学校生活
辻井さんはふわふわと肉塊を浮かしたまま言う。
「じゃあ、この【魔獣】をぶっ殺すで。桜は何かこいつに言い残すことがあるか?」
そう言って、辻井さんは委員長を見ながら言う。
「いいえ、ありません。もう、私はこの人の家族ではないですし」
それを聞き終わると辻井さんは、つぶしはじめる。
ぶしゅぅぅ。一瞬でその肉塊はなくなりちりになる。【魔獣】の血が飛び散るかと思ったが、飛び散らず、ちりになっていった。
「あれ、血は出ないんですか?」
辻井さんの能力で出ないようになっているのかな?と思いつつ聞いてみる。
「うん?いいや、違うで。【魔獣】は死ぬまでは、怪我したら血とかが飛び散ったりするけど死んだらそれまでにぶちまけた体液とかは全部ちりになるんや」
「後片付けが省かれるのでそこだけはいい点ですよね」
「そうやな。それを片付ける人を雇う人件費も削減できるしな」
二人が何だが意気投合して話している。どうやら、この業界では【魔獣】のこの特性は重宝されているようだ。
「それじゃ、そろそろ帰るとしますか」
「そうですね。もうすべきことも特にないでしょうし、そろそろ田辺の家族も起きてくるでしょう」
そう言って俺たちはそろそろ解散ということになったのだが……
「すいません。動けないんです。助けてください」
全身筋肉痛で動く事ができない俺はそんな情けないことを言う。まぁ、グレードがAの敵を倒した代償だとしたら安すぎるくらいのものだろう。
「はぁ、しょうがないな」
そう言って、俺は辻井さんにふわふわと浮かしてもらう。そして、そんな俺を連れたまま窓から出ようとする。不思議なことに、俺に全く力はかかっていない。
「ほな、また」
「ちょっと待ってください」
俺はここで待ったの声をかける。辻井さんはこれ以上何か言うことがあっただろうか?という風に首をかしげる。
「俺がここで何をしていたのかの言い訳を考えとかないと……さすがにこんな夜遅くまで外にいたってなったら変に思われるでしょうし」
「ああ、そうやったな。それやったら、多少無理があるやろうけど……」
そう言って、辻井さんは即興で物語を作って答えてくれる。俺はそれをすべて聞き終える。
「じゃあ、それでいきましょう」
「ああ、そうやな。これでもうみんな言うことはないな?」
周りに確認して、今度こそ田辺の家を去る。だが、その前に俺に辻井さんは聞いてくる。
「君の家ってどこらへん?」
辻井さんは携帯を取り出して、アプリを開く。そのアプリにはここら周辺の家などの地図が写っている。
「あ、ここです。ここ」
俺はその地図上から自分の家を見つけ、そこを指さす。
「ここやな、ほないくで」
そう言って、田辺さんは俺たちを抱えたまま窓から出て、浮いたままものすごい速度で俺の家に向かった。
「ほい、ついたで」
おおよそ一分で俺の家の前に到着してしまった。俺だけではなく委員長や村田がいながらも、だ。しかも、俺には全く力がかかっていない。今まであまり意識した事がなかったが……この人相当強い。技術も卓越しているし、能力が何かわからないが、ういたり、物をつぶしたり様々な事ができる。
「すごいな」
俺はぼそっとつやく。それがよく聞こえなかったのか、辻井さんが俺に聞き返す。
「うん?何か言うたか?」
「いえ、なんでも」
「そんじゃ、家の前に置いておくからインターホンぐらいは自分で鳴らしてや」
そう言って、上空から俺だけを家の前におろしておく。まぁ、上空を浮いている様子を見られるわけにはいかないから俺だけを下したのだろう。
俺は全身が痛みつつも体を動かし、インターホンを鳴らす。ピーンポーン。
そのあとにドタバタという音がしたかと思うと、がちゃりと家の扉が開き俺の母親が出てくる。俺の顔を見た瞬間叫ぶ。
「新!」
そう言って、俺を抱きしめる。やれやれ、心配をかけてしまったようだ。それにしても、なかなか力が強く苦しい。
「田辺さんのところにいたって聞いたけど、全然連絡がつかないし。こんなに遅くなったら心配もするんだから」
「うん?今って何時ぐらい」
そういえば、具体的な時間を見ていなかったので何時なのかわからず俺は母に尋ねる。
「10時23分よ」
母はポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。思っていたよりも遅くなってしまったようだ。
田辺のところも誰も電話に出る事ができる状態ではなかったことを考えると、心配をかけてしまったな。
「ほら、もうはやく家に入って」
そう言われて俺は自分の家に帰宅する。机の上に父親が座っている。椅子ではなく、だ。その顔は神妙な面持ちだ。
そして、神妙な面持ちのままスマホを操作している。だが、俺に気が付きスマホをしまい俺の顔を見てくる。
「ど、どうかしたの。父さん?」
「うむ。なんでこんなに遅くなった?」
まさか、「【魔獣】と戦ってました」なんていうわけにもいかないので……俺は予め用意しておいた言い訳を言う。
「いや、田辺の家で遊んでいたらつい、つい夢中になっちゃってさ。時間がとけちゃったんだよ」
「そうか。田辺さんのご自宅に何度も電話をかけたが、誰も出なかったぞ。本当に田辺さんのご自宅にいたのか?」
これは疑われているな。何か決定的な証拠でもないと信じてもらえそうにない。
「ああ、そうだよ。田辺さんの家族みんなと遊んでたもんで、誰も気がつかなかったんじゃないのかな。試しに今、電話してみたら?今は誰かが電話に出ると思うけど」
「うむ」
俺がそういうと、父は俺の目の前で田辺の家へ電話する。
「はい、矢井田です。そちらの息子がお邪魔させてもらったと思うのですが……はい、そうですか。分かりました」
どうやら確認が取れたようだ。スマホをポケットの中にしまい俺の方に向き直る。
「今、向こうと確認が取れた。お前の証言と一致している。このことからも、お前が言っていることは正しいんだろう」
「だから言っているじゃないか。みんなが夢中だったからって」
もともと口裏を合わせているのだから、こうなることは当たり前だ。
辻井さんが作った筋書きはこうだ。俺たちがゲームをしていていつの間にか時間がたっていて、電話に気が付かなかった。
実にシンプルだ。ここで、田辺がゲーム好きということが役に立った。ゲームであれば参加している全員が夢中になる事ができる。
悔しいがアニメでは見る人によって、印象や感想が全然違う。一本のアニメでは全員夢中にさせることは極めて難しい。これはゲームの強みだといえるだろう。
父もそこら辺のことをわかっているのか、わかっていないのか黙っている。そして、「はぁ」とため息をつく。
「今度からは時間をこまめに確認しながらゲームをするようにしなさい。お前がアニメ以外のことに興味を持ってくれるのはうれしいことだ」
「じゃあ、俺は風呂に入ってきます」
「ああ、入ってきなさい」
思っていたよりもすんなりと解放された。父があまりしゃばらないのは普通だが母親が異常とも言っていいほど静かだ。我が家で俺と父親よりも圧倒的にしゃべる人なので、今回についてもいろいろというものだと思っていた。実際、今までもこういう時には小言を言ってきた。
「子供なんだからちゃんと早く帰ってきなさい」とか「親の言うことを聞きなさい」などなど……
まぁ、そんなことは置いといて手早く風呂に入り、食事をとりアニメを1時まで見るという極めて健全的な生活をして俺は眠りにつく。
翌朝、俺はいつも通り起きて食事をとり、歯を磨き家を出る。だが、家を出たところには委員長と田辺がいた。
「二人ともどうしてここに?」
俺は二人に声をかける。しかも委員長がスマホをみながらゲームをしていて、田辺は委員長がゲームしているのをのぞき込んでいるという構図だ。
俺が声をかけると二人ともゲームをやめて顔を上げ俺の方を見る。
「なんか、委員長がお前のうちに来たいんだと。俺はここまで案内してあげたってわけ」
俺は委員長の方を見る。すると、委員長は言う。
「お父さんがみんなと仲良くしなさいって。手始めに矢井田さんの自宅に行ってみなさいっていうから来ました」
どうやら、辻井さんの仕業のようだ。委員長のような同級生の女子と一緒にされても特段話すことなんかないから、気まずいだけなんだが……
親になったからには心配なのだろう。このまま、友達ができないのではないかと。
委員長はお世辞にもコミュニケーション能力が高いとはいいがたい。ならば、同じく低い俺たちとならうまくやっていけると考えたのだろう。
「わかった。スマホは持ってる?」
「す、すいません。まだ買ってもらってないんです。一週間以内には買ってもらいますから」
「そんな無理やりじゃないけどな。うん?でも、さっきスマホでゲームしてなかったか?」
俺は委員長がゲームをして田辺が教えている様子を思い出しながらそう聞く。
「あれは、田辺さんのを使わしてもらっているだけで、私のスマホはまだないんです」
「ふーん、そうなのか」
まずいな、スマホがないとなると本当に話すことがなくなる。委員長はただでさえ、今までSNSなどに触れてこなかったわけだし……
「まぁ、俺のスマホを使っとけよ」
田辺が委員長に対して男前のセリフを言う。
「え、いいんですか?」
「ああ、人にゲームを教えるっていうのも悪くはないからな」
なんて男前のセリフなんだ。俺は田辺の耳元にささやく。
「おいおい、なんで急にイケメンのセリフを言っているんだよ。お前らしくないぞ」
「ふっ。俺は考えたんだ」
「何を?」
「委員長はこれからも同じ陰キャの俺たちと一緒にいないとダメだろ?」
「まぁ、陽キャになったら俺たちとの交流はなくなるだろうけどな」
「ああ、だけど俺たちとの接点が一番長いわけじゃん。今までは女子との接点がなかった、俺らがだ」
「つまり、委員長と付き合えるかもって考えてるの?」
「そういうことだ」
俺はここでホッと一息つく。こいつはいつもの田辺だ。
「そういえば、筋肉痛はもう治ったのか?」
田辺が俺の身を案じてくれる。自分でも気が付いていなかったが、体を動かしてももうどこも痛くはない。
「ああ、大丈夫だ。一晩寝たらこの通りばっちりだ」
「そうか。それじゃ、そういうわけだから俺は委員長にゲームのことをいろいろ教えて好感度稼ぐわ。乙女げーもクリアしてきた俺ならいけるはずだ」
「おお、そうか。頑張れよ」
「おう」
そう言って、田辺は委員長と会話を始める。俺たちはそのまま学校へと向かう。
俺たちはあの後会話を多少しながら学校についた。
あの後委員長が話してくれたことをまとめると、委員長が人かどうかは保留であるそうだ。
辻井さんの家族になったということもあり、すぐに殺すということはなくなったようだ。それでも油断はできないが。
辻井さんはそのために昨日委員長を家に送り届けた後、上層部を説得するために出かけてしまってしばらく帰らないとのことだ。
家は委員長からの希望で、あの家のままらしい。家の名義だけが「辻井朔太郎」に変わっただけだそうだ。なんでも、思い入れがそうはいってもあるから、とのことだった。
そして、委員長は自分の能力の行使があまりできないそうだ。最低限のレベルでしか使えない、とのことだった。
朝のチャイムが鳴り、みんな席に着席する。そして、先生が教室の中に入ってきて1時間目の予定を簡潔に述べる。
「よし、お前ら席に着席しろ。1時間目は体育だ。体操服に着替えてグラウンドに集合だそうだ。早く行け」
そういうと担任の先生は教室から出て行ってしまった。そう、今日は高校生活初の体育の日なのだ。コントロールをミスって異常な結果を残さないように気を付けなくては。
俺たちは担任の先生の指示通り着替えて、グラウンドに行く準備をする。
「あれ、お前そんなに体たくましかったっけ?」
着替えている途中で上半身を脱いで体操服に着替えようとしていると、田辺から尋ねられる。
「うん?」
田辺が俺の腹を見ているので俺も自分の腹を見る。腹筋が割れており、自分自身では気が付かなかったがほかのところもいつのまにか筋肉がついている。
「ほんとだ。自分でも気が付かなかったけど、結構筋肉ついてきてたのか」
まぁ、『筋肉痛』を経験すれば誰だってそうなるか。あれほど痛い思いをして何も糧がないという方がおかしい。
これも【龍】の力を得た副作用みたいなものだろうか?俺はいわゆる細マッチョになったようだ。俺はそう思いながら着替える。
そのままグラウンドに向かうと体育の先生がいる。体育の先生は俺が初日学校に行くときに校門で何やら言っていた人だ。
「今日やってもらうのは体力テストだ」
最初からなれないものをやると大変だと考えて、やった経験があるものにしてくれたのだろう。俺はそう思いつつ、先生の話に耳を傾ける
「具体的には50メートル走とソフトボール投げ、そして握力測定の3つだ。中学の時と同じような要領だ。各自準備ができ次第始めてくれ」
そう言って、俺たちは準備をする。と言っても白線はすでにひかれてあったりしたので、ストップウォッチやソフトボールなどをとって来たり記録係を決めたりするぐらいだ。
「準備できたんで初めていきます」
そう言って、ソフトボールから始まっていく。俺のところに田辺と委員長が近づいてくる。そして、田辺が話しかけてくる。
「おいこれって……」
「ああ、まずったな」
俺と田辺が話していると委員長が首をかしげながら俺に尋ねてくる。
「何がまずったんですか?ソフトボール投げのところに並べたんだからよかったんじゃないですか?」
どうやら、委員長はまだ事の重大性を把握できていないようだ。ここは、俺が教えてあげるとするか。
「いいか。やばいのはそこじゃない。順番だ。俺たちは前から3番目だぞ?」
そう、俺はソフトボールの記録を測るところの近くにいてしまったのだ。委員長はまだ首をかしげる。委員長ってもしかして……
「?はい。早めに済ませれば後で休む時間があります。いいじゃないですか?」
「順番が早すぎるだろ。一人2球投げるけどこんなんじゃすぐに俺の順番が回ってくる。最初の方だったら周りの人にみられるだろ?」
「はい、そうですね」
ここらへんで俺が思っていたことが確信に変わり始める。
「ん?ひょっとして委員長って大勢にみられても大丈夫な系か?」
「まぁ、そうなったらそうなったで構わないかなって感じですね」
ああ、そうか。こいつは……陽キャの片鱗がある陰キャだ。大勢が見ていてもベストのパフォーマンスをできる。
「君には陽キャになれる素質がある」
「きゅ、急に何を言うんですか?それより順番回ってきてますよ」
「え?」
委員長に言われて前を見ると確かに前にいた人たちはすべて終わらしている。俺の番のようだ。
ふーと深呼吸をして気持ちを整える。
ソフトボールが入っている箱から一つソフトボールを取り出す。そして、できるだけ力を抜いて投げる。
「えい」
そのボールはきれいな放物線を描く。そして、その放物線がどこで切れたのかは俺達にはわからない。
なぜなら、そのソフトボールはグラウンドどころかこの学校の敷地から飛び出してしまったのだから。
「あちゃ~」
俺は思わずそう言いながら顔を手で覆う。




