厨二病(世界一馬鹿な年頃の流行り病)
「なるほどね。君の事情は大体わかったよ」
螢はサングラスの下から英人の瞳をよく見た。
彼の話、と言うよりも話す態度、目の動き、声の抑揚から嘘を言ったり、何か隠し事をしているようには感じなかった。
島民、それも名士の親戚というのは気になるが、その立場もプラスにも働く。
何より、この島の島民より友好的で貸しもある彼を利用しない手はないと螢は小さく笑った。
「実は僕、この国に属する特殊機関……所謂秘密組織の一員でね」
英人は馬鹿な陰謀論者ではない。
まともな状況であれば、厨二病(世界一馬鹿な年頃の流行り病)を患った可愛らしくも面倒くさい幼子の戯言、夢見話かと聞き流す事だろう。
だが、現状は悪夢の如き夢見話そのもの。
そして、英人はその悪夢の化物を文字通り粉砕し、救い出してくれた恩人疑うほどスレてもいなければ恩知らずでもなかった。
「──というわけで僕がこの島に調査に来たらドンピシャというわけさ」
螢は嘘はついていないが、話してはいけない部分は話さないという詐欺師のような話を聞かした。
荒唐無稽な話ではあったが、状況が状況であり、興奮冷めやらぬ英人にはとりあえす今のところは信じておく以外の選択肢はなかった。
しかし、英人は納得したように頷くと一つだけ疑問を呈した。
「ケイさんの立場はわかりました。どうしてそれを俺に明かしたんです?」
名前も言えない特殊機関の一員なんて秘密を一庶民に教える。
それがどんな意味を持つのか、英人の背中には嫌な汗が流れた。
そして、螢は嫌な笑みを浮かべた。
「協力をお願いしたい」
「おこt──」
「──断りの言葉なんて言ったらどうなるか。そのミニマム脳みそで考えてから言ってくれよ?」
英人は言いかけた拒絶の意思を飲み込んだ。
言われて英人はしばし考えたがどうなるかわからなかった。
今の状況どうなってもおかしくないからだ。
「……俺なんかに何ができるんです?」
「何が出来るんかじゃなくて、何をしないといけないか考えてみたまえ」
そう言われ悩む英人に軽口を言うように螢は続けた。
「あのゾンビ、島の人間と無関係だと思うかい?」
今の英人の有様、このまま村に帰れば何かあったか話さないわけにはいかない。
だが、ゾンビに襲われただなんて荒唐無稽な話し、実体験した二人なら兎に角、まともな人間が人間が聞けばただのジョーク、悪ふざけと笑われるなり怒られるならまだいい方。
下手をすれば鉄格子の付いた病院に送り込まれるまであるだろう。
しかし、本当に最悪なのはあのゾンビが島民と深い関わりがあった場合だ。
そして、蛍はその可能性はかなり高いと踏んでいた。
その予感は、英人がこの島に来てから、来る前の話を考えるとゾンビを使い良からぬ事を企んでいる可能性すら高い。
では、ゾンビを見なかったとして、適当な嘘をついた場合どうなる?
少しの間は誤魔化せるだろうが、ゾンビと島民に関係があればそれも長くはもたない。
ゾンビと島民が無関係という頭がお花畑な展開を信じ込めるほど英人は楽観的ではなかった。
どんな目に合うか考えるのも嫌だが、そもそも想像もつかない。
ここから無事に助かるには螢との協力は不可欠だった。
「……俺に出来る程度の事でしたら協力します」
その言葉に螢は口の端を二っと釣り上げて笑みを作った。
「協力の対価(バイト代)は期待していいよ」
かくして英人は蛍の協力要請を受け入れた。
もっとも要求されたのは秘密の厳守と情報提供、真実を覆い隠す作り話を島民に話す事、蛍のサポートと島を脱出後の事情聴取の約束であった。
「それで具体的なバイト代とはいかほど?」
意外と楽な協力内容に余裕が生まれたのか、欲の出たのか、英人が軽口を叩く。
「口止め料込みでこれくらいは出せる思うよ」
螢は片手で指を示す。
「万?」
英人が唾を飲む。
「桁一つ上だ」
螢は平然と答える。
「他に出来る事は?」
現金にも英人は尋ねたが、当事者とはいえ素人に大それた事を頼めるわけも無く、螢は笑って答えた。
「君がゾンビの数体、楽に殲滅できるなら色々と頼みたい事はあるのだけどね?」
と暗に断られ、英人は僅か数十分前の出来事を思い出し頭を冷やした。
しかし、学生の彼にとってあの額は魅力的で諦めきれるものではない。
「この島脱出後にバイト紹介してもらえます?」
「ウチはやめときなよ?」
螢はそう苦笑しながら少し考えた。
「まぁ、猫の手も借りたいという時は、猫より先に君に声をかけるさ」
蛍の言葉に英人は帰路の間複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
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