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10 稲葉晴信の携帯電話が砕け散る

 このままではいけない。このままでは殺されてしまう。なんとかして俺から本柳を引き放さなければ……。



 三月二九日、この日もまたノワール戦だ。匠人は謹慎により今日も欠場している。

 内野には砂、外野には天然芝。赤、白、青、黒と色とりどりに彩られた内野席とオレンジ一色の外野席。昨年リーグ2位、宇都宮ノワールの本拠地、宇都宮ベースボールパークの三塁の守備に今俺はついていた。

 試合経過は3対2。昨日に比べれば幾分はマシだ。俺のバットは相変わらず湿り気味だが、それでも3打数1安打と、何とか出塁できている。そして、今日の4打席目がやってきた。

『4番、サード、稲葉。背番号13』

 うぐいす嬢のコールに促され、左打席へと入る。そして、そのボールは初球からやってきた。頭部を掠める危険球。昨日は28日だったが、今日は29日。昨日のようにぶつかりはしなかったが、8回表、時間にして20時00分の出来事だ。今までの危険球パターンと特徴が一致するだけに捨て置くことも出来ないだろう。

 なにやらとんでもないことになってしまっているような気がする。匠人もいればよかったのだが、いない以上は仕方がない。一刻の猶予も許されなさそうだし、試合終了後すぐにお祓いに行くとしよう。









 東京都は世田谷区のかなり奥まった場所にある神社、高谷神社。祭神は毘沙門天だ。その鳥居を前に、俺は足を止める。否、止めてしまった。胸に忍ばせた携帯電話が激しく鳴り響いたのである。身体が竦み上がり、膝が笑う。今俺の携帯電話が着信音を奏でる訳が無いのだ。なぜなら……。



 着信設定が【マナーモード】になっているのだから。



 俺の携帯電話はなおも激しく俺の嫌いなL’Arc‐en‐CielのWinter Follが鳴り響いている。勿論俺が設定した着メロではない。する筈がない。嫌いなのだから。だがこうして、



 実際に鳴っているのだ。



 震えながら携帯電話を手に取る。視線は手先を追ってはいない。このような恐ろしいものを見る勇気は、今の俺は持っていなかった。

 何かに縋るように鳥居に掲げられた【高谷神社】という看板に視線をようやく合わせながら、うちポケットから取り出す。

 ラルクファンである俺がこの曲を嫌っている理由は、【本柳が】この曲を入場テーマ曲に使っていたからだ。【坊主憎けりゃ袈裟まで憎い】これが転じて【本柳憎けりゃWinter follまで憎い】という心境に達してしまったのである。勿論本柳のテーマ曲が一連の騒ぎに無関係であるとはとても考えられない。おそらくディスプレイには本柳関連の何かが表示されていることだろう。

 意を決して視線を携帯電話に合わせ、それを開こうとしたとき、その声が前方から飛んできた。

「駄目です! その電話を開かないでください!」

 鳥居の向こう側から渋い声を放ったその男(俺にはとても女の声には聞こえなかった)は、警告を終えてすぐ、

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 という呪文を続けた。これは俺でも解る。確か九字だか九印だか言う陰陽や日本神道で使われている業だ。最近ではあまり聞かなくなってしまった気もするが、一昔前には人気漫画【孔雀王】に何度と無く出てきたフレーズであるため、30代男性にはもはやおなじみの業だろう。

 そして、俺が右手に持つIフォンは、跡形も無く砕け散った。

「済みません、お電話、壊してしまいましたね」

 バツが悪そうに頭を掻きながら、頭と口髭がロマンスグレーに染まった神官姿の中年男性が鳥居を潜って姿を現す。

「除霊相談ですね? お手数ですが、神殿までお越しください」

 おそらく高谷神社の神主であるのだろうその男は、俺を神殿へと誘う。




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