5 稲葉晴信は、試合後半にぶつけられそうになる
あれから半年経つ。困ったことに、毎月第三週、【雨 廿】なる者から頻繁に迷惑メールが来るようになった。迷惑メールと言うよりは、寧ろ純粋な応援メールなのだが、問題なのは匿名であること、そして、そのメールが来た日には必ず6回、7回、8回のいずれかに、ぶつけられそうになることだった。
今の所偶然として無視しているのだが、いったい何なのだろうか。同じピッチャーならばわざとであることも充分考えられるのだが、全て違うピッチャーなのだ。
シーズンを終え、いよいよ出来高払いの日がやって来る。昨シーズンの分と今シーズンの分、都合5億5320万円を一気に支給してもらえた。本柳が居なくなった効果はやはりチームとって計り知れないほど大きい。
他の高額契約者も全て満額払ってもらえたらしく、チーム内には【ショート様々だよな】という空気が蔓延している。そして、俺自身匠人にはとても感謝していた。彼がこの凶事に手を染めてくれなかったら、この満額支給はおそらく今年も無かったのだから。
自主トレーニング、キャンプを経て、今年もまた球春がやって来る。今年の開幕戦は昨年3位のノワールだ。
通常開幕投手にはチームのエースを持ってくるものなのだが、大榎がキャンプで椎間板ヘルニアを患ってしまったため、今年は匠人がそのマウンドに上がっている。あれから半年。あの【雨 廿】のメールの日から今まで一度も顔を合わせたことが無かったが、匠人は大丈夫なのだろうか。匠人がなんともないなら、本柳の呪いという線は無くなるのだが。
試合の展開によりイニングは異なるが、今までぶつけられそうになった時間帯というのは、本柳がくたばった20時53分という時間に一番近い打席だったのだ。それに加えてホテルでの匠人の怯え様。今まで、僅かながらも本柳の呪い説を完全否定できずにいた。したいのに、できずにいたのである。
だからこそ、どうしてもこのゲームではっきりしておきたい。
おそらくはこのゲームでもぶつけられそうになる筈だ。その時の匠人の反応で、それが俺同様に毎度の事なのか、それとも初めての事なのかがはっきり判るだろう。匠人は実行犯である。誰よりも怨みを買うべき男であり、そんな男が初めて被害に遭ったのならば、一連の危険球騒ぎは偶然であると判断できるのだ。
初回、匠人のピッチングは冴え渡っていた。野球ファンから魔術扱いされている制球力を遺憾無く発揮して、マーベラス打線を手玉に取っている。照明塔8機と球場の壁を取り巻くように設置してある照明器からのカクテルライトに浮かび上がるそのシーンは、さながら投球マジックショーであるかのような感覚さえ覚える。
この分なら、おそらくまだ被害には遭っていないのだろう。匠人が初めてなら、本柳は無関係だ。恐ろしい偶然ではあったが、昨シーズン後半の危険球地獄は単純に運が悪かっただけ。そう判断することにしておこう。