オタクの話は長い
~~♪~~~♪
枯葉を揺らし着信音と振動を放つ傷ついた携帯端末を小さな手が掴んだ。
「やっとみつけた」
黒ずくめの少女は、疲れた顔でそう呟くと拾った携帯端末を胸ポケットに仕舞い顔を上げた。
遅くても昼前には見つかると高をくくていたが、太陽はすでに真上を通り過ぎおやつの時間を示している。
それもこれも着信音を頼りに探そうとした事に問題があった。
そう、ほとんど電波が届いておらず、螢はあちらこちを歩いては背伸びし、腕を伸ばし、時には木に登って電波を探さねばならなかった。
当たり前だが、こんな過疎地の離島の山間部、普通の携帯端末の電波が届く事自体稀なのだ。
むしろ、奇跡的に電波が届く位置に落ちていた事を意地悪な運命の神に感謝すべき幸運であったと言えよう。
螢は自身のうっかり、安請け合いに小言を言う」腹を抑えながら考えた。
一度集落に戻るべきだろうか?
しかし、その考えはすぐに却下した。
今戻っては、彼女の本当の目的が果たす時間が無くなってしまう。
そもそも、集落に行ったところで彼女に食料を売ってくれるかどうかすら怪しい。
「はぁ」
螢はカバンから昨日買ったペットボトルを取り出すと、一口飲み集落の方向に向けて歩き出した。
方向こそ集落と同じではあるが、目指すのはその中間、虚空寺である。
小半時ほどでその麓に到着した彼女は、身を隠し忍び足で裏手へと回り込むと静かに周囲を伺う。
そして、物音、人の気配がない事を確認すると所々崩れかけた漆喰壁に音もなく飛びつき、顔だけ出して内部を覗く。
相も変わらず荒れかけた境内には人っ子一人、犬猫の気配すらなく怪しいほどに静まり返っている。
螢は嫌な予感を感じながらも境内に飛び降りる。
ジャリっ
静かに下りたが、それでも敷かれた砂利が小さな音を立てたる。
螢は誰かがそれを耳するより早く物陰へと隠れた。
しかし、何かがそれに反応する様子はなく、彼女は再度用心深く周囲を探るが、やはり気配も物の音一つもしない。
周囲を警戒しつつ彼女は忍び足で寺の内部へと侵入した。
寂れ、荒れかけた古寺に一人、螢の息遣いだけが生命をの存在を告げる。
ヴヴッ!
本殿の内陣に入ったところで螢の携帯端末が僅かに振動した。
螢は一瞬悩んだが、周囲を警戒ししながら携帯端末を開き、相手を確認してそれを耳に当てた。
「どうs──」
「わかったっ!うちの前身の一つ神祇官の卜部氏に代々仕えた深野家──」
興奮し早口でまくし立てる通話口の向こうの相手を幻視した螢はうんざりした表情で通話を終了した。
螢はしばし待っていると、携帯端末は再度着信を告げた。
「落ち着いたか?」
「ごめんなさい少し興奮していて……でも突然切るのはひどいんじゃないですか?私は誰も聞いていないのに一人話続けていたんですよ?」
「いつもの事だろ」
螢の辛辣な言葉に電話の相手はしばし沈黙した。
「どこまで話しましたっけ?」
「深野家がどうとか言っていたな」
「そんなに……深野家の日記の中に『二人記』と題された物があって、その中に煮三鳥居島の記述が──」
一度は落ち着かせたものの話始めるとやはり興奮し周囲が見えなくなるのか、通話口の向こうであれこれと本人以外には理解できない事を早口で捲し立てる。
螢は調査を頼む相手を間違えたかと後悔した。
しかし、この変態以外にこれほど早く情報にたどり着ける者を知らない以上仕方ないと、螢は通話を切りかけていた指を止め頭を押さえて口を開いた。
「すまないが取り込み中なんだ。用件、いや結果だけ話してくれないか」
通話口から聞こえてくる声が一瞬固まると、徐々に小さくゆっくりと消えていく。
また興奮し周囲が見えなくなっていた事に恥ずかしく小さくなった後輩の姿が螢の目に浮かんだ。
「すいませんまた」
「いいから」
謝罪を切り捨て話を促す螢に通話相手は少し悩んで今度はゆっくり話し出した。
「ええっと、まずその二人記の記録も当人の体験した話ではなく、引用によるもので確証がない事はあらかじめ断っておきますよ」
「かまわないよ。そもそもこの仕事で人の残した記録があてになる方が少ないだろ?」
怪異専門の機関であるだけにたとえ一次史料であっても、記録した当の本人が発狂している等、まともな記述の方が少ないなどよくある事だった。
そんな螢の言葉に通話口の向こうの相手は小さく安堵の声を落とした。
「まず、その項目の引用元は土佐風土記で今はうちの資料庫にも欠落の激しい不完全版があるだけのもので──」
風土記。
一般的には奈良時代に編纂された、地方の文化、歴史を旧国ごとに記録したものである。
しかし、そのいくつかは現代では考えられない怪異、狂気の記述が含まれ、古くより組織により意図的に回収、隠蔽、情報操作されてきた。
「──曰く、“煮三鳥居島の住人は太歳の子である”と」
「太歳……たしか、最も恐れられた凶神の代表格だったか」
その名を聞いた螢の額に険が浮かんだ。
伝承通りの怪異は少ない。
しかし、それが示す方向性は近いものが多く。
また、恐怖を象徴する怪異が善性、人に友好的でなくとも無害だった試しすら螢の長い経験の中にも存在しなかった。
「ええ、方位神、不死の肉、そして凶神にして祟神とされる太歳。そしてその子等は死しても死せぬ不死身の兵であり、まつろわぬ民との戦いに使役されていた──」
「……あれか」
確かに螢は昨晩不死の兵、ゾンビを相手にした。
しかし、あの程度がまつろわぬ民、かつて日本にまだ生き残っていた神話の残滓に対抗できるか、わざわざ使役するほどの物かと言われれば、それほど強力な存在には思えなかった。
「昨晩先輩より聞いた明後日に行われるという春祭り、木星の精、万物の生成を司る太歳の祭りだとすればまさにドンピシャ!」
通話口から堪えきれなくなった興奮が漏れ、螢はそれを抑えるようにと口を開いた。
「まて、あくまで引用の上に太歳自体不確かな存在だろ。第一そんな存在を使役なんて出来るものなのか?」
螢はこの当然の疑問をぶつけ推理に水を差そうとしたが、それは逆効果だった。
「そうそこ!だから太歳自体ではなく、太歳の子なんですよ!だから使役できた!たしかに、風土記が編纂された時代よりさらに前にまつろわぬ民、怪異を討伐する為に使役した史実は、他の史料による裏付けはありませんが──」
通話口の向こうでは、太歳の子である島民は、組織と共にまつろわぬ民と戦っていたという事は紛れもない史実であると主張しているが、螢にはそれが信じられなかった。
「元戦友だったにしては、この島の人間は外の人間に詰めたすぎる気がするけど?」
昨日今日の螢に対して敵対的な島民。
昨晩などその不死者といささか一方的ではあったが、殺し合いを興じた螢にとってそれらは大きく矛盾しているように思えた。
そもそも友好的な存在であれば、慢性的に人手不足の組織が不死身の兵なんて使い勝手のいい存在を逃すだなんて事は考えられない。
現存する組織の最古の記録からつい先週螢の書いた報告書にも「人が足りない」「新人が消えた」「誰でもいいから連れてこい」という言葉が毎回のように書かれているのだ、不死身の同僚なら螢だって欲しい。
今も昔も組織は、組織の人間は、協力的な不死者がいたら逃がすわけがないのだ。
そして、その考えは通話口の相手も同じだった。
「だから先輩。不死者(労働力)がいたらぜひスカウト(拉致)してきて下さいよ!」
「可能だったらね」
確かな事は、この島には最低でも千数百年以上前から不死者がいる事がほぼ確実であるという事。
そして、長年増え続けたゾンビの数、この島の実際の人口(?)はどれほどなのだろうか。
数え切れないほどのゾンビの大群など螢は考えたくなかった。
「それが分かった今、現状でこれ以上の調査は危険だ。一度戻って正式な調査団を組んだ方がいい」
「了解です。すぐに迎えを出しますか?」
後輩の提案に螢は少し考えた。
「いや、まだ事を大きくしたくないし祭りも確認したい。ゆっくり正規の手段で帰るつもりだが、一応緊急脱出の準備だけしておいてくれ」
「わかりました。こっちで申請は出しておきます」
調査を終えるといってもせっかく侵入したのだ、もう少しは調べようと螢は肩と耳で携帯端末を挟み、会話を続けながら寺の内部を物色して回る。
古び、大して大きくもない埃の多いボロ寺に見る所などほとんどないが、その中で螢が違和感を抱いたのは古くも重厚で大きな須弥壇。
そこだけ埃も少なく、頻繁に人の手が触れられた様子がある。
螢はそれに近寄り目を凝らす。
擦れた跡、わずかな埃の有無、手油等。
螢は須弥壇の一部に手をかけると、それはゆっくりと口を開けた。
「ふふ」
「どうしたんですか?」
自然とこぼれた笑みに螢は口元に手を当てた。
「いや、最後に大当たりを引いてしまったなと思って──っ!?」
螢は横に大きく飛んだ。
次の瞬間、先ほどまで螢のいた空間に石仏が飛来し、勢いそのままに須弥壇を砕いた。
「──こっちも大当たりみたいだ」
螢が振り向いた先、何体ものゾンビが敵意を剥き出しに立ち塞がっている。
「どうしたんですか今の音!?」
奇跡的に落とさなかった携帯端末の通話口から心配する声が響く。
「予定変更、いつでも迎えに来られるようすぐに飛ばしてくれ。タイミングと場所はこっちから指示する」
「それh──」
螢は通話を終了し携帯端末を懐へしまうと、代わりにトリガーの前にマガジンハウジングを持つ古めかしい大型拳銃を取り出した。
「君達、話し合う気はあるかい?」
「「「ーーーーーーーーっっ!!」」」
言葉とも叫びともつかないおぞましい声とともにゾンビは螢に襲い掛かった。
読んでいただきありがとうございました。
ブクマ・評価してクレメンス