織り成す様に
鞠花の魔力が回復し、身仕度を整え、家を出る。
……まさか、魔力の回復にも有効だとは思わず、それが判った後は、鞠花が淫魔に見えた。
俺は回復はしないから。まあ、魔力を消耗しない方法だから有りと言えば有りだとは思う。その分、体力等は消耗するが。絶倫的な自分を尊敬する。
鞠花も「貴男だから出来る事よね」と半分呆れ、半分感心していた位だからな。
俺の車で街に向かい、先ずは買い物を済ませる。鞠花との同棲──事実上の新婚生活の為に。
魔力持ちを相手に窃盗等を働く馬鹿は居ない為、車に積んでいても大丈夫。傷む物は無いしな。
それから鞠花の案内で清乃宮家へ。
想像はしていたし、彼の記憶は有ったが。
一目見た感想は、「デカっ……」しかない。
何処かの御城かと思う様な幅10mは有る御堀が敷地を囲み、その先には高さ5mは有る白壁。
左右を一辺30mは有る正方形の堀──池の方が正しいのかもしれないが、それに挟まれた出入口は一方通行になっている。道幅が二車線分は有るが、何が通る想定なのか。
出入口には巨大な門扉が存在する為、侵入・脱出というのは容易ではない。
……いや、何かを企んでいる訳ではないのだが。つい、見た目から攻城戦的な事を考えてしまう。
目に見えて判る物も凄いが、実は堀の手前に有る平地も清乃宮家の敷地というのだから一体何れだけ広大な敷地を所有しているのか。
さらっと「それが貴男の物になるわ」と怖い事を言う鞠花。抗議する様に見れば揶揄う様に笑う。
……可愛いと思うのは惚れた弱味だからなのか、それとも美人だからなのか。悩ましい所だ。
巨大門扉の所のゲートを鞠花の顔パスで──とは行かず、きちんと確認を行ってから通される。
御勤め、御苦労様です。
中に入った先には大きな十字路が。本邸は正面奥という事なので直進する。
左は西別館、右は東別館に続くらしい。
正直、感覚が可笑しくなりそうだ。
5分程、安全運転で進むと、ロータリーに到着。その脇に有る駐車場に車を止める。屋根付きですら親切なのに涼しいとは。工場用エアコンではなく、地下水の冷気を利用している為、電気代は掛からず環境にも優しいとか……恐るべし、清乃宮家。
車を降り、正面玄関──には行かず、逆方向に。正面玄関は来賓用で、家族は別の専用口を使うと。つまり、俺は来客ではなく、家族と見られる、と。挨拶の前に外堀を埋められるのか。
それでも無防備ではない。
両脇に立つガードマンに挨拶し、中に入る。
「此方よ」と平然と進む鞠花。自宅なのだから、当然と言えば当然なのだが。説明が欲しい所だ。
高槻教授と高槻弥生の財産は子供や孫達に均等に分与されたと鞠花からは聞いた。
正確には、亡くなった人も多く、更に兄弟姉妹に分与され、集中化しているらしいが。
「今、弥生様の直系の最高齢は母の父の母。私から見て曾祖母になるわ」
「この家で一緒に?」
「いいえ、祖父の実家の方よ。その小平家は祖父の兄が後を継ぎ、祖父は清乃宮家に婿入り」
「その小平家も魔導研究に携わってるのか?」
「……私が一人娘の理由は話したわよね?」
「……身近に実例が有ったから、か……」
「皮肉な話だけれどね」
そう言って肩を竦める鞠花。この家では祖父母と鞠花が主に生活し、彼女の両親は時々帰ってくる。仕事場や近場に部屋を借りている為、普段は其処で生活しているそうだ。
勿論、今日は帰宅する予定になっている。
因みに、小平家を継いだ兄の子供は四人。鞠花の母の従兄になる上の二人は冒険者としての活動中に亡くなっており、未婚の為、子供は無し。
二人の従妹は健在だが、魔力は無く、共に未婚。分与された財産等も魔力持ちではない為、相続税が支払えなければ放棄するしかない。
その放棄した分は何処に行くのか。清乃宮家だ。魔力持ちが優遇されるのか必然的な社会ではあるが魔力の有無による格差が凄いと思う実話だな。
そして、そんな理由から祖父兄弟は不仲であり、祖母同士も従姉妹同士も距離を取っている。
ただ、曾祖母は一族の受け継ぐスキル持ちの一人という事で、鞠花や彼女の母親とは交流が有る。
それはそれ、これはこれ、という事らしい。
尚、その曾祖母には小平家を離れ、一緒に暮らす話を持ち掛けた事も有るそうだが、其処は彼女にも嫁いだ家や家族への責任も有る為、断られた。
その話を聞き、人が人である限り、そういう柵は無くなりはしないのだな、と思わされた。
鞠花が「此処よ、入って」とドアを開けた先には想像とは違う可愛い物が多い部屋だった。成る程、鞠花の自室なのか。可愛いとは思うが、特に特徴や系統や条件が見られないな。その時々の感覚でか。知識としてだが、知っているキャラクター物も有る様だが、前世とは違う事も改めて実感する。
だが、まだ帰宅はしていない筈の両親は兎も角、祖父母への挨拶が先じゃないのか?
「報せは行っている筈だから大丈夫よ。御祖母様達にだって仕度やタイミングは有るもの」
「……成る程、確かにそうだな」
一般家庭だと家の中に居れば、会い易い環境だ。だから、連れて来たくはないとも思う者も多いし、急な来訪に備えている事も珍しくはない。
しかし、これだけ特殊な家庭環境だと、家族への顔合わせは色々と整えてから。そう考えるのも納得出来る考え方だと言える。
──が、何故、ベッドに倒れ込んでいる?
「一度は私の部屋でもしたいかな~って」
両手を広げて、「だから……ね?」と誘う鞠花。気持ちは判るが、誰か来るかもしれないだろ?
…………大丈夫? その位の空気は読めないと、こういう家でのメイド等の仕事は務まらない?
……判った。信じるからな?
何故、個人の部屋にバスルームが併設されている設計になっているのか。その謎が解けた。
いや、そんな用途が主目的ではない。ただ単純に家が広いから、一々自室から行って戻るというのが不便だから、というだけ。
何処ぞの温泉みたいな大浴室も有るそうだ。
……正直、それが一番気になるな。
そんな事を考えながら、部屋のソファーに座り、荷造りをする鞠花の姿を見詰めている。
女性の準備や用意は長い。
それが定番なのは、統計的な傾向として。個人で比較すれば、その差や違いは様々だと言える。特に一人一人、拘る点や拘り方も異なるのだから。
──で、鞠花だが。持っていく物の大半が下着。次に衣服だが……何れも冒険者用の物だな。普通の女の子が一番気にするだろう普段着はスーツケース一つ分なのは彼女らしさなのだろう。
それから魔導器。コネだけで支給されてはいないという事を俺は理解している。鞠花は強い。
まあ、俺を除いたら、という話にはなるが。
テキパキと遣ってはいるのだが、それでも時間は掛かってしまう。特に鞠花のしている研究の関連は荷物が多いからな。
……亜空間に収納して遣りたいが、人目が有る。まだ鞠花以外には知られる事は避けたい。
仕方無く、鞠花の部屋を見る。
年相応の女の子と、熟練の研究者。本来であれば噛み合わない二つの存在が共存している空間だが、混沌としているという事は無い。不思議と共存し、纏まっている様に見えるから面白い。
…………成る程。こういうセンスが、後の彼女を作り上げる礎に成っているのか。
──と、本棚に有る一冊が気になった。
鞠花に許可を取り、それを手に取る。
[ダンジョンの起源] 高槻弥生著。
……始めて知るタイトルだ。有りそうな物だが、意外にも其処まで踏み込んでいる物は存在しない。憶測で書くには世界中から睨まれる為、死ぬ覚悟が無ければ冗談でも公表は出来無い。
「それは弥生様の手記よ」
「一族の宝、という訳か」
「違うわ。まあ、見てみたら直ぐに判るわよ」
此方等を見もせずに言う鞠花の言葉に従い、取り敢えず開いてみて──納得する。
書いていた内容を黒く塗り潰した様に真っ黒。
ただ、色ムラが有る為、上から重ねに重ねているという事が判る。
他のページも確認す……………………真っ白? は? 何これ? 最初のページだけ?
そんな俺の思考を察した様に鞠花が話す。
「発見された当時から、その状態だったらしいわ。過去に著名な研究者が色々と解析を試みたけれど、破損・劣化させずに調べる方法は無く、結果断念。だから、“重要な物かもしれない”と曖昧な評価で止まって、忘れ去られていた物なの」
「……例の財産分与か」
「ええ。研究の対象外となった後、弥生様の次女の手に渡り、その娘が弥生様の長女の三男に嫁いで、柴澤家が所有していたのだけれど、五人の御兄弟は皆亡くなられていて継承者が無く、清乃宮家が全て引き取る事になったの」
「それを鞠花が見付けて、貰ったと?」
「両親は一度見て諦めた……興味を無くしたから」
些細な事だが、言い直す鞠花。それは同じ研究者として両親を尊敬し、理解もしているからこその、彼女なりの誠意なのだろう。
俺が間違った認識を持たない様に。
それに、これを見た二人の思考は俺にも理解する事が出来る。
興味深くはあるが、自分の研究を放り出してまで遣る価値が有るのかは微妙な所。研究者だからこそ早々に見切りを付けたのだろうと。
「弥生様が何かを書き記したものを、誰かが上から塗り潰したのか。或いは弥生様自身が書こうとして止めたのか。調べようにも手掛かりは無いわ」
「これ自体が彼女の物だという証拠は?」
「表の字は弥生様の直筆よ。ちゃんとした筆跡鑑定でも証明されているわ」
「指紋は? 彼女以外が触れた可能性は?」
「残っていた指紋は弥生様以外は一族の者の指紋。一族以外の者が触れられた可能性の有無に関しては判らないわ。その存在が初めて確認されたのも実は弥生様の死後、遺品整理の時らしいのよ。だから、それまでは厳重に保管されていた訳ではないわ」
「痕跡は無いが、可能性は消えない、か……」
そう呟きながら、黒く塗り潰されているページを見詰めながら、その裏も確認する。
筆圧を調べる事が出来れば……と思ったが、当然既に調べてはいるだろうな。
…………筆圧が無い?
指先で裏から触れて見ても凹凸が皆無。
見た目からして鉛筆ではないし、時代的に見るとボールペンの可能性も低い。しかし、筆──墨とも違う様に見えるが……インクだと、筆圧が残る筈。筆で塗り潰した様にも見えない。
見た感じはボールペンで何層にも重ねている様に思えるのだが、普通に考えても該当しない。
「……鞠花、コレを預かっても構わないか?」
「欲しいのならあげるわよ。私も本棚に置いているだけになってしまっているし、今後は更に手にする事も無くなるでしょうから」
「いいのか?」
「貴男は私の旦那様だもの。問題無いわ」
「判った、有難う」
言外に「親子、兄弟姉妹での相続が有るのだから夫婦間の譲渡も有りよ」と示す鞠花。
色々と気になる事も有るが、此処は素直に貰う。面倒な手続きをしたりすれば、俺の事を多くの者に知られてしまうしな。余計なリスクは避ける。
この一冊が、未来で注目された事は無かったが、それは今、鞠花が言った通り、この存在そのものを忘れてしまっていたからだったのだとすれば。
もしかしたら、本当にダンジョンの起源に関する何かしらの発見が有るかもしれない。
個人的には、其方等の方が面白いし、興味深い。魔力の使い方の研究は鞠花が行うべきだからな。
多少の狂いは有るが、未来の鞠花からの教えだと言っても間違いではない。
まあ、それによって未来の在り方が変わった事は否めない。
俺という伝達媒体を介しての。
鞠花から鞠花への手紙。
そう考えればこそ、その先も鞠花が拓くべきだ。
勿論、その為に必要な手伝いや協力は断らないし惜しみはしない。それが俺の責任でもある。




