新人
四畳半の室内にアラーム音が鳴り響く。
ガラスの机上でがたがたと震えている携帯電話。
階下で壁を叩きながら「うるさいわよ」と叫ぶ声。
中々鳴りやまない電子音にとうとう痺れを切らした母が、機嫌の悪そうな足音をたてて階段を上がってくる。
ノックもせずに部屋の扉を開けると、ベットの布団を無理やり引きはがした。
寝ぼけ眼で起きた本人は、不満げに母を睨む。
「さっさと起きなさい。ばかひろ。今日は新人が来るから早く出ないといけないんでしょ」
いけねぇ、そうだった。
ベットから飛び起き、携帯電話のアラームを止めて、時刻を確認する。
○月○日AM07:18。
「ご飯出来てるからさっさと降りてきなさい」
母が去った後、スーツに袖を通し手早く身支度を済ませリビングへ向かう。
味噌汁の良い匂いが鼻腔を刺激するが、悠長に食べている時間はない。
行ってきますと両親に告げると玄関を出た。
車で職場に向かう道中、上司から伝えられた新人のことを思い出していた。
「うちの職場にも、とうとうアンドロイドが配属されるようになったぞ。という事でお前に任せる。詳しい資料は後でメールするからよろしく」
と軽い調子で告げられたが正直不安だった。
出生率の低下と少子高齢化によって、深刻な労働者不足に陥った国は、人工知能を搭載したアンドロイドを導入する事を決定した。
国が助成金を支給し、瞬く間に労働アンドロイドは社会に浸透した。
ワイドショーでは日々活躍するアンドロイドたちと銘打った特集が組まれ、その優れた性能を世間に知らしめる。
テレビを通してその凄さは知っていたが、正直、半信半疑だった。
表面だけが取り上げられ、現場の裏側では問題が山積みなんて事はよくある話だ。
何で俺が担当しなきゃいけねぇんだと、文句を車内で漏らしているうちに職場に到着した。
「隆弘さん、おはよっす。今日は来るの早いっすね」
アルバイトの安田が気兼ねなく声を掛けてきた。
「今日は新人が来るからな。おまえ知ってたか?」
「もちろんっす。テレビで見るあの……ロボットの、何だっけ?」
「労働アンドロイド」
「そうそう。それっす」
こっちの気も知らずに軽いノリで答える。
俺の働く職場はコンビニだ。
複数の店舗をマネジメントし、売上を多く上げ、その何十パーセントかをフランチャイズ料として頂くのが仕事だ。
客層を分析し商品を充実させ、オーナーの意向に沿った店舗作りをするのは骨が折れる。
さらにアンドロイドの教育までやるとなると不安しかない。
駐車場にトラックが一台停車した。
運転手が荷台から人間サイズの箱を降ろし、台車に載せて裏口から搬入する。
受領書にサインをすると運転手はお辞儀をして帰って行った。
早速開封し、上司から渡された資料を基にアンドロイドを起動する。
いきなりかっと瞼を開けると、上半身を起こしてアンドロイドは立ち上がった。
見た目は血色の悪い人間。
たぶん一瞥しただけでは機械かどうか判らない程、精巧に作られていた。
手に触れてみると、肌の質感はまるで人そのもので驚嘆した。
「オハヨウゴザイマス高橋さん。どうか、ご指導ご鞭撻よろしくお願いシマス」
流暢には喋れないようだ。
後は資料によると現場に同行させ、口頭で指示すればいいのか。
データはパソコンから無線で飛ばしてと、意外と簡単だな。
使えるかどうかは知らんがとりあえず様子みだな。
俺は助手席にこいつを載せてエリア内の各店舗を回る。
最初の内は隣で仕事を見ているだけだったが、日を追うごとに凄まじい吸収力で成長した。
一ケ月後に成果は数字としてはっきり表れた。
それに謙虚だし、俺を立ててくれるし、代わりに仕事をやってくれるし、本当に俺は良い部下を得たもんだ。
片言の日本語も愛嬌があって、今じゃ可愛らしいくらいだ。
「こちらNo.1345。対象のデータ収集は全て完了した」
「了解。次のステップへ移行せよ」
最近の隆弘さんは何だか顔色悪い。
それになんか雰囲気が変わった気がする。
「隆弘さん、おはよっす」
「おはよう安田。これ新商品だ。おまえにやるよ」
「マジっすか。あざっす。でも何か隆弘さんらしくないですね」
「そんなことないだろ。いつもの俺だ」