定的な括りとは言え、日本一の剣士が相手だからな。

 ……ああ、何だかんだで俺も楽しみなのか。



「準備は良いかしら? それじゃあ……始めっ!」



 鞠花の掛け声と同時に踏み込む。

 一歩で剣先が首筋に届く間合いまで入るつもりが途中で打付かり合って鍔迫り合いに。

 リーチ差を埋める為には最善手だが、初見の相手だから様子見するだろうと見ていたが……成る程。その鋭さは戦場に在ってこそ、という訳か。



「素人相手に本気とは大人気無いな?」

「素人? 私には何百何千何万と斬り殺して、生き残ってきた修羅が居る様に見えるが?」

「それはまた随分と物騒な評価だな。妹さん的にはヒーローっぽい印象なのだろう?」

「ヒーローとは数多の敵を屠って強く成っていく。その血と屍の数無くしては輝けはしない」

「“千人殺せば英雄”か……」

「実際には人とは限らないだろうが、なっ!」



 鍔迫り合いをしていた上半身は引き、その勢いを利用しながら右膝を振り上げる。

 ……金的狙いか。容赦無いな。


 体勢を崩され、前のめりになれば、それで決着。均衡が崩れる瞬間というのは最も致命的となる。

 だから武術・武道というのは如何に軸を崩さずに居られるかを追究している。

 俺も習得した物に独自の解釈や試行錯誤を加え、ダンジョンでの経験で実用化している。

 当然、この程度では崩れはしない。


 軽く後ろに引く様に重心を傾けながら左足を振り上げる事で爪先で彼女の膝裏を掬う(・・)

 特に力は必要無い。

 俺自身の体重移動の力と、彼女自身の体重移動の力を利用すれば容易く身体を回せる。

 彼女が気付いた瞬間には地面と御対面か、勢いが良過ぎて寝そべる格好になってしまうか。


 しかし、其処は流石と言うべきか。

 回される事に気付き、逆らわずに一回転(・・・)

 入れ替える様に後ろ回し蹴りの様に右足を撓らせ反撃してくる。当たりはしないが。


 それで一端、距離を置く。

 攻めようと思えば攻められるが……彼女の実力を見てみたいという欲求が勝る。


 一方で彼女の方は実力差を感じ取ったのだろう。大して動いてもいないのに頬を汗が伝っている。

 だが、戦意は健在。口元には笑みが浮かぶ。

 ……戦闘狂(バトルマニア)の気が有るのか。

 共通点が多くて、自分を見ている様だ。



「……恐いな。底が全く見えない」

()に怯えた時点で負けだと思うが?」

「確かにな。だが、止めるつもりは無い」

「その心は?」

「もっと貴男を感じたい、もっと貴男を知りたい」

「……告白にしか聞こえないな」

「ああ、私は貴男の妻に成ると決めた。他の男では私は満足する事が出来無い。だから──しっかりと責任を取ってくれっ!」



 そう言って突進してくる。

 木刀だが、凶器を持って狂喜する姿からは甘さは微塵も感じられない。随分と血生臭い決闘(デート)だ。

 そして、愛する男に()る気満々の刃を向けるなど正気の沙汰とは思えない奇行だろう。


 だが、俺と彼女に限って言えば、それでいい。

 これまでは振り絞り、出し尽くす事さえなかった彼女の全力を受け止めて尚、俺の強さを示す。

 力を以てしか示す事の出来無い純然たる格付けを行う事により、御互いが自らの立場を自覚する。

 それが生物としての根幹となる秩序なのだから。






「どうだった?」

「凄かった……思い出すと恥ずかしくなるがな」

「判る判る。私もそうだったもの」



 二階(・・)から下りてきた所で、鞠花が瑞穂(・・)に意味深な笑顔で声を掛けると、瑞穂が顔を赤くする。

 瑞穂の感想に鞠花が同意し、二人で盛り上がる。それは構わないが、瑞穂、先に風呂に入ろうな?


 鞠花の予言と言うか、予想通り、手合わせの後、瑞穂が抱き付いてきてキスされ、発情しきった顔で求められれば俺の方も昂っていた為、断れず。

 まあ、一応、キューブで隔離してはいたのだが、始まってしまえば御互いに求め合うのみ。彼是とは考えられなくなるのは仕方が無いだろう。

 事前に動いていた鞠花とは違い、瑞穂は風呂から出たら急いで連絡を入れていた。

 シャワーを浴びながら思い出した為、慌てて足を滑らせたのは二人だけの秘密。俺が抱き止めたので転けてはいないが……まあ、若さだろうな。


 一連の事が済む間、鞠花は待たされていた訳で、夕食は三人分が出来ている。

 判っている。夜は頑張らせて頂きます。



「御家族は?」

「喜んでくれている」

「良かったわね」

「ああ。それと、晶には一度直接会いたいそうだ。娘を助けて貰った御礼も言いたいと」

「瑞穂の家族にも挨拶をしないといけないからな。向こうの都合が良い日を聞いて置いてくれ」

「判った」



 内容としては、食事をしながらする会話ではない気もするのだが……気にする程の事でもないか。

 瑞穂は鞠花の料理に感心しながら料理関連の話で盛り上がっている。

 ……瑞穂は和食特化なのか。作る機会が無かったというだけみたいだが……珍しいな。

 いや、向こうとは違うのだから、そういう違いが有っても可笑しくはないか。

 …………だが、()は…………家庭の色だな。


 片付けをしている間に瑞穂が連絡をして、明日、向こうの御宅に伺う事になった。

 瑞穂の荷物も有るし、早い方が良いからな。



「…………成る程。確かに魔力量が増えているな」

「ね? 凄いわよね」

「…………どうした?」

「……私は魔力量が少なくて悩んでいた。だから、こんな形で悩みが解決するとは思わなくてな……」

「複雑か?」

「いや、これも愛の力だろう」

「……言ってから照れるな」

「し、仕方が無いだろうっ」



 キリッとした表情で言った直後に照れて顔を赤く染める瑞穂を思わず揶揄ってしまう。

 ただ、その遣り取りや雰囲気も心地好いと思う。考えてみれば、不思議な縁だからな。


 俺の事は瑞穂にも、ある程度は既に話してある。当然、瑞穂にも【刻印】が施されている。



「──つまり、もう一人候補者が居るのか」

「ええ、この娘がそうよ」



 鞠花が自分の携帯の画面を見せ──瑞穂が驚く。その反応を見て、俺と鞠花は顔を見合わせる。

 出身地や学歴等を見る限り、二人に接点は無いと思っていたのだが……これも縁だろうか。



「知り合いなの?」

「ああ、まあ……間接的にではあるが……」

「……? 歯切れが悪いわね」

「私と彼女は担当支援官(・・・)が同じなんだ」



 担当支援官。俺や瑞穂の様に魔力持ちで、両親や両祖父母が居ない十五歳未満の者を文字通りに支援している国家公務職の一つ。

 中学を卒業後、進路が決まれば、一先ずは対象外となるが、色々と相談したりする事も多いらしく、大体は生涯に渡って関係が続くそうだ。

 俺の場合、元婚約者の父親と繋がりが有ったから二度と関わる事は無いだろうがな。


 話を戻すが、瑞穂が躊躇ったのも判る。

 別に自身の境遇云々を気にしているのではなく、その彼女の方を気にしての事だ。


 鞠花が参照出来る情報は珍しい物ではない。

 だから、家族構成や現住所、病歴等の個人情報は知る事が出来無い。当然と言えば当然だがな。

 だから、担当支援官が付いているといった情報も知る事は先ず無い。本人と関わりがない限りは。



「それじゃあ、面識は全く無いの?」

「いや、荻野さん──私達の担当官だが、その人を介して初めて会ったのが五年前になる。それからは年に一度、多くても二度、顔を合わせる位だ」

「…………確かに微妙ね。連絡先は?」

「それが彼女は極度の人見知りで電話ですら正面に話す事が難しい」

「……顔を合わせているのよね?」

「最初はスケッチブックを使った筆談だったな」

「それは……かなり重度ね……」

「直近は?」

「今は普通に話せる。ただ、口数が多い方ではない娘だからな。はっきりと言う私とは意外と相性的に噛み合ったから難しくはなかったな」

「彼女も弥生学園よね? 入学後は大丈夫なの?」

「改善する為にも進学を選んだらしい」

「頑張り屋さんなのね」

「極度の人見知りだが、性根は良い娘だ」

「貴女が気に掛けている時点で判るわ」



 自然と二人の話す様子が思い浮かぶ。

 瑞穂の真っ直ぐさと面倒見の良さから考えても、人見知りな彼女は安心して接する事が出来るから、その距離感が良い関係に繋がるのだろうと。


 ただ、話を聞きながら疑問に思う事も有る。



「瑞穂、人見知りなのは判るが、電話でも話せないという事には理由が?」

「……トラウマだ」

「トラウマ?」

「御家族が亡くなった際に通話中だったのか?」

「あ……」



 俺の一言で鞠花は気付き、瑞穂が首肯する。

 それが原因で亡くなったという訳ではなくとも、電話をするという事、更には電話──携帯でさえも触れる事が難しくなる場合は考えられる。

 もっと酷いと、通信機器全般に対して拒絶反応が出ていても可笑しくはないが……どうだろうか。



「パソコンは使うのか?」

「駄目なのは電話・携帯だけだ。だから、連絡等は基本的にはパソコンの方になる」

「其方等のアドレスは知らないの?」

「一度、詐欺に引っ掛かったらしくてな。荻野さん以外には一切教えていない。一手間だが、急ぐ様な事は然程多くはないから問題無いらしい」

「そうなると、その担当官から連絡をして貰うしか彼女と会うのは難しいか……」

「いや、明日なら会える可能性が高い」

「そうなの?」

「病気・怪我等による場合を除けば、制服は本人の直接受け取りが原則だ。如何に人見知りだろうと、理由には為らない。それに荻野さんも今回の件では甘やかすつもりは無い。今後、社会に出れば多くの人と関わらなくてはならないからな」

「それ位は出来無いと生きていけないものね」

「魔力持ちでも役に立たないなら切り捨てられる。世知辛いが、それが社会という仕組みでもある」

「だが、明日ならというのは何故だ?」

「制服の受け取りは来週の月曜までだ。初日だった今日は知っての通り、土日は勿論、最終日の月曜も多いだろう。必然的に一番少ないのは明日になる」

「そうなると午前中より午後の方が良いわね」

「逆じゃないのか?」

「老若男女問わず、統計だけでみればね。だけど、彼処は午前中は学生以外の御客が多いから。彼女が事前にリサーチして知っているのだとすれば来店は午後にする可能性が高いと思うわ」

「……それは俺には判らない思考だな」

「ふふっ、そうでしょうね。瑞穂、御家族だけれど午前中でも大丈夫かしら?」

「ああ、何時でも大丈夫だと言っていたからな」

「それじゃあ、そういう予定で行きましょう」



 そう言って話を終わらせた鞠花は立ち上がると、俺の左手を握る。右手は瑞穂が。

 切り替えが早いな。もう少し余裕を……判った。二人になる分、時間の問題が生じるのは仕方が無い事だから、少しでも多くしたいのは当然だな。




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