十三話 赤眼
13話 赤眼
「では皆さまこれから2回戦ハーメイル対loyalcatの試合を始めます。」
もう直ぐ試合が始まる。
「ではお二方宜しいですか?」
緊張が張り巡るその場所でヴィタは徐に手を上げた。
目の前に立つloyalcatは同年代の女の子だけで構成されているチーム。その中には一際異彩を放つ子がいた。小柄で小さな女の子、茶色の髪色が特徴でボブショートがよく似合う。
そんな彼女は前髪をかき上げ、今僕らを睨みつけている。彼女の名は凡人の中に紛れる天才「ウェアリナ・ラダー(通称キャット)」
loyal catというチームは彼女を筆頭に勝ち星をあげる。キャットの恵まれた能力は試合の攻守を扇動し、勝ちの流れを掴み取る。
一方ハーメイルというチームは切り札を隠しつつ、序盤はエンナとエルナード二人の均衡を駆使し、試合を掌握することで最善の行動を図る。そんな堅実的な戦いでハーメイルは勝利を狙う。
実際、そうするはずだった。
細身の男の問いかけに僕は答える。
騒然とする会場には座り込むエルナードの姿があった。情けなくもへたり込むその様には観客を心配の声をあげる。
「どうしたのよそれ」
それを見てたまらずキャットも口を開いく。
少し考えてヴィタは答える。
「これは...その...ハンデだ。」
もちろんそれは嘘八丁、現状ハーメイルはエルナード無しでの試合出場を余儀なくされていただけてある。
「ヴィタ様つまり...エルナード様は辞退ということでよろしいのですか?」
僕は首を縦に振る。
するとそれを見てキャットが声を荒げた。
「はぁぁぁぁぁ?!ふざけんな!!」
キャットは髪を逆立て、下唇を噛んだ。その噛んだ下唇からは血が流れ出ている。
「僕らは四人とは言え弱いわけじゃないあまり気にするな。」
「それをアンタ舐めてるって言ってんの!!!」
ヴィタの言葉にさらにヒートアップするキャット。
「リーダー落ち着いてよ!」
loyalcatのメンバーがキャットを制止させる。
「私たちの目的はこいつらに勝つことじゃないしょ?!」
彼女らは何かをキャットに訴えかけている。
「ね?」
「落ちついて!」
「・・・」
ヴィタに迫るキャットだったが仲間の声かけにより足を止めた。
「ではハーメイルはエルナード様の欠場とみなし、四名にてloyal catとの試合を行います。」
「ではお待たせしました。試合!開始!!」
(そうだ...忘れてた。)
キャットは思い起こした。
(私達はここで私達の"居場所"を作りに来たんだ。)
(なら...ここでコイツらを)
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発動 ウェアリナ・ラダー 「均衡名[衝撃]」
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「全力で潰す!」
ヴィタは目の前に立つ小さな彼女を見て全身から冷や汗が流れた。
怒りとはまた違う。
(なんだ?...雰囲気が...)
「翔撃」
彼女がそう唱えると耳に「ツン」とくる音が鼓膜を刺激した。
その次の瞬間、僕の体は宙へと舞う。
「は?」
突然の出来事にヴィタは思考が停止する。
その間、間髪入れずキャットはヴィタへの攻撃を続ける。キャットは宙を舞う僕の髪を掴むと、引きずり、地面へと叩きつけた。
「ヴィタっ!」
「大丈夫っ?!」
エンナとリエナが即座にヴィタの前へと立ち塞がり、キャットの進行を阻害する。
エンナは目の前で起きた数秒の出来事に驚きつつも均衡でカウンターを狙い、リエナはヴィタのサポートへと回った。
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発動 エンナ・イーファ 均衡名[点呼]
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「点灯」
それは空からキャットへと降りかかる赤い炎の光。
その赤い炎の光を一度触れるとエンナが解除するまでその炎は消えることはない。
(ヴィタ!大丈夫?!)
(うん...)
ヴィタは上体を起こすが地面には血が滴っている。
どうやらおでこは切れたようだ。一連の攻撃がヴィタの体へと確実刻まれている。
(で..アイツは?)
(今はエンナが見てるけど...)
(それはまずい、)
ヴィタはエンナの方へと視線を動かした。
その時「キャッ」と言葉にならないエンナの声が聞こえた。
「防撃」
それは空へと放ったキャットの衝撃波がエンナの均衡が無効化する。
その隙をキャットは見逃さない。
「翔撃」
これはキャット背後で小さな衝撃を引き起こし、その推進力で移動する技。
しかしそれだけではない、キャットは自らを押し出すスピード、それに彼女自身の身体能力の高さから、もう一段階強化されたそれは高い推進力を持つ技となるのだ。
キャットはそれを用いてエンナとの距離を拳一つ分まで距離を詰める。
「衝撃」
キャットは拳に白い光を注ぎ込む。
その小さな体の小さな拳からは不相応で強力な一撃がエンナへと放たれる。
「あ、」
キャットが拳を振るうと爆音と爆風が巻き起こり、地面が抉れ、砂埃が巻き上がった。
そしてエンナはその言葉を最後に消し飛んだ。
砂埃が晴れるとそこには何も無かった。
「すげぇー!!!」
今目の前で起こった出来事に観客達も声を上げる。
それもそうだ少女一人が拳を振るっただけで地面が抉れ、会場に砂埃が上がったたのだ。
しかしその肝心なキャットは混乱していた。
(ん?私いったい何してたんだっけ?)
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発動 ヴィタ・エネディクト 「均衡名[結晶化]」
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「地晶生成」
ヴィタは抉れ返った地面を巻き込み武舞台全体にへと強力な均衡の一撃を放つ。
今回の大会は遮蔽のない平地のステージ。それは一試合ごとに整地され、遮蔽のないその作りは広範囲の攻撃を避けるのが困難で、それを回避するのが勝敗を握る鍵となる。
「集合!!!」
キャットは何かを感じ取ったのか仲間に命令を下す。
すると次の瞬間、武舞台一面に鋭利な結晶体が生成された。それは武舞台の地面かけて長さが約1m〜3.5mの針状の結晶をloyalcatへと放つ。
「や、やや、やった?」
パキッ、パキッ、
何かが割れる音が聞こえる。それはヴィタの生成した結晶を砕き、何者かが近づいてくる。
(もう予想できてる。)
(どうせアイツだろ)
「良い均衡だね。」
茶髪の少女が結晶の中から姿を露わにする。しかしそんな彼女の右肩には結晶が刺さり、ドクドクと血が流れ出ている。
「それはお互い様だろ」
そう言うとヴィタは立ち上がり、顔から滴る血の拭う。
「まあね。」
「それはそうとお前、その足手纏い共を捨てたらどうなんだ?」
側から見てもわかる彼女らの歪な偏りのあるチーム。試合が始まってからもキャット以外の少女達には動きが見えない。
「何ですって!!!」
するとキャットの背後からは四人の女の子が続々と姿を現す。
「アンタには関係ないでしょ!!!」
「やっちゃってよリーダー!!!」
ゾロゾロと出てきてはヤジを飛ばし始める彼女らをみてヴィタは呆れ顔を隠せないでいる。
「いいの、みんなは私のできないことをやってくれるし、私はみんなの出来ないことをできれば良い」
「そうかよ適材適所だな、」
「適材適所?」
「それどう言う意味?」
「一人一人役割があるってことだよリーダー」
「そうなの?ありがとうユイ」
「じゃあもう良いよね?」
「私もあんたら"二人"になんて負けられないし、」
「本気でやるわ」
「ユイ、リン、ベティ、イーナ、私の背中を押して!」
「「「「うん」」」」
loyal catは声を揃えてキャットに従う。
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発動 ユイ・ジンジャー 「均衡名[ラック]」
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発動 リン・ジンジャー 「均衡名[東速]」
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発動 ベティ・シャンク 「均衡名[ビッツオン]」
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発動 イーナ・イェナ 「均衡名[断続]」
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ラック
対象の運気を10分間上昇させる。
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東速
東西南北、東に限定されるが付与した対象の移動速度、発動速度、攻撃速度、あらゆる速度が強化される。
ビッツオン
触れた相手を対象に付着、連結、接続、取り付け、
何かを結びつけることができる。
断続
物理的な物に限られるが切れたものが繋がる。
又は繋がっていた物が切れる。
相手より様子を見てヴィタは切り札を切った。
「リエナっ!アレやるぞっ!」
ヴィタの一言にリエナは頷く。
するとリエナの瞳の色が変化する。普段のリエナ髪色に似た翡翠色の瞳だが今は違う。血のように赤黒く一度睨まれれば体が凍りそうな瞳へと変化する。
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発動 リエナ・バック 「均衡名[八岐大蛇]」
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発動 ヴィタ・エネディクト 「均衡名[結晶化]」
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二人は同時に均衡を発動する。
「草薙の剣」
リエナの片手には緑色の古びた剣を握られている。
「ごめんねヴィタ」
すると次の瞬間、草薙の剣をヴィタ右腕へと突き刺した。それはヴィタの右腕を貫通し、リエナにはヴィタの返り血が頬へと飛び跳ねる。
そして異形なことにリエナの草薙の剣はヴィタの血を吸い始める。滴る血までも吸い上げるとリエナの草薙の剣の形状に変化が見える。
「吸剣 天叢雲剣」
「やっぱ痛いな...でもこれで勝てる。」
お互いの人事は尽くした。
互いの主力は歩みを始める。
「翔撃」✖️「ラック」✖️「東速」✖️「断続」✖️「身体能力」全てを掛け合わせたキャットがヴィタとリエナの懐へと一直線に飛び込んでくる。
彼女は目では追えない、でも最短距離でそれは進行してくる。ヴィタはその方へと手を翳し、リエナはそれに目掛けて剣を振り下ろす。
そして二人は息を合わせ、唱えた。
「星の息吹」
文字どうりそれは星形の結晶を放つ黒の息吹。
夜空を連想させるその息吹は絶え間なく生成される星の結晶が乱気流の様に回り、ぶつかり合い、砕き砕かれ、息吹は幾千万ものの星のかけらを孕み、単身で乗り込むキャットへと襲いかかる。
そこでユイ・ジンジャーの均衡[ラック]の第二の能力が発動する。
ラック
①対象の運気を10分間上昇させる。
②一度だけ受けるダメージの無効化。
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発動 ウェアリナ・ラダー 「均衡名[衝撃]」
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(何かがおかしい...)
キャットは生まれて初めての感覚に襲われる。
不思議な違和感、大切な何かを失念している気がして止まない。
(いやそれは無いはず、このままあの"二人"を倒せば私達の勝ちだ。集中しろウェアリナ・ラダー)
「衝撃波(ビックバ...」
キャットは右手へと集められた均衡の力を解放する。
正確には発動しようとした。
その前にしばし少し前へと遡る。
盛り上がりを見せる会場の隅で小紫色の髪が靡いた。
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解除 テネ・ウィザード「均衡名[寝ン無]」
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試合序盤から姿を形を消していたテネがここで初めて姿を現した。
均衡名[寝ン無]の効果
これは発動者が目を閉じていることを条件に発動する。それはテネとテネが触れている生き物を対象にテネが目を閉じている間、誰もがテネを認識できなくさせる状態にする。
正確にはこの[寝ン無]と言う均衡は人に認識できなくさせるのではなく、現実世界に干渉することで人の意識や記憶を改竄することで認識ができなくさせる均衡。
テネは均衡を発動し、キャットの記憶を改竄した。
しかし今その改竄された記憶がテネの均衡の解除によって次第に正常な記憶へと戻ってゆく。
そして次に武舞台には赤髪の少女が舞い降りる。
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発動 エンナ・イーファ 均衡名[点呼]
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テネによって窮地を脱していたエンナは目の前にいる四人の的に狙いを定める。
「点灯」
そこでエンナの赤く光る炎はloyalcatのメンバーを燃やし、戦闘不能にさせる。
すると途端にキャットに付与されていた効果が切れ、ラックの二つ目の能力ダメージの無効化が解除される。
「!?」
次第に強張るキャットの表情は今まで感じていた違和感その全てを悟るがもうすでに遅い。
焼け石に水、キャットは防御の能力を起動するが間に合わない。
それは星の息吹のダメージを無効化する前提で突き進んでいたのが裏目となった。キャットは目前へと迫る「星の息吹」に固唾を飲んだ。
次の瞬間ソレは彼女を包み込み、キャットはソレに突っ込んだ。
星の息吹は彼女の全身に絶え間ない苦痛を浴びせた。
星の息吹から出てきたキャットは体の細部に至るまで結晶が突き刺さり、全身からは血が枯れる果てるまで垂れ流している。
「まだ...」
キャットまだ意識があるのか足を引きずりながら近づいてくる。
「マジかよ...」
終わりかと思われた試合だったがキャットの目からは光が消えていない。そしてキャットは能力を再発動する。
「衝撃波(ビックバ...」
「結晶壁」
ヴィタもキャットに抗して防衛の能力を発動する。
バタンッ
キャットはそこで事切れた。
彼女は最後まで死にものぐるいで勝ちを望みその強さには対戦相手として妙々たるものがあった。しかし決着はついた。
「ここで試合決着となります!!!」
「loyalcatは戦闘不能とみなし、2回戦目はハーメイルの勝利となります!!!」
「ヴィタ〜〜〜!」
テネが僕に駆け寄ってくる。
「ナイス〜〜〜!」
二人は「パチンッ」と頭上で手を交わす。
「イタッ」
不覚にもリエナに刺された右腕でテネのハイタッチに答えてしまった。
「ねぇ私もでしょ?」
「はいはい」
リエナとも手を交わす。
「私も頑張ったんですけど!!!」
エンナも食い気味で身を乗り出す。
「お前は死にかけたからノットナイス」
「えっ!なんでよ!ハイタッチしてよ!!」
「嫌なこった」
「ほらっ!してよっ!」
ヴィタの前へと手を振り出す。
「いやこった。」
「もうっ!知らない!!」
エンナは頬を膨らまし、いじける。
そんなとき舞台袖から手を伸ばす少年が現れる。
「ナイス!きっと勝つって信じてたよ!!」
舞台袖にいたのはエルナード。
その顔を見た瞬間皆の顔が強張った。
「おいコイツをどうしてやろうか?」
「私、刺そうか?」
リエナは赤黒く目を染め上げ、手に草薙の剣を取り出す。
「えっ待って」
「私は頭少し炙るね。」
エンナは指先に火を灯した、、
「待って!!!」
「私は疲れたから寝る。」
そういう時テネはヴィタの背中に飛び乗ると寝てしまった。
「テネ!僕も夢の世界へ連れてってくれ!」
「アンタどこに行くつもりよ!」
「逃がさないわよ!!」
「まっまっ待ってくれぇ〜〜」
その後舞台袖では全裸で身ぐるみ剥がされたエルナードが見つかった。
「皆様どうでしょか?お楽しみいただけたでしょうか?最終戦まで近づいてきたフィアレントですが、続いては皆様の"お楽しみの試合"が待ってます。今しばらくお待ち下さい!!!」
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登場人物
ヴィタ・エネディクト...小柄な黒髪の少年。
均衡名[結晶化]
エンナ・イーファ...赤髪の少女。
均衡名[点呼]
テネ・ウィザード...子紫色の髪の少女。
均衡名[寝ン無]
エルナード・グランド...大柄な少年で青柳色の髪の少年。
均衡名[光盾]
リエナ・バック...翡翠色の髪の少女。
均衡名[八岐大蛇]
アルセ・ユーベン...白髪の少年。
均衡名[ ]
ウェアリナ・ラダー ...茶髪のボブショートで小柄な女の子。
「均衡名[衝撃]」
ユイ・ジンジャー 「均衡名[ラック]」
リン・ジンジャー 「均衡名[東速]」
ベティ・シャンク 「均衡名[ビッツ]
イーナ・イェナ 「均衡名[断続]」
loyal catのメンバーでキャットも含め仲の良い四人組。彼女らは同じ孤児院出身の少女で、
ユイ・ジンジャーは頭が賢く。
リン・ジンジャーは病弱だが身体能力はloyal catの誰よりも高い。しかし一度本気を出すと吐血する。
ベティ・シャンクはloyal cat家事担当。
イーナ・イェナは仲良しだから着いてきた。
冒険者
灰色の髪色をした中年男性。
鋼鉄の鎧で身を纏い、剣を巧みに操る。コロシアムの元王者。
均衡名[強器]
ギルナ・コバルナ
桃色の髪の毛の若い女性。
聖職者で作中に出てくる神を信仰している。
均衡名[緑化]
謎の少女
ヴィタの夢に出てきた少女。
[ ]
ケイツ・エネディクト
均衡名[水壁]
ヴィタの父親で村の地主ユーベン家と深く関わりのある人物。
アルフレッド・ユーベン
均衡名[ ]
アルセの父親で村の地主、厳格な人柄で知られているが彼には変な収集癖があり、ユーベン家で働く人間のほとんどは何処かしらからヘッドハンティングされた人で構成されている。