懐疑
「じゃあ、じゃんけんで順番を決めようか」
委員長がそう提案して、おれたちもその提案にのる。
「じゃんけんぽん」
「俺はグーを出したぞ」
俺はあのネタをまねしてそういう。場を和ませるためにやったのだが……どうやら逆効果だったようだ。
シーンとしてなんとも気まずい雰囲気が流れてしまった。
「じゃ、じゃあ私からってことだね。次に田辺君と矢井田君がじゃんけんをしてどっちが先なのかを決めておいてね」
気まずい雰囲気を少しでも払拭するために委員長がそういう。ちなみに俺と田辺がグー、委員長がパーといった具合だ。
「じゃんけんぽん」
俺がチョキで田辺がグー。これで順番は委員長、田辺、俺といった感じだ。
「どうせなら、何か罰ゲームを作らないか」
「ば、罰ゲームですか」
「そうだ。そっちの方が面白いじゃん」
委員長に田辺がそう提案する。委員長は急に言われて戸惑っているようだ。
罰ゲーム…ゲームをするうえで楽しくさせるのにもっとも効果的なもの(俺の中の国語辞典調べ)
「具体的にはどういうものだ?」
俺は気になったので尋ねる。これほどゲームに重要なものはないがこれほど決めるのが難しいものもないだろう。何せ加減を間違えたら仲が悪くなるし、かといって軽くしすぎたらみんな本気でやらないし……さてこの微妙なラインをどうやって調整する?
「う~ん、一回負けるごとに服を一枚脱ぐってのはどうだ?」
「え、いやそれはちょっと……」
軽くボーダーラインを越えてきた。わが親友のことをわかっているつもりだったが認識が甘かったようだ。ここからは認識を改めなければ……こいつは動くときには動く男だと。だが、さすがに初対面の女子が男子の前で服を脱ぐのには抵抗があるだろう。
「お、おいさすがにぶっこみすぎだって……」
俺は小声でさりげなく耳打ちをして田辺に知らせる。
「大丈夫だって」
全く根拠がないのにもかかわらずなぜかものすごい自信だ。まぁ、そんなことを委員長が許可するとも思えないが……
「まぁ、どうしてもっていうのならいいですけど……」
「どうしてもなんです、お願いします」
そういって田辺が頭を下げると委員長は困惑した様子を見せる。
「そこまで頭を下げる必要はないっていうか……かまいませんよ」
は?この委員長ちょろすぎる。頭を下げられてそれだけで思春期の女の子がOKするようなものなのか。田辺はにやりと笑って俺に告げる。
「向こうはこのゲームの経験者でこっちは素人だぞ。実際は、俺たちが脱がされるだけだろうからお前が心配するようなことは特に起きないと思うぞ」
「いや、だけど……」
それだと俺たちが、特にゲーム慣れしていない俺が裸になる可能性が一番高いじゃないか、と反論しようとするがさえぎられる。
「お前ビビってんの?」
「なに?」
「勝ち続ければいいんだよ。そうすればお前は服を脱がずに済む。あとはそもそも勝負に参加しなければいいだろ。腰抜けは見てるだけでもいいんだぞ」
明らかな挑発。俺はそれに対してあえて乗ってやることにする。
「ほぉ、随分と大口をたたくなぁ、お前だってこのゲームは初心者のくせによ。自信でもあるのか?」
「あるさ」
にやっと口元に不敵な笑みを浮かべて田辺はそう言って返す。
「よし、その条件で構わない。これでいいよな?」
「ああ」
俺たちがそんな風に話していると委員長が話しかけてくる。
「あの、そろそろ始めますけどいいですか?」
「うん?ちょっと待ってくれ。先にトイレに行きたい」
そういって田辺は席を外してトイレに行く。俺はその間に策を考えておく。
さきほど、啖呵を切ったが状況は何も変わっていない。依然としてゲーム慣れしていない俺が一番不利だろう。
だが、今回狙うべきは「勝ち」ではない。ゲーム慣れしていない俺がこいつらから一勝もぎ取るのは相当難易度が高い。ならば狙うべきは……
引き分けだ。誰も触れていないが俺達には帰宅時間がある。今で大体5時半。帰宅するのが7時ごろだろうからおおよそ一時間半ほどだ。
この一時間半の間にこのゲームを1セット、多くても3セットぐらいまで続かせればいい。そうすれば脱ぐ服はズボンとシャツ、肌着だけで済む。すなわち、パンツは脱がなくて済む。下着一枚というのは既にアウトな気もするが、裸にならないだけましといえるだろう。
俺がそんなことを考えている間、田辺誠はトイレに行きながら考えていた。それは、今回のゲームについてである。
少し具体的な計算に入ろう。一時間半すなわち約5400秒。それらすべてをいう時間に当てるとは思えない。間の時間などもあるだろう。なので0.8ばいの4320秒だと仮定しよう。
人間が一文字いうのにかかる時間はおおよそ0.2秒。つまり今回は21600文字言えばいい。そして、こんかいは最初の人が一文字、次の人は2文字、その次の人は3文字……というようになっている。つまり、Σを用いるとΣ[k=1,2,3……n]kと表せる。これをnを用いて表すとn(n+1)/2となる。ここからはn(n+1)/2≧21600という二次方程式を解けばよい。大体415。つまり、415の数字を覚えればいいということだ。まあ、ななじゅうに、のように2桁の数字を言うのには1秒はかかるだろう。もちろん、一桁の数字も出るだろうし10で割り切れる数字はろくじゅうのように一文字、二文字短い。だが、ゲームが進んでいって出るのは主に二けたの数だろう。一桁や10の倍数の数字だと皆覚えやすいからな。
だから先ほど出した答えを5文字の5で割ればいい。すなわち、大体83の数字を覚えればよいというわけだ。
「不可能な数字じゃない」
田辺誠はぼそりと口に出してにやりと笑う。俺がそんな計算をしている間に田辺がトイレから戻ってくる。
「じゃあ、はじめますね.16」
「16,9」
「16,9,25」
「16,9,25,13」
「16,9,25,13,36」
「16,9,25,13,36,46」
「16,9,25,13,36,46,9」
「16,9,25,13,36,46,9,49」
淡々とゲームは進んでいく。うん、何というか気まずい。このゲームでは誰かが脱落するまで盛り上がるポイントが1つもない。
それゆえに、特に会話することもない、何とも寂しいゲームだ。これを考えた人の心は絶対寂しいんだろうなと思う。そして、田辺の方をちらっと横目で見ると、田辺はふわーとあくびをしている。どうやら、もう飽きてきたようだ。
早いなぁと思うと同時にこのゲームではそうなっても仕方ないだろうと思ってしまう。
なにせ、こんなゲームよりも思春期の男の子などは有名なソシャゲなどの方がはるかに面白いからだ。
ここでふと疑問に思う。このゲームだけをやっていて委員長は退屈ではないのだろうか、と。
今の時代ネットなどが普及してきてあまり高い金を出さずとも面白いソシャゲなどは多々ある。これは紛れもない事実だ。少なくとも今、行っているゲームよりも格段に面白い。ゲームに限った話ではなく俺がこよなく愛するアニメ、漫画などにも同じことが言えるだろう。
要はネットに全く触れていないという妙な話なのだ。ネットの良しあしにかかわらずネットなしで生きていくのは不便なことこの上ない。
だが、この家にはネットの接続に必須な電子機器らしきものが全く見当たらない。
まだ子供だからと言って委員長に電子機器を持たせていない可能性はあるものの大人まで誰も持っていないというのは、いささか、異常さを覚える。
俺はそんなことを思いながら数字を言う。
「16,9,25,13,36,4……」
俺が言いかけたところでピーンポーンというインターホンの音が一階からする。
「はいはい」
と言って下でドタバタという物音が聞こえたかと思うとガチャリという玄関の扉が開く音がする。
「桜ー、知り合いの方がいらしゃったぞー」
という声が一階からする。どうやら、村田が到着したようだ。
「一旦一階に行こうか」
と言って俺たちはゲームをいったん中断して下に降りた。
「おまえ、来るの遅すぎ」
村田に対して田辺はあって早々辛らつな言葉をかける。それに対して、村田は遅れてしまった理由を述べる。
「仕方ないだろう。ここに来るまでに粗品を買っていたんだから」
「「うん?粗品??」」
俺と田辺は同時に首をかしげて、同じことを言う。それに対して、村田は困ったようにため息をはぁとつく。
「そう、粗品。クラスメートの家にお招きされたわけだしきちんとしないとだめだろ?もう高校生なんだから」
その何ともまっとうな意見に対して田辺は反論する。
「いや、確かに俺ら高校生だけどまだなり立て二日目だぜ。それにまだ20歳迎えてないんだから成人でもないし……」
「確かにその通りだ。だけど、20歳になったからって人は急に大人になれるわけじゃない。今のうちからしっかりしとかないと」
「まぁ、そうだけど」
「その言い方だと二人とも持ってきていない感じでいいかな?」
「「うぐ……」」
「はぁ、そんなことだろうと思った」
そういって、村田は真剣な表情で委員長のおじさんの方に向き直る。
「どうも、始めまして。まだご学友としての月日は短いですが桜さんとはこれからもよろしくお願いします」
そういって粗品と書かれたものを差し上げる。おじさんも頭を下げる。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。こちらもなにかふるわせてください」
そういって村田は中に通されて、俺たちが先程食べたものと同じクッキーを出された。
席についてそのまま話し始める。ここでも村田のコミュ力が遺憾なく発揮された。
これからの学校生活、部活、中学時代、おっさんの学生時代のことなどものすごい量の話題で2人の話は絶え間なく続いた。一瞬で話すことがなくなった俺たちとは全く違う。俺たちは席を外すのも何となく気まずいかなと思いそばで話を聞いており、時折飛んでくる質問などに答えるだけだった。
そんな風に話している(俺たちはほとんどしゃべらず聞いている)うちに気が付けばいつの間にか7時になっていた。
「それではもうそろそろお暇させてもらおうかと思います」
そう言って村田は席を立つ。俺たちは村田の後に続いて席を立ち玄関まで行く。お見送りだと言っておっさんはわざわざ玄関までくる。
「それじゃあ、また今度」
「また、明日~」「さようなら」
そう言って俺たちは帰っていく。おじさんもニコニコしながらこちらに手を振ってくれている。
「二人とも、どうだったあの家は?」
「楽しかった~。人生最初の同級生の女の子の家に行くのがこんないい思い出になって良かった」
俺がそういうとほかの二人もうんうんとうなづく。そして、田辺も俺に続けて言う。
「いやぁ、人生最初の異性の家に行くのがトラウマになったりしたらどうしようかとも思ったけど、こんな良い思い出でよかった」
「さすがにそんなのないでしょ」
「いや、わんちゃんあったかもしれないって」
俺たちは道すがらそんなことを言いながら、学校のあたりまで引き返す。
「じゃあ、ここで解散。ここからの道筋はみんなばらばらだからそれぞれ分かれて帰ろう」
村田がそう言って、俺たちは三者それぞれ別の方向へと帰っていく。
俺は自分の家に帰るとご飯を食べると風呂に入り風呂上りには携帯をいじる。
携帯をいじっているとぶぶぶと携帯が鳴って村田から着信がかかってくる。ようやくか、と思いながら電話に出る。
「よし、ちゃんと見えているね」
ビデオ通話だったので俺の携帯の画面に村田のきれいな顔が映されている。
そして、村田の隣にはもう一台の携帯が立てられているのが見える。そして、そちらもビデオ通話状態になっており田辺の顔が映し出されている。
「いや~念のため、この作戦をやっておいてよかったね」
村田は若干の安堵を含ませながらそんなことを言う。俺もそれに関しては同意だ。
俺たちはあらかじめ帰る時にも監視されているかもしれないから、あの家のことをほめながら帰ろうということにしていたのだ。
そう、俺たちはあの後も監視されていた。村田が来た後不穏な気配は一気に小さくなったもののそのあとも気配はあった。
「やっぱり監視があったんだろ?」
田辺が俺たちにそう聞く。田辺は普通の一般人なので、俺たちのように【魔】の気配を敏感に感知することができない。
「ああ、そうだよ。帰って来る時もある地点まではあったよ。そこから先はなくなったけどね」
どうやら、村田も気配が途中でなくなったことを見抜いているようだ。俺はそれを言う。
「学校、だろ?」
「ああ、そうだよ。やっぱり気が付いていたんだね」
そう、学校で別れてからは全く感じなくなったのだ。村田もそれについて言う。
「おそらく、学校までがテリトリー、彼が自由に動ける領域なんだろう」
そして、田辺も議論の中に混ざってくる。
「いや、もしかしたら俺たちが3手に分かれたからどれを終えば良いのか分からなくなっただけかもしれないぞ」
「それだったら、誰か一人でもいいから誰かの後をつけるべきだ。でも、それをしなかったのだからあそこまでが彼の領域なんだろう」
「ふ~ん、なるほどな。それで、結局あいつは良いものか悪いものかどっちなんだ?俺にはどっちなのかよくわからないんだが」
田辺は自分の言ったことが論破されたと分かるとすかさず話題を変える。
「う~ん、難しいんだけどね。多分あれは【聖】のものだと思うよ」
まさかの結論に俺は驚く。そして、すぐに反論する。
「あんな不気味な雰囲気があったのにもかかわらず、あれが【聖獣】?そんな馬鹿な」
「いや、あれはたぶん自分の領域の中に化け物みたいなエネルギーが入ってきたから威嚇しているだけだと思う」
その説明に俺はピンとくるものがあった。
「ひょっとして、俺?」
【龍】の並外れた力を持っている俺が入ってきたから、なのではないか、おれはそんな予測が立った。
「うん、たぶんそうだと思う。向こうからすれば戦闘態勢の屈強な人が家の中に入ってきたも同然だから」
「で、でも、待てよ。それならなんで村田とかにも視線を向けたんだ?俺にだけ気をつけておけばいいのでは……」
「たぶん、それは俺の【聖術】が多少関係していると思う。それに気が付いて俺も警戒したんだろう」
「で、でも……」
俺が言い訳しようとすると村田がダメ出しとばかりにいちまいの白い紙を取り出す。
それには何やら文字も書かれているようだったが、文字もすべて白いので何と書いてあるかはわからない。
「それは?」
「【聖魔感知】とよばれるものでね、【魔】の割合が高いほどこの紙も黒くなるんだ。それでこれをあの家で使った結果がこれだよ」
そう言って、白い紙をぺらぺらと見せてくる。どうやら、あそこは本当に【聖獣】のようだと思っていると、村田が話し出す。
「だからと言って大丈夫だなんて思わないでね。これは異常な結果なんだから」
「異常って?」
俺は村田の言っていることがわからず聞き返す。
「普通、こういうのは100%【聖】にはならないんだよ。それは僕らも同じ。すべて完璧なんてことできるはずがない」
「え、でも」
「そう、でもこの結果は100%白くなった。これには何か裏はあると考えてもいいと思う。だから決して一人で勝手な行動とかはしないでね」
「参考でいいから教えてほしいんだけど、グレードってどれぐらい?」
田辺はそう尋ねる。それに対して、村田は真剣な面持ちで答える。
「Aぐらいかな」
「それって初心者はほぼ死ぬって言われているやつじゃん……」
俺は前に見せられたグレードの表を思い出しながらげっそりとした声でそう言う。
「うん。だけど今回は刺激しなければ大丈夫みたいだから、何とかなるかな」
そう言って俺たちは会話を終わり電話を切る。田辺はこのあとゲームをするとのことだった。
さすが田辺、こんな日でも欠かさずにゲームをするとは大したゲーマー根性だ。俺は感心しつつかなり遅くなっていたので就寝した。
翌日、学校に登校するがそこに田辺の姿はなかった。
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