20 本柳照文はチャンスを与えようとしている
自分が原因で球団が金欠に陥っていたことは解っていた。そして、そのせいで稲葉の家庭が崩壊したことも解っている。だからといって俺が殺されたことを納得しろと言われても無理な相談というものだが、このまま無下に祟り殺してしまうのも、事件の取っ掛かりが俺であることが明白である以上、良心が咎めることも確かだ。
「神主さん、なんとか稲葉を詫びに来てくれるように仕向けて頂けませんか」
虫のいい話だとは思う。妨害されてからというもの、今の今までずっと付け狙っていたうえに更に盆暗だと思い込んでいた相手なのである。
それに加え、あの夜『殺人犯は相応の報いを受けろ』と独りごちていたのだ。今更助けてやってほしいと言っても、聞いてはもらえないのかもしれない。
「貴方は殺人犯を許せと、殺人犯が裁きも受けずのうのうとシャバの空気を吸うことを許せと、そうおっしゃるんですか?」
だろうな。そう来るだろうことは予測は付いていた。この神主、因果応報の権化のようなところがある。
「俺は始めから、状況によっては許そうと思っていたんです」
「自分がしたことの報いは相応の形で受けなければならない、それが人の世の理です」
なぜこうまでこだわるのだろうか。いったいこの神主に何があったのだろうか。そんなことを俺が詮索してもしょうがないが、こうまで強いこだわりを見せられると気にせずにはいられなかった。
「ならば俺も……、受けなければならない筈です。そもそもの元凶が俺の高額年棒なんですから、ある意味これも報いなんじゃないですか?」
「でしたら貴方はこの件から撤退してください」
撤退しろと来たか……。
「なんでそうなるんですか!」
「貴方ご自身がこの報いに納得していらっしゃるなら、なんの問題も無いでしょう? 祟り主である貴方がもう許すとおっしゃるなら、あとは貴方が撤退なさるだけで一発解決です」
うっ……、たっ、確かにそうなのだが……。
「納得はできません。でも、俺にも負い目があるし、あいつが詫びてくれれば水に流すつもりでいたんですよ」
「……、神というのは良くも悪くも強大な力を持った霊のことを指します。貴方が祟り神でなくてよかった。……、乗りますよ、その話」
また計画的な尋問か……。この人、神主なんかじゃなく警官になったほうがいいのじゃないのか?
「ありがとうございます。あなた、刑事になったほうがいいんじゃないですか?」
「刑事は……、儲かりませんから」
これほど実直な神主からこの言葉が出て来たのには、心の底から驚いた。
「稲葉選手が離脱してからもうじき一ヶ月目ですか。そろそろ来そうですねぇ」
「何がですか?」
「『ストラップ効かねえぞ!』のクレーム電話」
なるほど確かに。俺が直接コンタクトを取れなくなったとしても、あいつにとってもっとも危険なビーンボールに効果が無ければ、何の意味もなさないだろう。
「それにしても、運が良かったですよ。あのストラップにビーンボールまで封じられてたら、納得できないままに撤退しなきゃいけませんでしたから」
「は? わざとですよ。さっきから申し上げているでしょう。相応の報いを受けてもらうと」
良かった。本当に神主との共闘の申し出を受けておいて良かった。
この神主、絶対に敵に回してはいけない兵だ。
そして、神主の読み通り、稲葉からの電話がその翌日にかかってきたのである。