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19 宮司は本柳に事情聴取の夜の真相を語る

 今私の下には、件の本柳氏が降臨している。稲葉晴信に対し結界発生装置を与えた私に、障って来ようとしたのである。

 だが、前にも述べた通り私には稲葉晴信をただで済まそうなどというつもりは、毛の先程も無い。だから、間髪を入れずに本柳氏に対して共闘を申し入れたのだ。


 稲葉晴信はいつぞや右手の指を骨折し、戦列を離れていると聞く。ちなみに、このデッドボールと本柳氏は全くの無関係である。

 おそらくあのストラップに文句を付けてくるなら、今が頃合いだろう。私は本柳氏をすぐ横に待機させ、稲葉からの電話を待った。

「申し訳ありません、本柳さん。私としても貴方が殺されてしまったのだということには気付いているのですが……」

「いえいえ、構いませんよ。あのストラップ、ビーンボールには効かないようですし」

 本柳氏はあまり気にしていないようだが、彼が許してくれたとしても、私自身が、たとえ形だけであったとしても殺人犯がのうのうと生きていくための手助けをしているということを許すことができない。

 だからどうしても、どんな形であってもいいから早くこの件に決着が付いてほしかった。


「神主さん、なんで解ったんですか? あいつが噛んでるって。ぶつけたのは匠人なんだから、傍目には無関係なようにしか見えないと思うんですが……」

 突然本柳氏が話題を振ってきた。

「簡単な話ですよ。貴方が彼に取り憑いていたからです。まぁ貴方が無差別に人を祟る大悪霊だというなら話は別になりますが」

「でも……、あいつの言った通り私の勘違いかもしれないじゃないですか」

 当然稲葉と初めて会ったときにはそれも疑っていた。小野投手のFA報道の時点でもう既にマーベラスの未払い騒ぎが紙面に踊っていたのである。稲葉の給料【二百四十万円プラス出来高契約二億二千万円】という額が未払いになっているだろうことは、軽く想像がつくのだ。部外者の私が解るようなことを、渦中の本柳氏に解らない訳が無い。

 となれば本能寺の変の黒幕は羽柴秀吉説に近いようなことを本柳氏が考えてしまうことも、充分考慮に入れたうえで、慎重に対応しなければならない。


 だが……。


 あのときの事情聴取のほぼ全てに於ける彼の言動が、彼が黒幕であることを如実に物語っていたのだ。

「仮に、貴方がまだ生きていらして、謂れの無いことで悪霊に取り殺されそうになって、私のもとへお祓いにいらしたとします」

「はっ!? 何の話ですか!?」

 本柳氏は目を剥いて問い掛けてきた。確かに傍耳には全く脈絡が無いように聞こえるだろう。だが、違うのだ。ここが、私が稲葉を黒幕であると疑い始めた取っ掛かりなのである。

「強いて言うなら犯罪心理学の話です。続けてよろしいですか?」

「はぁ、まあ……、構いませんが……」

「もし、貴方のお話を聞いているうちに私が『あぁ、どこかで見かけたことがあるなぁと思ったら、マーベラスの本柳選手じゃないですか!』と言い出したら、貴方ならどうなさいますか?」

「帰ります。話にもなりませんから」

「でしょ? でも彼は、お祓いの対象である筈のあなたのことが話題に上る度に私が話を逸らすように仕向けてきてるんですよ、あの夜。都合三回ですよ? おかしいでしょ、このお祓いに命がかかってるのに」

「あっ……! 確かに!」

 納得してくれたようだ。もうこの方向で話を進めても、横槍は入ってこないだろう。ちなみに本柳氏は、後に本人から聞いた話によると、あの夜稲葉祟りを妨害した私も彼と同罪だと見なし、祟ってやろうと付け狙っていたらしい。

「まあ一回目は彼の反応が見たくて私のほうも話を逸らす気満々だったのですがね」

 言っているうちに照れ臭くなってついつい頭をボリボリとやってしまった。

「で、私が逸らす前に彼から仕向けてきた時点で充分怪しかったのですが、まだ確信が持てませんでしたので、かけさせていただいた訳ですよ、カマを」

「それがあの縛ってる相手云々ですか……」

 そう。そして稲葉は、答えてしまったのである。『殺します……ね』と。

「最後の『毘沙門様』もそうなんですけどね。あれはロールシャッハテストの応用みたいなものでして」

 人が何かに対して持つ印象など、千差万別なたいへん抽象的なものである。極端な場合、同じ人に対して同じ物を見せているにも拘わらず、印象を聞いた結果日によって全く違う答えが返ってくることさえあるほどだ。それを精神状態の判断に用いたのがロールシャッハテストという心理テスト。

 本来ロールシャッハとは、白紙の上にインクなり墨汁なりを垂らして、そのシミが何に見えるか答えてもらう形式なのだが、私はそれを毘沙門像の印象に置き換えたのである。

「彼が私の最後の問いに、何と答えたか貴方は覚えていらしゃいますか?」

「『何かを断罪しているように見えますね』」

「ロールシャッハは法廷で精神鑑定の根拠として認めてもらえるレベルの信憑性を持っています。彼はやってしまったのでしょうねぇ。毘沙門様から断罪されなければならないような……、何かを」

 それが殺人教唆であることはほぼ間違いないだろう。

「……、神主さん……。まず最初に、今まであなたを盆暗だと思っていたことを詫びさせていただきたい」

 突然本柳氏が頭を下げてきた。正直こういったことはけっこうあることだ。私は極力人前では盆暗に振る舞うようにしているのである。

「頭を上げてください。私がそう見えるように振る舞っているのですから、あなたがそう思うのも当然なのですから」

「まさかあの盆暗なやり取りの中で、そこまで計画的な尋問が行われていたとは、お見それしました!」

 頭を上げろという私の言葉を全く無視して、土下座の態勢を保ったまま本柳氏は言葉を続けた。そして、氏はさらに続ける。

「神主さん、その話術を見込んで一つお願いがあります!」

 と。

 どうやら氏の土下座の本意はここから先の話にあるらしい。

「おうかがいしましょう。どのような頼み事ですか?」

 土下座をして頼み込むということは、おそらく無理難題に近い話なのだろうとは思うのだが……。




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