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『見た相手を妹だと”錯覚”する』魔眼を授かった俺は、クラスメイトを”妹”にして溺愛する(初稿版)

作者: うーた

 高校生活初めての夏休みが明けた。康太(こうた)が板書を取っていると、教室の開け放った窓から風が吹いて、カーテンが揺れた。窓際の席の美少女、怜亜(れいあ)さんの机から消しゴムが落ちる。ちらりと彼女の横顔を伺うも、落ちたことに気がついていない。

 

(今日も相変わらずの美少女だな……)

 

 天使の輪が輝くショートボブの黒髪を耳にかけている。透明感のある素肌。長いまつ毛に可愛らしく色づく唇と、垢抜けた魅力たっぷりの彼女はモテる。

 男子数人の友達しかいない陰キャ寄りの男子高校生な康太は、落ちた消しゴムを拾おうとして、――躊躇(ためら)った。

 

(やっぱり、やめておくか)

 

 彼女は今までいろんな男子に告白されている。康太としても、隣の席にこんな美少女がいるのだ。役得だと思っていたし、バレないようにたまに横顔を盗み見してしまうくらいには、惹かれていた。

 けれども、彼女は男子からのアプローチをすべて断っている。これまたていが悪く言えば、彼女の澄んだ声を逃すまいと友人との会話を盗み聞きをしているうちに、自然と男性に対するスタンスを知ったのだ。

 

『好きじゃないのに、付き合ったりできないよ。いきなり告白されても、正直、困るかな……』

 

 ずっと隣の席なのに、彼女とは英語の授業での事務的な会話以外したことがない。それでも隣の席だから康太は知っていた。彼女は男性にアプローチされることに苦手意識を持っている。

 康太はうまく隠しているだけで、他の男子と変わらないだろう下心を自覚していた。感づかれて嫌な気持ちにさせてしまうくらいなら、関わらないほうがいい。

 

 わずかに伸ばした手を静かに引っ込めて、板書へと戻る。まるで何も気づかなかったかのように。視界の端に消しゴムを映したまま、ペンを闇雲に動かす。

 

 ほどなく彼女が髪をさらりと揺らす。消しゴムを拾って、なんでもないように座り直した。

 見届けて、康太は一つ息を吐いた。これでいいはず。頭では分かっていても、胸はチクリと傷んだ。



 好きな気持ちを無自覚に殺していたからか。康太(こうた)の胸の奥には、放出できず溜まっていく一方の、マグマのような愛が溢れていた。

 

「妹がほしい! 妹がいれば、遠慮せずとびっきりの愛情を注ぐのに! なぜ俺は一人っ子なんだ!」

 

 下校中、人っ気のない道に入ったのを皮切りに、あられもない願望を(わめ)く男子高校生。哀れな康太の前に、人影が現れる。黒いコートを着て、とんがり帽子を被った姿はまさしく”魔女”だった。銀の長髪を風になびかせている。

 

「ククク、少年よ……力が、ほしいか?」

 

 真紅の瞳で康太をめつける。恥ずかしすぎる独り言が聞かれていたらしい。しかしそれを超えるほどの非常識さを(たずさ)えた美女の前では、康太の恥など(かす)んだ。コスプレにしては出来がいい”魔女”の幻想的な迫力に気圧(けお)されながらも、康太はその内容に興味を示した。

 

「ちから……?」

「見た相手を妹にする力を授けよう」

「本当か!? ぜひ俺にその力をくれ! どうしても妹がほしいんだ!」

 

 母の前で叫んだら卒倒されそうなセリフを叫びながら、康太は魔女に詰め寄る。迷いはなかった。それほどまでに心は追い詰められていたのだ。

 

「妹さえいれば……妹さえいるなら、俺は戦える……!」

「戦う必要はないが……では、この『見た相手を妹にする』魔眼を授けよう」

 

 魔女は康太に近づき、目の辺りに手をかざして、なにやら呪文を唱えた。

 

「うっ、目が、目があああああ!!」

「明日の朝には馴染んでいるだろう……」

「うおおお、ありがとうございますううう」

 

 魔女は目を抑えながらふらふらと歩く康太を見送って、不敵な笑みを浮かべる。

 

「フフフ……正確には、『見た相手を妹だと”錯覚”する』魔眼なのだけどね」



 康太はずっと隣の席なのに話したことのなかったクラスメイト、怜亜(れいあ)に、魔眼の力を使ってみる。その瞬間、目にビリッと刺激が入る。

 

(ん……、あれ? 妹の怜亜が隣の席か。そう、怜亜は”妹”で、気さくに話しかけてもいい存在。今まで何を遠慮していたんだろう)

 

 康太の”常識”が変わった。怜亜を妹だと”思い込んでいる”。

 

「怜亜。今日も早いな、おはよう」

 

 突然話しかけられた怜亜は固まる。しかし、康太は何も臆するところがない。

 

「ん、どした? まだ眠いの?」

「え、いや……うん、おはよう」

 

 怜亜はようやく状況を理解したのか、作ったような微笑みを貼り付けて返した。どこか困惑している風に見える。

 

「なに? なんか変なことでもあった?」

「いやあ、とくには」

 

 怜亜は今、会話をする気分じゃないのかもしれない。だけど、康太は気にすることはない。兄と妹なら多少迷惑がられようが、遠慮するほどではないからだ。

 

「大丈夫か? なにもないならいいんだけどさ。あ、今日英語あるじゃん。ペア学習よろしくな!」

「あ、うん……」



(変なのは、康太くんでしょ――!?)

 

 怜亜の内心は疑念でいっぱいだった。入学してから今まで、一度も挨拶なんてしてこなかったのだ。それが今日になって突然話しかけてくるようになった。他人に興味がなさそうで、真面目な印象の康太くん。顔はちょっとイケメンだけど、話しかけにくいオーラを振りまいていた。それが、突然話すようになって……

 

(しかも、距離感バグってる!)

 

 英語の授業まで終えて、放課後になった。ずっと親しげに話しかけてくるのを、困惑しながらも相手していた。すると、怜亜の友人の美香がおもしろそうなものを見た、といった様子で寄ってくる。

 

「ちょっとちょっと、二人仲良くなったの?」

「怜亜、この人は?」

「うち、認識されてない!?」

 

 康太が訊いて、美香はおおげさにのけぞる。

 

「えっと、友達の美香だけど……」

 

 怜亜は返事をしながら、助けを求めるように美香を見る。

 

「そう、美香! 覚えてよね」

「あー! 友達の。いつも怜亜と会話してるの、聞いてたよ」

 

 納得したように手を叩く康太に、美香が指を指す。

 

「ちょっと、聞かないでよ! 乙女の秘密だよ!」

「いやだって、隣だから聞こえるし」

「もう……! まあでも、康太くんって、話してみたら案外おもしろいね」

 

(美香が早くも康太くんと打ち解けてしまった)

 

 警戒して、頑なな返事をしていた自分がバカらしくなってきた怜亜は、緊張を緩めて、一緒に笑った。

 一通り騒いだ美香が嵐のように去っていって、怜亜はそっと康太の方を見つめる。

 

「なに?」

「――ううん、なんでもない」

 

(何考えてるかわからないけど、でも、今までの気が詰まるような関係よりも、マシかもしれない)

 

 そう思って怜亜は、帰る支度を初めた。



(なんで付いてくるの!?)

 

 驚きの連続だった一日を終えるべく帰路についた怜亜は、当たり前のように隣を歩く康太に思わず口を開く。

 

「えっと、康太くんの家、こっちだった……?」

「まあ、途中まで一緒かな」

「そうなんだ……」

 

 尋常じゃない一日はまだ少し続くらしい。でも、一緒に帰ろうとするなんて、流石に距離感が近すぎる。怜亜は”嫌”な可能性に思い至った。なんとなく、今まで話しかけてきた男とは違う雰囲気があったけど、やっぱり、一緒なのかもしれない。

 

「あのさ……私のこと、好きなの?」

 

 セリフの割には冷たすぎる声で怜亜が訊く。好きだったら、やっぱり愛想よくなんてしてやらない。徹底的に遠ざけるしかない。私は誰かと付き合う気なんてないのだから。こういうのには、嫌な思い出しかない。康太くんには不思議と、今まで言い寄ってきた男たちみたいな嫌悪感は、ないんだけど……それでも、気持ちには応えられない。

 

「好きかって? そりゃあ、好きだよ。実際、可愛くて仕方がないからな」

 

 康太がなんでもないことのように宣う。あまりにしれっと言うものだから、怜亜は面食らった。だけど、やっぱりそうなんだと思った。少し残念に思いながらも、勘違いさせないように強く言う。

 

「付き合うとか無理だよ。私、そういうつもりないから」

 

 その言葉に、康太は若干ぎょっとして、

 

「まあ、そりゃ……そういうマンガとかも見ないことはないけど、アブノーマルっていうか……そりゃ、そうだろ」

 

 と引き気味に話す。思ってた反応と違って、怜亜はぽかんと康太くんを見上げる。途端、――勢いよく肩を引き寄せられた。

 

「ったく、危ないぞ」

 

 隣を物凄いスピードでカーブしてきた車が走り抜ける。

 

「あ、うん。ごめん」

 

 急な出来事に、鼓動が早くなる。

 怜亜は康太の気持ちが一層わからなくなった。

 

「そうだ、週末に肉でも食べに行こうぜ」

「え、でも……」

「怜亜、今月誕生日だっただろ? 誕生月だと半額になるステーキがあるんだよ。身分証忘れるなよ!」

 

 と康太の押しに、怜亜は頷くしかなかった。康太のどういうつもりかわからない振る舞いの意図を、確かめたくなったというのもあった。



 怜亜を送り届けたあと、康太はそのまま帰路についた。いつもの人気ない裏路地で、スキップでもしそうな勢いではしゃいでいた。

 

「うおおおおおお、妹がいるって、なんて幸せなんだ! 俺の心のピースに足りなかったのは、間違いなく妹だ!!」

 

 そう言って、ルンルンで帰宅するのだった。



 康太と怜亜は鉄板に載せられたステーキを挟んで、向き合って座っている。半額になっても、高校生にしては少々値段の張るお店だ。

 落ち着いたころに、怜亜が本題を切り出す。

 

「付き合う気がないってことは、友達ってこと……?」

「いや、友達ではないだろ」

「じゃあ、やっぱり恋人?」

「いやいやいや! なんでそうなる!? そういう本でも読んだのか!?」

 

 恋人となるとむしろ康太にこそ抵抗があるようで、過剰なほどに否定してくる。

 怜亜は余計に混乱した。付き合う気もなく、友達でもない。それでも好きだと言っている。一体何なんだと。

 

「あ、お肉ちょっとだけくれる? 俺の安い肉あげるから」

「……いいよ」

 

 ナイフで少し大きめに切り分けて、一切れの肉を彼の皿に移す。

 ただ優しいだけじゃなくて、ちょっと無遠慮なところもある。ますます謎だった。

 諦めた怜亜は大人しくステーキを頬張ることにした。……シャトーブリアンは、とても美味しい。

 

 食べ終わると、康太は当たり前のように全額奢った。私が出すと言っても、「え? いいよ」と言って財布を押し返された。話すようになってから、当たり前のように優しいというか、過保護というか。でも、付き合う気はないって……。怜亜は不思議に思いながらも、康太といることにどこか安心感を感じ始めていた。



 康太と怜亜は学校でも外でも、一緒に過ごす時間が増えた。親友である美香以外の、クラスの女子友達数人が「もしかして康太くんって、怜亜ちゃんのこと好きなの?」と訊いてくる。

 康太がよく駄弁っている男子グループの方を見ても、怜亜と康太が仲良くなったのが話題に上がって、茶化されているようだった。すっかり学校では噂になっていた。それも当然だ。康太はまるで憚ることなく、堂々とクラス内で馴れ馴れしく話してくるのだから。

 

 好きかどうかでいえば、康太は怜亜のことが好きらしい。今日も可愛いな、となにもなくても褒めるほどには、ぞっこんだと言ってもいい。だけど、一定の関係以上になろうとする素振りは一切見せなかった。

 

 怜亜はそんな康太の態度に、次第にやきもきするようになった。付き合う気がないなら、どうしてこんなに優しくするのだろう。怜亜と話すようになってから、康太は女子の交友関係が広がった。女子の間で若干人気が出てきているのを知っている。それでもどうしてか、康太は怜亜だけを特別扱いしている。だけど、もし、女子の誰かが康太に告白したら……それを責める権利は怜亜にはない。初めは都合が良かったはずの康太のどっちつかずの態度が、次第に怜亜の心を乱していった。

 

 ――だからか、放課後の帰り道。こんなことを口走ってしまった。

「ねえ、康太。私、好きな人ができたかも」



「好きな……人?」

 

 康太は動揺する。妹の怜亜が急にそんなことを言い出した。ここ数ヶ月は本当に最高の毎日だった。充実した日々だった。怜亜を愛し続け、学校生活全てに張りが出た。

 ――だというのに、まるで積み上げたトランプタワーが指で押されたかのように、あっけなく根本から崩れ去った。

 

「どうせ半端なやつに決まってる! 高校生なんてみんなエロいことしか考えてないんだ。やめておけ!」

 

 怜亜を失いたくなくて、康太は必死になって言いがかりをつける。

 

「まあ、半端なやつ……ではあるかも」

「やっぱりそうなんじゃないか、うん、もっといい男にしたほうが……というか、男なんて作らないでくれえええ」

 

 狼狽える康太に、怜亜はなんだか満足そうに、笑顔を取り戻す。

 

「やーだねっ」

 

 これが妹! 妹は兄離れするときがくるのだ。康太が過去一ショックを受けた日だった。



 家に着いて、一人になった康太は考えた。つい動揺してしまったけど、本来は兄として、妹の幸せを願うべきなはずだった。妹の恋路を邪魔するのは立派な兄のやることじゃない。

 

「やっぱり、怜亜の恋を応援しよう……」

 

 怜亜に告白されて断る男が存在するとは思えない。怜亜が誰かを好きになった時点で、それは恋人ができるのとほぼ同じ意味だ。妹が離れるのがこんなに辛いのか。今まで感じたことのない苦しみに苛まれる。それでも、兄がそんなことではいけない。妹の幸せを邪魔したらいけないんだ。



 週末、康太は怜亜を誘って、水族館に来ていた。目玉のイルカショーに濡らされつつも、二人で大はしゃぎした。この日の怜亜は今までで一番の、心底楽しそうな、眩しい笑顔を見せた。館内のカフェで落ち着いたとき、康太は切り出した。

 

「怜亜に本当に好きな人ができたなら、やっぱり俺に反対する権利はない」

 

 突然言われて、怜亜は目を丸くする。

 

「どうして、そんなこと言うの?」

「怜亜が『好きな人がいる』って言ってから、ずっと考えてたんだ。怜亜は大切な――”妹”だから」

「妹……?」

 

 怜亜は頭が真っ白になった。今までの康太の言動の意味、そのすべてを考えて、照らし合わせて、嫌っていうほど腑に落ちる。初めからそうだった。妹。妹のような扱いだと言われれば、そう思えた。康太は怜亜を妹のように、思っていたらしい。

 

(なにそれ……)

 

 怜亜は胸に込み上げてくるものを感じて、とっさにその場から飛び出した。

 

「怜亜……っ!」

 

 後ろから声が聞こえるも、構わずにトイレの中へと駆け込んだ。

 トイレの鏡に映る自分を見て、ひどく惨めだと感じた。傲慢だったと恥じた。時間をかけたお化粧も、気合を入れた服装も、すべてめちゃくちゃにしてゴミ箱に捨ててしまいたい気分だった。その気がないのにこんなに優しくして、ずるい人だと思った。

 

(いいや、本当は分かってる。ずるいのは私)

 

 彼の優しさに甘えて、曖昧な関係を続けてきた。自分の気持ちに嘘をついて、都合のいいことばかり言って……。

 

(もう、彼と会うのはやめよう)



 水族館に行った日、トイレから出た怜亜はそのまま逃げるように帰ってしまい、康太は後悔の念に囚われていた。怜亜が何を考えているか、はっきりとはわからなかったが、図らず傷つけてしまったのは確かだった。

 

 帰りの電車の中、スマホでメッセージを送ってみても、返事はない。そもそも、怜亜がどうして帰ってしまったのか確信が持てなくて、曖昧な心配のメッセージしか送りようがないのだ。余計な言葉なら、言わないほうがいい。次の一文をよく吟味しながらメッセージ欄に書き込む。

 

『本当は、恋を応援してほしいわけじゃなかったのか……?』

 

 一文書いてみて、何かが違う気がして、メッセージを消す。

 

『好きな人がいるって、嘘だったのか……?』

 

 これも、違う。

 

『怜亜は俺のことを、兄だと思ってなくて、』

(まさかな……)

 

 ふと過ったバカな考えに、スマホの電源ボタンを押して天を仰ぐ。

 

(もし、そうだとしたら……!)

 

 考えて、自分の胸が意思とは無関係に高鳴るのを感じた。マグマのように沸き立つ気持ちは、どこか懐かしくて、むず痒くて。胸が苦しかったのも全部このせい。

 

(ああ、そうか、俺は……)

 

 康太は自分の”罪”を自覚した。

 

(怜亜のことが好きなんだ。本当は、妹としてじゃなくて……!)

 

 全部、都合のいい妄想。怜亜の行動をきっかけに、こんな自惚れた考えが浮かぶ自分を唾棄してやりたい。うんざりした気分に見舞われる。

 

(何が兄だ。俺は自分の立場を利用して、ただ妹を……好きな女の子を、縛っていただけのクズ野郎だ)

 

 ――『感づかれて嫌な気持ちにさせてしまうくらいなら、関わらないほうがいい』

 

 いつだったかの思いが込み上げた。

 

 それでも。

 以前とは違う。隣の席に座っていただけでは、決して得ることのできなかった、かけがえのない経験をしてしまった。

 もう知ってしまった。

 

 今日見せた――怜亜の、とびっきりの笑顔。

 嘘にはしたくない。終わりにはしたくない。

 関わらないほうがいい、だって?

 馬鹿だ。惨めだ。自分が傷つきたくないだけだろ。相手のせいにしやがって。

 俺は、決めた。送るメッセージは――



 自宅のベッドで伏せていた怜亜は、スマホの通知音に目を向ける。

 

『好きだ』

 

 康太からのメッセージに、否応なく胸が高鳴って、そんな自分に自己嫌悪した。

 深い意図なんてない。これはいつもの”好き”。――近寄るな、踏み込んでくるなって意味。

 

 それでも、脈絡もなく送られた小さな言葉が、胸の奥底に入り込んで、心臓をぎゅっと掴んで離さない。

 

 ――もしかしたら。

 

 淡い期待が浮かんでは枕を叩き、ありえないと思い直す。

 康太は自分のことを妹以上に思っていない。

 

(そのはずだ。だけど、もし違ったら)

 

 怜亜は起き上がって、大きく息を吐く。

 やっぱり返事はできないけれど、もう少し夢を見ていたい。

 ちゃんと気持ちが伝わるように、素直に振る舞えれば。

 

 いてもたってもいられなくなって、家を飛び出す。

 向かう先は――康太の家。



 日も落ちて暗くなってきたころ。

 怜亜が道を曲がって、人気のない路地裏に入ったとき、正面から人影が現れた。

 

「怜亜!?」

 

 会いたかった人。

 怜亜は驚いた。立ち竦んで息を切らしていると、彼が駆け寄って、声を掛ける。

 

「大丈夫か!?」

「康太……」

 

 康太は怜亜の手を取って、真剣な顔をする。

 

「俺、怜亜が好きだ」

「……」

「兄としてじゃない。男として、怜亜を幸せにしたいって思ってる。だけど、それは許されなくて、普通じゃなくて。でも……」

 

 康太の握る手に熱がこもる。

 

「怜亜、好きだ。愛してる。一生大切にする。一緒にいよう。これまで通り、これまで以上に……!」

 

 怜亜は康太の手を振りほどいて――彼に抱きついた。

 

「うん……!」

 

 康太が焦ったように手をわたふたと振る。

 

「でも、いいのか? だって、俺たち……」

 

 言いかけた康太をまっすぐ見上げて、怜亜ははっきりと言う。

 

「”人を好きになるのに、許されないなんてこと、ないよ”」

 

 怜亜の吸い込まれるような瞳――その言葉に康太は強烈な違和感を感じた。

 

(なんだ?)

 

 ピリッと目に痛みが走って、思わず手のひらで押さえる。

 

『”見た相手を妹にする”魔眼を授けよう』

 

 思い出すのは、――銀髪でとんがり帽子を被った、”魔女”の姿。

 

(そうか、俺は魔女に願って……)

 

 怜亜の言葉で鬱屈とした心が解けたとき、”康太の呪いが解けた。”

 

「――康太っ!? 大丈夫!?」

「……ああ」

 

 そう言って心配そうに見つめる怜亜を、康太は優しく抱きしめて、離さなかった。



「おめでとー!」

 

 美香がけたたましくクラッカーを鳴らして、ド派手なホームパーティが始まった。

 二人が交際を初めたことが即刻バレて、半ば強制的に、盛大に祝われることになったのだ。

 

「もー! 美香は悪ノリがすぎる!」

 

 頭上にクラッカーの紙吹雪が飾られて、怜亜が不満を漏らす。

 

「てゆーか、あんたらじれったすぎ。早く付き合えー、ってみんな思ってたよ」

「え、そ、そうなの!?」

 

 怜亜と美香が言い合ってるのを見て、康太も調子が出てくる。

 

「愛してるぞー! 怜亜!!」

「ひ、人前でくっつかないで!」

 

 いちゃつく二人を美香が茶化す。

 

「二人きりのときはやっちゃうんだ~?? 羨ましいのお~~」

「も、もう! やめてよ!!」

 

 茹でダコみたいに真っ赤になってしまった怜亜が可愛らしい。でもやりすぎてしまったみたいだ。

 

「ごめんごめん、じゃあ、続きは二人きりのときにな」

 

 幸せな時間がずっと続けばいいと思った。

 

(でも、妹は妹で欲しかったなあ)

 

 康太がそんなことを考えていると、ふと美香と目が合った。”ピキッ”。瞳の奥が疼いて、なにかが起こったような気がした。

 

(ま、気のせいかな?)

 

「よーし、お兄ちゃんとお姉ちゃんがたこ焼き作ってあげるから、美香は座って待ってなさい!」

 

 康太は元気に腕を回して、甲斐甲斐しく愛を振りまくのであった。


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