第一話 最強タッグ結成
一九八五年、この年はテレビゲーム黄金期であった。一九七九年に登場した「スペースインベーダー」から始まった日本のゲーム業界はこの年になって成熟しだした。多くの庶民がゲームセンターに夢中になる中、一般人が知ることのない極道の世界では全財産、命までもかけたテレビゲームの勝負が行われていた。負けたら無一文、無一文から負けたら死。そんな厳しい世界を勝ち抜き、生計を立てている者のことをいつしかデュエリストと呼ぶようになった。この物語は唯一の美少女デュエリスト謝世ひとみの壮絶な人生の記録である。
「やめ!」
ひとみと豆瑠須瑠尾のゲーム対決は同時に終わった。使用されたゲームは「スターパイロット」というアシグモ社から出されたシューティングゲームのファミリーコンピューター移植版であった。このゲームは爽快な操作と白熱した得点稼ぎとが受け、大ヒットした。そのファミリーコンピューター移植版はハドンソが移植を担当した。ハドンソはこのゲームの大会を開催し、大いに盛り上がりを見せた。このゲームの登場によって日本のシューティングゲームバブルが到来したのである。
「これより、両者の得点を発表します。豆瑠須瑠尾、三百万五千二百九十点。謝世ひとみ三百万百ニ十点。よって、豆瑠須瑠尾の勝利です」
謝世ひとみの顔はみるみる青くなった。今、手に握りしめている三千円が全財産だったのである。これを渡せば見事ひとみは一文無しであった。それはまずい。ひとみはふと、おかしいなと思った。敵はほとんど撃ち洩らさなかった。隠しボーナスも全て取った。それなのに五十万点も差がつけられるはずがない。さては、ずるをしているな。
「お待ち! 須瑠尾、あんたも卑怯な奴ねえ。ゲームのプログラムを書き換えていたんだろ。そうでもなきゃ、五十万点も差がつくはずがない。どうだ、さっさと白状しなよ」
「おい、あんた。何をでたらめ言ってるんだ。俺がそんな卑怯なことをすると思うのかよ。ここは神聖な勝負の場だ。負け惜しみでそんな嘘をこくたあいい度胸じゃねえか」
「そうだそうだ。女のくせにデュエリストを自称しやがって。親分に恥をかかせるんじゃねえ。取り消せ!」
「取り消さないよ。こいつがずるしたってことは確実なんだ」
「おい、審判、こんなこと言ってるぜ。お前はどう思うよ」
「私はこの試合を見ておりました。端的に申し上げましょう。不正はありませんでした」
「ほらよ、審判が言ってるんだぜ。おい、アマ、この世界で嘘を言ったらどんなことになるか分かってんだろうなあ」
「ふん。知らないねえ。わたしゃ何度でも言うね。あんたがずるしたんだよ」
「うっせえ、俺は女だろうと容赦はしねえ。二度とデュエルできない身体にしてやる」
須瑠尾はひとみの身体を押さえつけた。
「おい、やれ」
取り巻きたちはなたと台を運び込み、もがくひとみの右手を無理やり台の上に乗せる。
「ま、まさか、私の指を切り落とすとでも言うの?」
「ふ、そうさ。二度とコントローラーの持てない身体にしてやる」
「い、いや。な、何でもするから。何でもするから。それだけはやめて!」
「ふん、そんなこたあ女房だけで十分だ。今、俺がやりたいのはお前の指を切り落とすこと、それだけだ」
「いやー!」
ざしゅっ。すぱーん。びちゃ。
「く、う、う……」
こうしてひとみはゲームのできない身体になってしまった。去年まで華の学生生活を送っていたひとみだった。ひとみの美貌はその影を見たものさえも魅了されてしまうほどで多くの馬鹿な男子学生がひとみを我が物にしようと金を貢いだ。そのため、ひとみは金に困ることがなかった。しかも、成績は優秀でエリートコースが約束されてもいたのだ。しかし、ふとしたことからゲームに出会ってしまったのが運の尽き。ひとみにふられたキモオタがささやかな腹いせにプレゼントした史上最悪のクソゲー「トランスフォーマーコンボイの謎」にドはまりしてしまったのである。それからというもの、ひとみは十分間ゲームをしなければ死んでしまう病にかかってしまったのだ。ひとみはゲームをすればするほど刺激的なゲームを追い求めるようになった。最早、ファミコンでは我慢できなくなってしまったのだ。ひとみはふらふらとゲームセンターにおもむいた。ゲームセンター! それはひとみにとって未知との遭遇であった。薄暗い店内。その暗い中をゲーム画面だけがちかちか赤、黄、青、様ざまな色が照らす。極彩色の世界。漂うたばこの煙。それは初めてひとみが味わったたばこの味だった。ひとみは煙草の煙がたばこよりも大好きになり、一分もかがずにはいられない。音。ゲームの筐体から流れ出す音楽。心を揺さぶられる。初めてひとみは感動の涙を流した。男子学生のどんな感動的な愛の言葉にも涙を流さなかったひとみが初めて涙を流したのだ。おそるそるジョイスティックに触れる。途端にガーンと胸に衝撃を受けた。そして、胸が高鳴り、今までに感じたことのない快感に満たされた。それは明らかに性衝動だった。どんな男子学生にすら感じたことのない性のエクスタシーをひとみはゲームによって初めて感じることができた。ゲームによって初めてひとみは女になったのだ! 百円を入れる。ボタンを押す。ゲームが始まる。世界があった。ここにはどんな男子学生の愛の言葉よりも創造的などんな恋愛ごっこよりも有意義で実感の湧く真の世界があった。ゲームこそが人生なのだ。ゲームこそが私の生きる場所なのだ。
ひとみはゲームのし過ぎで大学に通わなくなった。単位がなんだ。就活がなんだ。今、ここに悪の軍団によって滅ぼされんとしている世界がある。その世界は私を必要としている。なのに、なぜ大学になど通う必要があろう。大学よりも、滅ぼされそうな世界を救う方が大切ではないか。ひとみは三年になってから一度も大学に通わなかった。ただ、ひたすらにゲームに熱中したのである。そして、とうとう四年になり退学処分を受けた。それに憤った彼女の両親は彼女に対する仕送りをストップした。途端にひとみは全財産のほとんどを失い、ゲームどころではなくなった。それでもひとみはゲームをした。ひとみにとってゲームは衣食住よりも大切なものだった。ひとみは最後の百円を投入した。最後? いや、最後ではない。ひとみは隣に座る薄汚いおっさんに自らのセーターを一万円で売った。おじさんは汚い笑いを漏らし、何度もうら若い美少女のセーターの匂いを嗅ぎ、鼻息を荒らげた。何とも満足そうであった。しかし、その一万円もすぐに使い果たした。ならば肌着だ。ひとみは自らの肌着を隣の自殺したそうな青年に与えた。青年はとても喜び、女の子の肌着で首を吊れることに感涙したため、借金をして十万円をひとみに与えてから首を吊り、その十万円の借金を踏み倒した。しかし、その十万円もすぐに使い果たしてしまった。ひとみは隣に自らの肉体の性と精神の性との乖離に悩む少年を見付けた。ひとみはその少年にブラジャーを与えた。少年は初めてブラジャーを付けた。そして、ひとみに言った。やっぱり僕は女の子だったんだ。お姉ちゃん。僕に大切なことを教えてくれてありがとう! 一週間後、少年はゲイバーの売れっ子になり、ひとみにお礼として三十万円を与えた。一週間、ゲームに飢えていたひとみは大喜びでゲーセンに駆けつけ、ゲームをしまくった。そしてすぐに三十万を失った。もう、ひとみに残されたのはパンティしかなかった。そのパンティを美少女に憧れる太ったキモオタにあげた。太ったキモオタはお礼に自分の生命保険の保険金をあげることにした。キモオタはその場でパンティを飲み込み、窒息死した。キモオタは満面の笑みを浮かべ、手足をばたばた動かして、人生最大の運動をした。とても幸福な死であった。ひとみに保険料三百万円が手に入った。しかし、その三百万円も……。最早、ひとみには何もなかった。しかし、ひとみはゲームがしたい。ゲームをしないと手が震えてくる。頭の中で何度もBGMが再生される。ゲーム画面が脳裏に浮かぶ。そして、ぐるぐる世界が回転してくるのである。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ひとみはキチガイみたいに叫びまくった。ばたばたと部屋中を頭を押さえて転げまわった。ゲームがしたい、ゲームがしたい、ゲームがしたい! ひとみは部屋の隅っこに百円が落ちているのを発見した。ゲームができる、ゲームができる、げーむができる、げへ、げへ、げへへへへ。ひとみはその百円を手にし、ゲームセンターに行こうとした。しかし、もう、何日もゲームをしていない。そんなひとみにまともな力が残されているはずがなかった。ひとみはゲームセンターの一歩手前の風俗店で力尽きた。ひとみは風俗店で救出され、売れっ子風俗嬢となったのであった。
まとまった金ができたひとみはまたゲームセンター通いを始めた。客と関わっている時でもゲームのことしか考えていない。ある時、全身に入れ墨を入れ、怖そうなサングラスをかけた男が客となった。その男は某やくざの組長の息子でこの店の常連であった。この客に粗相を犯した嬢は必ず店を辞め、行方をくらましてしまうことから大変、恐れられていた。そんな客相手にひとみは粗相を犯してしまったのである。ひとみはその男の人差し指をいきなり掴んでぐりぐりとゲームのジョイスティックのように動かし、ゲームのBGMをぶつぶつ口ずさんだのである。その男は指をあらぬ方に曲げられるものだから非常に苦しんだ。しかし、男は怒らなかった。ひとみのゲーム愛に心を打たれたのだ。男はひとみを極道の世界に踏み入らせ、デュエルの世界に招待した。ひとみは初めてデュエルをした。そして、勝った。圧倒的な勝利であった。この圧倒的な勝利によってひとみは莫大な金を手に入れた。ひとみは風俗嬢を辞め、デュエルの中で生き抜くデュエリストになった。ここに初の女デュエリストが誕生したのである。
しかし、今、再びひとみはゲームができなくなってしまった。右指をすべて失ったひとみはもう、コントローラーを握れない。ひとみは呻いた。部屋中を転がりまわった。そして、叫んだ。
「畜生、畜生、ずるしやがって、ずるしやがって。本当は私が勝っていたんだ。なのに何で私がこんな目に合わなきゃいけないのさ。ゲームがしたい。ゲームがしたい。ゲームがしたい。ゲームがしたいいいいいいいいいいいッ! 今度会ったら、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!」
ひとみは半狂乱になって隣の壁を蹴りまくった。そして、ある時、ひとみは誰かも知らない男の脇腹を蹴っていた。
「うぐふっ」
男は余りの苦しさに倒れ込んだ。ひとみは男から漂うひどい悪臭にはっと我に返り、その男の方を見た。
「あんた、誰?」
「僕は、隣の住人です」
「帰れ!」
「嫌です。僕はあなたがうるさすぎて何が起こっているのか気になります。事情を話してください」
「嫌だね。なんで私があんたなんかのためにあんな屈辱を思い返さないといけないんだい。ああ、思い出しただけでも腹が立つ。ちくしょー、ちくしょー。死ね! 死ね! 何で私が負けなきゃいけないんだ。あの勝負は完璧だった。私の負けのはずがないんだ! ほとんどの敵を倒し、隠しボーナスを出してやっと三百万百ニ十点だったのに、何であいつが三百五十万点もとっているんだ。ありえない、ありえない、ありえないいいいいいいいッ!」
男はしばらく、何か考えていた。
「あの、それは何のゲームですか」
「ああッ? 『スターパイロット』だよ。ファミコン移植版のね」
「ちょっと、僕の部屋に来てください」
「何? 私を誘おうって言うの? へ、あんたなんかに誘われるほど私の股は緩くないよ」
「馬鹿なこと言わないで下さい。なんで僕があなたのようなゲームキチガイを誘うんですか。違いますよ。そのゲームのプログラムを解析し、三百五十万点を物理的にとることができるかどうか確かめようというのです」
「そんなこと、あんたにできるの?」
「できますよ」
「ふん。つきあってあげるわ」
ひとみは男と共に隣の部屋に入って行った。
「うわッ、なにここ。くさい!」
部屋の中には生ごみの入ったごみ袋が散見された。ごみ袋のせいでまともな足場がない。少なくとも半年はごみを溜めていそうだ。ハエがたかっている。あっちにも、こっちにも。こんな悪臭のなかで楽しそうに盛っている。こんな悪臭の中にもかかわらず、ムードは最悪、別れましょうとならないのがハエの世界なのだ。
ひとみは知らず知らずのうちに瓶を倒した。ぱりんと割れる音。すると、何やら黄色の液体が流れ出た。ひとみは思わずその液体を踏んでしまう。
「え? 何? これ? お茶? にしては匂いが……? ま、まさか!」
ひとみは考えるのをやめた。
部屋の隅の方の机の上にパソコンがあった。……マッキントッシュだ。買えば云十万するものだ。こんな代物がここにあるとは、こいつ一体……。
「これは、ROMの吸出し機器です。こいつに『スターパイロット』を接続します」
「プロテクトがかかっているんじゃないの?」
「そんなの簡単に突破できますよ。こう、こう、こうです」
画面一面にプログラムが表示される。男は無言になってひたすら画面を見つめた。
「……。あなたの言う通りです。『スターパイロット』の全ての隠しボーナス、敵を倒しても三百五十万点は不可能です。せいぜい三百万三千点が限界です。明らかにあなたの対戦相手はプログラムを書き換えていますね」
「くそ、やっぱりか! あんな奴に私は負け、指を切り落とされたのか!」
「え? 指?」
「そうよ。これを見なさい」
ひとみは手袋を外した。男は驚いた。あまりのことにまともに直視できない。
「デュエル……。本当にそんなものが行われていたとは……」
「そうよ。私はデュエリスト。あなたのような娑婆の人間が触れてはいけない世界なの。私とあなたはもう、これっきりね。さようなら。感謝してるわよ。おかげで私はまた、ゲーム熱に燃えている。何としてもあいつに勝ってやるんだ!」
「しかし、あなたには指がもう……」
「そんなの関係ない! 私が死ぬときはゲームができなくなった時だ! しかし、私は生きている。だから、ゲームができるッ!」
「ふふ、あなたは面白い人ですね。乗りかかった船です。僕もご一緒させていただきます」
「やめとけ。抜けられなくなるぞ」
「もしも、あなたの主張が正しいとしてもそれを証明できる人がいなければいけないでしょう?」
「む……そうだな。仕方ない」
「ふふふ、面白くなってきたぞ」
「そういえば、お前は一体、何者なんだ。このパソコンと言い、お前のプログラム力と言い……」
「何を隠そう、僕は天才ハッカーなのさ。ついにあのファミコンのプロテクトの解除に成功し、去年、ファミコン初の非正規ソフトを世に送り出した。『ロリータ調教師早久郁夫』の制作者江ロ井人とは僕のことだったのさ」
「……きも、死ね」
「エロは夢、エロは愛、エロは人生、エロは歴史、エロは温もり、エロは涙。この世の中の真理は全てエロという二字によって記述できる!」
「一回、つかまった方がいいんじゃない?」
「そんなー」
とうとう美少女デュエリスト謝世ひとみと天才ハッカー江ロ井人のタッグが結成された。謝世ひとみは因縁の相手、豆瑠須瑠尾に勝利すべく、江ロ井人にプログラムの解析を依頼し、片指全てを失ったひとみは猛特訓を始める。
指を失ったひとみはいかにしてコントローラーを握るのか。ひとみが編み出した前人未踏天変地異な方法とは一体……。
次回「再決戦! 豆瑠須瑠尾因縁の決着」
次回も刮目してみよ!