NoëlHearts-beginning02-
冬の夜空、教会の外に薄らと煙が舞う。
「フゥ…」
一人の狼が教会を背に凭れ煙草を吸っていた。
その目は何処か虚ろで、力なく煙草を持った手を下ろす。
「何でこんな事になっちゃうかな…」
狼の男…グラハムは一人物憂げに佇んでいた。
「探しましたよ、『大佐』」
教会の影から男が姿を見せる。
グラハムに似た背格好の、ドーベルマンの男。
彼の旧知の元部下であり、現在は警官となったダニエル・メイソンその人である。
「アンタのそんな姿は見たくなかったが…」
「そうかい?『警部』さん」
ダニエルはグラハムに歩み寄ると、聖堂を指差す。
「…此処の神父様とやらは親切と聞く、それで少しでも…」
「『元気に』ってかい?」
少しバツが悪そうに、ダニエルは無言で小さく頷く。
「…失礼だったようだな」
「いやぁ?別に?」
グラハムは落ち着いて切り返す。
ダニエルは左手にタバコを見せる。吸っても良いかのサインなのだろう。
「…いいよ、どうせ俺も吸ってるし、天下の神父様の許可も取ってるしな」
グラハムはそういうと自分の煙草を一本差し出す。
ダニエルと同じ銘柄、コレを吸えという事なのだろう。
「どうも…」
ダニエルはグラハムの煙草を受け取ると、火をつける。
ふわりと舞う煙がふたつになった。
思えば、『大佐』に憧れて吸い始めたのがキッカケだったな。ダニエルは巻かれる煙の中、思い出す。
だから銘柄も同じであった。この市では取り扱いの少ない、『beyond』という名の煙草の箱を、ダニエルはそっとしまう。
「話は聞いてるよ、市警でも頑張ってるそうじゃないか」
グラハムは口元を隠すように煙草を口にする。
「まあ…な」
ダニエルは少し頭を捻る。
彼は強引な捜査から功労賞を二度も取り消しになっていた。
新聞にも載ったとはいえ、グラハムがしっかりと新聞を読んでいる姿など見たこともなかったからだ。
「一方アンタはブラブラと…、まあ丁度いい」
何か苛立つように吐き捨てると、ダニエルは懐から紙を取り出す。
表には人の顔が印刷されており、犬の獣人の顔が描かれていた。
「コイツの行方を追ってる、…見なかったか?」
グラハムは写真を受け取るとじいっと眺める。
「…いや、知らないな、誰だ?」
そんな奴居たかな、首を捻りながらグラハムは手にした写真をダニエルに返す。
「今回の事件の参考人だ、住所が近いアンタなら何が知ってると思ったが…」
ため息をすると、ダニエルは写真を受け取る。
「御二方…」
教会の扉が開くと、優しい声がする。
此処ノートレック教会の神父、リカルド・ゾルゲjr.がにっこりと笑顔を覗かせる。
ダニエルは急いで写真を懐にしまうと、煙草をふかす。
「失礼、禁煙だったかな?」
態とらしい反応をすると、ダニエルが急いで煙草を靴で揉み消す。
「いえいえ、構いませんよ」
ゾルゲは笑顔のまま歩み寄る。
幸い、気を悪くしたようではないようだ。
「仲がよろしいようで、安心しましたよグラハムさん」
「……」
グラハムは黙って目を逸らす。
ゾルゲに知られたくなかったのかはわからないが、少々気不味そうにしている。
「神父様にはお見通し、か…それも神の成せる業って奴か?」
ダニエルは皮肉を溢す。
まるでこれだから聖職者は、と言わんばかりの態度をしている。
ゾルゲは一瞬はて?と首を傾げたが、皮肉とわかるとフッと笑顔を繕う。
「…今宵は良い日です、寒過ぎませんし、夜風も心地良い」
ゾルゲは後ろ手を組むと、笑顔を崩さずに立ち止まる。
「ですので、私も当たろうかと思いましてね」
「煙草の煙付き、だがな」
ダニエルは相変わらず怪訝な顔をする。
「構いやしませんよ、信徒の趣味に口を付けるなど、些か不躾ではありませんか」
ダニエルの言葉をふわりと躱わす。
「…じゃあ、俺はこれで」
ダニエルは煙草を拾うと、そそくさと歩き去っていく。
「吸い殻はこちらで処理しておきますよ?」
「結構、それこそ不躾だろ?」
ダニエルはゾルゲを軽く睨む。
ゾルゲは動じる事なくニコリと笑顔で返した。
「ダニエル」
ゾルゲとのすれ違いざま、グラハムはダニエルを呼び止める。
「何だ?」
「クラブ・ラトスだ、調べてみな」
「どうも」
ダニエルは右手を挙げると歩き去っていった。
奇しくもそれはいつかのグラハムに似た動きだった。
思い出し、少し苦い顔をすると、グラハムは煙草を空缶に投げ込む。
「吸い殻を持ち歩くとは…随分律儀な方ですね」
ゾルゲは不思議そうに呟くと首を傾げる。
「聖職者とは、時に不便なものです…捜査協力はできませんし、嫌われても仕方ありませんよ」
グラハムの言葉に、ゾルゲは残念そうにため息をつく。
「神父様」
「はい、なんでしょうか?」
グラハムは遠い目をしたまま、新しい煙草に火をつける。
「アイツは優秀です、いざともあれば私が…」
「…頼もしい限りです」
ゾルゲはふふっと笑うと顎に手をやる。
「しかし『猟犬』と言われた彼…、追うのに慣れていても追われるのには慣れていましょうかね…」
「それは…アイツ次第です」
グラハムは口をふうっと吹くと、息と煙が混ざり上がる。
ふとゾルゲに目をやると、黒い革手袋をしていた。
グラハムの瞳に何か、意思のようなものが宿るように動いた。