第二話 再決戦! 豆瑠須瑠尾因縁の決着
一九八五年、この年はテレビゲーム黄金期であった。一九七九年に登場した「スペースインベーダー」から始まった日本のゲーム業界はこの年になって成熟しだした。多くの庶民がゲームセンターに夢中になる中、一般人が知ることのない極道の世界では全財産、命までもかけたテレビゲームの勝負が行われていた。負けたら無一文、無一文から負けたら死。そんな厳しい世界を勝ち抜き、生計を立てている者のことをいつしかデュエリストと呼ぶようになった。この物語は唯一の美少女デュエリスト謝世しゃせひとみの壮絶な人生の記録である。
それからというもの、ひとみは右手を使わずにゲームをする方法を日々、考え、宿敵、豆瑠須瑠尾に勝つための猛特訓を始めたのだった。ある時は山を駆け上がり、ある時はスズメバチの巣をつつき、ある時は滝に打たれ、ある時は冬の日本海を泳ぎ、北朝鮮に密入国し、ある時は雨を避け、ある時は紛争地帯の地雷原を突っ切った。これらのまるで人間離れした特訓も全ては宿敵の相手に勝つため。ひとみの準備は万端だ。さあ、宿敵と再び相まみえようではないか。
「何だお前?」
「く、豆瑠須瑠尾。私のことは忘れたとは言わせない」
「さあね。あんたのことなんか覚えちゃいねえなあ」
「これを見てもまだそんなことが言えるか?」
ひとみは右手の手袋を取り、指を失った手を見せつけた。
「ああ、思い出したとも。俺に恥をかかせたあのアマじゃねえか。まさか、まだ生きているとはな? 何の用だ。俺は暇じゃねえんだよ」
「デュエルだ!」
豆瑠須瑠尾は大爆笑する。
「ああ? デュエル? おいおい、右指をすべて失ったあんたにゲームができるかよ。面白い冗談じゃねえか」
「私は本気だ。今度は左指を賭ける」
「フッ! とうとうあんた頭おかしくなったみてえだな。ゲームができない禁断症状か? 面白い。いいだろう。受けて立つよ。へ、へへへへへへへ」
会場にいる者たちも一斉に大笑いする。
「前回と同じ『スターパイロット』でいいな」
「ああ」
二人はそれぞれテレビの前に座る。ファミコンの外付け端子にジョイスティックが接続される。ファミコンにソフトが差し込まれる。スイッチオン。
「ふ、どうだ。そんな手でどうやってジョイスティックを握るのかな? へへへ、見ものだぜ」
「用意……。始め!」
豆瑠須瑠尾はニタニタひとみの方を見ていた。ジョイスティックも握れずゲームオーバーになるさまを見て冷やかそうというのだ。
……その瞬間だ。会場は凍り付いた。
「き、貴様! なんだその格好は!」
ひとみはジョイスティックに触れた! それも驚くべき方法で! ひとみは四つん這いになり、ジョイスティックの突起部分を咥えたのだ! その綺麗な桃色の唇で優しく、ジョイスティックの突起部分を甘噛みする。自機を操作するために腰をゆっさゆっさと揺らす。ジョイスティックの突起部分から唾液が滴る。何という破廉恥な格好だ! 観客はその姿に釘付けにされる。観客だけではない。デュエリストたる豆瑠須瑠尾でさえ、その姿に刮目せざるを得ない。
「ば、馬鹿な! き、貴様、何をなめた態度を取りやがって! こ、こんな勝負は無効だ!」
「あら、私がこんな屈辱的な格好をしなければゲームをできなくしたのはあんたの方じゃなくって? これは私なりのハンデなんだよ。何? それとも満足にジョイスティックも握れない私にあなたは負けるというのかい?」
「く、ふざけやがって……。この、売女が!」
観客はもう、ひとみのことしか見ていなかった。果たして、こんな格好でまともにゲームになるのか。誰もがそう思った。しかし、そんな心配は無用だった。ひとみのプレイは完璧と言ってよい。ひとみの操る戦闘機グングニルはまるで生きているかのようだった。素早い敵弾を華麗に避ける。現れた敵機は即座に撃墜。隠しボーナスバビロンタワー三十万点も的確に取得。観客はこれほどまでのプレイを見たことがなかった。まるで本当に宇宙戦争をしているかのような臨場感に声も出ない。ヒヤリとする場面。それをからくも乗り越える。安堵の吐息。その安堵の吐息は全く揃っていた。いま、この会場の全員の神経がひとみのゲームプレイによって一つに統合された。この会場が戦闘機グングニルのコックピットと化したのだ!
ひとみはラスボスディスアースを撃滅した。途端に会場から歓声が沸き上がる。その歓声の中に豆瑠須瑠尾の声があった。
「あ……」
豆瑠須瑠尾は自らの歓声を自らの耳で聞いた。途端に我に返った。急いで自分のゲーム画面を見る。時すでに遅し! 彼のゲーム画面には彼の健闘を称えるがごとくにGAMEOVERの文字が輝いていた。豆瑠須瑠尾はうろたえた。冷や汗がだらだらと流れた。
「く、貴様、卑怯だぞ。貴様がそんな格好するから集中ができなかった! 反則だ。貴様の反則負けだああああああああああッ!」
「反則ゥ? そんな言葉、あんたが言えるこっちゃねえだろ。おい、江ロ! あれを見せな」
「はいはい、分かりましたよ。全く、人使いが荒いんだから。あ、引っ越し屋さん、この部屋にお願いします」
その声と共に引っ越し業者が何やら大きな荷物を運び込んできた。それは巨大なコンピューターとブラウン管のディスプレイだ。江ロは吸出し気をコンピューターにセットした。
「これから皆様にお見せするのは今回のデュエルで使用されたソフトのプログラムが改ざんされた証拠であります。では、まず、ひとみさんのソフトを見てみましょう。よく、得点を見ておいてくださいね。……では、次に豆瑠須瑠尾さんのプログラムを見てみましょう。はい、驚くべきことです。敵の得点のデータがひとみさんの得点のデータよりも一・五倍高いではありませんか! このソフトは以前、ひとみさんが豆瑠須瑠尾と対決した時にも用いられました。その証拠に以前の豆瑠須瑠尾さんの得点は三百五十万点。このゲームにおいては三百五十万点という得点を取ることは物理的に不可能だからです。もし、以前の戦いにおいて、豆瑠須瑠尾さんのプログラムが書き換えられていなかったならばひとみさんの勝利だったはずです。ひとみさんは特に理由もなく右指をすべて失ったのです!」
会場はざわつく。
「おい、豆瑠須瑠尾。もう、年貢の納め時だ。覚悟しな」
「畜生、俺が負けたのもこいつが得点をいじってたからなのか」
「どうりで、下手なプレイの割にはいつも勝っていると思ったよ」
「おい、ひとみ、今度はこいつの指を全部落としちまえ!」
「わーわーわー」
「ぎゃーぎゃーぎゃー」
「あ、あ、あ、あ……。す、すまん。ゆ、許してくれ! 悪気はなかったんだ。どうしようもなかったんだよ。お、俺にはび、病気にか、母ちゃんがい、いるんだ。へ、へ、へ。そ、そうだ。びょ、病気の母ちゃんだ。病気の母ちゃんがいるんだよ。だ、だからな、何としても勝たなきゃいけなかったんだよ……。へ、へ、お、お前もか、母ちゃんが、い、いるだ……ろ……? お前も、お、鬼じゃ、ね、ねえんだ」
「おい、なたを持ってこい」
「ひ、ひいいいいいいいっ。なめます。なめます。あなたの足をなめます。足の匂いを嗅ぎます。老後のお世話します。だ、だからゆ、許してええええええ」
豆瑠須瑠尾はひとみに抱き着こうとする。ひとみはそれを蹴り飛ばす。
「おい、お前ら、こいつを押さえろ」
豆瑠須瑠尾は押さえられる。台に手を乗せられ、準備は万端。ひとみはなたを振り上げ、下ろす。
「いぎゃあああああああああああ」
豆瑠須瑠尾は目をそらす。なたは振り下ろされた。しかし、そのなたは大きく空ぶった。
「へ?」
「ふ、お前なんか、指を切り落とした返り血で服を汚す価値もない野郎だ。さっさと失せな!」
「あ、ありがとうごぜえますううううううう。あいしてまあああああす」
「誤解すんじゃねえ。これは情けじゃねえんだよ」
豆瑠須瑠尾は一目散に逃げて行った。そう、それは本当に情けではなかった。ひとみは豆瑠須瑠尾の指を切り落とす気満々でいたのだ。しかし、ひとみは刃物を振り下ろした経験がなかった。あったとすればゲームでキレて包丁を振り回したことがあるくらいだった。そんなひとみが的確に指を落とせるはずがなかったのだ。しかし、そんなことを言ってしまえば一生の恥。ひとみは何とか格好いい言い訳を思いついたのだった。結果的にこの発言がひとみの人気を確固たるものにしたのだ。
「ふ、なかなかいい腕前だったね。いつか、君と勝負できる日を僕は楽しみにしてるよ」
ある、一人の幼児がひとみに言った。見た感じ五歳児くらいだろう。
「ちょ、ちょっと……」
その幼児はこれだけ言うと去って行った。この幼児が後にひとみの最大のライバルになろうとは、まだひとみは考えもしていない。
To be continued......
次回予告!
ひとみは最新のアーケードゲームに惨敗した。手も足も出ずにゲームオーバーを食らったのだ。しかし、そこに現れた謎の幼児。彼はいとも簡単にそのゲームをクリアしてしまったのだ。その日が初の稼働日のはずだ。それなのに彼はまるで全ての敵の行動パターンを熟知しているかのようだ。しかも、プレイが人間離れしている。ゲームのプレイにバグさえも用いているのだ。まさか、彼は乱数を見ることができるというのか? 乱数を見ることができる幼児にひとみは勝つことができるのか?
次回、「乱数を自在に操る男、多須更新」
君の闘志をゲームに注げ!