侵入者?
ーーー少し前の森の中ーーー
はぁ、はぁ。がさがさ、ざっ。
森の中で全身に泥がついており、いたるところに引っかき傷があり、ところどころ服が燃えている女子生徒の呼吸の音と森の中をかけ走る音がする。
その女子生徒は、金髪で碧眼の見目麗しい見た目をしていたが、その顔は辛そうにゆがめており、時折後ろの方をちらちらッと警戒しながら見る。
ひゅんひゅんひゅん
そして、その直後を赤く丸い直径10センチほどの球が5,6個飛び回りその女子生徒の数メートルほど後を追いかける。
ざっ、ざっ。
そして、女子生徒、いくつかの赤い球の後を堂々と自分の場所をわざとアピールするかのようにして、歩いている音がする。
「くっ」
かちゃっと音を立てて女子生徒は懐から銃を取り出してその追ってくる赤い球体にドキュンという音をして打つ。この銃自体は本物の銃と構造は似ているが中に入っている弾は、本物の銃と同じではない。
弾はゴム弾で文字通りゴムでできている。威力を本来のものよりも大幅に減らすことによって殺傷性をなくし、こういった授業でも使える。だが、殺傷能力がいくら大幅に落ちたといっても、銃自体が本物に近いものなので200mを超える。
それ故に狙いさえきちんと定める事ができれば、動かない相手であればほぼほぼ打ち抜くことが可能だ。また、動く相手であってもこの弾速を超えることは難しい。
それ故に赤い球に見事命中する。その瞬間、赤い球はその場で霧散する。それを後ろから歩いていた男も確認する。
「おっ、また一つ破壊されちゃったか。なら、追加しないとな」
そう言ってまた一つ、男は赤い火球を追加する。追加された火球はまた彼女を追う火球の近くに行き追いかける。
先ほどから、これと同じようなことが何度も繰り返されている。そして、男と女子生徒の距離はどんどん近づいており、女子生徒のけがは増えるばかり。一方の男子生徒はというと、怪我らしいけがは全く負っていない。
いわば、狩りのようなものだ。強い肉食獣が弱い草食獣を追いかけまわしている。強者が弱者を傷つかせながらわざと逃がしている。
「無理すんなよ。アイリス、お前の能力が戦闘向けはないことはわかっているんだから」
「……」
その相手が言っていることにアイリスは何も返事をしない。ただ、黙々と逃げ続けている。
「お前の能力はいわば【鑑定】。生物無生物問わずありとあらゆるものに対して使用することができる能力。そして、一度相手をマーキングすれば常に位置を捕捉し続ける事ができる。これで、お前は村田が一日のうちに何回トイレに行ったのか、なども知りえていたんだ。そうだろ?」
「それがわかったからなんだというのですか?」
アイリスはここでようやく田辺に話しかける。
「大きく変わるさ。能力の相性問題がこれで解決する。って言っても能力がわからないやつが1名いるけどな。でも、お前らのチームが1名脱落して俺たちが有利であることには変わりないがな」
「それはそうですね」
田辺は相手を動揺させるために話し続ける。
「戦う前の威勢のいい態度はどこにいったんだ?『自信家なんですね』とか俺にほざいていたよな?どこに行ったんだよ。今、降参すればお前をこれ以上傷つけなくて済むけど、どうする?」
「御冗談を。こう見えても、負けず嫌いなんですよ、私」
そう言って追ってきていたすべての火球を打ち抜き、逃げるのをやめ、追ってくる相手をその目に見据える。田辺は火球を新たに補充することはない。
そのままアイリスのもとまで近づき、その場で止まる。そして、口元に笑みを浮かべながら問う。
「もう、逃げないのか?」
「ええ、逃げる必要はありません。お陰様で十分準備できましたから」
そう言ったと同時に走りながら仕掛けていた、森中の爆弾24個全てが一斉に作動する。その瞬間、ドミノ倒しで木が田辺の方にどんどん倒れてくる。
その木々からよけようとするが足が動かない。ふと、足の方に目を向けると、近くの木と自分の足に縄がしっかりと結び付けられていた。
「なんだ、この縄は?」
そう言って縄を手早くほどこうとするががっちりと固められており、まったくほどける気配がない。
「その縄は【魔道具】と呼ばれるものです。対【魔獣】用に開発されたものなので人間の腕力でほどけるものではありませんよ」
「ま?」
そういった直後田辺の真上に木々が大量に落ちてくる。そして、彼女のわずか1メートル手前で木々が落ちてくるのが止まる。
「すべて計算通りでしたね」
そう、彼女の能力は【鑑定】だが、それをより正確に、より詳しく行うことによって生物が相手であれば弱点箇所、どこに重心があるか、などがわかる。そのためには時間がかかるので、彼から長い間逃げることによって解析が終了するまでの時間を稼いだのだ。
今回はこの森一帯と手持ちの爆弾全ての24個を鑑定したことによって地形を把握し、どこに爆弾を設置すればどうなるかを把握して、どこに相手を誘導すればよいのかを分かったうえで誘い込んだ。見事、彼女の作戦は成功したといえるだろう。
だが……両者間にはそんな策では埋められるない程大きな差があった。
「わ~い、パチパチ。全部計算通りに言ってよかったでしゅね」
どこからかそんな声が聞こえる。アイリスはそちらの方向に目を向ける。そこには焼かれた後のある縄を手に持って無傷のままでいる。
「噓でしょ」
「本当だよ。こんなこと誰だって思いつく。みんなそれを実行する能力がないだけでね」
「あの縄をあの一瞬で燃やしたっていうの……どんな火力してんの」
「違う違う。さすがにあれをあの一瞬で焼くのは無理だ。だから、木の方を燃やしたんだそしてなくなってスペースができたから俺はその場から離れる事ができたってわけ」
終わった……アイリスはそう確信する。手持ちの爆弾はすべて使い尽くしてさらに頼りの銃も銃弾をすべて打ってしまったので保険が何も残されていない。
ドスン
アイリスがそう思った次の瞬間、覆面を被った男が頭上から降ってくる。ガタイは非常に筋肉質で、着ている服は真っ黒でマントを羽織っている。その真っ黒の服がはちきれんとばかりに膨らんでいる。身長は190センチメートルほどと高く、横にもでかい。その体格から出される存在感は尋常ではない。
誰だ?
アイリスと田辺は同時に同じ疑問が出る。この学校の敷地内にいるということはこの学校の関係者だろうか?いや、こんな存在感のある人であれば一度見たら忘れることはないだろう。
2人とも相手に対しての警戒度を強めたまま、相手に向き合う。
「あのどちら様でしょうか?」
アイリスが先に相手に尋ねる。
「われはただの強者よ。弱者でもなければ凡人でもない、な。ただおのが使命に、運命に従うだけ」
こいつ……何を言っているん(ですか)だ?
同時に二人はまた同じ疑問を抱える。どうやら、人間のようだが、人間の中にも【魔術師】のように人に害なすものはいる。こいつも、そのたぐいの可能性もある。
その答えはすぐに分かった。相手は空の方向に向かって手を差し上げる。その直後、上からとある人が降ってきて、そのあげたての上に落ちてくる。
「唯!」
その降ってきた人を見て、アイリスは叫ぶ。そう、それは先ほど脱落したはずの高坂唯だったのだ。口から血を出し腹の部分に大きい紫色のあざが一つだけある状態で、目をつぶっている。
「我にかかればこの程度の相手仕留めることなど造作もないこと。感傷に浸っている場合ではないぞ。次は貴様たちだ」
そう言って田辺とアイリスの方を指さす。そのまま、高坂唯を上に投げて遠くに投げ捨てる。
「アイリス、高坂を拾ってあげてくれ。こいつの相手は俺がする」
「待ってください、相手は相当強いです。ここは防戦に徹して先生方が到着するのを待ちましょう」
「ああ、そうしたいのはやまやまだが、それは無理そうだ」
「なんでですか?」
「さっきから形代が何も反応していない。学生が退場したら警告したのに、こんなやばい状況になっても警告しないのは妙だ。おそらく、外部とのつながりがたたれたな」
「まさか、結界術?でも、なんでこんなことを……」
「わからん。とにかく,行け」
「ご武運を」
そう言ってアイリスは先ほど唯が落ちた場所に急いで向かう。覆面の男はそちらをちらりと見るが、追いかけず目を田辺から背けることはない。
「話し合いは終わったか?」
「ああ、わざわざ待ってくれて助かったよ。でも、これがお前の敗因につながるかもしれないのによかったのか?」
「構わん。この程度で敗因するのであれば、最初から負ける運命だったということよ。それで、覚悟はよろしいいか?」
「ああ」
その直後、田辺の真正面からドスンドスンドスンと体を丸めて体当たりで突っ込んでくる。その瞬間、風がぶわっと押し寄せてくる。それを受け止めることもできたが……
一度死を経験している田辺はそれを受け止めたらどうなるか、肌でわかる。迷わず回避を取る。思った通り、よけた後に後ろにあった木にぶつかったのだが、その太い木がぎぃぃという音を立てて分厚い年輪が見えてずしんと倒れる。
「やれやれ、まさかよけられるとはな。わが攻撃を少しぐらい受けてくれてもいいんだぞ」
「はは、冗談きついな」
やばかった。それにあの体当たり絶対にただの体当たりではない。何かしらの能力を用いたな?田辺は目の前で起こった情報をもとに冷静に分析する。
相手の身長、体重を考えるに何らかの武術をしているとみて間違いないだろう。接近戦、肉弾戦に持ち込まれたらこちらに勝機はない。消去法で中距離、遠距離戦。こちらの残りMPはざっと9割ちょい。それに対してあいてのMPは満タン。だが、俺の【聖力】の方がこいつよりも圧倒的に多い。となると、後は相性と技術力が問題か。
「では行くぞ。少しは歯ごたえを俺に見せてくれよ」
そういうと先ほどアイリスが倒した多くの木々が反応できないほどの速度で大量に飛んでくる。逃げる場所がなかったので、来たと思った瞬間に反射的にその場で燃やし尽くす。ゲーマーだったこともあり、田辺の反射神経は並大抵のものではない。
「多すぎるけどな」
全ての木を燃やしていると、バッと燃える火の中にその男が飛び込んできて燃えているはずにもかかわらず筋骨隆々のこぶしを振り上げてこちらを殴りにかかる。
「ちっ」
バボボン
地面に向かって火球を勢い良く打つことによって推進力を得てそのこぶしが自分に到達する前に後ろに思いきり飛び去る。
ドグシュン
そのまま地面に振り下ろされたこぶしはそのまま地面に直撃する。地面の形がそのこぶしの形の跡がくっきりとつくレベルで、めり込む。そのことからもそのこぶしがどれぐらいの威力なのかがわかるだろう。
「逃げるなよ。それじゃ、まったく歯ごたえを見れないじゃないか」
「はは、あんたがのろまなだけじゃね。実際、お前は俺に一発も当てられずに能力をどんどん消費しているだけだし……あんたこそ歯ごたえを見せてくれよ」
「そうだな。そう思われても仕方がない。上げるか」
その直後、そいつの姿が見えなくなる。は?と一瞬思うも風が真後ろからくるのがわかったので、後ろに向かって思い切り炎を出す。
だが、火の中央にぶわっと穴ができる。そして、その中央からこぶしがぬっと突き出してきて田辺に直撃する。
そのまま吹っ飛ばされる。そして、目の前の木に当たりそうになるも何とか空中で体をひねりよけて、ずざざざざと地面にずり落ちる。
あまりの痛さに涙が自然と溢れてくる。目の視界がぼやける。相手の位置がぼやけて見えなくなってしまうので急いで手で涙をぬぐい、周りを見る。すると、すでに相手はおらずあたり一帯が火でおおわれている。
なんで、こんなに火の手が早いんだ?俺は周りに火は打っていないはずだが……いや、違うな。これは俺のせいだ。おそらく、相手が飛ばしてきた木に着火させた。そして、その着火させた木をそのまま周りに飛ばしたのだろう。そして、そのまま火が広がったということだ。
煙がどんどんあたりに充満してきた。駄目だ、俺が今持っている能力ではこの状況に対応できない。だんだん煙に目が刺激されて、今度は先ほどとは別の意味で涙を流す。徐々に意識も失われていく。
「く、そ……」
そう言って俺は体を崩して目をどんどんつぶっていき地面にうつぶせになる。
「うん、あいつ誰だ?」
矢井田は火災が起きている場所で戦闘が勃発していると考え、そちらの方向に行っていた。その途中で、見覚えのない覆面をした男がその火災の方向とは真逆のこちら側に向かってきているのだ。
もちろん、直前で走っていた足を止め少し距離を置いて警戒しながら相手に聞く。
「あの~すいません。どちら様でしょうか?」
「……」
「ここら辺では戦闘が起こっていますから、ここにいるのは危険ですよ。この森からすぐに出た方がいいと思うんですが……」
「我は……」
「はーい、ストップストップ」
相手が言いかけたところで、そんなのんきな声がして後ろの森の方から出てくる。その親しみのある人物を見て、矢井田は驚いた声を出す。
「つ、辻井さん?どうして、ここに!?」




