器量
街の一角、大通りから少し離れた道に男が4人、厳密には1人の青年とガラの悪い男が3人向かい合っていた。
その中の一人が手に刃物を持ちながら青年に話しかける。
「ねえ君、俺たちお金がなくて困ってるんだよね。少しでいいから貸してくんない?」
男3人は下劣な笑みを浮かべながら青年の返事を待つ。男たちの悪びれなさを見るにきっと今回が初めてでは無いはずだ。
平然と犯罪行為に手を染め、他人のものを搾取する、この男たちに色を付けるとしたらきっと罪深い黒色だ。
しかし、青年は男を品定めするかのようにじっと見つめると、不敵に笑った。
「ねえ、お兄さんたち、人の器の大きさつまでなんだと思う?」
「あ?んな事どうでもいいんだよ。さっさと金を出しちゃくれねえかな!」
男の1人が求めていない問いに憤慨する。それでも青年は怯むことなく話を続けた。
「僕はね、人の器の大きさは相手に対する期待値だって思う。具体的に言うと器の小さい人達は周りに期待しすぎてそれに応えきれない人が多いからすぐに怒鳴ったりする。実際に君たちは器が小さいと僕は見たんだけど、お金を出して欲しいという君たちの期待に応えない僕に対してすぐに怒鳴ったよね。僕の判断は正しかったんだ」
「てめぇ何ごちゃごちゃ言ってやがる。どうやら痛い目見ないと現状がわからねえようだな」
ペラペラと饒舌に語りかけてくる青年に対し、刃物を持った男が襲いかかった。
青年はため息を着くと、刃物を軽くかわした。
「じゃあ器の大きい人はどうだろう。きっとその人たちはあまり他人に期待しない。期待しないから全然怒らないし怒鳴ったりもしない。今の僕のように、他人から奪うことしか出来ない君たちには何も期待しないから怒ったりはしない。つまり僕は器が大きい」
「不気味な野郎が!もういい!こうなったら殺して身ぐるみ剥いでやる!」
男の1人が青年に殺意を向け本気で殺しにかかった。
他の仲間2人が止めようと呼びかけたが遅く、刃物を突き立て、心臓に向けて一直線。
「……やっぱり違うか」
刃物は青年の皮を破り筋肉を突きぬけ、心臓に届いて、届いて……届いて……
「あれ?」
刺した感触がない。確かに柄を突きつけているのに青年の胸から血が流れてこない。
恐る恐る刃物を確認すると、
「刃が、ない」
一体いつから?いつから刃無しの刃物を握っていた?確かにあったはず、青年に切り掛る時にはついていた。
なら一体いつから、いつから……青年はあんな刀を持っていた!?
「どうやら僕は間違っていたようです。僕の勘違いに付き合わせてしまったことをお許しください」
異様な光景だ。抜きみの刀を持った青年が刃物を突きつけた男に頭を下げている。
男は察した。この青年は異質だと。そして早くこの場から逃げろと。男の心中を駆けるのは恐怖と焦燥感。踵を返し一目散に逃げようとする。
ただ、その行為を許すものはいなかった。
「どこへ行くんですか?僕はまだ話したいことがあるんですよ。聞いていってください」
男の視界が急激に下がり、途端に襲われる激しい痛みと熱さに悲痛な叫びが響き渡る。男はアキレス腱を切断されていた。
痛みと涙で霞む瞳で見たのは恐怖の対象ではなく、救ってくれる仲間の姿だった。
「てめえら!早く俺を助けろ!殺されちまう!」
男は残った2人に呼びかける。
しかし、男たちはその場から動こうとしない。
「おい、どうしたんだよ。なあ、助けろよ、俺の事、助けてくれよ」
やはり男たちは動かない。そこに青年が男2人の元へ歩みよる。
「あなた達に選択肢を与えます。今この場であの男に手を貸し僕に切られるか、それともあの男を見捨てて生き延びるか。もちろん嫌なら他の選択肢を作っても構いません。他に選択肢があるならですけど」
男たちは間髪入れずにその場から立ち去って行った。男たちの間にあったものは仲間意識という繋がりではなかったらしい。ただの利害関係で結ばれた上辺だけのものだったようだ。
唯一の頼みの綱を失った最後の男は。怒りと痛み、入り交じる様々な感情をぶちまけるかのように叫び散らした。
「あの人たちは貴方が期待するほどの人ではないと判断したのでしょう。器の大きな人達だ。………どうやらもう聞こえてないようですね」
発狂した男の耳にはもう何も聞こえていないようだ。
この絶望的な状況に置いて、男から感じられるのは諦めではなく怒りと殺意、どうやらまだ生きるための意志を持っているようだ。
「死に直面しても、まだ生きたいと。僕が死んで自分が生き残る運命に期待していると。やはり、貴方は器の小さい人だ」
見上げてくる瞳を見下ろし、刀の一振によって、男の命はそこで力尽きた。
「……僕も器が小さいですね」
青年はまっさらな道を後にして歩き出した。