7 稲葉晴信はスポーツニュースで次第を知る
どうしても気になる。今回の危険球によって【ボール半分の魔術師】から【ビーンボールの魔術師】へと通り名を変えられた匠人は、かれは、確かにあの時場違いな程の過剰反応を示していたのだ。あれはいったいどういう事なのだろう。
【ショート、俺にぶつけた時やたらブルってたけど、あれ何だったんだよ? もしかしておまえ、いつもぶつけそうになってたりすんのか?】
このメールを作成し、送信してみる。どういう返信が来るのだろうか。とはいえ、ビーンボールの魔術師と呼ばれているぐらいなのだから、あれからも何度かデッドボールやそれに近いボールが多かったのだろうとは思うのだが。
問題なのは、それが内側を意識させるために故意に投げたものなのか、それともなにか超自然的な力によって無理矢理そうさせられた物なのかということの一点に尽きる。少なくとも、今日の一発退場はとても故意に投げたボールとは思えなかった。とてもそうとは思えなかったのである。
微妙に揺れる球団のシャトルバスに心まで揺さぶられながら、只ひたすらにメールの返信が来るのを待った。
結局ホテルに到着するまで返信は来なかった。スーツを脱ぎ捨て、ひとっ風呂浴びてからベッドに飛び込みテレビを点ける。どうにも後味の悪いゲーム。あのゲームに対するマスコミの反応はいったいどういうものなのだろうか。
『今日のスポーツ、まずはパ・リーグ開幕戦からです』
キャスターの言葉で今日の三試合のダイジェストが始まる。沖縄シュバルツ対東京テンタクルス、松阪ラダマンティス対島原ヴォルガヌスに次いで漸く宇都宮ノワール対旭川マーベラスのダイジェストに入った。
予想通りと言うか何と言うか、白地に黒でNOWREL、襟足から黒いラケットライン、肩口と袖が黒い上着に、真っ黒なパンツという、背番号21番のノワールのホーム用ユニホームが画面で踊っている。
『ノワール開幕投手小野は、7回までをパーフェクトに抑えます』
そう、確かにあの時まではものの見事に押さえ込まれていたのだ。7回までボール半分の出し入れに、マーベラスはいたずらに三振と凡打の山を築いていたのである。
『ですが8回表、稲葉の頭にぶつけてしまいます。このピッチング、どう思われますか、解説の崖布さん』
キャスターが番組の解説者、元ラダマンティスの崖布正之氏に解説をお願いしている。いよいよだ。いよいよあのボールがどういった性質の物なのかはっきりする時が来たのである。
出来ることなら直に匠人から答えてもらいたかったのだが。
『小野くんの終盤での危険球は、昨日今日に始まった話ではないですからねぇ。いつぞや本柳くんを死なせてしまった辺りから、ひじょーにぶつかりそうなビーンボールが出るようになりましたし、事故の事がひじょーに気になるのは解りますが、これに懲りて、ひじょーに気を引き締めてほしいものですね』
崖布節を炸裂させながら一番聞きたくなかった言葉を解説者が言い放つ。このコメントによって、確定してしまったのだ。匠人もまた、終盤ぶつけそうになっているのだということが。
番組では、相変わらず崖布氏が【ひじょーに】をこれでもかと言わんばかりに頻発させ、ファーストのことを【ホワスト】と言っているが、それに対して突っ込む気力はもう、俺には残されていなかった。