03 二人の出会い
それから数日後、小さな村が騒然となる出来事が起きる。
この普段これといった事件の起こらない村に、ハイス聖国の中心地である聖都ハイシールから聖騎士の一行がやってきたのだ。
真っ白なマントを翻しながら整然と隊列を組んで歩くその様は、この村の一部だけ別の空間になってしまったかのような錯覚を皆にもたらした。
聖騎士がやってきたとの知らせに、この村の村長が転がるように慌てて駆けてくる。
この一行の責任者であるオットーは、村長を見ると尊大な口調で言った。
「我々はこの村に転生者がいるとの話を聞いてやってきた。さっそくで申し訳ないが、転生者に会わせてもらいたい」
オットーは長身で鍛え上げられた体を持つ、強面の中年男性だ。オットーの出す威圧感に身をすくませながらも、何も知らない村長は驚きで目を見張った。
「この村に転生者ですって? そんなわけない。ここ最近生まれた子もおりませんし……」
「なんだと?」
村長の言葉に、オットーは眉を潜ませる。
しかし、そんな二人の間に堂々と割り込む者があった。
それは、先日森でエルクが会った少女だった。
「聖騎士様、失礼致します。わたくしがその転生者です」
少女の言葉に、聖騎士の一行だけでなく村人たちまでもがどよめく。
少女の親が慌てて少女に言った。
「カトリン、なんという嘘を……!」
「嘘ではありませんわ、お父様。実際にわたくしが転生者なのです。証拠もございます」
少女、もといカトリンはオットーをじっと見つめて言った。
「今回現れた楽器は、大きくて黒く、白と黒の細長い板を押すと音が鳴りますね?足元にはペダルもついているでしょう。その楽器は指で演奏するものです」
現れた聖楽器の詳細は、転生者を正確に見極めるために一般市民には明かされない。
見たことがないはずの聖楽器を実際目にしたことがあるかのように語る少女に、聖騎士たちは喜色を隠せず沸き立った。
オットーもまた例外ではなく、さっきまで浮かべていたしかめ面を崩し、笑顔で頷く。
「その通りだ。あなたの名は?」
「カトリン・クラウゼと申します」
「カトリン嬢。われわれと一緒に聖都へ来てほしい」
「おおせのままに、聖騎士様」
優美にうなずいて見せるカトリンに、おろおろと彼女の両親が尋ねる。
「カトリン……なぜ今まで黙っていたの?」
カトリンは両親の方を振り向くと、困ったように眉を下げて笑い、言った。
「怖かったのですわ。この世界の命運を背負うのが。でも、先日やっと決心がつきました」
「ああ、お前がそんな大きな秘密を抱えていたなんて!何も気づいてやれずにすまなかった」
「わたくしの方こそ、何も言わずにごめんなさい」
カトリンの両親は、泣きながら我が子を抱きしめた。
ひしと抱き合う親子の姿に、周りの人々も目に涙を浮かべてそれを見守る。
やがて三人が離れると、オットーがカトリンに手を差し出した。
「これからは私共があなたを何に代えてもお守りします」
「よろしくお願い致します」
カトリンは聖騎士の手を取って頭を下げる。そして誰にも見えないところで、にんまりと笑顔を浮かべた。
聖騎士の一行が村に着いたころはもう日暮れも近かったため、その日は聖騎士たちも村に滞在して、翌朝出発することとなった。
村の一番大きな集会所で盛大な宴が開かれる。
もちろんその中心はカトリンだ。
村の人々も聖騎士たちもみな一緒になって笑い合うなか、この宴から誰にも気づかれずに抜け出した者があった。
それはこの聖騎士たちと一緒にやってきた魔術師だった。
魔術師は集会所を後ろに見遣りながら、自身の黒髪をがしがしとかいてひとりごちる。
「なんだ、あの嘘つき女。皆信じ切ってるし……」
しかしカトリンが語ったことを思えば、皆が信じるのも無理はないだろう。魔術師が何を言っても、きっと誰も信じない。
魔術師は頭をゆるゆると振りながら、落ち着ける場所を探して村の中を歩き回った。
すると、集会所が見えなくなったところで、この村のはずれの方から誰かの“声”が聞こえてきた。
それはとても澄んでいて、今まで彼が聞いたこともないほど美しい声だった。
この村の住民は全員集会所にいるはずなのにおかしいなと思いつつ、魔術師は引き寄せられるようにその声のする方向へ向かう。
声を頼りに魔術師がたどり着いたのは、湖面に月を反射させた美しい湖で、その湖のほとりにはやせこけた少女が立っていた。
伸ばしっぱなしであろう長い茶色の髪に、枝のような手足。ぎょろぎょろとした大きな薄赤色の目。しかし、その瞳は宝石のようにきらきら輝いていて、しっかりと手入れをしてもう少し体に肉をつけたら相当な美少女になることがその面差しから感じ取れた。