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4 匠人と晴信は利害が一致している

 白い死神が本柳の側頭部を穿つ。ヘルメットの耳当ては砕け散り、本柳自身も取り落としたバットが転がる後方へと傾いていく。

 そして、転がるバットに剥き出しの後頭部を激しく打ち付ける形でグラウンドに沈んだ。

 本柳の身体が激しく波打つ。それに呼応するかのように、俺の鼓動も激しさを増していく。



 やってしまった。俺は遂に……、やってしまったのだ。



 痙攣しているかの如く激しく脈打つ心臓を、大胸筋越しに鷲掴みにしながら、ベンチから左打席へと飛び出す。

 球場全体が呆然と押し黙った後、あらゆる場所から悲鳴があがり始めた。大混乱に陥ったマーべリックコロシアムの中にあって、一番始めに職務を遂行したのは言うまでもなく医療団だ。激しく痙攣している本柳にさるぐつわを噛ませ、担架に乗せてグラウンドから姿を消す。

 次いで動いたのは、審判団だった。4人がバックネット前に集結し、何やら協議している。そして、俺の横にいた監督に対し臨時代走を出すことを要求、次いで向かった場内放送席からマイクを借り受け、協議の説明を始める。

『退場いたしました本柳選手に代わり、黒金選手を臨時代走とした2アウト一、二塁で試合を再開いたします。また、小野投手は規定により、危険投球につき退場処分といたします』

 コロシアムが急速に試合再開へ向けて動き始めた。

『たいへんお待たせ致しました。試合を再開致します。5番、サード、稲葉晴信。背番号13』

 うぐいす嬢がポジションと名前をコールして、俺を打席へと誘う。ノワールのピッチャーは、匠人から急遽一昨日先発したエース大榎へとスイッチしている。いくら198勝をあげている大投手といえども、ろくにウォームアップもしていないのではまともな球も投げられないだろう。

 ピッチャーの肩慣らしは、言うなれば車や単車の慣らし運転だ。それもまともに行っていないうちから飛ばしてしまうとどうなるか? その結果は、俺のスリーランホームランによりマーベラスが3点先制という形となって現れた。

 大榎の立ち上がりを衝き、3点という大量点を一挙にあげることが出来たものの、流石はエースである。そこから先はきっちりと封じ、ゲームは3対1、マーベラスがリードというスコアで9回表を迎えていた。攻めるノワールのアウトカウントは、既にもう2つ。打席の石堂を打ち取ればゲームセットという状況だ。

 マウンドにはマーベラスのクローザー、ハインリヒ。彼の速球は、レーザービームを通り越して【光子力レーザー砲】とまで云われている。

 石堂がその光子力レーザー砲に詰まらされ、ボテボテのファースト前への当たりを放つと、一塁手がそれを拾ってそのままベースを踏んだ。

 ゲームセット。



 試合後のミーティングで、監督が【とても悲しい】出来事をサラリと言ってのける。

「今夜20時53分、本柳選手が息を引き取ったそうだ。彼の死を無駄にしないためにも、今シーズン絶対に日本一で終わらそう!」

 明らかに詭弁なのだが、口には出せなかった。









 死人が出たゲームの後にしては、みんなサバサバしている。チーム内に動揺の色など全く無く、寧ろ、いつもより晴れやかな面差しで選手達は帰宅の路を行く。

 それぞれが、己が構える自宅へと帰っていく中、俺は反対方向へと車を走らせていた。向かう先は、ノワールが宿をとる旭川白雪ホテルだ。


 旭川白雪ホテル3281号室。そこには男が一人宿泊している。本柳照文に死球をぶつけ、事故死に到らしめた小野匠人だ。エレベーターで30階に到着すると、匠人の部屋を目指す。

 3281号室を見付け、インターホンを押した。ドアが開き、その向こうに複雑な顔をした匠人が佇んでいる。

「マジ……、これで良かったんですかね? まさか死んじまうなんて……。半身不全にでもなってくれりゃいいや程度にしか思ってなかったのに……」

 今更弱音を吐いてきた。もう遅い。こうなってしまってはもう遅いのだ。

「取り敢えず約束の金だ。返金は受け付けない」

 強引に仕事料50万円を押し付けてやった。もはや俺達は一蓮托生なのだから、匠人は金で黙らせる必要がある。

「まあ、本柳さんが居なくなってくれたんなら、俺のオプションが赤くなる可能性はその分薄くなったんだし、後味は悪いけど……、よかったんでしょうね」

 まだ完全にとは言えないが、多少は気を持ち直してくれたらしい。

「そりゃそうだよ。あいつが居なくなって、俺もおまえもマーベラスも、その支配下登録選手49人もみんな救われたんだ。八方丸く収まる大団円じゃねえか」

 マーベラスの選手達のあのサバサバした表情を思い出す。間違い無く匠人は、多くの人をあの一球で救っているのだ。

「取り敢えずルームサービスでも取りますか……」

 まだ落ち着かないのだろう。匠人はそう提案し、直ぐさま内線電話機に向かう。いったいどうしたと言うのだろうか。受話器を手に取った途端に呆気にとられたような表情を浮かべ、受話器を元の位置に帰す。そしてそれを3度繰り返した後、その表情が引き攣り始めた。

 明らかに怯えている。零下20度の世界に放り出されたかのように激しく震え始めた身体が、彼を襲った恐怖の大きさを如実に物語っている。



 これは、どう見ても只事ではない。



「どうした!?」

 落ちついたかのように見えたのは錯覚だったということなのだろうか。どうしようもなく動揺した匠人は、

「本柳さんが……、本柳さんが……」

 と繰り返すのみ。全く話にもならない。

「おまえ、取り敢えず風にでも当たっとけ。しっかり頭冷やしとけ」

 設定温度を20度にしてエアコンを炊き込む。

 エアコンを点けると同時に有り得ない騒音を掻き鳴らした。「なんだ!?」と口に出した途端にエアコンからスパークが発生。ボンッという破裂音とともに、燃え上がってしまった。

 ショートにより明かりが落ちた部屋を炎が明るく照らす。急いで消火器を探し出し、燃えるエアコンに吹き放つ。

 ようやっとの事で火を消し止めた俺の横で匠人は只々震えながら、

「本柳さんが……、本柳さんが……」

 と狂ったように繰り返していた。いや、もしかすると、この時既に実際に狂っていたのかもしれない。




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