プロローグ:Welcome to this Crazy time ~ようこそ、きぼうにあふれたせかいへ~
はじめに。
当作品には、現実に存在する政党・政府機関・政治結社・思想を貶める意図は全くありません。
作中に登場するすべての組織・機関・国家は、現実のものとは一切関りがありません。
以上の事を了承していただいたうえでお読みいただけるようお願い致します。
西暦2069年。日本。
人口の大幅な減少による国内市場の縮小で元々冷え込んでいた景気は、第二次世界恐慌による国の財政破綻によって更に悪化。平成のリーマンショックや、令和の不景気が鼻で笑えるような惨状だった。
街には失業者が溢れ、ベッドタウンに並ぶ一軒家は、ローンを払えなくなった住人が立ち退き次々に無人になった。
人々は、出口のない迷路に囚われていた。
学費の捻出すら難しい。そんなご時世には珍しく、幸福にも大学を卒業する所まで来ていた当時の俺は、使命感に燃えていた。
智に働けばなんとやら。
どうしようもない世の中でも、少しでも心地よく住める世にせねばなるまい。
そんな思想を胸に、俺は某政府機関の官僚を志した。
努力の末に国家公務員試験を突破し、次の春から俺は晴れて官僚の道を歩み始めた。
最初のうちは、『世の中の為に』と情熱を持って働いた。
けれども、それは長く続かなかった。
誰も考えちゃいなかったんだ。未来のことなんて。
出世するのは上司のご機嫌をうまく取れるやつばかり。
本当に頑張って、この国の未来のために尽くそうとしていたやつは、から回るばかりで連中にとっては邪魔なだけだった。
彼らは歯車を回せれば満足なんだ。歯車で何かを動かす気なんて微塵も無いんだ。
どいつもこいつも、飲み会と休日のゴルフのことしか頭にない。
俺は幻滅した。けれども、どうにかしてやろうと、最初のうちは抵抗を続けた。
ただ回るだけの歯車で終わるものか。俺は社会を動かす歯車になってやる。
その一心で、必死に働いた。
しかし頑張れば頑張るほど、多くの仕事をあてがわれた。激務に激務が重なった。
完全に嫌がらせだった。
それでも耐えた。反撃の隙を伺った。少年漫画の主人公みたいに、起死回生の一撃を放つチャンスを待った。
でも俺は少年漫画の主人公にはなれなかった。俺は、ただの人間だった。
時が経つにつれて、俺の中の何かがすり減っていった。
もう無理だ。もう限界だ。そう思った。
けれども、俺はまだ辛うじて立ち上がることが出来ていた。
仲の良かった澤村という名の同期がいたのだが、そいつが俺のことを応援してくれていたからだ。
「乃木、お疲れさん」
彼はよくそう言って、ニコニコと笑いながら缶コーヒーを持ってきてくれた。
俺とつるんでいるせいで、俺と同じように仕事を余分に回されて、あいつも相当に疲れているはずなのに。
そんなそいつの顔を見ると、まだやれる。いや、まだやらなくては。そんな風に思えた。
けれど、ある夏の月曜日。
澤村が無断で欠勤した。
上司が「だらしない奴だ」等と悪態をつく声を背に、心配になった俺は何度も電話した。
けれども、彼は電話に出なかった。
結局、澤村はその週、一度も出勤してこなかった。
彼の家に様子を見に行こうとも思ったが、その日から木曜日まで、終電で帰る日が続いた。
そして、金曜日の朝。
「澤村君、亡くなったって」
豚によく似た顔の上司が、わざとらしい仏頂面でそう言った。
聞くところによると、住んでいるマンションの部屋の寝室で、亡くなっている彼が見つかったそうだ。死後、5日以上は経っていたらしい。
それを聞いた瞬間、吐き気がした。
俺はトイレに走って、便器の前に膝をついて激しく嘔吐した。
朝食のシリアルとベーコンの残骸が出た。そのあとは、ひたすら胃液が出た。
体調が悪い。その日はそう言って早退した。
その日から、俺は現実と戦うのを辞めた。
気の合わない同僚にも、愛想良く接した。飲み会で面白くもない話で笑った。促されるまま一気飲みをした。豚のような上司にゴマをすった。お局様の尻に敷かれてやった。
そうするようになって、一年が経った。
職場での俺の待遇が良くなった。
気の合わなかった同僚とも仲良くなった。少し上の役職に上がっただけだが、出世もした。
入省した時からの一年とは大違いだった。
世間から見た俺は、順調そのものだった。
楽しかった。そう、クソみたいに楽しかったんだ。
俺は、何か得体の知れない不安に悩まされた。
完璧に組み上げたパズルのピースが、一つだけ無くなってしまった。
そんな喪失感に苛まれた。
その頃の俺は、休日を使って手当たり次第に色々な娯楽に手を出していた。
何かをしなければ、落ち着かなかった。胸につっかえた不安の塊を取り除きたかった。
それでも、何をしても俺の欲求は満たされなかった。
そんなある日、家電量販店であるVRゲームに出会った。
店頭モニターで流れていたPVに興味をひかれた俺は、ゲーム機本体と『Battle World Online』というゲームを買った。
ジャンルは、『SFミリタリーシミュレートアクションMMORPG』。
ゲームの内容は、21世紀初頭をモチーフとした架空の世界で、任意に選んだ架空の国家の軍人となり、日夜敵対する国家の軍隊やテロリストと戦う。というものだった。
作りこみが細かくて、ゲームの中で持つ銃はまるで本物だった。
行動の自由度もすさまじく高く、ほかのRPGでいうジョブに値する兵科は、かなりの数があり、現実の軍隊さながらに細分化されていて、戦場を掛ける歩兵としてもプレイできれば、軍艦の艦長にも戦闘機のパイロットにもなれた。
俺はその『BWO』にハマった。
陸海空すべてに広がる壮麗で広大なワールドは、歩くだけでも楽しかった。スリリングなPvPに夢中になった。
縦横無尽に世界を駆け回り、部隊を率いて敵と戦うアリアンロッド連合王国海軍の軍人であるゲームの中の自分が誇らしかった。
週末は、家に籠って、ずっとBWOの世界にいた。
ゲームの中で友人もできた。
楽しかった。
ゲームの中の俺は、いつも戦っていた。
でも、永遠とゲームの世界に居られるわけではない。
生きていく為には働かねばらならいし、その為には眠らなければならない。
「あ、すみません。明日も仕事なんで、今日はこの辺で・・・」
フレンドに挨拶をして、NPCの部下に待機のコマンドを出して、ログアウトして、端末を頭から外してベッドの脇に置く。
ベッドの上に横たわるのは、栄えある王国軍人ベリアル・ハインズ海軍大佐ではなく、冴えない役所の木っ端役人である乃木 幸助だった。
・・・タバコが吸いたくなった。
俺はタバコの箱に手を伸ばした。
中のタバコを取ろうとした。が、箱の中身は空だった。
そういえば、残りが少なかったっけ。
ベッドの横に置いてある灰皿には、吸い殻の山が出来ている。
ため息が出た。
「仕方ない・・・」
コンビニに行くしかない。
ベッドから降りて、机の上に置いてあった財布を掴み、玄関でサンダルを履いて外に出た。
ドアを開けると、夏の夜の湿った生暖かい空気が流れ込んできた。
日本の夏は、どうしてこう湿度が高いのだろうか。
・・・夏は嫌いだ。
早く空調のきいた部屋に戻りたい。
俺は足早にマンションの階段を下りて行った。
コンビニはマンションの向かいにある。大した距離じゃない。
一階まで降りてきた。エントランスを抜けて家の前の通りに出た。
時刻は夜の11時。
道路の向こうにあるコンビニからは、いつも通りの安っぽい蛍光灯の光があふれ出していた。
右に十メートルほど歩けば横断歩道がある。が、道路の交通量は少なく、何よりも面倒だったので俺は道路をそのまま渡った。
「いらっしゃいませー」
自動ドアを潜り抜けてなかに入ると、気の抜けたバイトの女の子の声が聞こえてきた。
タバコを買うために来たが、ついでに缶チューハイでも買っていこう。
俺は奥の酒売り場に向かって歩いて行った。
「どれにするかな」
冷蔵棚には、体に悪そうな色の缶が並んでいた。
その中から、俺はいつも買っていた白黒の缶を手に取った。ついでに、近くに置いてあったビーフジャーキーも。
あとは、レジに行ってタバコを頼んで、支払いをするだけ。
買いたいタバコの銘柄に振られた注文番号を思い出しながら、俺はレジのほうに足を踏み出した。
その時、ガシャン、と何かが落ちるような物音がした。
なんだろう。少し気になった俺は、若干足を速めて棚の陰から出てレジのほうを見た。
黒いセーターを着て、ジーンズをはいた男が、レジ越しに店員と向き合っていた。
男は何故か店員に向けて右腕を伸ばしていた。
手に、何か持っている。
「あ」
男が手に持っているものが何かを認識したとき、そんな間抜けな声が出た。
男の手に握られていたのは、刃渡り十数センチのナイフだった。
目が合った。男が俺を睨んでいた。
とっさに足が動いた。
俺は男の脇を抜けて、自動ドアまで駆け抜けていった。
逃げろ、俺。
自動ドアが開いた。
一歩、俺は外へ踏み出した。その時だった。
「た、たすけて・・・!」
背後から、店員のそんな声が聞こえた。
俺の身体は動きを止めた。
そして振り返って、男と向き合った。
いや、何やってんだ。何やってんだ俺。どうしようってんだ。
「なんだお前・・・?」
男がそう言った。思ったよりも高い声だった。
よく見たら身体も細い。
・・・ひょっよしたら、イケるんじゃないか?
いや、落ち着け。無理だ。俺には何もできない。リスクは避けるべきだ。俺は安全なところまで逃げて、警察を呼ぶべきだ。
そう考えながら視界を右に左に動かしていると、今度は店員と目が合った。
「たすけて・・・」
店員がそう言った。
何故か、澤村の顔が脳裏に浮かんだ。
そうだ。戦え。立ち向かうべきだ。
「・・・う、うわああああ!!!」
我ながら情けない叫び声をあげながら、男に向かって手に持っていた缶チューハイを投げた。
缶チューハイはまっすぐ飛んで行って、男の顔にクリーンヒットした。
一瞬、男が怯んだ。
俺は男に突進して、男の両腕を掴んだ。そのまま男と取っ組み合いになった。
男は俺の拘束から逃れようと暴れた。
横をちらりと見ると、店員の女の子が両手で口元を抑えながら俺を見ていた。
「逃げろ!!!!!・・・は、早く!!!!」
俺がそう言うと、女の子はコクコクと頷いてカウンターを出ると、走って外に飛び出していった。
「離せ!!!離せ!!!クソ!!!」
男はそう言いながら依然、暴れていた。
俺は男の手に持ったナイフを、どうにか奪おうとした。
けれども、終わりの見えない押し相撲が続くばかりだった。
どうしようどうしようどうしよう
内心、かなりパニックになっていた。
その時、男の頭が後ろに傾いた。
頭突きをしようとしていた。
不味い・・・どうにか――……
「ウァッ・・・!」
直後、顔面を強い衝撃が襲った。
視界が揺れた。腕と足の力が抜けた。
次の瞬間、腹がカァっと熱くなった。
見れば、男の持つナイフが、深々と俺の腹に刺さっていた。
「あ・・・」
男がそう言って、ナイフの柄をもったまま後ろに下がった。
ずにょ。そんな何とも言えないような、音が体の中に響いて、チクチクとした痛みとともにナイフが抜けた。
医療に詳しくはないが、映画で見たことがあるから分かった。
俺は肝臓を刺されていた。
肝臓は、身体の中で最も多くの血液が集まる場所。・・・つまるところ人体の急所だ。
「ち、血が・・・」
傷口を自分の両手で抑えた。血は止まらない。滝のように漏れ出してくる。
もっと強く、もっと強く抑えなければ。
そう思って、手に力を込めようとしたが、うまく力が入らない。
脚の力が急に抜けた。膝から下が消えたみたいだった。
俺は仰向けに倒れた。男が俺を見下ろしていた。
「死にたく、ない・・・」
俺は外に這いずって行った。もしかすると、通行人が救急車を呼んでくれるかもしれない。
俺の横を男が駆け抜けていった。
「たすけて……」
俺は男の背に向かってそう言った。しかし刺した張本人である男が俺を救ってくれるはずもなく、奴は振り向きもせず走り続けてどこかに消えていった。
「ああ・・・」
もう駄目だ。
俺はここで死ぬ。死ぬんだ。夜の冷たい路上で。
なんであんな事したんだろう。勝てるはずもない。俺はただの人間なんだ。
でも、俺は・・・俺は・・・。
・・・ああ、やっぱり。俺は、ロビンフットになんてなれやしないんだ。
「タバコ・・・」
買いそびれた。ああ、吸いたいなぁ。
・・・眠くなってきた。俺は目を閉じた。
その時だった。
ポーン、という聞きなれた音が聞こえた。
「・・・え」
音のほうを見てい見ると、地面の上にBWOのコンティニュー選択画面が浮いていた。
青白い四角いシンプルな枠の中に、『Continue?』と書かれていて、その下に『Yes』と『No』が並んでいる。
ゲームの中だと、Yesを押せば医療施設からリスポーンするようになっている。
「ハハハ・・・」
乾いた笑いが湧いてきた。
最期に見るのが、ゲームの幻覚なんて。本当に、惨めな奴だ俺は。
「でも・・・やり直せるなら・・・やり直した、い・・・よなぁ」
俺は、触れるはずもない幻覚に手を伸ばした。あり得るはずもない、続きに。
ひょろひょろと、自分の右手が『Yes』に近づいていく。
しかし幻覚に触れることなど出来る筈もな……
・・・ボタンに手が触れた。ゲームの中みたいに。
電子音が鳴った。
目の前が暗くなった。
と思えば、急に強い明りが顔に当たった。
俺は思わず目を瞑った。
「・・・え?」
光に慣れてきて、視界がはっきりして来た。
俺の目の前には、雲一つない青空と眩い太陽があった。
「・・・?」
ボケーっとしていると、冷たい風に頬を撫でられた。魚市場で嗅ぐような匂いが微かにした。・・・磯の香り・・・というやつだ。
「あれ・・・俺・・・」
そういえば、腹もいたくない。
ナイフが刺さった場所を恐る恐る触ってみる。
何もない。
「生きてる・・・ってか、ここ」
俺は立ち上がって、前を向いた。
視界いっぱいに、蒼い海が広がっていた。
「・・・きれいだ」
思わずそんな言葉が口から洩れた。
こんな風景は、旅行会社の広告かゲームの中でしか見たことがない。
・・・ゲームの中?
まさか。
バッ、と後ろに振り向いた。
俺の前には、見慣れたネイビーグレーの5インチ砲の砲塔が見えた。そしてその後ろに高くそびえ立つ、イージス艦特有のシャープなシルエットを持つ艦橋・・・。
見紛うことなどある筈もなかった。それは、『Battle World Online』の中で、俺がアリアンロッド連合王国海軍のベリアル・ハインズ大佐として艦長を務める船・・・。
スクルド級駆逐艦3番艦、コギトだ。
「なんじゃぁ・・・こりゃあ・・・」
夢でも見ているのか??
いや、だがゲームなら、さっき感じた風の感覚の説明がつかない。
BOWで感じられるのは、せいぜいが軽い触覚くらいだ。温度は感じられるはずがない。
何がどうなってる??
「ハインズ艦長!」
困惑していると、そんな声が聞こえた。
声のほうを見る。
艦橋脇、左舷側の通路から人が歩いて来た。紅い瞳に褐色の肌。長い銀髪を後ろに纏めて略帽の中に仕舞っている。海と同じ蒼い色の迷彩柄の戦闘服を着た女性。
ゲームを始めたばかりの頃から行動を共にしてきたNPC、シャノンだった。
「艦長!よかった。呼び出しても出ないものですから、海にでも転落したのかと・・・」
目の前に立ってそう言う彼女は、どこからどう見ても本物だった。
息遣いも、細かい動作も。そして何より、人間のように喋っている・・・。BOWのNPCは、こんな風に喋らない。筈だ・・・。それに俺が来ている服は・・・これは・・・胸に『HINES』と名前が入ってる。これは、ベリアルの服・・・?という事は今の俺は……
「艦長・・・?」
少し俯いて思案に耽っていると、シャノンが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
・・・何がなんだか分らないが、今は“自然”に振る舞うのが良い。
「・・・ああ、悪い。少し考え事を」
「大丈夫ですか?・・・後でドクターに……」
「いや、心配ない。少し疲れただけだ。・・・それで、どうした?」
「はい・・・少し困ったことが。衛星通信を含めた外部とのすべての通信が途切れてしまって・・・。付近の海域を航行しているはずの友軍とも連絡がつきません」
「機器の故障か?」
「いいえ。点検しましたが、通信機器は正常に作動しています」
「対応は・・・?」
「とりあえず、総員を警戒態勢にて待機させています」
なるほど・・・。まぁとりあえず、いつまでもここに居ても仕方がない。とりあえず艦橋に行こう。ここよりも情報は多いはずだ。ちなみに艦橋とは、船をコントロールする設備がある場所のことで、いわば船の中枢である場所だ。
「とりあえず、艦橋へ行こう」
俺はそう言って、艦橋に向けて歩き始めた。
シャノンが後ろから付いてくる。
道中で、何人かのNPCとすれ違った。彼らは俺が通り過ぎるときに立ち止まって敬礼をしてきた。
やはりおかしい。BWOの軍艦にいるNPCは、コマンドを与えない限りは基本的に配置された場所から動かない。こんな風に、本物の軍艦みたいに乗員が自らの意思で通路を歩くことはない。
ましてや、NPCがプレイヤーを呼び出すことなどありえない。
そうこう考えながら歩いていると、艦橋の扉の前にたどり着いた。
ノブに手をかけて中に入る。
「艦長、艦橋に入られます!」
俺が艦橋に入ると、扉から近い所に立っていたNPCがそう言った。すると、操舵手とレーダー員以外の全員が俺のほうを向いて敬礼してきた。
ゲームなら、俺が返礼するか艦長席に座るとNPCは敬礼を辞める。
そのまま艦長席に座ってもいいが・・・。でもそれだとなんか嫌な奴みたいになりそうだ。
俺は敬礼を返して、全員が元の姿勢に戻るのを見てから艦長席に座った。
「・・・」
えっと、どうすりゃいい?ゲームなら座ると目の前にコンソールが出てくる。・・・が、出ない。
「・・・副長、状況説明」
とりあえず、それっぽく指示してみた。
副長とは、シャノンのことだ。シャノンは、ゲーム内の用語で『バディ』と呼ばれるプレイヤーを補佐する特殊なNPCで、普通のNPCより高い能力を持っている。その彼女は現在、この艦で俺の次に地位が高い『副長』の職に就いている。・・・そうだな、少し語弊があるかもしれないが、俺がもし民間企業の社長なら、彼女は秘書のようなものだ。
「はい。先ほどお伝えした通り、友軍との通信がすべて途絶え、依然として通信は復旧しません。それと、レーダー上、北西10万の距離に艦影と思わしきモノ2つを感知しております・・・。敵味方識別装置 の信号は認識できません」
シャノンはそう言ってレーダーモニターを指さした。
モニター上には、確かに二つの点がある。それぞれの横に、識別のためのアルファベット、AとBが表示されている。
「・・・何者かによる通信妨害の可能性は?」
「妨害電波は今のところ確認されていません。発信元が妨害されている可能性は否定できませんが、通信可能領域にある総ての友軍基地・友軍艦および航空機による発信を同時に妨害するというのは・・・高高度核爆発でも起こさない限り不可能かと愚考します」
「それ以外に情報は?」
「現時点ではありません」
なるほど。・・・ゲームの中でこういう状況に陥る可能性があるとしたら、彼女の言う通りHANEによる電磁パルス攻撃によるものしかない。BWOにはテロリストやNPCのみで構成された国家がHANEを起こそうとするのを阻止するというイベントミッションがあったりもする・・・。だが、もしそれが原因なら、この艦も幾らかの機能に障害が出ているはずだ。となると、原因は別の何かだ。待てよ・・・?そもそもコンソールが出ないことといいNPCの動きと言い・・・ゲームと違うことが多すぎる。
もしかすると・・・。
などと思考を巡らせていると、イカつい顔のガタイが良いおっさんが振り向いて野太い声を上げた。船務長のヨナバルだ。
「艦長、何者かの無線通信を傍受しました・・・少し出力が弱いですがァ、おそらくレーダーの二つの艦影から発信されています」
マジか。・・・聞きたい。何ていえばいい?・・・あー、確かゲームではこういう選択肢がコンソールに出た。
「モニターに回せ」
俺がそう言うと、ヨナバルは「了解、モニターに回します」と言いながら手元のコンソールを操作した。
程なくして、艦橋のスピーカーから声が聞こえてきた。
なにやら、男の声と女の声が聞こえる。言い争っているようだ。
『……こちらはウルオーズ帝国海軍である。直ちに停船せよ。命令に従わない場合、攻撃する』
『……公海上だぞ!お前たちには何も権限はない!!・・・そもそも我々は非武装の難民輸送船だ!!!見て分からないのか!これは重大な国際法違反だぞ!!!』
『・・・繰り返す。停船せよ。臨検を受けないのならば攻撃する』
『ふざけるな!何が臨検だ!!!とるものとって我々を殺す気なのは分かってる!!!』
どうやら、どこかの国の軍艦が、どこかの船に対して停船命令を出しているようだった。
しかしウルオーズ帝国って何処だ?・・・現実でもゲームの中でも訊いたことがない。
「ウルオーズ帝国・・・?訊いたことないですね」
隣に立つシャノンがそう呟いた。
こういう時は、確か船務長に言えば調べられたはずだ。・・・確かこうだ。
「船務長、“ウルオーズ帝国”をアーカイブと照合」
俺がそう支持すると、ヨナバルは「ウルオーズ帝国、アーカイブと照合します」と言って、ぶっとい指でコンソールを叩きはじめた。結果はすぐに出た。
「・・・合致するデータはありません」
ヨナバルはそう言った。
状況を整理しよう。
とりあえず、今はここが夢なのか現なのか三途の川の手前なのか、等と言うことは考えない。考えても仕方ないからだ。
・・・誰とも連絡がつかず、この船は孤立している。レーダー上には、良好な関係とは言えなさそうな正体不明の船が二隻。無線のやりとりを聞く限り、片方は戦闘艦である可能性が高い。
ダメだ。情報が少なすぎる。
さて、どうしたものか・・・。
・・・まずは、情報の収集だ。今後の指針を決めるにもい、分からないことが多すぎる。
リスクは高いが、この二隻を視認できる距離まで近づいてみよう。何かわかるかもしれない。
「航海長、レーダー上の二隻の進路を予測して、合流する進路をとれ」
俺は航海長のNPC、ソロモンに向けてそう言った。
「了解、アルファ及びブラボーと合流するコースを策定します」
彼がそう応えて作業に入るのを見届けてから、俺は続けて艦橋の後方にいるNPCレスターに指示を出した。
「先任兵曹、総員に第二種警戒配置命令」
俺の言葉に彼は頷いて、壁際の装置のボタンを叩いて警報を鳴らし、受話器を取り上げて艦内にアナウンスを出した。
「全乗組員に告ぐ。総員、第二種警戒配置。繰り返す、総員、第二種警戒配置」
ゲームの中の光景そのものだった。
いつも、この配置命令からPvPやコープ戦が始まる。
しかし、普段ゲームをやっている時と違って、ワクワクするような事は無かった。
身体の血が沸き立つような気分だ。今のこの状況が紛れもなく現実であると本能が伝えている。
ただ静かな、肌の表面の空気が震えるような緊張感を感じている。
「・・・一度は死んだんだ。気楽に行こう」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「なんですかそれ?」
シャノンが俺の呟きに対して、不思議そうな顔をしてそう返した。
「呪いみたいなモンだ。気にするな」
タバコが吸いたい。
そういえば、俺がゲームの中のベリアルなら戦闘服のポケットにいつもシガレットケースが入っているはずだ。
自分の胸ポケットの中を漁ってみる。・・・あった。
俺はケースから煙草を一本出して咥えた。
一緒にポケットに入っていたオイルライターで火をつけて、煙を吸い込んだ。
「はぁ・・・美味い・・・」
ゲームプレイ中には、味わったことのない美味さだった。
お読みいただきありがとうございました。楽しんで頂ければ幸いです。
書きあがり次第、続きを投稿します。
用語が多いので、このコーナーに解説を入れたいと思います。
以下、解説コーナー。
駆逐艦・イージス艦 → 軍用艦の種類。一般的に駆逐艦とは、小型で速力が早く汎用性が高いものの事を言います。が、最近は駆逐艦の大型化が進んでいて、一概に『小型』とは言い切れないのが現状です。例えば、海上自衛隊の駆逐艦である『あたご型』の満載排水量(船の大きさだと思ってください。数字がでかいほど、船がでかい)は約一万トンとされていますが、これは太平洋戦争時に使われていた重巡洋艦(駆逐艦よりデカい種類の船)と同じくらいだったりします。次に、イージス艦ですが、これは『イージスシステム』と呼ばれる敵の航空機やミサイルを撃墜するためのシステムを備えた軍用艦の事です。200個のターゲットを捕捉し、同時に10個以上の目標を同時に攻撃できる性能があるそうです。最近では、このイージスシステムを搭載した対空戦闘が得意な軍用艦の事を、駆逐艦と呼んでいるような気もします。
スクルド級3番艦コギト → 街中で見かけるワンちゃんを思い浮かべてください。犬には、様々な種類があって、ペットなら種類の名前とは別に、固有のお名前が付けられてますよね。例えば、『ダックスフントの太郎丸』みたいな感じの。軍艦にも、犬と同じように様々な種類があって、その上で個別に名前が付けられています。〇〇級(海自の船は○○型)の部分が、ダックスフントの部分です。その後が、個別の名前です。『スクルド級三番艦コギト』、というのは、『スクルドって型の三番目に作られたコギトって名前の船』という意味になります。ちなみに、種類の名前には、大抵一番最初に作られた船の名前が付けられます。
艦橋 → 日本語では『かんきょう』英語だと『ブリッジ』といいます。船の運転席がある場所、と思っていただいて大丈夫です。船の動きをコントロールする場所です。舵輪もこの場所にあります。遠くまで見通せるように、普通は高いところにあります。
副長・船務長・航海長 → 軍艦には、船を動かしたり、戦闘時に兵器を運用するために、数百人の兵士が乗っています。多くの人を動かすためには、当然まとめ役、リーダーが必要です。一番偉い人は、お分かりかと思います。そう、艦長さんです。ですが、艦長一人だけで数百人に指示をだしたりするのはかなりキツいです。なので、仕事の種類ごとに部門を分けて、それぞれに責任者を定めて、ある程度の指示や判断は彼らに任せます。その責任者の一角を担うのが、副長・船務長・航海長です。それぞれの役割はかなり長くなるので割愛しますが(気になる人は調べてみてください)先述した三つの役職のほかに、代表的なもので砲雷長・機関長などがあります。他にも、必要に応じて哨戒長(TAO)や衛生長、飛行長など、さまざまな役職が設けられたりします。
アルファ・ブラボー → アルファは、アルファベットのA、ブラボーはBの事です。これらはフォネティックコードと呼ばれ、無線でアルファベットを伝える際に、聞き間違えることがないように考案されたものです。・・・FPSとか戦争映画が好きな方は、馴染みのある表現かもしれません。ちなみに、地域によって少し違うことがあります。
敵味方識別装置(IFF) → 英語だと「Identification Friend Foe」単語の頭文字を取って「IFF」(アイエフエフ)と呼ばれる事が多いです。その名の通り、レーダーとかに映った時に敵か味方かを識別できるようにする装置です。積んでないと背中から撃たれます。
高高度核爆発(HANE) → そのまんまです。高いところで起こされる核爆発の事です。具体的には数十キロメートル上空の大気圏での爆発の事をいいます。これをやられると、地表のかなりの広範囲に電磁パルスが降り注ぎます。爆発による直接的な被害は皆無です。じゃぁどうなるかというと、対策を施されていない電子機器がほぼ全て止まってしまいます。アニメとか漫画だと、HIGH SCHOOL OF THE DEADの劇中で、某国の原子力潜水艦が核ミサイルを発射してやってましたかね。かなぁり、怖いです。