密室
その部屋には白衣を着た初老の男がいた。
ノックの音がする。
「どうぞ!」
顔色の悪い中年男が入ってきて、白衣の男の前にある丸椅子に座った。
白衣の男が中年男にたずねる。
「いかがですか、麻生さん。近ごろ調子は?」
「少しは眠れるように……」
「それはよかった。ちょっと脈を診せていただけますかな」
それから短いやり取りのあと、麻生と呼ばれた中年男は丸椅子から腰を上げた。
部屋の前の廊下では、若い女が麻生を待つようにして立っていた。
麻生が部屋から出てくる。
「お待たせ」
「わざわざすみません。それで二階堂さんのこと、どう思われました?」
「あなたのおっしゃるとおりだよ。あれは完璧に、自分のことを医者だと思い込んでるな」
「やっぱり……」
「では私はこれで」
麻生は女に小さく頭を下げ、二階堂の部屋の前から離れていった。
麻生の姿が廊下の角を曲がって消えた。
それを見はからったように、部屋から先ほどの白衣の男、二階堂が出てきて女にたずねた。
「小池さんはどう思います? 麻生さんの病状」
「確実に進んでいるように。二階堂先生のこと、自分を医者だと思い込んでるって……そんなことを言ってましたので」
「そうですか。私には最近は落ち着いていると話していましたが、やはりおもわしくないようですね」
二階堂は少し笑って見せ、それから白衣をひるがえし、部屋の中に戻った。
二階堂が部屋の中に消えるのを待って、別の白衣姿の男が小池に近づいてきて声をかけた。
「どうです、今日の二階堂さんは?」
「あら、安部先生。二階堂さんならいつものとおりですわ」
「実は昨日、私にしつこく白衣を貸してくれと。それでしかたなく貸したんですが、二階堂さん、さっそく着ていましたな」
「はい。麻生さんとお医者さんごっこのようなことをしているみたいです」
「お医者さんごっこですか、そいつはおもしろい」
安部先生と呼ばれた男は声を押し殺すように笑ってから、「では失礼します。ほかの患者が待っていますので」と言って、その場から足早に去っていった。
安部の後ろ姿を見送りながら、小池は肩でひとつ大きなため息をついた。
――頭のおかしな人たちに付き合うのって、ほんと疲れるんだから。
安部が廊下を進み、自分の部屋に入るのを見届けてから、小池も自分の部屋に戻った。
小さな窓から陽の光がさし込んでいる。
――あら、いい天気だこと。
小池は窓辺に立ち、鉄格子で仕切られた青い空を見上げた。