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生と死

くそ、何がどうなったんだ。俺は目を開ける。どうやら、今はうつむいているようで廊下が見える。


「ごはっ、ゴホッゴホッ」


俺は思わずのど元に苦しさを覚えて咳をする。咳をしたところには血が出る。どうやら、血がつっかえていたようだ。


気を失っていたようだ。今さっき、意識が戻ったが若干朦朧とする。


「ずひゅーずひゅー」


普段ならありえないような音をさせながら呼吸をする。目をゆっくりと開くと、俺をこんな状態にまで追い詰めた相手がいるのがわかる。


いや,盛ったな。俺をおそらく一撃でこんな状態にしたやつがいる。


そう、今は操られている俺の親友、矢井田やいだだ。

どうやら、一撃で俺の意識を刈り取り、廊下の端までぶっ飛ばしてくれたようだ。


「ば、バケモン、が」


思わずそう愚痴りたくなるような圧倒的な実力差を感じさせられた。あいつの言う通り俺と矢井田ではレベルが違いすぎる。


「もしかして勝てると思った?拳が軽いからって?あははは。あれはわざと弱くしてあげたの。あんたたち人間ってもろいじゃない」


そう言って矢井田を操っている張本人、小町楓こまちかえでが矢井田の後ろからひょこっと顔をのぞかせながらそう言う。


廊下の端の壁に勢い良く頭をぶつけたせいか俺の頭からは血が流れ出ている。目に血がかかりそうになったので手でその血をぬぐう。


少し落ち着いてしゃべれるようになったところで俺はこいつに尋ねる。


「おい、なんで俺のことを殺さないんだ?」


「え、楽しいから。殺してほしいならすぐにでも殺すけど」


即答。村田が前に言っていたことを俺はここで改めて感じた。

【魔獣】は俺たち人間と相いれることはできない。

こいつらは俺たち人間にとって敵でしかない。


「くそが」


俺は全身がじんじんと痛むが、その体を起こし立ち上がる。


「へ~まだ立てるんだ。人間ってもっともろいものだと思ってたわ。ほら、かかってくるなら来なさいよ」


「おらぁ」


俺は右手のこぶしを相手に振りかざすが、バシッと受け止められる。それどころか、めきめきという音を立てて俺のこぶしが握りしめられる。


「ぐあぁぁぁぁ」


俺は思わず悲鳴を上げる。空いている左手で矢井田の手を払おうとするが、全く動く気配がない。

まるで山のようなどっしりとした重みがある。


「あはははははは」


相手は俺の様子を見て笑っている。一体、何が面白いというのだろうか。


「やっちゃいなさい」


小町がにやけながら命令した瞬間、手をつかまれて動けない俺は持ち上げられる。


「くそ、離せぇ」


必死に抵抗するがその手を離してはくれない。そして、矢井田は空いている片方の手を俺の腹のあたりにすっと構える。


次の瞬間、俺の腹のあたりでズダダダダという機関銃が鳴ったかのようなけたたましい音がした。


びちゃびちゃぴちゃぴちゃ


腹からそんな音がする。俺は怖くなりながらも自分の腹を見る。


ない。そこにはあるはずの俺の腹がない。穴がぽっかりと開いてしまっている。中にあったはずの臓物がぐちゃぐちゃになって廊下に飛び散らかっている。


これは……これはダメなやつだ。こんな状態になったことなど一度もなかったが直感的にそれを理解する。


死だ。


その事実と痛み、自分のふがいなさ、弱さ、もろさ。


それらは15歳の数日前までただの男子高校生だった田辺が背負うにはあまりに重すぎた。


その結果、彼の心は……


「はは、ははははははははは。ゴホッゴホッ、あー。

これが死か」


壊れてしまった。


「泣きながら笑うとか人間てのは本当に意味わかんない。あんたがこいつみたいに【龍】の力を持っていればよかった話なのに」


そんな田辺の様子を見て薄気味悪く思った小町は矢井田に命じる。


『心臓をもぎ取りなさい』


その意のまま、矢井田は動き田辺の胸の部分に手を置き無造作に……


「矢井田。お前は俺のし……」


ぶちっ!!


田辺が何か言いかけたところで心臓を田辺の体から引き抜く。ぶしゅーという血が心臓のあった部分から出て田辺の目から光がどんどん失われる。


「それじゃ、行きましょう」


そう言って小町は矢井田を引き連れて残っている厄介な村田を始末するためにその場を後にする。






小町は高校から出ていき、丘の上にあった高校から下っていき、街に降りていく。


その後ろには、警護のようにして委員長と矢井田を連れて。そして、後ろにいる委員長の方をくるっと振り向き、話しかける。


「単純に、私達は人間が苦しむ姿とかを見ると、楽しいのよ。そういうわけでああしたんだけど、あなた的には何か不満でもある?」


「大ありです。まず、なんで私の体が思い通りに動かないんですか?」


小町の隣にいる操られているはずの委員長がそう返答する。


「ああ、簡単よ。あんたの体は私の思うがままに動かせるわ。でも、それだけだとつまんないでしょ」


「つまらない?」


「そう。だから、あなたの意識を解除して口も動かせるようにして、自分の考えを伝えられるようにしてあげたの。見えるし聞こえるし生きているけど、私の駒として動くしかない」


そこまで言って、小町は一呼吸置く。そして、にたぁと邪悪な笑みを浮かべる。


「屈辱的でしょ?」


「くっ……ですが、それはあなたにとって危険なのでは?」


「危険?」


「ええ、そうです。矢井田君の意識があるのならば、親友である田辺君を殺したことで精神が保っていられるとは思えません。そうなったら……」


「大丈夫よー。当然そこも見越して、こいつの意識は解除していないわ。精神が乱れて精神崩壊なんて状態最悪だからね」


「……やはり、あなたの魔術は【精神干渉魔法】なんですね」


「そうよ。私の【魔術】は精神干渉。条件は触れること。触れればすぐに、支配できる。【魔力】を使ってあなた達で言う電力を使って、命令は飛ばせる。

そんなことわかっていたはずだけど、なんで改まってわざわざ言うのかしら?」


小町は委員長に聞く。


「【魔術】というのは超常的なものだと思っていましたが、ある程度規則や条件もあるんだぁと思っただけです」


「そりゃあ、そうよ。ある程度は現実を曲げられるけど、絶対に曲げられないものもある。何でもできるなら今頃私たちが世界を支配しているわ」


「でも、死を捻じ曲げる術もあるみたいですよ」


委員長は小町よりも先に視線をまっすぐと見据えながらそう言う。その視線を小町も追う。


「はっ、そんなのあるわけ……」


自分たちの目の前にいる人間を見て、小町は言いかけていた言葉を引っ込めることになる。


「なんで、あんたが……」


それは、つい先ほど小町が殺したはずの田辺誠たなべまこと、その人だった。



服は先ほどのままで心臓を引きちぎられたことが現実であったことを胸の部分にある血の部分が雄弁に語っている。そして、先ほど壊されたはずの右手は血だらけだが、元通りの形になっている。顔がうつむいているからどんな表情なのかがわからないが間違いなく田辺だった。



向こうから顔を上げて話しかけてくる。笑みも悲しも何も浮かべていない無表情だった。


「こんばんは、っていうほど時間はたってないか」


「そんな……あんたは、死んだはず、、でしょ?」


「ああ。死んだから、生き返った」


「それで、、一体どうしよっていうの?」


それをたなべに聞いた瞬間、田辺たなべの顔がニヤッと大きすぎるくらいの笑みを浮かべる。


「お前を、壊す」


彼から溢れ出るとてつもない【魔力】の量を感じた小町は正確にかつ迅速に対応する。


「逃げるわよ!委員長はそいつの相手を、やい……」


衝波インパクト


その見えない衝撃波と小町の間に小町が操り矢井田が割ってはいるも、威力を受け止めることはできず、学校まで吹っ飛ばされる。


「ごはっ、ゴホッゴホッ」


あまりの衝撃波に彼女は思わずせき込む。そして、指示を出す前に次の攻撃が来る。


火球ファイヤーボール


暗闇の中に、光が現れる。それは田辺の掌の上に出現した火の塊だった。それはたちどころに大きくなり、彼女の方に行く。


「矢井田、私を背負って逃げろぉ!」


彼女はそう指示を出すが矢井田の足は先ほどの衝撃波による攻撃ですでにボロボロである。

それ故に、本気の速度で走ることはできない。


「遅いんだよ!追いつかれる。くそ、こんなことならあっちの人間に……」


そう言いかけたところで、火球の渦の中に巻き込まれる。


「あつい熱い熱いぃぃ、私を守れよぉ、矢井田!」


そう言って、矢井田の影に隠れようとするが、人間一人の体で耐えられるほど小さい火でもないのでたちどころに焼かれる。


「ぎゃぁぁぁぁぁ」


そして、そのまま火球は上空へと上昇していく。その火球の中では、たった1つの断末魔が鳴っている。


「私を助けなさいよぉ、この人間どもがぁぁぁ」


そう言って、町にいる人間たちに自分をこの火球の中から出すように指示を出す。


だが到底町にいる人が届く距離ではなく、操られている人はその火球に向かって手を伸ばして、多少わめくことしかできない。


ズゥウン


そんな音を立てて上空で火球は爆発する。まるで花火のように、色鮮やかに爆発する。


そんな火の中から二つの焼死体が落ちてくる。そのうちの片方を田辺は、上空でキャッチする。


「矢井田……」


矢井田の真っ黒こげになった体を見ながら、そうつぶやきそのまま学校に降りていく。


学校の建物はほとんど全焼しており、月明かりが照らしているおかげでよく見える。


矢井田の体をお姫様抱っこで抱えながら、学校の外に出ていくと、ちょうど学校に来たとみられる村田と出会う。


「田辺、すまない。こちらもいろいろと立て込んでいて……」


そう話しているうちに村田は今目の前にいる田辺が本当に田辺なのかを疑う。


というのも、見た目は確かに田辺なのだが、まとっている気配が村田の知っているものとあまりにも違いすぎたからだ。


「田辺、だよな?」


あまりの違いに思わず本人にそう尋ねてしまう。


「ああ。村田、すぐに【聖魔】の事情を知っている人で怪我を治せる人を呼んでくれ。思ったよりも矢井田の怪我がひどい」


「……わかった」


迅速に指示を出して、村田はすぐに【聖魔医療】に連絡をする。しばらくして、【聖魔医療】の黒い特殊な車がやってくる。


その中から医療スタッフと思われる人はがでてきて、村田たちに声を掛ける。


「けが人はどちらに……」


そこまで言って田辺の持っている矢井田の姿が目に映る。そこではっと息をのむ。躊躇いながらも尋ねる。


「も、もしかして、そちらの方ですか?」


「はい。息はまだしていますので、よろしくお願いします」


「……こちらとしてもベストを尽くしましょう」


医療スタッフたちに矢井田を引き渡す。


矢井田は、大きな黒い車の中に入れられ、その車は出発する。それと同時に、ある男が能天気にやってくる。


「ヤッホー、みんな無事やったか?」


辻井朔太郎つじいさくたろうである。






「飲むか?」


近場の自販機の前に行き買ってきた炭酸の缶ジュースをプシュッと開けて、二人に差し出す。


「いえ、俺はいいです」「結構です」


「あっ、そ、そう。で、こんな事態になってもらった経緯を説明してもらえるかな?」


辻井がそう尋ねると村田がそれにこたえる形で説明する。


「今回の騒動は【精神魔術】を使う【魔獣】によるものでした。そいつはこの町全体の人間の意識を乗っ取り俺たちを分断したんです」


「説明ご苦労さんさん。で、その【魔獣】はいまどこにいるんや?」


「その、【魔獣】は田辺が、討伐しました」


「ほう。じゃあ、ここから【魔獣】を倒すまでの説明は田辺君に任せるわ」


そういって辻井は田辺の方を見る。


「はい、僕は【聖術】を使って相手を倒しました」


「ん?……君って、【聖術】使えたっけ?」


「いえ、でも使えるようになったんです。経緯を説明します。まず、俺は一度心臓をもぎ取られて死にました」


「……いきなり重いねん。それで、死んだはずの君が何でおるんや?まさか、ゾンビでした、とか言わんといてくれよ」


「は。俺はあの時、確かに死んだんです。でも、死ぬ直前に考えていたんです」


「なにを?」


「【龍】の【魔術】はどこに行ったんだろうって」


「よう、そんなん考えている余裕あったな。死ぬ間際に考えることちゃうやろ」


「はい、でも矢井田の強さの原因、直前の相手の発言。それらが俺の脳内をものすごい速度で駆け巡っていたんです」


「それで、君はどんな結論を出したんや?」


「俺に【龍】の【魔術】が宿ったんだろうって考えました」


妥当だなと辻井は考えつつその先のこともある程度分かったが、田辺に発言を促す。


「矢井田が最初に硬貨を拾った時に一番近くにいたのは俺でした。その時に、【龍】の【魔術】は俺に【龍】の身体能力は矢井田に宿ったんじゃないかと思ったんです」


「つまり、龍の力はあまりに強大で矢井田だけでは受け止められなかったってこと?」


村田が田辺の言ったことをわかりやすいように、言い換える。


「ああ、これが本当なのかどうかはわからないが少なくとも俺はそう考えた」


「そうやって、君なりに理解して【聖術】を使ったってことか。苦労したんやな」


「『【聖術】はその法則や条件を知覚、理解することによって飛躍的に向上することがある』って村田が言っていて俺はそれを実践したんです」


「それで【龍】の魔術が使えるようになったってことか。なるほどな。それで、まだ理解できない点があるんだが、聞いてもいいか」


村田が田辺にそう尋ねる。


「ああ」


「お前が【聖術】を使えるようになった理由は分かった。でも、どうやって死からよみがえったんだ?生死を塗り替える術なんて俺は知らない。いや、さらに言わせてもらうならお前は本当に田辺誠なのか?」


「なに?」


「本当の田辺誠は死んでいて、今俺の目の前にいるのは生前の田辺誠のすべてをコピーした分身なんじゃないかと今も思っている」


パンパンという手をたたく音がする。


「はいはい、そこまでにしいや」


雰囲気が少し悪くなってきていると感じた辻井は手をたたいて二人の気を引き付ける。


門政かどまさのそうやって疑う気持ちもわからんでもないけど、疑いだしたらきりがないやろ?ひとまずは田辺が生きていてよかったやん」


「それはっ……そう、ですね」


フーと深呼吸をして村田は自分の焦っていた気持ちを収める。それを見て、辻井は話を続ける。


「ここから先は僕の妄想やけど、君のつかう術は【龍】のそれと同じや。で、この世界に龍はおらんのは知っているな?」


辻井は村田にそう尋ねる。村田は縦に首をふる。


「それ故に、龍の魔術はこの世界の出来事を捻じ曲げる事ができる。それは生死という概念さえも、例外ではない。そして、田辺君は龍の魔術を色濃く受け継いでいる」


「だから、龍の魔術と同様、自分自身を生き返らせることができたってことですか?」


「ああ、たぶんな。それで実際のところはあってるんか?」


辻井は田辺の方を見て問いかける。


「それが、俺にもよくわからないんです。ただ生きたいって願ったらそのまま生き返って、みたいな感じです」


「そうか、わからんか。まぁ、ええわ。今日はひとまずお疲れ様。現場の後仕事はこっちがやっとくから、君らは家に帰ってゆっくりするとええわ」


「わかりました、お手数をお掛けします」


「ええよ~」


そういって村田と田辺はその場を後にしてそれぞれの家に向かって帰っていく。






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