01 少女の転生した世界
「なんだ、これは……!?」
その日、この国の最高神殿に現れた聖楽器に、そこに集まった神官と高位貴族の面々は一同騒然となった。
大人が何人も乗れそうな大きさに、真っ黒なボディ。蓋は二つついている。
試しに大きい方の蓋を開くと、まっすぐに取り付けられたたくさんの線が目に入った。その線にそっと触れてみるも、特に何も起こらない。
次に細長い方の蓋を開くと、白と黒の細い板が何枚もついている。
試しに白い板をひとつおそるおそる押すと、ポーンと耳に心地よい音が鳴った。
その音の繊細で優美な響きに皆は顔を見合わせる。
「今までの楽器とはまた趣向が違うな」
「前回はたしかフルートで、前々回はクラリネット……といったか?口で吹く楽器が続いていたが、今回はそうではないらしい」
「指で押す楽器だということはわかるが、こんな大きいものを一人で演奏できるのか?」
「もしかしたら今回は転生者が二人かもしれないぞ」
それぞれ思い思いに話をしたのち、そのうちの一人がそっとため息をついて言った。
「なんにせよ、我々は待つばかりだ。この聖楽器を演奏できる転生者が現れるのを」
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今から約250年前の音楽が隆盛を誇っていた時代のヨーロッパに、その女神は生まれた。
女神は強欲だった。
この世界にはすでに何千と神が存在していて、人々はその数多の神を信奉している。
女神は、この世で信奉されるのは自分だけでよいと考えた。
だから、自分の生まれたヨーロッパをベースに、新しく世界を作った。
女神が唯一神として存在する世界。
それが、このハイス聖国のある世界である。
「みなさんは、聖楽器のことを知っていますか?」
ハイス聖国の西端にある、小さな村。
この世界の主食であるギールの栽培と出荷で成り立っているこの村で、この村唯一の学校にて教鞭を取る女教師が自身の生徒たちに尋ねる。
「知ってまーす」
「最高神殿に突然現れる楽器でしょ?」
「女神が生まれた世界から送り込まれてくるんだよね?」
めいめい知っていることを披露する子供たちを笑顔で見つめて、女教師は言った。
「その通りです。我らが女神は、音楽を愛しています。そのため、数十年に一度新しい楽器を出現させてそれを演奏させることを、御身への神饌としました。……それでは、転生者とはなんですか?」
教師の質問に、一番前に座っていた女の子がはきはきと答える。
「その楽器を演奏できる人です。女神の生まれた世界でその楽器を上手に弾いていた人が、楽器を演奏する定めをもってこのハイス聖国に生まれ変わります」
「よく知っていますね。そうです、聖楽器の出現とともに現れるのが転生者です。この世界で聖楽器の演奏を唯一許されている人、ともいえるでしょう。実は、17年前に新たな聖楽器が出現しましたが、まだ転生者は見つかっていません。もし皆さんの周りで“前世の記憶”がある人を見つけたら、すぐに教えてくださいね」
女教師がここまで話したところで、村の高台にある鐘が鳴った。
正午を告げる鐘の音に、女教師は壇上の机に置いていた本をまとめて子供たちに告げる。
「それでは、今日の授業はこれでおしまいです」
彼女の言葉を聞いて子供たちは顔を輝かせ、教室を飛び出していった。
生徒たちが誰もいなくなると、女教師は小さくため息をついた。
「……もう17年。大丈夫かしら……」
聖楽器の演奏は、女神への神饌。捧げればこの世界に更なる繁栄がもたらされるが、捧げなければ恐ろしいことが起きる。
実際約150年前に聖楽器が出現したとき、転生者が最高神殿に向かう途中で魔物に襲われ死んでしまい、聖楽器を演奏できなかったことがあった。
そのときは、大規模な竜巻が各地で起きてその被害は計り知れないものとなった。
そのため、どこの神官も貴族も、血眼になって転生者を捜している。
もし見つかる前に転生者が死んでしまったら……と思うと、想像するだけで恐ろしい。
転生者は前世の記憶、すなわち異世界の記憶を持って生まれてくる。
子供がおかしなことを言うことで親が自身の子が転生者であることに気づく、というパターンが多いのだが、今回はそれらしき噂も一向に起きなかった。
女教師はこの世界の先行きへの不安からもう一度ため息をつき、教室をあとにした。