悪戯の様に
眠りが深い時、身体の感覚よりも先に意識の方が覚醒し、僅かだが、意識と身体の間にズレが生じた様な感覚になってしまう。
全てが、という訳ではないが。“金縛り”もまた似た様な状態で、肉体は休眠している為、動かないけれど意識や五感の神経は起きている状態。
その為、彼是と考え、五感では知覚出来るのに、身体の自由は利かない。そんな状態が生まれる。
滅多には無い事だが、一度経験してみると判る。不思議に思い、彼是と考えていた筈なのに、意識は途中で途切れ──気付けば目覚めを迎えている。
不思議な様だが──それは単に寝落ちしただけ。だから途中で意識も記憶も途切れている。
当然だが、抑が睡眠中に起きる異常覚醒だから、本来の睡眠状態に戻ろうする事は必然。
其処には幽霊だの悪霊だの妖怪だとの無関係。
単なる睡眠障害の一症状に過ぎないのだから。
「……そうだったら楽だったんだがなぁ……」
そう呟く俺の左腕は眠っている彼女の枕に。
「痺れるから嫌だ」とか言うつもりは無い。
「何故、こうなった……」しかないのだから。
あの時、俺は彼女に対して対価を求めた。
口に──言葉にした訳ではない。
だが、俺が彼女の意図を察した様に、彼女も俺の意図を察して──喜んで応じた。
「いや、もっと自分を大事にしろよ」と俺の方が言いたくなってしまう程に、あっさりと。
正直、その展開は考えてはいなかった。
俺の中では戸惑う彼女に強引に迫り、脅迫に近い言い回しや態度で彼女の嫌悪感や失望感を引き出し俺から距離を取らせようと思っていたのだが。
「貴男なら良いわ。結婚しましょう」
即断即決。まさかの二つ返事だった。
俺も自分から仕掛けたが故に引き下がれなくて、そのまま自宅に。
「ホテルに行く? 貴男の家?」と訊かれた為、自宅を選んだのだが……動揺していた様だ。
冷静ならば、彼女の家という選択肢を示し、事を先送りに出来た可能性も有った筈だが……しかし、結局は押し負けたのも同じか。
俺の方が動揺させられたのだからな。
行き先が決まり、俺の車で移動。
彼女の方に車等の移動手段が有れば、とも少しは期待したが、彼女は歩きだった。
助手席に座り、家族──母親に外泊の連絡をし、俺は完全に退路を塞がれた。
彼女の行動力を侮っていた結果だな。
家に着いてからは……まあ、そういう流れだ。
「取り敢えず、食事をしてから」といった雰囲気でもなく、シャワーを浴び、俺の部屋で……口約束ではなく、しっかりと既成事実が出来てしまった。まあ、応じた時点で合意な訳だが。
正直、彼是と言える状況ではなかったし、下手に引き下がると力関係が確定しまう気がした事も有り俺も開き直って彼女を貪った。
初めてなのに彼処までとは……相性が良いというだけではない。彼女の潜在適性だな。
俺も彼是考えるのは止めて求めていたからな。
──で、彼女が気を失った所で、天の声が。
《【刻印】の条件を満たした事で、清乃宮 鞠花に刻印が施されました》
《清乃宮 鞠花は立方 晶の所有物と成りました》
──と告げた。配慮が行き届いている事で。
色々と面倒になって眠ったが、起きて考えてみて納得出来る部分と不可解な部分が有る。
納得が出来るのは人に対する刻印が任意ではなく開示されていない効果対象として条件が有る事。
万が一にも取り消しが出来無い可能性を考えれば迂闊には試せない為、確認は出来てはいなかった。だが、こうして彼女に刻印が施された事から考えて対象とは少なくとも相思相愛である事。
勿論、条件は一つとは限らないが、彼女に刻印が施された事によって、その点だけは確実だろう。
……自分で言うのも何だが、彼女も対価の関係で求め合ってはいない事は判るからな。
不可解な事は告知のタイミング。最初の時になら何も可笑しくはない。その時点で条件は満たされる事になるのだろうから。
しかし、実際には……まあ、若さ故の昂りによる長丁場が終わった後で、だ。
観測されていたのかと疑いたくなる。
勿論、そんな事は無い。
何故なら自分の部屋を丸ごと収められる大きさでキューブを展開し、一種の隔離結界の様な使い方で防音を始め、考え得る全ての干渉に対応していた。だから、観測されていたとしたら、上位存在。
それこそ、ダンジョンを創造した様な、だ。
──が、その可能性は無いと思っている。
それよりは条件設定をした際に、そういう状況を想定して対応する様にしていた方が有り得る。
決して、想像の出来無い事ではないのだから。
後は、彼女が刻印の事を認識しているのかだが、鑑定して見た限りでは、そう成っている。
同時に彼女の情報も自分の情報と同範囲で判る。だから全てという訳ではないが、十分だ。
──と思っていると彼女が目覚め──抱き付いてキスをしてくるから……スイッチが入った。
夫婦だから問題無いし、仕方が無い。愛し合い、求め合っていれば自然な事なのだから。
「────え? それ、今更聞くの?」
風呂に入ってから、夕食を兼ねた夜食を作る為、二人でキッチンに並んでいる時に、結婚する相手が俺で良かったのかを訊いた。本当に今更だが。
「唐突な流れだったからな」
「それは否定しないわ。でも、私は一目惚れも同然だったから否は全く無かったわね」
「そうなのか?」
「ええ。話した様に私は弥生様からスキルは勿論、血も力も受け継いでいるわ。だから、私も次の代に繋げる義務と責任が有るの。その為には政略結婚も必要な事だと思っているもの。でも、弱い男の血は要らないわ」
「俺は違うと?」
「それこそ今更でしょ? この目で確かに見たわ。貴男が固有魔法ではない魔力の使い方をして、身体強化を行っている姿をね」
「……スキルの可能性は考えなかったのか?」
「使えるから判るのよ。確かにスキルの使用時にも魔力を消費はするのだけれど、こうね……動き方が違うのよ」
「今、説明するのを諦めたろ?」
「もうっ、意地悪ね!」
小さく頬を膨らませ、綺麗な眉を立てて怒る顔も可愛いと思うのは惚れた弱味か、惚気か。
まあ、そんな彼女を笑いながら抱き寄せ、キスを介して謝る。
「駄目、まだ赦さない」と催促されては断れず、暫くイチャイチャする。まだ下準備中で良かった。調理し始めていたら余計な感情が混ざる所だった。刺激的過ぎるのも身体に悪いからな。
遅い晩御飯を食べ、後片付け等も全て終えてからリビングで改めて話をする。
ソファーに並んで座り、目の前のテーブルの上に冷えた玄米茶を置き、テレビは点けない。見ながら話してもいいが、一応、集中する為に。
先ずは彼女の方の本題からだが……まあ、流石に本当の事は言えない。其処は暈しながら話す。
基本的な考え方は彼女と同じ──と言うか、彼女自身によって確立されたのだから当然だが、それは彼女には判らない事。態々言う事でも無い。
──が、騙している様な罪悪感が多少するのは、仕方が無いだろう。尊敬する様な眼差しが痛いが、俺には耐える以外の選択肢は無い。
「…………成る程……それで……それじゃあ……」
既に研究者としての一面を持っており、俺の話を聞いて思案し始める。
邪魔をしない様に、その様子を静かに眺める。
幸いにも、彼女は俺が実用化したとは公表せず、研究には協力者が居るという含ませた表現にすると約束してくれた。目的の為なら平気で夫を売る様な妻ではなくて良かった。
ただ、まだ身体強化の魔術に付いて話しただけ。それ以外の事はタイミングを見てからだ。いきなり話されても信じ難い事ばかりだからな。
人目に付かないダンジョンを攻略しながら、実戦形式で説明した方が良いだろうから……その辺りの情報は彼女の方が詳しいか。後でだな。
問題は……やはり、【刻印】と【編成】に共通の人数的な要素──二人目・三人目の妻の事だ。
──とは言え、彼女の価値観からすると俺に妻が増える事を拒絶する様には思えない。勿論、一人の女としては不快だし、不満も有るかもしれないが。その辺りは俺の夫としての、男としての器量次第で解決が可能では有る。
法律でも魔力持ちの男には一夫多妻の権利が有る事から問題は無い。勿論だが、男優位な訳ではなく全ての妻子に対する責任を伴う。妻の増加は良いが離婚は一切認められず、妻達には夫に対し訴訟権が与えられているが、その逆は無い。
責任を負えない、果たせない場合、男は合法的に人体実験の素材とされる。生かしておく価値が無いのだから当然であり、有効利用だと言える。
その為、一夫多妻の権利を実用している男は実は滅多に居ない。居ても早死にしているケースが多いという事実から察しが付くだろう。
尚、魔力持ちの場合、男女共に満十五歳で結婚が認められている。その為、既に婚姻届けは記入済みであり、後は保証人の所。これは彼女家族に頼む。否は無いが、早々に既婚者になるのは予想外だな。
まあ、学生結婚や妊娠・出産は珍しくはない事。だから彼女とは避妊はしていない。既に出来ている可能性も否めない。来年には父親か……となるのは流石に気が早いだろうがな。
血統・遺伝という意味では、俺達の間に生まれる子供達が優秀な可能性は非常に高いだろう。自分で言うのも何だが、魔力持ちとしては世界一の男だと言っても過言ではないからな。
そんな俺と彼女の子供だ。間違い無い。
…………惚気でも親馬鹿でもなく学術的にだ。
「──よし、早速試してみたいわ!」
「周囲に人は住んでいないが、時間を考えろ」
「──あっ……」
「それと試すのなら明日の朝、海岸で遣ればいい。俺も其処で鍛練していたからな」
「そうね。それじゃあ……頑張りましょうか」
そう言って彼女は寝間着代わりのシャツを捲り、素肌を露にして誘ってくる。
遣る気が有るのは構わないが……大丈夫か?
いや、大丈夫だから求めているというのは判る。だが、張り切り過ぎて出来ても困らないか?
身体強化の実用化を実現するのだろう?
──という俺の思考を眼差しから察したらしく、一瞬止まって考え──屈託の無い笑顔を浮かべる。
「無理ね、無理。自分でも信じられない位に我慢が出来無くて無性に貴男が愛しくて恋しくて欲しくて仕方が無いわ。多分、本能的な欲求ね」
「……それは一晩で落ち着くのか?」
「んー……妊娠したら落ち着くかもしれないわね」
「子供が出来る事は構わないが、まだ時期尚早だと思うのは男女の違いなのか?」
「そうかもしれないわね。まあ、既に実際に使える貴男が居るから技術として纏めるだけなら入学前に終わると思うわ」
──と言いながら俺の肩を手で押し、ソファーに仰向けにされ、上に乗りながらキスしてくる。
……成る程、我慢が出来無いのは本当みたいだ。キスからして濃厚──と言うか情熱的だ。
そして、その熱が伝染する様に俺の方も漲る。
脳裏に【刻印】による影響の可能性が浮かぶが、その前から彼女は貪欲だった。
ある意味では、彼女自身も求めていたのだろう。快楽を、ではない。自分の夫に、我が子の父親に、相応しい男との出逢いを。
其処に、自分が研究している魔力の使い方をする俺が現れ、しかも実力も有ると判れば……それは、本能的にも火が点くのも納得だな。
──等と余計な事を考えているのが判ったのか、絡めていた舌を甘噛みされる。
超至近距離から「今、他の事を考えるの?」と。睨まれたので、ちゃんと応える。
「悪かった」と抱き締めながら更に奥に深く舌を絡ませれば「私を貪る事だけを考えて」と言う様に彼女の方も更に強く激しく求めてくる。
この状況で「部屋に行ってから」とは言えないし言うつもりも無いが……掃除が大変……ああいや、考えないからな。




