17 稲葉晴信は本柳の真意を推察する
最初のゲームはものの見事に零点を達成、フけることに成功した(花札は総合点が二十点以下だとゲーム自体を無効にすることができる)。次のゲームの手札が黒金によって非常にテキパキと配られていく。
配られ終えた手札の中には念願の雨の二十点札は無い。非常に残念だ。
「誰か雨の二十持ってるやついるか?」
取り敢えず聞いてみたが、何の反応も無い。どうやら山の中に混じっているようだ。
「じゃあ、俺からいくぞ」
取り敢えず宣言して、適当に手札を一枚切る。
《さあ、俺にまだ運があるなら雨の二十を引いてみせろ!》
場の空気を念で威圧しながら山から一番上の一枚を引く。
確かにそれは雨札だった。だが、枝垂柳の枝の中に赤い短冊。五点札である。
「あーっくそ! ビミョーだなぁ!」
俺のこの言葉を俺の思っている通りの意味に解釈できる者は、おそらくこの場には居ないだろう。まあ、居たら居たで危ない橋を渡らなければならなくなるのだが。
まだ雨の二十点札は場に出てきていない。山の枚数も残り四枚。後一周でゲームセットという状況まで進んでいた。この段階まで山の中に目的の札を引っ込めておくとは、運命の女神とやらはどうもドSなお方らしい。
まずは俺から最後の手札を切って山の一番上を引く。これが雨の二十点札でなければ、もう俺にそれが回ってくる可能性はゼロである。出来ることならじっくりと観察したい。
《来い!!》
有りったけの気力を込めて目的の札が来るように念じ倒す。
それから引いた札に俺の願いは……、
通じてはくれなかった。
またしても、枝垂柳に赤短冊。五点札である。
後輩達が次々と手順を終了させる。最後の黒金が一連の作業を終えた時、漸くそれは姿を現した。枝垂柳の街路樹の下、傘をさしたおっさんが佇んでいる。そのすぐ目の前には橋。武道館やタージ・マハールを彷彿させる玉葱型の欄干の赤い橋が架かっている。その下に流れているだろう川は、札には描かれていなかった。
これはいったい何を示しているのだろうか。【枝垂柳の下にいるから本柳】そんな単純な話でもないような気がするのだが……。
あのオッサンが本柳だとするならば、傘をさしていることに意味があるのだろうか。それとも、橋、或は川を渡ろうとしていることに意味があるのだろうか。
傘に意味を求めるならば、降り注ぐ何かを回避しようとしているということになるだろう。向かってくるボールだろうか。いや、違う。少なくとも傘ごときでどうにか出来る代物ではない。あまりにも場違い過ぎる。
橋か川なのだろうか。もしあの川が三途の川なのだとすれば……。
【俺はまだ、あの世に逝っちゃいねえぞ。おまえらを道連れにしてえからなぁ】
これか? 奴はこれが言いたいのか?
あの高谷神社特製ストラップ付き携帯を貰ってからというもの、相変わらず危険球は来るものの、本柳(雨廿)からのメールは来なくなっている。確かに直接俺に手を出せない状況になっていると言えばなっているのだ。だが、おそらくいつか俺に死を与えるだろうあの危険球を抑えてくれないことには意味が無いのだ。どうにかして戦える状況を作らなければ……。
取り敢えず明日、携帯の契約書に書かれてあった取扱店(高谷神社)に電話してみることにしよう。
こういう結論を出し、俺は花札に意識を戻すことにした。