油菜のたくらみ
食卓がアブラナ科の植物に占領されている事に気付いていた、そんな今日この頃。
我が家ではアクアリウムまでもがアブラナ科の植物に占領されてしまった。
そこで思いついたお花畑。
書いているうちに内容が変化し、その題名だけに名残があります。
朝晩にまだ冬の名残があるとはいえ、日中の陽射しは、野にある全ての生きものを優しく照らすようになっていた。
水の冷たさも温み《ぬるみ》、近くを流れる川のせせらぎも、その優しさを満喫している。
吹きわたる風が春の柔らかさを伝えているころ、野に咲き乱れる小さな黄色い花たちはキラキラ光る陽の光のもとで、たわいもない噂話をしていた。
「最近あの小賢しい器用な生き物が、畑というものを作るようになったんだってね」
「畑では、やつらに気に入られている植物はしっかりお世話して貰えるらしいよ」
「どこでどこで?」
「どこにその畑はあるの?」
「そこに種を飛ばせる?」
小さな黄色い花たちは、一年しか生きられない。
時折自分たちのところへやってくる他の動物や虫から、周りで起こっている事を聞いては、光がそよそよと笑うように話をしている。
そんな春の日から遠く、とある会議室。
会議室のホワイトボードに、読みにくい字が書かれている。
「・・・戦略会議」
頭の方は殆ど読めない。
「昨今の急激な世界情勢の悪化は、我々にとって見過ごすことの出来ない大きな問題である。」
「ある分野だけの問題ではなく、これは既に全体の問題だ。」
「ここに集まれなかったものも含めて、全てが直面している危機である。」
円を描くように多角形にまとめられたデスクで、この会議に出席しているもの全てが、口ぐちに「今、ここにある危機」を声高に叫んでいる。
今まで、月だけが完全なるオーディエンスだった。
そしてたぶん、これからも。
だがこの場を用意したのは、そのオーディエンス自身。
太陽は勝手に燃え輝いているだけだが、月は違う。
夜道を照らすのは月だが、月自身が輝いているわけでなない。
誰もが知っていることだ。
月の自転周期は27.32日で地球の周りを回る公転周期と完全に同期している。
つまり地球上から月の裏側を直接観測することは永久にできない。
その事実は、月が常に地上を見ていたという事に繋がった。
「彼ら」に請われてこの場を用意し、「彼ら」自身が今までどうやって「変化」してきたかをかいつまんで説明した。
月はオーディエンスだったから「知って」はいたが、誰かに何かを説明する立場になったことはなかった。
そこで困った月は、わかりやすい事象として、アブラナのことや、スーパーラットの例を持ち出して話したのだ。
こんなことが有った、と。
月は思った。
「彼ら」に余計なことを話してしまったのかもしれない。
話題はどんどん物騒な方向へ向かっている。
「アブラナやネズミのようにサイクルの短い生き物なら、あっという間だろうが、あの小賢しい器用な生き物は、寿命が長すぎる」
最近特に寿命が伸びている事実について全員がため息をついた。
「おまけに常に繁殖できる」
「なら、繁殖しにくくするという方法はどうだ」
「どうであれ結果が出るのに時間がかかり過ぎる」
「小さなものの力を借りるのはどうだ」
「しかし小さなものが意図的に協力してくれるかどうか」
「小さなもの」は細胞を構成単位とはしていない。
だが、遺伝子は持っている。
他の生物の細胞を利用して増殖できるのだ。
ここはあまりにも騒々しい。
月は静かに見ている方が性に合うように思った。