OGN-009
「これとこれとー」
「わかるのか? すごいな」
「ラコナは里でもお手伝いはしてたから……それより、勝手にとっていいの?」
命のやり取りがあるダンジョンにはやや不釣り合いな可愛らしい声。その主はラコナちゃんの喜びの声であり、不安そうなファリスの声でもある。
魔物が飛び出てこないよう、入り口側を向きながらだが肩をすくめて見せる。
「基本的には自由で、自己責任だな。とはいえ、ダンジョンの中じゃそのまま食べるか塗るかぐらいだよ」
振り返れば、不思議と日光のような灯りが照らすちょっとした空間に小さな泉。その周囲には無数の草花が生えている。一見するとただの雑草と花なのだが、ラコナちゃんにとっては中にお宝が混じっているようだ。
上を向けばかなり高い場所にギラギラしたボール状の物。あれが灯りとなっているんだが……明らかに人工物だ。でも下手に研究して消えても困るからと誰もが放置なんだよな。俺も直接確かめる気もしない。時間にして1時間もしないうちに、小さな両手と籠いっぱいに薬草であろう類を採取したラコナちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。
「これで大丈夫だよ!」
「どんなのが作れるんだ?」
作るというからにはその中身が気になるのが人情という奴である。
「えへへ、ないしょだよ」
「内緒じゃしょうがないなー」
「……貴方、ラコナには妙に甘いわよね。まあいいけど」
一緒にすると影響があるらしいので小さな袋に小分けにして入れ、持ち帰る。階層にして地下3階。そう、地下なのだ。まるで太陽の下にいるかのように明るいあの場所も不思議だけど、クロスロードのダンジョンは壁自体がほのかに光る場所が多いのも面白い。
もちろん、松明が無いと怖い場所も多い。例えばそう、こうやって向こうから何かが近づいてくるのを感じたときなんかもだ。
「探索中だ!」
「おう、そっちもってオーガ!? くそっ、なんでこんな場所に……って、魔物じゃないんだな」
構えられた武器、向けられた殺気、どちらも慣れっこだ。これまでには襲われたことも何度だってある。それ以来、出来るだけ灯りは絶やさないようにしている。明るい場所で見て貰えば、自分の姿が魔物な状態ではないことがわかるからだ。
まあ、それでもオーガという存在のインパクトは大きいのか、向こうはまだ警戒というか、気にしてはいるのがわかる。
「よくあるの?」
「まあ、な」
小さなファリスの問いかけに返事をしたところで、腰のあたりが撫でられた。犯人はラコナちゃん。真面目な顔をして一生懸命撫でてくれている。
「えっとね。なんだか痛そうだったから……」
「ありがとう。楽になったよ」
体が、じゃなく心がだと言ってくれたようだった。撫でられた場所がほんのり温かいように感じながら、そのまま地上へと戻ると調合に関係なさそうな物は換金し、赤鬼堂に戻る。
材料以外にはどんな機材がいるのか、何かで代用できると良いんだが……等と思いながら歩いていると、宿の影から婆ちゃんが出てくる。そろそろご飯の準備でも始めるんだろう。そう思っていると婆ちゃんは腰の後ろに手をやり少し辛そうな仕草を見せていた。
「婆ちゃん!」
「なんだい、タロー。探索は無事に終わったみたいだねえ」
こちらに気が付くと先ほどの仕草はどこへやら、いつもの婆ちゃんがそこにいた。その後は報告がてら話をした後、そのまま2人を連れてひとまず別れる。
「なあ、ラコナちゃん」
「そうだね、お兄ちゃん」
皆まで言うなとばかりに真剣な顔で応えてくれるラコナちゃん。そう、最初のポーションは婆ちゃんに効きそうなものにしようと決まった瞬間だった。
意気込む俺とラコナちゃんを他所に、ファリスは採取して来た薬草なんかを机に並べている。里でもやったことがあるというのは本当みたいだな。
「よーし、ラコナ、つくるよ!」
「おー!」
ふんすとやる気に満ちた彼女の指示に従い、ポーションを作るべく頑張ることを決めた。と言っても何をやるのか? 何はともあれ、水と……たぶんお湯、火はいるんだろうなと思い準備をしておく。この世界には実際に燃やすんじゃなく、魔力を糧に発熱する物もあるがたぶんどちらも使うんだと思う。
「まずはねー、おみず! お兄ちゃん、綺麗な井戸ある?」
「あるぞ。でもきれいな水ってだけならファリスが魔法を使えばいいんじゃないか?」
そう言うと、2人してえ?なんて表情になった。もしかしなくても、魔法をそういう用途に使うことは禁止されてるんだろうか? でも木を切るのに使ったりしたしなあ……。
「そういえばそうよね。使ったことなかったわ」
「ちょうどいいかも……うん、おねがい」
そして急遽、器に生み出される水の槍。と言っても穂先のような物ですぐにばしゃばしゃと満たされていく。空気中の水分を使っているのか、どこからか生み出されるのか……そのあたりはよく知らない。
「次はねー、すりつぶす!」
「了解した」
料理にも使っていたすり鉢(元々はなかったので街で加工してもらった)を使い、薬草類をどんどんとすりつぶし、ラコナちゃんの指示通りに混ぜていく。結果としてはなんというか、水分の足りない青汁、みたいなのが出来上がってくる。
「これを水で溶いて―、そしてー、お兄ちゃんの角を撫でる!」
「俺の角?」
ラコナちゃんが机の上に飛び乗ったかと思うと、小さい体をぐんと伸ばして俺の角を触り、ぐりぐりとしている。何が何だかわからないが、必要らしい。
「オーガのつのはねー、魔力の塊なの! 本当はポキってしたりして粉にして使うと良いらしいんだけど……でも触っただけでも少しの間だけど、いい感じだと思うの! たぶんお兄ちゃんのお団子が美味しいのもこのせいだよ」
「そ、そうなのか! 道理で……」
言われてみれば、ついつい角を触っていたような気がする。いつも気にして拭いているから清潔なはずだ。ともあれ、言われたままに俺も自分の角を触り、ポーション作りを再開する。気のせいか、確かにほのかにただの薬草水に力がこもったようなそうでないような……。
それにしても、狩る側だけだと思っていたオーガにも、そんな側面があったとは……今の時代にオーガが繁栄していないのはもしかしたらそのせい……? 気にしても仕方ないか。
「痛くない程度に削ってみようか?」
「またこんどね!」
作ることが楽しいのか、随分と元気な様子のラコナちゃんに驚きつつも、ポーション作りは続いた。