OGN-031
約一か月、お付き合いありがとうございました!
「はっはああ! 開墾だああ!!!」
「「おおーーー!!」」
元気な声を聞きながら、俺専用に作られたサイズの農具を地面に突き立てる。癖になりそうな音を立て、大きく地面はえぐれていく。競争でもするかのように掘っては進み、掘っては進み、だ。
ひどくおおざっぱだとは思うが、ひとまずはこれでいいらしい。後は普人や亜人の皆が整えつつの作業となるのだ。男だけでなく、女性や子供も石を拾ったりとやることは多くある。みんなで協力して、畑を広げるのだ。
「タロー!」
「どうれ……なるほど、良いでかさだ」
ファリスに呼ばれそちらに向かえば、地面にできたニキビのように顔を出す岩。こんなのがあったのでは畑としては邪魔だ。一通り触り、指をかける場所を確かめ……腕に力を籠める。オーガは怪力を持つ種族である。その力は見た目の筋肉に実のところ、比例しない。
その秘密は、常に使っている強化魔法にある。もう慣れ親しんだ呼吸のような使い方だ。その結果は、すぐに示される。
「む……ううん!」
「おっきーい!」
そばに来たラコナちゃんが驚いた顔をするように、持ち上げた岩は運動会で使う大玉ほどもあった。ある程度砕いて石材にするんじゃないかなあと思う。適当にどけておき、次なる作業だ。地味な作業だけど何度も、長時間続けていくとさすがのオーガの体も汗が噴き出てくる。けれど、不快ではない汗だ。
「予定通りに出来てるかな……」
休憩のために街道に出て、どっかりと適当な岩に腰を下ろす。視線の先にはかなり離れた状態のクロスロードの城壁。伸びる街道、そしてその両端に耕された地面。
今回の仕事は、クロスロードの拡張、そして都市に付随する畑自体の開墾だ。領土でもある畑を広げ、そのそばにまで街を広げ、土地を増やしていくのだ。拡張の段階では、既存の畑を大きく囲むように壁が作られるらしい。
まあ、攻められても壁の中で自給自足できる仕組みらしいが細かいことはよくわからない。俺にわかるのは、人手がいるようになるということだ。
クロスロード領主は、亜人も差別しない。もちろん、得意不得意はあったりするわけでその分は考えるが、亜人だから危険な作業をしろ、とかそう言ったことは無い。俺? 俺は……まあ、オーガだしな。鍛えた肉体も相まって、まるで3メートルぐらいあるように感じるに違いない肉体を活かすのが今日の仕事だ。
と、街道に鐘の音が響く。お昼の合図、それは即ち食事の合図でもある。他の都市と大きく違うのはこんな場所にもある。朝昼晩と三食食べるのだ。意外と一日三食って贅沢というか、斬新な考えだったなって俺も最近身に染みた。それはともかくとして、肉体労働には補給が欠かせない。
「はい、お兄ちゃん!」
「ありがとう。ラコナちゃんはお手伝いかい?」
元気な姿に聞いてみると、そうだよーなんて声が返ってくる。そのまままずは手を上に上げるように言われ、訳が分からないが言われたとおりにすると……近くで魔力反応。思わず顔だけそちらに向けると、ファリスが両手から次々と魔法で水を産み出していた。この水はそのうちに消えてしまう一時的な物だ。それでも使い道はある。そう、手を洗うのだ。
(衛生だとか細菌が、だとかはわからないだろうけど、汚れたままでは駄目という考えはあるのかな?)
先日の告白通りなら、2人はそれなりに良い家柄の人間だったことになる。礼儀作法なんかも身についているわけであった。一通り手を洗った後、街の人が用意してくれたであろう食事をとる。
「他の都市じゃ考えられない光景よね」
「そうだな。守りたい、そう思う光景だ」
魔法を使い終えたファリスが横に座り、同じように食事を始める。やや固いパンだが、酵母が多少は使われているのか獣人姉妹でも問題なく食べられるものだ。まあ、2人も柔ということではないのだが……。
真横に座られ、ファリスのうなじなどが目に入ってしまい、出来るだけ自然にと思いながら視線を外す。そうして見えてくるのは、ファリスの言うようにこの都市ならではの光景。それは、普人や亜人、特に魔族や少数派の獣人も一緒に過ごしている物だ。
他の都市では身体的な能力差や、魔法の才能の有無といった問題から亜人は差別されていることも多い。クロスロードとその協力関係にある都市たちはそうでもないほうだが、昔から続いてきた習慣のような苦手意識はそうそう変わる物ではない。今も、利益があるとわかったからこそ付き合いを改めているという人だって当然いるのだ。
(最初は利益関係だけでもいいさ。拒否されるよりは、な)
そんなクロスロードでも、オーガという種族はやはり異質だ。ようやく最近は俺という存在の理解が進んだのか、後ろ指をさされることは減ったがまだまだこれからだ。
「理想の1つよね。みんなが平等に扱われる暮らし……素敵だわ」
「ラコナはー、みんなと遊べるのが一番かなー!」
いつの間にか背中によじ登られ、すぐ横に小さい顔がある。小さな彼女にとっては俺の体はアスレチックのようなもの。そのことがなんだかおかしくて笑ってしまう。体が揺れることでバランスを崩し、後ろに転がるラコナちゃんはそのまま器用に一回転、楽しかったとばかりに俺の横に座り直した。
「お、いたいた。タロー、赤鬼堂の団子とかは増やさないのか? こういう時に携帯できると便利なんだけど」
「そうだなあ……増やしてもいいんだけどなあ」
話しかけてきたのは魔族の青年の1人。最初は俺にビビっていたのか、おどおどとした様子だったけど最近は友達という感じで気さくに話しかけてくれる。そんな何でもないようなこともこれまでのことを考えるととてもうれしい気分になる。
「お前さんたち3人だもんな……そうだ、人は増やさないのか? 働きたいってやつは結構いると思うぜ?」
「そうなのか? うーん……」
確かに今の赤鬼堂はある意味半端な立ち位置だ。何でも屋とはいっても、3人では出来ることも限られてくる。かといって手を広げるとそれは1つ1つの仕事に責任が持てなくなりそうで怖いのだ。とはいえ、俺も職人の元で技術を学ぼうというのだ。何でも屋をやってみたいという人がいるのならそれはそれでいいのかもしれない。上手く行けば、いわゆるクロスロード専門のギルド的な物になるかもしれない。
「よーし、婆ちゃんに相談してみる」
「へへっ、その時はよろしくな!」
元気な魔族の青年と別れ、残りの農作業をして赤鬼堂に戻る。そのまま夕食ついでに婆ちゃんに相談してみると、もっと早く言い出すかと思ってた、なんて言われてしまった。
ファリスとラコナちゃんも賛成だった。となれば話は早い、ということでさっそく人を募集することにした。
結論だけを言うと、5名増えた。倍どころではない。
3名は元冒険者。限界を感じ、安定した稼ぎが出来たら理想ということだった。そして残り2名は一般人。歳も種族もバラバラな5人だったが、面接をした限りではぜひ一緒にと思うことが出来たので採用である。
ダンジョンの定期的な探索と採取を仕事にしてもらうことにする。道中のヘルプも仕事だ。2名にはラコナちゃんとファリスからお団子作り、とポーション作りと接客を仕込むことになった。
「これから忙しくなりそうね」
「ああ、一緒に頑張ってくれるか?」
従業員が増えた次の日の事。楽しそうなファリスとそんな会話をする。俺1人だと無理だった。ファリスと、ラコナちゃんと出会って赤鬼堂は、俺の人生は変わった。
そんな感謝を込めた言葉だったが、途中で止まってしまう。なぜなら……。
「勿論。こうするぐらいには、一緒に過ごせてよかったって思ってるわ」
さらりと、まるで小鳥がついばむように彼女が口づけを交わしてきたのだ。そのことを理解するより早く、素早く外に出ていくファリス。俺は半ば呆然とそんな彼女の背中を視線で追うことしかできなかった。
「ったく……」
ダンジョンで出会った時もそうだったが、意外と感情で動く子だなと痛感する。ほのかに触れた箇所が温かいような気もしながら、俺も今日の仕事をこなすべくみんなの場所に向かう。
オーガの何でも屋赤鬼堂、今日も営業開始である!
次の新作を年内連載予定です。