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山狩り(二回目)

 本当に気を失いそうな猛練習の中、突如哲将に連絡がきた。

 英人にはその詳しい内容が何かはわからなかったが、察するに緊急事態であるとわかる程度には騒がしくなった。

「急用が出来た。十分ではないが終わりにする。英人もすぐに帰れ」

 哲将のその台詞は英人にとって菩薩の説法よりも尊く思えた。

 そのお陰で英人はくたくたになりながらも一人帰路につく事が出来ていた。

 もしあのまま過酷な特訓を続けていれば、あと一時間と持たずに倒れ気を失っていたのではないかと英人は本気で感じている。

 儀式の英人が関わらない部分は飛ばされ、関係する部分も簡略化されてはいたが、哲将等が必須と言った部分においては徹底的に厳しい指導が行われた。

 その指導はセリフや動作はもちろん、聞いた事もない日本語とも中国語とも英語ともつかない、聞いた事のない異様な呪文の発音、抑揚、その呼吸等細部にまで至った。

 そして何より英人が堪えたのは踊り(?)だった。

 流れる異様な音楽と共に踊らされた。

 英人にイスラム神秘主義スーフィズムの回転舞踊に似ている感じさせた異郷の謎の踊りは何より彼を苦しめた。

 疲労と困憊を訴え倒れても再度起き上がらせてクルクルと踊り続けたそれに何の意味があるか英人には一切わからなかった。

 そもそも彼には全てがチグハグに感じられた。

 全体的に密教系のそれに似ていた。

 護摩行や葬式から着想を得たのか、そもそもこの島で唯一機能している宗教施設である虚空寺が密教系なのでそこからというのが一番しっくり来た。

 しかし、ところどころで唱えられた、意味不明で怪しげな発音、抑揚の呪文は一切見当がつかなかった。

 基本は密教系のようにみえるが、もともとはもっと別のナニカがあるのではと英人は感じていた。

 密教自体、元々はインド発祥の仏教だが、伝播するにあたりチベット辺りで現地の土着宗教と混じりよくわからないものに変質している上に、日本においては大体の仏教が山一つ隔てると宗派が同じでも別の拝み方をするほど各地において千差万別の違いがあると英人は認識していた。

 むしろ、本土から遠く離れた孤島で英人程度でも密教と判別できるレベルで原形が残っている方が凄いのではと考えるほどであった。

 結果、元から異様に変質しやすい密教が、このような片田舎の忘れ去られた土着の信仰と混ざり、さらによくわからない物になって現代に残ったのではないかと推測した。

 英人としては、あんなゾンビさえ見ていなければ卒論のテーマにしたいほどであったが、さすがにそれは自重した。

 そんな事を考えながら歩いていると、やはり何かあったのか集落中が騒がしく、鈴藤家前には人だかりも出来ている。

 玄関先では明日香が住民達に指示を飛ばしている。

「あ、英人さんお帰りなさい」

「「「おかえりなさいませ英人さん」」」

 帰ってきた英人に明日香が頭を下げると、それに倣い集まっていた村人が皆頭を下げた。

「た、ただいま……これは一体?」

 その様子に英人は驚きつつも当然の疑問を口に出した。

「集落近くの畑に大きなイノシシが出まして、前に襲われ怪我をした人もいましたので祭りに万全を期すために猟師さん達と山狩りを行うところです」

 イノシシ程度でそのような事をするだろうか?

 英人は当然怪しく思ったが、淀みなくすらすらと答える明日香に面と向かって疑いの声を上げる事も難しい。

 なんと言えばいいのだろうか。

 そう思って英人が何がなく周りを見ると猟師の銃が目に入った。

「(あれは……三八式?)」

 銃器に詳しくない英人であっても映画や漫画で何度か見た事のある三八式歩兵銃。

 そんな物を猟師が持っていていい物なのか彼の知識にはなかった。

「どうしました?」

「え、いや、その……何か俺に手伝える事はあるかな?」

 慌てて取り繕う英人に明日香は疑問符を浮かべる事もなくにこやかに笑った。

「いえ、英人さんはお疲れでしょうし明日の大役もあります。こちらは私達だけで充分ですのでゆっくり休んでください」

「何か悪いですね。俺も男ですから必要な時は言ってくださいね」

 口ではこう言っているが、英人としては体はクタクタな上にこれ以上引き下がって怪しく思われたくなかった。

 島民を信用きない彼としては、疑われないよう注意を払う必要がある。

「そう言ってくれるだけで助かります。あ、申し訳ありませんが、本日は夕食をご一緒できません。本当でしたら百合佳がお相手をさせるつもりだったのですが……」

 英人は百合佳までいないとなると、おそらく何かトラブルがあり、それに対処する為に島民、明日香達は動いており、すべては誤魔化す為の工作であると考えた。

 そして、トラブルの原因は十中八九姿の見えない螢が何かをやらかしたのだと推測した。

「わかりました。くれぐれも怪我だけは気を付けて」

 英人の言葉に明日香は小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。あと夕食は準備してありますので温めてお召し上がりください」

 そのどこか冷たくも母性を感じる明日香の笑みに英人は彼女を裏切っているのではないかという罪悪感がその胸の内に生まれた。

「気を付けて」

 後ろめたさを胸に秘め見送る英人に明日香は頭を下げながら言った。

「危ないので今夜は決して外に出ないでくださいね」

 彼女は、島民を引き連れ位山の方へと消えていった。

読んでいただきありがとうございました。


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