種明かし
「なんか、僕いっつもこういう仲介役とか任されてる気がするで」
辻井さんはぶつぶつとそういいつつも両者の間に割って入る。
「どういうことなんですか、辻井さん。いや、それよりもそこの不審者に近すぎないでください。そいつ、かなり強いです。下手に近づいたら……」
「はい、僕のことは辻井さんではなく、これからは先生と呼ぶように。これでも君たちの担任なんやからな」
「うぐっ、わかりました」
俺と辻井さんがそんなやり取りをしていると覆面のとこがフーフーと荒々しい息を立て始め体の筋肉を上下に動かし始める。俺はそれを見てひっ迫した声で叫ぶ。いくらこの人が強くてもノーガードで攻撃を受けたらただでは済まないことは明白だ。
「先生っ!!」
「大丈夫やって。ただ覆面をしていて息しづらいだけやから」
「え?」
どういうことだ?先生はこいつと親しい関係なのか?俺が戸惑っていると先生とそいつだけで会話が進む。相手の声は覆面のせいかくぐもって聞こえる。
「ほら、もうええから外すんや」
「嫌です」
「なんでや?」
「闇の中に潜みし者はいつだってその素顔を何人たりとも見せたりは……」
「中二病はええから外しんしゃい!」
うん?そう思ったのもつかの間、辻井さんがそう言って風がヒューと舞い起こり彼の覆面は簡単に取れてしまう。中からは何ともたくましい顔が出てきた。
顔立ちが特段整っているというわけではない。ただ、その顔にあるいくつかの傷、多少しわの入った額など歴戦の猛者、という風格を存分に出している。おそらくは30歳ぐらいで前線を何年もいや、10年以上ずっと戦い続けた人だろう。
きっとこんなところにいるのも何らかの深い事情があってのことに違いない。俺はここで背筋をピンと伸ばしてその相手に敬意を示す。そして、辻井さんにそちらの方のお名前をうかがうことにする。
「つじ、じゃなくて先生。あの、そちらのお方は?」
「ああ、紹介がまだやったな。こちらは京都洛山高校2年の幸田重太郎。君の先輩にあたる人やね」
「え?」
俺は思わずそんな声を出してしまう。なにせ、30ぐらいだと思っていた目の前の男が高2だというのだから。こんなに歴戦の風格を醸し出しているのにたった高2?俺の一つ上だというのか……俺があっけにとられていると、辻井さんが幸田さんをいじる。
「それより、重太郎君、後輩に不審者扱いされとるで。気分はどうなん、どうなん?」
「ふっ、そんなものは我は気にしない。我にとってはそのようなことは些細なことに過ぎないからだ。闇に潜みし我のことを知らずとも仕方あるまい」
「あっ、ちなみにこいつ2年最強だけど中二病患っとるから大変やで」
「は、はぁ、そうですか……」
俺が戸惑っていると、俺達のもとに誰かが近づいてくるのがわかる。がさっという音がしたので俺はそちらの方へ目を向ける。
「あれ、高坂さんとアイリスさん。どうかしたの?」
アイリスと先ほど退場したはずの高坂さんは歩いてこっちにやってきている。アイリスは全身傷だらけで高坂さんは先ほどはなかったはずのあざのようなものが鍛えられた腹についているのが見える。
「まったく、どういうおつもりですか?先生。わざわざ唯の腹にこんなのものをつけて負傷したふりをして」
そう言ってアイリスが高坂さんのあざのついている腹を触る。すると、ついていたあざはたちまちぼやけて薄くなってしまう。俺はそれを見てピーンとくる
「ボディペイントか!」
「そうみたいですね。すぐ消えますが……唯もなんでやられたふりをしていたの?」
「ええとそれは……」
そう言って高坂さんは先輩の方を見る。だが、先輩は特に語らず、代わりに辻井さんが語ってくれる。
「今回の授業において軽い君たちの戦闘がメインっていたけどあれが本来の目的じゃないんや。本来の目的は君たちが戦っているときに2年が敵みたいな格好をして現れても君たちが即席のチーム力でどう対応するのかを、見るというものやったんや」
「じゃあ、唯は……」
「ああ、思ったよりも早く退場してしもたから本人の了承を取った上でやられた役としての登場や」
「なるほど」
そう言っていると、村田や委員長、ダルまでこちらに駆けつけてきた。
「みんなの姿が見えたのでここまで来たけど、一体何がどうなっているんですか?」
「ああ、実は……」
そう言って辻井さんは村田に事の顛末を話して聞かせる。事情を聞こえた村田は納得したような表情を見せる。
「なるほど、じゃあ形代がほとんど反応しなかったのも……」
「ああ、そうなるようにしてたからやで」
「なるほど。大体の事情は把握しました。ところで、田辺の姿が見えないようですが一体どこに?」
「へ?」
そう言って辻井さんは急いで周りを見渡すがもちろん、田辺の姿はどこにもない。だが、慌てることなく冷静に幸田さんに聞く。
「なぁ、重太郎、お前が最後に一緒におったよな。どこにおるん?」
「……」
幸田さんは辻井さんにそう聞かれるが特に答えることなく燃え盛る火の方を、スッと指さす。それを見て辻井さんは頭を抱える。
「おま、いやこの場合は助けるのが先決やな。じゃあ、あんなかに行こか」
そう言って行こうとすると、何もなかったはずの空間に切れ込みが入りその空間から気絶しているであろう田辺を担いだ状態の人が出てくる。
「おい、辻井。お前、この子あのまま火の中に放置していたら死んでいたぞ」
その人物は俺も今までに一度はあったことのある一条舞花さんだった。
相変わらずの胸と尻だ。健康であることが服の上からでも分かる。今日は軍服のようなものを着ている。黒色で金の刺繡が所々に施してある。非常に高価そうだ。何かの式典にでも参加していたのだろうか?そして、白い髪と黒い服がよく映える。
そのまま、気絶している田辺をその場に置いて辻井さんのもとに近寄り話しかける。
「お前が担当していたというのに、こんな不手際があるとは珍しいな」
一条さんが口元をニヤリとさせながら辻井さんに言う。辻井さんは燃え盛る火に水をぶっかて消火しながら言う。
「いや、どうやら重太郎がいろいろとやらかしたみたいでな。炎のせいで形代も焼けてしもてどこにいるのかつかめてなかったねん」
「いいわけか?」
「ちゃうわ、事実や」
「そうか、今はそういうことで納得してやろう。それにしても……」
一条さんはおれの方をちらりと見る。一応、全く知らない仲というわけでも気まずくなりぺこりとお辞儀だけしておく。すると、一条さんは俺に向かって一言放つ。
「見違えたな」
「へ?俺ですか??」
「ああ、そうだ。この前会った時から数日しかたっていないはずだが、以前よりもはるかに洗練されているのがわかる。この短期間で、凄まじい成長速度だな」
「あ、ありがとうございます」
「ああ。じゃあ、私はこの子を医療スタッフのところに持っていくぞ」
俺は俺のことを褒めてくれたので一応そう言って感謝の意を表す。すると、一条さんはおれの方を見て頷いた後に辻井さんの方を見てそう言う。
「ああ、頼むわ。僕はもうしばらく消火活動をせなあかんからな」
一条さんは地面に置いていた田辺を引き連れて医療スタッフのところに行く。
「まさか、辻井の言う通り一か月以内で戻ってくるとはな」
一条さんはぼそりと誰にも聞こえないような声でそうつぶやいた。一条さんが行って姿が見えなくなった後に隣で委員長が俺に話しかけてくる。
「ねぇ、今の人とはどういう関係ですか?私は知らないんですけど……」
「何、嫉妬してるの?」
「違います。純粋な興味です」
そういえば、この中で委員長だけ一条さんとの面識が全くないんだっけ。
「わかったよ。あの人は俺を殺そうとして最初来たんだ。でも、なんやかんやあって辻井さんのおかげで殺されずに俺はすんだんだ」
「なんか、それだけ聞くとものすごく事情が深いように聞こえるんですが……」
「いいや、実は俺もあの人のことをよく知らないんだよ。あったのもその一回だしさ」
「あら、あの人のことを知らないんですか。ならば、教えて差し上げますよ」
俺たちが話していると隣にいたアイリスがそれを聞きつけて一条さんがどういう人なのかを俺たちに話してくれる。
「あの人の名前は一条舞花。名前の通り御三卿の一員で現当主を務めている人です。【聖術師】としてのグレードはSSとまさにこの業界の最前線を走るのにふさわしい実力をお持ちです」
俺は耳慣れない単語がアイリスの説明の中に出たので聞き返す。
「その、御三卿?っていうのは何だ?」
「クスッ、知らないんですか?そんなことをご存じでないとは本当に何も知らないんですね」
そう言って口元に手を置いて笑われてしまった。だが、仕方がないだろう。俺は今年の四月からこの業界に入ったばかりなのだから。
「いいですか。【聖術師】の実力がある程度血筋とかかわりがあることは知っていますよね?」
「「はい」」
俺と委員長は同時にこたえる。確か、前に村田が説明していたやつだ。突然変異のように急に使えるようになったなどの例外はあるが大体血筋が関係しているそうだ。
「それゆえに、この業界では血筋を重んじます。その中でも代々能力が優秀な人間を数多く輩出してきたのが御三卿と呼ばれる3つの家です。この家がこの業界の顔を務めているといってもいいですね。その中の一つに一条家もあるということです」
「つまり一条さんは名家のお嬢様ってことか?」
「ええ、そういうことです。とはいっても、実力を重視する家柄なので家に引きこもるばかりではなく、外に出て戦闘なども行っていたらしいですから、筋肉もついていて思い浮かべるお嬢様のイメージとは違うでしょうけれど」
「ああ、なんというかたくましい人だったもんな」
「ええ、そうですね。服の上からではわかりにくかったですが。女性にしては筋肉がある方だと思います」
「そうだな。服の上からでも分かるぐらいには大きかったもんな」
俺たちはうなづきながらそう言っているうちに、辻井さんの消火活動もどうやら終わったようだ。
「じゃあいったん校舎に戻るで」
そう言って辻井さんは俺たちに声をかけて俺たちは校舎に戻って先ほどの教室の席に座る。
みんなが席に座ると、村田が辻井の方を見て質問する。
「それで、先生は何が目的なんですか?」
「うん?何のことや??」
「とぼけないでください。もしも俺たちがどのような対応をするのかを知りたいのであれば別に幸田さんほどのグレードじゃなくてもいいはずです。他にも2年生はいるはずなのになんであの人を選んだんですか?」
「それは……わかった。話しとくで」
そう言って辻井さんと村田が何やら二人で話し始める。その間に俺はおそらくこの中で一番よく物事を知っているであろうアイリスに気になっていたことを小声で聞く。
「そんなに幸田さんはグレードが高いのか?」
「ええ。2年最強というだけあってまだ学生のみにもかかわらずS+のランクなんだとか。S+までいく事ができている人はこの業界でも20人程度です」
「ふーん」
「あれ、あんまり驚かないんですね」
アイリスは俺が驚かないことを不思議に思っているようだ。だが、俺にはそれがいったいどれぐらいすごいことなのかがわからない。この業界は人数が少ない。実際俺たち一年も7人しかいない。なので、あまり実感がともわない。
加えて俺はSSの一条さんと戦ったことがある。もちろん、一条さんは恐ろしく強かった。実際俺も殺されかけたわけだしな。だが、SSはSよりもはるかに強いのだという。
「そこら辺の感覚がよくわからないんだ。よかったら教えてくれないか?」
「仕方ありませんね。そんなあなたに教えてあげましょう。いいですか、この世界には約15,16万人の戦闘員の【聖術師】がいるんです。内訳は、SSSが1人。SSが5人。S帯が20人、A帯が千人、B帯が五千人、C帯が5万人、D帯が10万人といった具合です」
「それは……すごいな」
学生にもかかわらず15万人以上いる中でTOP20ぐらいにいるのだ。しかもまだまだ成長する可能性がある。間違いなくこの業界を牽引する人材だ。2年最強は伊達ではない。
「ええ。もう第一線で活躍しており単独でグレードがSの任務を3件、Aの任務を5件ほかのグレードの任務も多数解決に導いたと言われています。なんでもSSの任務に参加した経験もあるのだとか」
「ほかの二年はどんな感じなんだ?」
もしかしてほかの2年も負けず劣らずといったレベルなのだろうか?もしそうだとしたら、さすがというほかない。
「それがよくわからないんです。ほかにも3人ぐらいいるらしいのですが……」
「よくわからない?ここは寮制だから違う学年でもたまに顔を合わせるぐらいあるんじゃないのか?」
「いえ。2年の方々は寮の建物が別ですしそもそも2年は任務に行かれることが多くて、寮にはふらっと現れて休まれるぐらいで、学校にいるのがメインの私達とはほとんど会いませんね」
「そういうもんなのか」
「ええ、そういうものです」
俺たちが話し終えると村田と辻井さんの話も終わったようで、村田はドカッと自分の席に着く。なんだか、いら立っているようにも見えるが……何かあったのか?
「ほら、先生話してくださいよ」
「ああ、わかっとるで」
村田に促されて辻井さんは俺たちの方を見て話を始める。
「ええ、君たちにはこれから任務に行ってもらう」




