重なり交わる
鞠花の荷造りが終わると車に運んでから、別室に案内されて彼女の祖父母に挨拶をする。
事前に聞いてはいたが、魔力持ちではあるものの二人は特筆して優れている訳ではなかった。
ただ、それは魔法使い・冒険者・魔導学の研究者としては、という意味での話。
実業家としては稀有であり、現代の制度・法律の確立にも大きく関わっている政財界の超大物。
まあ、そんな風には見えない、穏やかなで優しい祖父母という印象ではあるが。
鞠花さん、「三年以内には曾孫が抱けるわ」とか言わなくていいから。期待から来る圧力が凄いから止めて欲しい。「いや、流石に学生の内は……」と言えない雰囲気と流れになっているから。
それを除けば、特に問題も無く会話も出来たし、個人的にも前世の自分の経験等から話が合う部分も有ったので、馴染み易かった。
二人からは完全に孫娘婿、或いは孫娘の旦那だと認定されたみたいだ。曾孫パワー恐るべし。
──で、気付けば、午後7時。
鞠花の両親が揃って帰宅したと伝えられる。
まだ慣れない間合いに戸惑いは有るが、鞠花との事を話す分には緊張が解れている。
先に話せた御二人の御陰でも有るのだろう。
会食の予定だが、先ずは挨拶から。
その為、そのまま俺達は待っている。
すると、メイドさんが部屋のドアを開け、二人の男女が腕を組んで入って来た。
先ず目を引いたのが女性──母親の方。
鞠花が言っていた通り、仲が良い様だ。そして、鞠花と変わらない身長なのに主張の激しい膨らみ。視線を向けない様に気を付けるが、視界に入れないという事は難しいから困る。つい、目が行くから。気にならない、見ない方が可笑しいと思う。
しかし、そんな視線に慣れているのか、微笑んで態と強調する様に空いている腕を閉めて寄せる。
「どう?」と揶揄う様な笑顔には苦笑し、白旗。他意は有りませんが、素晴らしいと思います。
ふんわりとした柔らかい雰囲気に御茶目な一面。母性は勿論、人柄の良さも溢れている。
そんな隣には真逆でガチガチ緊張している男性。細身の長身だが、二人で並ぶと絵になる。
……俺と鞠花も、こういう感じか。
そう思っていると、男性──父親が俺を見詰め、唐突に動きを止めた。
「……あれ? 君は……あの時の!」
「……え?」
「あら、貴男、知り合いだったの?」
「昨日、魔導研で彼に助けて貰ったんだよ」
「そうなの?」
「……もしかして、あのコーヒーの?」
「そう、それ! あの時は有難うね」
──と、笑顔で御礼を言うが、直ぐに耳を掴まれ俺達から離れた場所に連行される。
……そう言えば、妻と娘にも注意されているって言っていたから昨日の件は黙っていたのだろうな。俺との再会で予期せぬタイミングで自爆した訳だ。申し訳無くも思うが、自業自得でもある。愛が有る故の御説教だろうから甘んじて受けて下さい。
「御父様だと気付かなかったの?」
「その時は研究員証を付けていなかったからな」
「あー……」
今は髪も髭も綺麗に整えられて、イケオジな顔が見えているが、あの時は判らなかった。
そして、鞠花の反応からしても、どういう状態で出会ったのか。察しが付いたのだと判る。
小さく「御免なさい」と「有難う」と囁く鞠花に手を握り、「何事も無くて良かったよ」と返す。
客観的に見たらカオスな状況だろうな。
そんな風に思うが、直ぐに思考から消す。女性の勘の鋭さを侮ると碌な事には為らないからな。
顔が腫れた父親──長峯博士を前に、という様な事には為らずに済んで良かった。
愛が有っても暴力は赦されない。
ただ、痛みを伴わなければ理解出来ず、学べず、身に染みない、というのも人の持つ性質。
そういった意味では、時には体罰も間違いだとは言い切れないのも、一つの事実ではあるだろう。
まあ、あれから一時間程、御説教は続いたが。
その間に鞠花と御祖父さん達から話を聞いた。
清乃宮夫妻の一人娘として生まれたのが、鞠花の母親である“清乃宮 美咲”。
同年代では圧倒的な実力者であり、ダンジョンを幾つも攻略している。魔力遺伝と回復魔法の可能性について研究し、実業家としても成功している。
研究者と医師、その両立の為に、自らが創立した病院の院長も務めている。
因みに、その病院の理事長は御祖母さん。
「うん、君にだったら鞠花を安心して任せられる。これからも宜しくね」
「はい、有難う御座います」
定番の「娘さんを下さい」は広がりを見せずに、あっさりと終了した。
いや、面倒臭いよりはいいが……いいのか?
その後は和気藹々とした会食を楽しみ、終了。
「泊まって行けばいいのに」と御義母さんからは言われたが……正直、落ち着かない。
買った荷物も有る事を理由に遠慮し──帰宅。
さささっと荷物を運び込み、空いていた一部屋に放り込んで今日は終了。片付けは明日以降に。
御風呂でイチャつき、そのままベッドに。
無事、結婚が認められて一安心。
翌朝、御義父さんから電話が有り、俺を魔導器のモニターに採用した事を伝えられた。
有難いが……それで良いのだろうか?
……良いらしい。鞠花が実力は保証してくれると昨日の会食で話していたからだろうな。有難う。
さて、今日は色んな意味で大変になるだろう。
取り敢えず、自宅から海岸まで転移する所から。事前に彼是と説明するのは面倒だから遣ってから。その方が二度手間に為らなくて楽だからな。
「…………え? 此処……海岸? …………え?」
自宅の庭から、一瞬で海岸に景色が変わった。
鞠花の反応は当然の物だろう。だから、ここから順を追って俺の固有魔法に付いて説明する。
まだ正式な研究者ではないが、独自に魔力技術の研究をしているだけあって、質問は俺の説明が全て終わってから。それも俺が感覚的に遣っている点に関してだけだったから感心する。
──が、話が終わった途端に俺は押し倒された。妻が肉食過ぎる件について。
「正直、固有魔法の概念が変わった気がするわ」
「俺自身、色々と考えて、試行錯誤した結果だから説明が出来るが、客観的に見たら、はっきり言って非常識でしかないだろうな」
「その上、魔力を使った身体強化の技術を実用化、実際に使っている……またムラムラしてきたわ」
「どんな性欲だ」
「世界一の男の血を求める女としての本能よ」
「誉められている筈だよな?」
「勿論」
「……何故か素直に喜べないな……」
「因みに、御母様と御父様は合意したわよ」
「それは知っ……まさか、其方のか?」
「ええ、三人分は欲しいそうよ」
「待て、増えてないか? いや、抑、道理は?」
「血の繋がった母子ではないのだから大丈夫よ」
「倫理観!」
「残念ね、世の為に亡くなられたわ」
「マジかぁ……」
「春休み中に母娘丼を用意するわね」
俺が知らない所で種付け交渉が纏まっていた。
…………トイレに立った、あの時か?
初訪問で、他所様の御宅だったからな。案内して貰って時間も掛かったから、隙が出来てしまうのは仕方が無いが……本気だったとは思わなかった。
どうにかして有耶無耶に出来無いか?
「御母様、ああ見えて雌獅子タイプだから」
「……狙った獲物は逃がさないと?」
「あの御父様を仕留めた女傑だもの」
「……納得」
話してみて改めて御義父さんは本当に研究者だと思わされた。その手の話題に関しては生き生きと。しかし、それ以外ではポンコツ感が凄かった。
非の打ち所の無い才媛と、一点特化の変人。
そんな形容が見事に填まる夫婦だった。
だからこそ、御互いの事は愛してはいるけれど、それはそれ、これはこれ。
御互いが必要だと思う事は尊重し合う。
……いや、俺との子作りは不必要では?
…………絶対に必要? そうですか。
妻であり、娘である鞠花に断言された。
よし、この件に関しては、考えるのは止めよう。成るようにしか成らない。
それより、更なる問題を説明しないとな。
鞠花を連れ、島へと転移する。
「…………此処は?」
「“乾島”だ」
「……ダンジョン災害で放棄された新島の?」
「そうだ」
「貴男が解放したの?」
「そうなるな」
「島に有ったダンジョンの数は?」
「3つ。全て攻略済みだ」
「…………全部話して」
固有魔法の件も有り、直ぐに色々と有るだろうと察して先ずは話を聞こうとする鞠花を連れて家に。用意していた生活用品も出したいからな。
取り出した物を片付けながら、最初──未出現のダンジョンに落ちた事から順に話す。
途中で質問したいと思った事は自分の手帳に逐次メモしていく為、一々途切れず──話し終わる。
「……つまり、私がスキルの話をした時には貴男は自力でスキルを入手していた訳ね?」
「そういう事だな」
「貴男のスキルも遺伝継承されるのかしら?」
「どうだろうな。まだ子供は居ないし、遺伝継承の条件も判ってはいないからな。その辺りは将来的に経過観察するしかないだろう。まあ、鞠花達の事に限れば条件は見えているけどな」
「そうなの?」
「【探知】のスキルを持つ者の長女だ。それから、その直系の長女。そして各世代に一人のみ」
「……言われてみると、確かにそうね」
「恐らくは、スキルの入手者が女性だったから長女限定になっているのだろうな。御義母さんと従妹の差は魔力の有無ではなく、生まれた順番だな」
「……向こうには話せない内容ね」
御義母さんの従兄──小平家の長男・次男の内、何方等かが娘だったら、その者が発現者に成った。その可能性が高いと言える。
たったそれだけの違いが、人生を分けた。
清乃宮家としては納得するだけの話だが、小平家からすると「何よそれは!」「巫山戯ないで!」と逆ギレされるだろう。清乃宮家に非は無くてもな。鬱屈した感情は溜まると爆発し易いのだから。
「貴男の入手した装備品や魔道具を見たら御父様は狂喜乱舞しそうね」
「それを造れるしな」
「貴男が自分の事を隠したがる訳だわ」
「理解してくれて何よりだ」
「それで? 御母様は貴男の妻に成れるの?」
「確証は無いが、恐らくは無理だろうな」
「……処女である事が条件?」
「男性との経験が無い事が、だろうな」
「ああ……事故とかでって事も有るものね」
「初恋に限定という事も無いだろうな。必要なのは俺と歩む覚悟だろうから」
「緩いのか厳しいのか判らないわね」
「まあ、推測でしかないからな」
「……貴男、誰か好きな人は居なかったの?」
「居たら、あの時、あんな対応はしていない」
「ふふっ、それもそうね。気になる人は?」
「あー……気になるというか、縁が出来た人なら」
「私が知っている人?」
「明璃さんと凜さん」
「有名所ね……って、もしかして魔導研で?」
「御義父さんに会った後にな」
「その後、私と出逢う訳ね」
「激動の一日だったな」
「それなら、二人が残り二枠の筆頭候補かしら」
「其処は縁も有るし、自然の流れに任せたい」
「貴男が口説けば行けると思うけれど?」
「無理だ。まだ一度会っただけだからな」
「……意外と奥手とか?」
「色々と一緒に背負える相手ではないと困るから、慎重にもなる。鞠花が特別なだけだ」
そう言えば嬉しそうに笑い、抱き着いてくる。
まあ、それだけで済まないのは当然。俺としても一通り話した事で気持ちも楽になったからな。
「この御風呂凄いわね……と言うか、今直ぐにでも此処に住みたいわ」
「気持ちは判るが、当面は宿泊までだな。向こうを空けると色々と怪しまれるから」
「御母様には?」
「…………事後なら、他言無用を条件で」
「御母様、毎日通いそうだわ」
「喜んでくれるのは嬉しいが、それはそれで困る」
「頻繁にだと目立つものね」
「鞠花との時間が減るだろう?」
「……それは狡いわ」




