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鞍馬山の分水嶺

作者: 温井瑠実

 僧侶として育てられる源義経は、なぜ寺を逃げ出して戦の道を選んだのか。自分なりに考えてみました。

 1159年平時の乱、平清盛に敗戦した源義朝の息子は平清盛に捕らわれた。本来なら殺されるところだったが、平清盛は頼朝の妻常盤御前を自分の妾にし、頼朝の息子をそれぞれ寺へと修行に出した。牛若丸は7歳の時に京都の鞍馬寺に預けられた。 鞍馬寺の稚児はみな平家。源氏の牛若丸、幼名沙那王は敵視され、いつも一人だった。


 この日は鞍馬山の能力という寺男主催の鞍馬山花見大会。鞍馬寺の僧東谷は、稚児たちを連れて鞍馬山にやってきた。能力が能を舞っていると、見知らぬ山伏が天狗のお面を付けて能力と並んで踊り始めた。

「あのおじさん誰?」

「知らない」

 稚児たちか気味悪がり、泣き出す子もいた。

「子供を怖がらせるんじゃないよ」

 能力は山伏を追い立て、東谷は子どもたちを連れて帰ってしまった。


「あーあ、みんな、行ってしまった。私も花見の仲間に入りたかったのになあ」山伏が一人つぶやきながら辺りを見ると、沙那王が一人残っていた。

「やあ、少年」

 山伏が声をかけると、沙那王は山伏のそばに歩み寄った。

「こんにちは」

「こんにちは、君は行儀いいね」

「みんな、知らない人には近づかないようにと言われているのです」

「そうか、そうか、知らない人ね。で、君は逃げないの?」

「私は源氏の子、私以外は平家の子、私は、みんなとは違うのです。一緒に行動しているけど、私はいつも仲間外れなのです」

「そうか、源氏の子か。ここは平家の者ばかりだもんね。敵対する源氏を受け入れるわけがない。かわいそうになあ」

 山伏は天狗のお面を取った。美型。沙那王は目を見開いた。

「怖い顔すればみんな逃げて、君と二人きりになれると思ってさ」

「我と二人でどうするのです?」

「私は鞍馬山の大天狗、君のことはずっと知っていた。東谷が能力一問を花見に招待すると知り、君が来ると思って、わざと不気味なお面を付けて乱入して、ほかの者が立ち去るのを待っていたんだ。君は賢いから、ここに残ると思っていた。二人きりになることを楽しみにしていたんだ。私は、君の味方だよ」

「あなたは、何者なのですか?私のことをそこまで存じているとは」

「鞍馬山の天狗だよ」

「鞍馬山の天狗?」

「そ。ここにいてもなんだから、一緒に花見をしよう。せっかく来たんだからさ」

 鞍馬山の天狗は、沙那王の手を引いた。

「散歩しようか」

 二人は桜の間をゆっくりと歩いた。かなり遠くまで歩き、川沿いに進むと、川が二股に分かれたところで天狗は立ち止まった。

「君は、寺を出たら、どうするの?」

「僧侶になるようにと言われています」

「僧侶…」

 天狗は笑い出した。

「おかしいですか?」

「君は僧侶になりたいの?」

「いえ、でも、まわりからそう言われているから」

 天狗は川の分かれ目を見つめた。

「分水嶺、川の分かれ目。君はもうじき、この川のように行き先を決めなければならない」

「でも、私は将来、僧侶と決められているのですよ」

「本当は何になりたいの?」

「わかりません」

「自分で選ぶんだよ。僧侶でも狩人でも戦士でも、好きなほうへ」

「だって…」

 沙那王はうつむいた。

「君は僧侶には向いていない。どちらかといえば賢者か戦士だ。平家を滅ぼすという使命があることは知ってるね。今夜から兵法を教えてあげるから、強くなるんだよ」

「兵法を?私に?」

「そう。今夜、薙刀を持って僧正が谷に来て。じゃあね」

 そう言って鞍馬山の天狗は飛び立った。


 その晩、修行僧が寝静まってから、沙那王は薙刀を持って寺を抜け出し、僧正が谷へと向かった。そこには数人の天狗がいた。

「お、来た来た」

 天狗たちは沙那王に歩み寄った。

「可愛い子じゃないか」

「さすが源氏の子だね。手取り足取り、教えてあげちゃおうかな」

「鞍馬天狗のお気に入りなんだろ?迂闊に手を出すと…」

「こら」

 鞍馬天狗が来て、天狗たちを後ろから抑制した。

「ここに集まる天狗は各地の選りすぐりの強い天狗たちだよ。君に兵法を教えに来た」

「よろしくお願い致します」

 沙那王は、それぞれの天狗から、あらゆる兵法の指導を受けた。それは毎晩続き、沙那王は天狗と仲良くなった。寺では一人でいるが、寂しくはなくなった。夜の稽古が待ち遠しい毎日となった。

 時は過ぎて沙那王16歳、沙那王とその同い年の稚児たちは出家する時期がきた。


 その前日、天狗との最後の稽古となり、別れを告げた。この日は鞍馬天狗も来ていた。

「鞍馬天狗様、私は明日、分水嶺に立ちます」

「それで、進む道は決めたの?」

「はい」

「どうするの?」

「ここを、逃げます」

「はい?」

 沙那王は頭をかいた。

「おっしゃる通り、私には僧侶は向いておりません」

 大天狗は沙那王を抱きしめた。

「それでいいんだよ。好きなことをすればいい」

「あなた方から教えをいただいた兵法を生かして、平家を倒します。本当はそれを阻止するために、平清盛は私を寺に預けて、仏門に入らせようとした。けれども、私は、平家を倒します」

「平家を倒す気があるなら、出奔するといい。私たちは、君を守るよ」

「鞍馬天狗様」

 二人は抱き合った。

「じゃあ、元気でね」

 鞍馬天狗は手を降って沙那王と別れ、天狗たちを率いて、鞍馬山へと飛んで行った。


 その後、寺を抜け出した沙那王は旅をし、数々の出会いをした。鞍馬天狗の教えに従った結果、勝利を治めた。


 源義経が各地で戦ったのは、今回のテーマ、分水嶺を鞍馬天狗に教えられたのではないかと思います。

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