14 稲葉晴信は選手名鑑で【廿】を発見する
高谷神社でのお祓いは正直なところ疑わざるを得ない。勝手に本物だと思い込んでしまったが、どうやらあの神主は性格同様実力も盆暗らしい。 近くの救急病院に担ぎ込まれた俺は、匠人のスライダーに砕かれてしまった右手の治療に入る。治療に入ったとはいっても忙しいのは整形外科医であり、俺自身は痛みを堪える以外に特にすることも無い。
することが無いならすることを作ってみよう。痛みが妨げにはなるが、この騒ぎの元凶であると思われる【雨 廿】について考えてみる。
前から微妙にアンテナに引っ掛かるワードがあった。【お晩です】【しばれる】等に代表される方言っぽい言い回し。
練馬区から旭川に引っ越して来て一番始めにぶち当たってしまった壁だった。
言葉の壁。
まさにストライクど真ん中だ。ご当地にいるからこそ断言できる。これらは北海道弁なのだ。つまり、雨廿は北海道民なのである。もし違ったとしても、少なくとも住んでいたことがあることは確かだろう。
本柳がどこの出身だったか思い出してみる。……、駄目だ、いまひとつはっきりと思い出せない。大阪、広島、北海道のどれかだとは思うのだが……。
ただ、住んでいたことがあるという条件に当て嵌まることだけは確かだ。何せ旭川マーべラスの選手なのだから。プロ野球選手というのは、基本的に所属球団の所在地に住居を構えるものなのである。
麻酔が効いているため、右手に痛みは感じない。どうしてもこの暇な時間に雨廿の正体を暴いてしまいたかったが、【廿】の読み方が解らない以上、もうどうにも出来なかった。後はただ、手術の終了を待つのみだ。
手術が終了し病室に搬送される。どうやら綺麗にポッキリと指が折れていたらしく、選手生命にはなんら支障は無いらしい。リハビリも含めて復帰まで一ヶ月半。順調に回復すれば、八月初め辺りには復帰できそうだ。これによって出来高契約の一つが達成不可能となってしまったのは痛いが、逆に言えば身の危険を感じる試合を回避することが出来るようになったのである。これはこれで良かったのかもしれない。
やることが無く暇なため、何の気無しに手荷物を漁ってみると、今年のプロ野球選手名鑑が出てきたのでめくってみる。
その名鑑には出身校ベスト10なる特集が組まれている。高校上がりの俺は、高校の特集に目を通した。
十位、日大川崎
高谷義弘(東京テンタクルス)
「こいつかぁ、あの盆暗神主の孫!」
ほぼ間違いない。言われてみれば、確かに俺がさんざっぱら打ち込んでいるピッチャーだ。インチキお祓いの腹いせに、これからも容赦無く打ち込んでやることにしよう。世の中全て因果応報だ。
さすがは数多ある高校の中でもプロ野球選手輩出数十位の学校である。こいつ以外はそうそうたるメンバーが並んでいた。
九位、専大玉野
大榎貴志(宇都宮ノワール)
ここはここ数年の間で急上昇してきた学校だ。大榎の活躍に影響された若い世代のピッチャー達が彼にあやかろうとこぞって入学して来るようになったらしい。まさに大榎様々だ。校長も北東に足を向けて眠れないことだろう。だが、ピッチャーしか育たないという弊害が出てしまったようだ。
八位、首里学園
爪蕗元康(旭川マーべラス)
出た、名門中の名門である。この順位にあるのを見てもさすが名門だという感想ではなく、【えっ、こんなに下なの!?】と思ってしまうほどの、甲子園の朝青龍だ。
十年連続選手権大会(夏の甲子園)出場、六期連続(夏春夏春夏春)甲子園優勝等の奇跡的な記録を残し、現在も更新中だ。
ただ、元康いわく、
「俺はオススメしないね、全寮制だし男子校だし。野球が恋人って男子以外は絶対やってられんわ。発狂するぞ」
とのこと。それほど野球三昧の日々であり、出会いや自由な時間など求めるべくも無いということなのだろう。俺にはとても無理だ。
七位、五稜郭学院
森本政宗(浜松スチュパリデス)
意外にもと言っては悪いが、もうこんなに出しているとは思わなかった。ここはまだ、開校してから六年しか経っていないのだ。最近やたら出身選手が増えてきたなぁとは思っていたが、まさか首学を抑えてこんなところにいたとは……。まさに新進気鋭である。ちなみに甲子園出場は春夏合わせて二回しかない。隠れた逸材の宝庫なのだろう。
六位、廿日市実践学院 黒金秀頼(旭川マーべラス)
《!》
【廿】だ。まさかこんなに身近に廿について知るためのキーパーソンがいたとは……。黒金の出身校など気にしたこともなかったが、これはもう、聞いてみるしかないだろう。右手が折れているのも気に留めず、右手に体重をかけてベッドから飛び降りる。つくづく思った。
《麻酔効いてて良かったー!》
と。
売店でテレホンカードを買い、黒金へと電話を入れる。コールが一回、二回と続いていく。とうとう十コール目を数えたがまだ出てこない。試合が終わって呑んで歩いているのだろうか。
十八コールを数えた時、漸くその電話の主は通話ボタンを押してくれた。
『むぉしむぉーっすぃ! 黒金れふゆぉー! ガハハハハハ!』
やはり呑んだくれていたらしい。全く呂律が回っていない。さらに意味不明な爆笑が続いている。笑い上戸なのだろうか。こんな滑舌の黒金に、【廿】のちゃんとした読みを教えてもらえるかどうかは甚だ疑問だが、取り敢えず聞いてみる。
「あのさ、今年の選手名鑑見てたらおまえの出身校、甘いの真ん中の横線無いやつに日曜の日に市場の市の実践学院って書いてあったんだけど、あれなんて読むのかな? 気になってしょうがねえんだ」
「はふはいひれふよぉー、ガハハハハハハハ!」
……、駄目だこりゃ……、全く解らん。こんなザマで明日の試合は大丈夫なのだろうか。とても心配だ。どうやら今日はもう、廿の正式な発音は望めそうもない。なるだけ早く解決したい問題ではあるのだが、残念ながら明日以降に持ち超さざるを得ないだろう。