OGN-030
「であるからして、褒美として……」
領主様のありがたいお話はまだ続きそうだった。別の都市からか、はぐれの集団からかはわからないが普人による襲撃からしばらく。開拓村の被害把握や援助の話がある程度固まったところで功労者への表彰のようなものが行われる話になった。
(しっかり呼んでもらえるとは少し予想外だったかな)
確かに領主であるラジエルは亜人を差別しないほうだが、それでも兵士は圧倒的に普人が多い。これは亜人側にも問題はあるのだが、今は置いておこう。ともあれ、そんな状況なので話は兵士達が中心かと思いきや、俺たちにも連絡があったのだ。
婆ちゃんはまるで自分のことのように喜び、どこからか俺でも着れる礼服を取り出してきた。昔の客の1人が持ってたもんだがとのことだが、まるで新品なぐらい綺麗だ。ちょっとの手直しで着れたぐらいだからな。それに、客の1人だって言ってるけど、この服を見てるときの婆ちゃんの顔は……失礼のないようにしようと思えるような物だった。
ファリスやラコナちゃんも、身なりを整えて、である。別に領主に全部の面で従うつもりもないけれど、今はこの城塞都市で過ごしているのだ。必要な礼儀というものがある。
「望むものは……職人たちへの口利き? これに間違いはないのか」
「はい。私は見ての通りのオーガです。裁縫などは必要に迫られ覚えましたが、やはり鍛冶や木工、多くの職人たちには敵いません。出来ればそれらを少しでも学びたいと思うのです」
ざわめきが広がっていく。今回の戦いで、俺がオーガらしく力を発揮したことは誰もが知っていることだ。きっとお金や武具なんかを欲しがるのではないかと思っていたんだと思う。そこに、技術を学びたい、とぶちこんだわけだ。
「覚えて何をする?」
「全てを。オーガだって、亜人でも戦う以外のことが出来るんだと知ってほしいのです。でもこれは普人に、ではなく当人である亜人たちに、ですけれども」
沈黙が降りた。それを破ったのは誰であろう、ラジエルの笑い声だ。普通、彼ぐらいの立場になれば大きく笑うようなことは少ないと思う。下品だ、とか思われてしまうからだが……。
「うむ。やはりタロー、面白い奴だ。話は通しておく。出来ればまた力を貸してほしい」
同じ領主でもこうも違うのはなんでだろうか?とこれまでに過ごしてきた土地でのことを振り返る。当然と言えば当然なのだが、常に戦わせて来るような領主が多かった。そんな都市も、今ではどうなっているかはわからないのだが。
獣人姉妹もそれぞれ褒美として服に使う布や、お菓子の材料にと砂糖を貰っていた。俺達以外にも、参加していた面々にも話があったのは驚きだった。なにせ、今回は防衛線。こちらから得る物はほとんどないに等しいのだ。持ち出しばかりが増えることに内心で驚く俺だった。
驚きの多かった表彰式は解散となり、思い思いに街に散り……飲み会に誘われた俺だったが婆ちゃんに報告したいと告げるとなぜかみんな納得したように頷いてくれた。やはり、婆ちゃんは知る人ぞ知る有名人なのだ。昔は有力なサキュバスだったというのもある程度真実味が増してくるというものである。
「というわけでさ、近々工房に出入りできるようになったんだ」
「そいつはよかったねえ。何でも屋としちゃ、出かけた先で農具の1つでも直せないとねえ」
テーブルで向かい合い、お茶を飲む姿は普通に地球のお婆ちゃん、みたいに見える。今日も何人かは宿に泊まっているようだけど、あまりお客さんの顔をみないんだよな。前にそれを聞いたときには、恥ずかしがり屋も多いからね、とか誤魔化された。
職人たちと交流が持てることに、婆ちゃんは喜んでくれた。これであんたの目標に近づくね、と言われた時には思わず涙ぐんでしまう俺だった。ラコナちゃんには慰められ、ファリスには少し呆れられながらもおめでとうと言ってもらえてうれしかった。そう、これでまた2人も一緒に赤鬼堂の仕事を増やせるのだ。もしかしたら……人だって増やせるかもしれない。
「今日は気分がいいだろうけど無理せず寝るんだよ」
「ああ、わかってるよ」
母親のように言われることも、今はどこか心地よい。食事を終え、お風呂代わりに体も拭き終わった。そのうち温泉でも見つけて肩までつかりたいな。オーガは……でかいからなあ。
色々と考えていると、いつの間にか夜がやってきた。窓から見える月も……今日はとても大きい。地球ではありえない大きさのそれにどこか見惚れていると、ノック。誰、とは言わずとも気配でわかる。ファリスと、ラコナちゃんだ。
「どうぞ」
なんとなく、そんな風に応えるとゆっくりと扉が開き、入ってきたのは寝間着姿の2人。ラコナちゃんはいい時間なのにしゃきっとしてるし、ファリスもどこか真剣な表情だ。何か問題でもあったんだろうか?
「ごめんね。こんな時間に」
「何、里じゃ夜更かしは多かったさ。勉強するのに夜しかなかったからな」
これは事実だ。明るいうちは身内のオーガがうるさいし、あれこれと狩りに誘われたりと落ち着くのは難しかったからな。狩って、食べて、そして寝る。オーガなんてそんなものだ。服だって人間のそれを参考に適当に布切れをまとったり、処理もせずに獣の皮を使っていたから適当な物だ。
「話を聞いてもらおうと思って。私たちの……」
「話したいなら聞くさ。でも、1つ言っておく。例え2人が俺をだまして何かしようとしてたって言われたところで、俺は2人を恨んだりはしないさ。今日まで、1人じゃできないことばかりで、とても楽しかったから」
出来ればこれからも一緒にそんな思い出を作りたいな、とは思うがこれから先は話を聞いてからだろうなと思う。椅子も俺サイズなので少し大変そうだが、なんとか座ったファリスが話し始めた内容は、2人の里での境遇や旅に出て来た目的のことだった。
「私たち、巫女の家系なの。巫女ってわかるかしら? 魔法の源である自然に潜むあれこれに話しかけ、力を借りるための儀式を行うの。まあ、畑の豊作なんかも祈るかしらね。と言っても唯一ってわけじゃないんだけど」
話によると、2人のいた里では獣人の女系はほとんどが何かしらの形でその巫女の役割に関係するのだという。2人はその中でも、比較的中心にいたという。でも、トップでは、ない。
「予備というと聞こえは悪いけど本当のことだものね。私が……ラコナもそうだけど、他のことに手を出してるからか、巫女としての力は真ん中から少し上ぐらい。逆に言うと予備に何かあると不安が残るからって外には出れなかったの。こっそり遊びに行くにも誰かが一緒じゃないと注意される、そんな生活」
それはとても窮屈だ、と口に出さずに思った。本人がどう思ってるかはわからないので、下手に口にすべきではないかなと考えたのだ。ファリスとラコナちゃんの顔を見る限りでは、やはり嫌だったようだが。
「そんな時よ。ラコナの両親が事故で亡くなったの。他にも一緒に何人か。それだけだったらまだ乗り越えようと思ったのだけどね……巫女としての努力が足りないからだとか誰かが言い始めて……ラコナは家族だけじゃなく、里のつながりもなくしたの。元々が他の獣人の里からの移住者だったからかもしれない。でも、私が様子を見に行った時に一人で家にいたこの子の姿は……今でも忘れない」
「お姉ちゃん……」
隣に座るラコナちゃんを抱きしめるファリスは、立派に姉であり、家族だと感じる。俺もああいう風にラコナちゃんと、ファリスを安心させていられるだろうか? いや、そうしたいと思っている。
「それで、飛び出したのか」
「ええ、どこかで倒れるかもしれない。だけど、自分たちの足で立って、自分たちの手で未来を掴んで……あら、タローと同じみたいね」
クスクスと笑うファリスに、俺も笑顔を向ける。そうだ、偶然か、そうでないかもしれないが、俺たちは似たような物だ。だから、ただ一緒にいたのでは傷のなめ合い。向き合って、話し合おう。
「あのね、お兄ちゃん」
「うん」
ラコナちゃんは椅子から飛び降りると、伸びをするように両手を一杯広げてきた。抱っこでもしてほしいのかと思いきや、そうではないようだ。
「いーっぱい、いーっぱいね。みんなとなかよくしたいな」
「ラコナちゃんは贅沢だな」
「そうね、そう思うわ……でも、タローと一緒なら出来ると思うの」
2人からの信頼を感じながら、また頑張ろう……そう思ったのだった。
次回で一区切りです