侵入者
「それじゃあ、散るわよ。相性のいい敵のいる場所は予め教えた通りに行けば勝てるから」
そう言ってアイリスは全員に指示を出す。全員うなづき、それぞれに散っていく。村田たちと同様アイリスたちも各個撃破をもくろむ。
全員別れたところで真っ先に相手と遭遇したのはアイリスと田辺だった。
「あなた……ですか。私とタイマンを張る気ですか?自信家なんですね」
「そうでもない。お前は一番司令塔として機能しておいて厄介だが単純な戦闘力で言ったらいちばんひくいだろ?」
「あらあら。私の手の内がもうばれているみたいですね。村田くんったらあなたたちに教えたんですか……私とあなただけの秘密だったのに……」
「そうなんだ。お幸せに!」
そういってアイリスに向かって田辺はめにみえない衝撃波を打ち出し先に攻撃を仕掛ける。次に相対したのは高坂と矢井田だった。
高坂が森の中を走っていると、すぐそこの茂みでごそごそと動いたのがわかり急停車する。
「やれやれ、私の相手は君、ということか」
俺は茂みの中からもぞもぞと出る。
「ああ、そういうことだ。お手柔らかに頼む」
「了解っ!」
そういった直後に距離を詰めてきて本気の右ストレートが俺のところに飛んでくる。それをかわすと体を持ち上げて右回し蹴りが来たので、右手でガードする。
バチン
という音がして、高坂の右足がはじかれる。ここで相手の攻撃が止まり俺に聞いてくる。
「もしかして、武術の心得があったりする?」
「いや、ほとんどない。インドア派だから運動系はむしろ苦手なくらいだ」
「へぇ~」
そう言って高坂の攻撃はさらに激しさを増す。何か、彼女の気に障ることでも言っただろうか?
左ジャブ、中段蹴り、上段蹴り、突き、掌底、手刀、連続ジャブ、体当り。先ほどまでとは技の切れも速度も違う。そのどれもが俺の次行くであろう場所に飛んでくる。俺はそれらをすべてかろうじてよける。
これが村田の言っていた彼女の能力……【未来視】か。文字通り未来を見る事ができる能力だ。
村田が言うには【未来を見た秒数】と【何秒先か】を掛け合わせたものを10で割った%分【聖力】が減っているとのことだ。
例えば、2秒後を3秒間見たら2かける3で6。6を10で割った0.6%消費したということだ。先ほどの俺との会話が終わった直後から使いだしたな。
「くそ、くそ。なんで……」
彼女の顔に先ほどまでの余裕はなく、息も上がってきており体の限界が近いのだろうと分かる。なにせ、まったく休まずにずっと攻撃しているのだ。
それに加えて、能力をずっと発動して未来を見ながらその情報を使って動いているのだから頭もかなり使っているのだから息が上がるのも必然と言える。
「なんで、なんで攻撃が一撃も当たらない……」
攻撃の手をやめ、はぁはぁと息切れして顔を下に俯かせながら俺の方に聞いてくる。
「簡単だ。俺とあんたじゃ能力的な相性が悪すぎる」
「はぁ?はぁはぁ、アイリスは能力的な相性が一番いいって言っていたんだけど?」
「それは、俺の身体能力がそこそこ高い場合だ。その場合は先読みできるお前の方が勝っただろう。だけど、俺の身体能力は桁違いに高い。いくら先読みしても、肝心の動く速度が人間の範疇を超えていないんだから見てからでも対処できる」
俺が話している間に彼女は素早く息を整えて、俺に疑問をぶつけてくる。
「そんなのインチキすぎるでしょ。すべて避けれる理由は分かったけど、なんで一撃も反撃してこないの?なめてる?」
「実際に視てみろ」
俺がそういうと彼女は実際に未来を見たのだろう。顔がどんどん青ざめていく。
「なっ……こんなのって」
あったかもしれない俺がこの場で反撃した未来。それを見て彼女は俺のことを畏怖するように恐る恐る見てくる。
「あんた、私を殺したいのか?」
「いいや、あんまり力のコントロールがうまくできていないんだ。だから、よっぽどのことがない限り反撃しない。その世界線だと、俺は力の加減を間違えてお前を殺したみたいだな。すまん」
俺が頭を軽く下げると、彼女はバッと両手を上げてそばにいた形代に大きな声でいう。
「降参だ、降参。私はここでこの戦闘を棄権する」
「承諾しました。それではまず、古参メンバー1人脱落ということで。戦闘を棄権した人は案内しますのでついてきてください」
そう言って形代は森の出口の方へ向かって行きその後に高坂は続いていく。これで2対4。俺たちの人数は相手の2倍になったわけだ。
「ほかのサポートに行くか」
俺は無傷とも言っていい状態だ。なら、今すべきなのは他の相手のサポートだろう。俺は近くで起こった爆発音のする方へ向かう。
ガキィン。そんな金属音と金属音がぶつかる音が森の中に響き渡る。それは村田門政とダルとの剣がぶつかった音だった。いずれも、相手を傷つけないように刃をつぶしてある。
近くには委員長がおり、たまに村田に陰陽術を使うにおいて必要な紙を【空間】を操作して飛ばしたり、相手に木の枝をぶつけて視界を防いだりサポートしている。
だが、メインはやはり村田とダルだろう。お互い一歩も譲らずせばつり合い、お互いの間合いから出て一気に距離を取る。
「やるね。唯一能力をわかっていない君は僕が相手をしようと思っていたんだけど正解だったみたいだ。僕以外のメンバーじゃその剣技に対応できなかっただろうね」
「そんな褒められるようなもんじゃない。最低限生き抜くためのものさ」
「へ~。にしても、君まだ能力を使ってないよね?つまり、まだ本気じゃないってことだ。なにか制限でもついているの?」
「それを言うならお前だってそうだ。まだ能力を使ってないだろ?お前の方こそ何か条件でもあるのか?」
ダルも指摘する。それを聞いて村田は笑いを浮かべながら言う。
「あはは、やっぱり気が付いてたんだ。その通りだよ。いろいろ使い勝手の悪い能力なんだ」
そこまで話した所で近くにいた形代たちが一斉にピーという音を立てて話し始める。
「告げる、告げる。古参チーム、高坂唯棄権により退場。古参チーム残り2名」
それを聞いて村田はニヤッと口元に笑みを浮かべる、そして、相手の動揺を誘うべく話しかける。
「これはかなりやばいんじゃないかな?ただでさえそっちの人数は少ないのに先に君たちの方から脱落するなんて。それにここでキミを倒したら残りはたった1人だよ。しかもその1人は戦闘が不得手。大丈夫なのかな?」
「それはない」
そんな村田からの陽動に乗ることはなく、淡々と返す。
「なんで?」
「ここでお前たちが二人が脱落するからだ」
そういった瞬間、手の力が抜けカランカランと刀を落としてガクッと力が抜けて村田は膝を地面につけ顔を下に俯けることになる。
「な、なに?……」
村田は困惑した様子を見せる。ダルは髪の毛の下で目を少し開きにやりと笑みを浮かべる。そして、動けなくなっている村田のもとに特に警戒もせず近づいてくる。
村田は、重い頭を動かして少し離れたところにいる委員長の方を確認する。幸いとでもいうべきか委員長は多少しびれているようだが、体をほぼ問題なく動かせるようだ。村田は自分の形代を飛ばし、委員長に逃げるように指示を出す。委員長はその指示を見てうなづき、音をたてないように静かにその場を去る。
「体の力をすべて奪う、これがお前の能力か?」
「少し違う。僕ちゃんの能力は【生薬】。ああ、もちろん製薬会社の製薬じゃない。薬を生み出す。それが僕ちゃんの能力だ」
「それで俺の筋力を奪う薬を俺に摂取させたってことか。だが、そんな不審物を体内に摂取した覚えはないんだがな」
「いいや、今だってしているぞ。呼吸を」
そう言われて村田はどうやって自分にその薬を摂取させたのかを瞬時に理解する。
「霧状に変えて俺と戦っている間に周囲にばらまいていたのか」
「正解。僕ちゃんと戦うという運動をすることによってお前はいつもよりも激しく呼吸をした。そのおかげで薬の効きも早くなっていたみたいだ」
「お前自身も吸っていてお前に影響がないということはワクチンでも予め打っていたのか?」
少しでも委員長が遠くに行くために時間を稼ぐために相手に質問する。相手はそれをわかっているのかわかっていないのか、村田の質問に全て答える。
「いいや。俺の中で生成されているんだ。俺の体には作った時点で抗体ができているに決まっているだろ?」
ここらへんで話が途切れる。ここまで時間を稼いだら、十分委員長は逃げられるだろうと思い、ちらっとダルの方を見る。
「ま、念のために少し気絶しといてくれよ。この薬の効果もしばらくしたら切れちまうからさ」
そう言って持っていた先ほどの刀を振り上げている。チラッと近くでういている形代を見るが特に何も止めようとはしていない。気絶させる程度の攻撃ならば、続行しても問題ないと判断したのだろう。
あれを使うことも視野に入れるがたかが授業でそれを使うのあまりにもったいないと考えその選択を頭から除外する。
「自分の勝ちが決まったとたんに饒舌とはいい性格しているな」
「ほめてくれてありがとな。それじゃ、じゃあな」
そう言って振り下ろした瞬間に、凄まじい速度でその二人に近づいている強力な気配があった。その心当たりのない気配を村田とダルは感じる。
「ちっ」
そう言ってダルは刀をピタッと止めて身体能力を向上させる薬を注射し、力が抜けて動けなくなっていた村田を担ぎ、その場を離れるべく全力で走り出す。
「くそ、なんだ?」
後ろの気配はどんどん近づいてきてあと20メートルといったところにまでくる。木々のせいで顔は良く見えないがガタイはかなり良いのが遠くからでもわかる。ダルは自身があらかじめ持っていたナイフで素早く自身の指をスパッと切る。皮膚が切れ、皮膚の下から血が出てくる。そして、その血が出た部分を担いでいる村田に差し出す。
「これは?」
「俺の血液だ。さっきも言った通り俺の体液は俺が作り出したくするに対する抗体がある。俺の体液を摂取すれば即効性だからすぐにお前の体も動かせるようになるさ」
「わかった」
そう言って村田はダルの血液をなめようとするが、その間に敵はどんどん迫ってきてついには残り2メートルというところまで来る。手を伸ばせば届きそうなそんなときにふっと村田たちは姿を消す。相手はその様子に困惑した様子で周囲を探し始める。
「はぁ、はぁ無事ですか?」
「委員長か。助かったよ。直前で俺たちを空間ごと移動させてくれなかったらどうなっていたことか」
「助かった。礼を言う」
委員長と動けない村田とダルの3人は茂みの中に隠れながら先ほどの人影の方をちらりと見る。まだ、周りを探しているかも、と思っていたがどうやらどこかに行ってしまったらしく周りにはその姿は見当たらない。
「それじゃあ、俺の体液を早めに摂取してくれ。さすがに、2人背負いながらの移動はできないし、俺一人ではしのげない」
「タ、体液ってそんな、それは……」
委員長はその言葉を聞いて何を想像したのか頬を赤く染めてしどろもどろになりながら困惑した様子を見せる。
「何を想像しているの、委員長。俺たちが取り込んだ筋肉に作用する薬を打ち消すために体液に抗体物質があるダルの体液を取り込もうって話だよ」
「あ、ああ。そういう話ですか」
委員長はそのことを聞いて冷静になったようで、顔色も元の色にどんどん戻っていく。
「それで、軽症の委員長の方から取り込んでくれ。またあいつが来た時に動ける人員は少しでも多い方がいい」
「わ、わかりました。それでは失礼します」
そう言って口を開けベロを出しダルの手から出ている血液をなめ始める。
じゅるハッフじゅるじゅるうぃじゅじゅらじゅるる
唾液がダルの指に絡まり、ベロをなめながらその体液をなめているときの音も相まってそばで見ている村田の目にはとても扇情的にうつる。そして、委員長はごくごくという音を立てて血液をのむ。その瞬間、自身の体のしびれがどんどん取れてくるのを感じる。
「ぅんっ、!?うっ……うっん!?」
委員長の舌の使い方に、「こいつ手馴れてやがる」と思いながら、こそばかったので思わず声を出す。そして、指から口を離し銀色の糸のようにダルの手の指と口元にツーと唾液があるまま喋る。
「し、痺れがほとんど取れました。もう、かなり楽です」
「……委員長、せめて口元を拭いてから喋ったらどうかな?」
そう言って村田は常に持ち歩いているハンカチのうちの一枚を委員長に差し出す。委員長はそれを見て慌てて自分のハンカチを取り出して口元を吹く。
「よし、じゃあ次は村田だな」
そう言ってダルはすでに先ほど委員長が素っていた部分の血が止まってかさぶたになりつつあるのを確認して、新しく自分の左手に先ほどよりも大きめの傷をつける。
「ほら」
そう言ってダルは動けない村田の方に左手を差し出す。村田は差し出された手に口をつけ同様に血を吸う。
ぶちゃぶちゅぅぅぅぶちゅるるるるる
「痛い、痛い、痛いって」
しゃぶる音は森の中に響き渡るほど大きい音だった。ダルはそのあまりの吸引力の強さに驚くと同時に左手に痛みを覚え、村田の頭をもう片方の空いている右手で村田を引き離す。
「何をするんだい?」
「いや、『何をするんだい?』じゃ、ねぇよ。痛いんだよ。もう少しさっきの委員長見たく優しく丁寧になめてもいいだろ」
「わからないやつだな。委員長は軽症だったから軽量でよかったけどこっちは重症なんだ。たくさん摂取しないといけないだろ?」
「それは、まぁそう通りだが」
「そういうわけで」
そう言ってダルの左手に容赦なく吸い付く。それは、まるで気の樹液に集まってくる虫のように、カニにしゃぶりつく人のように、それはもう夢中になってしゃぶりつく。
「ふー、かなりもどったな」
予めダルが作っていた傷口が大きいということもあり短時間でも委員長の時よりもたくさん体液を得られた。村田はいまのやり取りを踏まえて考察したことを言う。
「それにしても、あれだけ大きな声を立ててあいつがこっちに来ないところを見るに、誰かが戦っているんだろうな」
「ああ、そうだな。にしてもあんな覆面して筋肉ムキムキでがたいのいいやつ僕ちゃんは知らないんだが誰か知っているか?」
「いいや」「知らないです」
ダルも二人に質問するが二人とも首を横に振る。村田は先ほどから陰陽術の気配がほとんどしなくなってしまった形代をちらっと見て話す。
「さっきから形代がこんな非常事態にもかかわらず全く作動していないところを見ると、外とコネクションが断たれたな」
「はい、そうですね。電波も完全に断たれたようです」
委員長が自分の携帯を見て電波がここらへんに通っていないことを確認する。ズドン。少し離れたところで土煙が舞い起こり、大きな音がする。みんな一斉にそちらの方向に目を向ける。
「どうやら、あそこらへんで戦闘が起こっているみたいだ」
「そうだな。かなり近いみたいだ。話を戻すが、電波とかも完全に断たれたとなると、何かしらの結界が張られたか?」
「わからない。だけど、ひとまずは単独行動は絶対にせずに、あいつの後を追おう。戦える奴は一人でも多い方がいい」
「そうですね。私もお役に立てるかどうかはわかりませんがサポートぐらいはしてみます」
「賛成だ。僕ちゃんの能力は生物相手にかなり有効だし向かうとしよう」
そう言って3人は相手がいるであろう場所へと向かう。




