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No.01:見えそうで見えない……


 見えそうで見えない……絶妙な角度だった。



 学校から帰ってくるのは、バイトがなければ4時過ぎぐらい。

 いつもこれくらいの時間だ。


 僕は足を止める。


 僕のアパートの前で、若い女の人がひとり座り込んでいた。


 その人は白のキャリーバッグを横に置いて、壁にもたれて座っている。

 ライトグレーのワンピース。

 スカートの丈は、本来膝上ぐらいだろうか。

 結構短めだと思う。


 ただちょっと……その様子がおかしい。


 壁にもたれてしゃがんでいるのだが、気分が悪いのか眠っているのか……ピクリとも動かない。

 両ヒザはお互いくっつけるように努力しているようだが、実際は両足が少し離れていて、スカートも上の方に少しまくれている。


 つまり通行人からすれば、少し下から見れば下着がバッチリ見えるという……絶妙な角度なのだ。


 いやこれ、なんなの?

 あえて誘ってるの?


 僕はその女の人の顔を、上からのぞき見る。

 ダークブラウンの髪で、軽いウェーブ。

 目は閉じられたままだ。

 小さめな鼻、目の下に小さな泣きぼくろ。

 上品なラインの唇


 多分かなりの美人さんだ。


 それにしても顔色がよくない。

 具合が悪そうだ。


 僕は一瞬逡巡する。



 この状況、どう理解すればいいの?



 そうか、わかった。

 きっとこれは……アダルトビデオの撮影だ。

 そのうちに男優さんが現れて、彼女をお持ち帰りする。

 そして介抱するふりをして、いい感じに展開していく……。


 多分それに間違いない。


 でももし。

 万が一。

 本当に具合が悪くて倒れていたとしたら?

 本当に行き倒れか何かだとしたら?


 僕はまわりを見渡した。

 一見したところ、カメラらしいものは見当たらない。

 もちろん隠し撮りとかだったら、分からないけど。


 さすがに彼女の真正面に立っているというのも気が引ける。

 僕はいったん自分のアパートの部屋に入ることにした。

 そしてドアを半開きにして、様子を伺うことにする。

 ちょうど僕の部屋から、右斜め前方に彼女が座っているのが見える。


 ドアの陰から2~3分、様子を見ていた。

 幸いなことに、誰も前を通らない。

 人の往来が少ない通りで、ある意味よかった。

 女の人は時折、頭を少し動かしている。

 やっぱり、具合が悪いのかな。


 しばらくすると、一人のオッサンが歩いてきた。

 50歳前後だろうか。

 でっぷりと太っている。

 頭はバーコード。

 コンビニの袋をぶら下げ、ジャージの上下にサンダル姿だ。


 オッサンは女の人の前で立ち止まった。

 そして彼女の顔を見た後、下からスカートの中をのぞき込んだ。


 僕は急いでドアを開けて飛び出した。

 とても男優さんには見えなかったからだ。

 そういう企画モノだったら、わからないけど。


 それにもし撮影だったら、ごめんなさいで済む。

 でも、もしそうじゃなかったら……



 彼女を助けなきゃ!



「姉さん、またこんなところで座り込んで!」

 僕は小走りで近づきながら、叫んだ。


「すいません、姉なんです。たまに酔っ払って帰ってくるんですよ。ごめんなさい」


 僕はそのオッサンに声をかける。

 同時に周りを見渡す。

 誰も出てこない。

 ということは……撮影じゃなかった!


 座っている女の人の脇の下から手を入れ、ゆっくり立たせた。

 差し入れた手が、偶然彼女の胸に触れてしまった。

 ムニュっとした感触……。


「うわっ……」


 心のなかで呟く。

 初めて女性の胸をさわってしまった。

 やわらかい……


 お姉さん、これは不可抗力です。

 許して下さい。


 僕は右手で彼女を担ぎ、左手で彼女のキャリーバッグを持った。

 オッサンはジト目で、僕を睨んだままだった。

 彼女は力なく僕にしなだれかかってくる。

 僕は何とか彼女を引きずるようにして、自分の部屋まで連れて行った。


 部屋が1階でよかった。

 2階だったら、きっと運べなかったぞ。


 ドアを開けて、彼女を玄関口へ入れる。

 入ったところで、すぐさま彼女は倒れてしまった。

 ワンピースのスカートがめくれ上がり、健康的な太ももがあらわになる。

 僕はあわてて目をそらした。


「大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」


 僕は少し大きい声で聞いた。


「……た」


「え?」


「……すいた」


「……」


 その時、彼女のお腹が「クー」と可愛らしく音をたてた。


 お腹がすいて行き倒れるって、現代社会であり得るのか?

 時代劇の中だけの話だと思ってたけど。


 僕は急いで部屋の中へ入って、スポーツドリンクを取ってきた。

 具合が悪くなった時用に、常温のスポーツドリンクは常に用意している。


 横になっている彼女を起こして、壁を背に座らせる。

 ペットボトルの蓋を開け、彼女の前に差し出した。


「スポーツドリンクです。飲めますか?」


 彼女はうっすらと目を開けた。

 くっきりとした二重瞼の眠そうな瞳。

 すっとした鼻筋、薄いピンクの唇。


 うわっ、可愛い……

 予想してたより、ずっと美人さんだった。


 彼女は小声で「……ありがとう……」とつぶやいて、ペットポトルを両手にとった。

 そのまま力なくコクコクとスポドリを飲んだ。


「お腹空いてるんですね。何か作りますから、2-3分待ってて下さい」


 彼女の目が一瞬大きくなった。

 何か言いたそうだったが、僕はそのままキッチンへ向かった。


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